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第百七話 予想外大売出し

 ガーラントは浮かべていた笑みを真剣なものへと変え、感情の籠らない淡々とした声音で話し始めた。


 僕は周囲を含め、不穏な動きがあればすぐに対応出来るよう構えながら黙って聞いた。

 語られた話は今に始まり過去へと遡ったが、最初から違和感が拭えなかった。話の内容自体も、何故そんな事を知っているのか、どこからの情報なのか疑問は残るものの、それは最後まで聞かなければ分からないかもしれないと一先ず先送りにした。

 話が進み、ある時点を超えたところで違和感の正体がようやく解ったが、それは彼の知識量の多さを証明するだけだった。

 何故なら、それはカルマという過去を視る例外は除いて、誰も覚えていない筈の年号――最古の書を始まりとする現代の年号ではなく、この世界共通で使われていたジェクスという年号。その年号を話の最初、つまり現在の年号に置き換えて使用していた。

 知識量の多さだけでなく、内容もまた僕の知識と一致。どころか、凌駕する部分があった。特に、魔術。これでも当時の基本的な魔術は理解していたが、専門性が高くなると曖昧なところがある。彼はその辺りまで熟知していた。


 ……これは、こんな時代に居るような人じゃない。


 もしあの時代、魔術具に最も精通していた黒の民の一人として居たとしても、納得してしまうぐらいのものがある。

 そう。黒の民と遜色無い知識。それはおかしい。彼の口からあるモノの製法が出た瞬間、思わず反応仕掛けた程、驚いた。あの製法だけは全て潰したと思っていたのに。


 僕から殺気が滲んでいたのか、話を途中で切ったガーラントは「製法を知る者を消していた事も知っています」と断りを入れてきた。

 流石に僕も話が途中のところで判断する程、状況が理解出来ていないわけではない。

 続けるように促せば、また淡々と語り始めた。








「そして、これらの事を私は母から口伝で引き継ぎました。

 私の名はガーラント・パージェス。パージェスを元の発音で言うと、パル・ジェクス。即ち蒼の民、歴史を記憶する者です」


 それで終わりだと言うように口を閉ざすガーラント。


 ……パル・ジェクス。ジェクス……蒼の民……蒼? 居た……だろうか?


 遥か彼方となってしまった記憶を甦らせようと努力してみるが、なかなかうまくいかない。

 気が付くと冷め切ってしまった筈のスープがいつの間にか取り替えられ湯気を立てていた。


「食べながら聞いていただくなんて無理でしたね」


 視線を向けると、苦笑を浮かべられた。

 どうやら思い出す事に没頭していたらしい。


「えぇまぁ……これだけの話を片手間にはちょっと……。ただ、貴方が僕に敵対する意思を持っていない事はわかりました」


 語った内容を使えば一領主に留まっている訳が無いし、裏社会でもパージェスの名を聞いた事が無い。そもそもこのセントバルナは白の民の影響力が強く、下手にそのような知識を持ち出そうものなら粛清対象となっているだろう。


「話した甲斐がありました」

「生憎、蒼の民に心当たりはないのですが、僕を支援すると言われたのは……その」

「いいえ。記憶を記録する者とは、ただ記憶するという意味合いだけです。貴方を支援するというのは、単にその方が安全だと判断したからに過ぎません」

「では、誓約破りというのは? 掟ではないとするなら誓約など無いのでは」

「あぁそれは、記憶を受け継ぐ時に自分に約束をするのですが、それです。約束事はそれぞれ違いますが大抵は親と同じ約束をします」

「僕に接触しない事を? 何故?」

「貴方の為に支援しているわけではなく、その方が安全だからという実に自分本位な考えだからです」


 「貴方の事は二の次なんです。そんな事を言う相手、嫌でしょう」と、苦笑を自嘲に変えてガーラントは言った。


 そうだろうか? 僕はその言い分の方がしっくりくる。僕の為になど言われたところで逆に不信感を抱く。過去幾度となくそういう輩と出会いもした。


「私の事については以上ですので、ご納得頂けましたらどうぞ」


 もう一度食べるように勧められ、今度こそ僕も食べる事に意識を向けた。


「ところでキルミヤの後を追うだけなら黒の民の話を持ち出さずとも良かったのではないですか?」

「道が分かるかもしれないからと曖昧な話で、ただ学院で同室だった者に気を掛けますか? まして、隠し事をしていると分かる親族相手に」


 ……普通なら、無い……かな。


「貴方が対峙するものは気が遠くなる程大きなものです。そんなものを抱えている貴方に隠し事をしたまま協力を求める方法は思いつきませんでした」


 確かに、『帰り道』の話は『黒の民』が関わっていると聞かされると信憑性は増す。

 ただ、僕はその話を聞かなかったとしても協力したと思う。キルミヤの事は放置出来ないと既に決めてしまっていたから。もし関わる事を決めていなかったら、そうではなかっ……


 あぁそうかと僕はガーラントに示される形で気が付いた。

 確かに関わると決めていなければ、『帰り道』の話を聞いても『黒の民』が関わっていると聞かされなければ、多少なりとも動こうとは思わなかっただろう。

 流石に僕の心情までは知らないであろうガーラントからしてみれば、僕が注意を向ける対象を差し出す事でどうでも動かそうとしたという事だ。


 成程。ガーラントの主張は一点に集中している。

 『僕』でも『黒の民』でも『災厄の種』でもなく、『キルミヤ』なのだ。


 それだけキルミヤの事を気にしているのなら、逆に腑に落ちない事がある。


「貴方は、彼に封印が二つ掛けられていた事は知っているのですか?」


 十中八九知っているだろう。先ほどの知識がそれを裏付ける。


「はい」


 ガーラントは首肯した。


「一つ目はともかく、二つ目はどうにかしようと思わなかったのですか」


 そう問うと、ガーラントは初めて表情に感情を見せた。

 頬が一瞬引き攣るように動き、歪められた目に憤りが生まれていた。


「……あれは生きる代償でした」


 低い、這うような声で代償だと言いながら、それを許している気配は微塵もない。


「私にできるのは、あれ以上、力が育たないよう成長を遅らせるぐらいしか……」


 手が無かった


 最後は掠れ、音になっていなかった。けれどそこに込められた思いは、初対面の僕でも分かった。


 ――人にはいろいろ事情ってもんがあるだろ。そんなのいちいち聞いてられるか――


 不意にキルミヤの言葉が甦った。

 事情。その一言で片付けてしまう内容ではないけれど、僕などよりも彼の事を気に掛けている者を尋問するような真似も出来ないと思った。


「別の質問をしていいですか」

「どうぞ」

「キルミヤの傍に緑の民が居る事をどうして知っているのです?」

「息子の元に伴って現れたと聞きました。特徴から言って、間違いないかと」


 あの緑の目立つ色合いを伴っているというのは危機管理の意識が薄い。

 ひょっとすると道など分からなくても、特徴を尋ね歩けば追えるのではないだろうか?


「他に疑問はありますか?」


 他……ほか………………そういえば。


「カルマの屋敷にはどうやって行かれたのです?」

「どう? ……普通に歩いてですが」

「いえ、あの屋敷は存在感が薄くなるような仕掛けが施されていた筈なのですが」

「あぁ、はい。ありましたね、『隠れんぼ』」

「かくれんぼ?」

「魔導については」

「解ります」

「それです」

「?」

「魔導です。蒼の民は魔術よりもそちらの資質の方が高いのですよ」

「そうなのですか……では貴方も」

「亡くなった母や妻、妹に比べれば大したものではありませんが。どういうわけか男よりも女の方が強く現れるようなのです……と言っても、さすがに感じるぐらいは出来ますから『隠れんぼ』もわかりました。妹の得意技でもありましたからね」


 「森の中でされると本当に見つけられないので大抵降参していましたよ」と、目を細め懐かしむ様子は穏やかで、こちらも微笑んでしまいそうになるような暖かさがあった。いつだったか、キルミヤと重なって見えた幻の女性と、その微笑みが重なる。

 彼は家族として、純粋に心配しているのだろうなと、そう思わせるものがあった。


「カルマについても魔導で知ったのですか?」

「表向きの立場、権威……そういった事を尋ねられているわけではありませんね。

 リダリオス様が鈍の民の系統ではないかと私が疑っているような行動をとったからでしょうか。あの時、影に居られましたよね」

「はい。手に触れない様にされていましたよね?」

「と、問われるという事は本当にそうだったのですか……」


 声音からは、少し驚いているようなそんな様子が伺えた。


 スープを完食すると追加を尋ねられ、飲み物だけをお願いする。


「もしや精霊に?」

「いえ。会った時に目の奥に違和感を感じたのでひょっとすると、という程度のものです」

「そのわりには手土産で手に触れないように用心されていたようですけれど」

「手土産はお願いする事が無くとも風習なので持参します。今回は幸いしたと思っています。あの方が貴方を匿われているとしても、どこまで深く関わっておられるのか不明だったので、触れる訳にはいきませんでした」

「カルマは危険だと言われるのですか」

「見極められていないだけです。ですが、どちらにしても余計な知識は広めない方が良いとは考えています」

「安全策ですか」

「それぐらい注意しなければならない知識を持っていると自覚しているつもりです」

「……確かに」


 僕以上の知識を持った者と聞けば、カルマは間違いなく興味を示す。

 まして彼はあの製法を知っている。それだけは絶対に広めてはならない。


「貴方の洞察力と警戒に感謝します」

「という事は、リダリオス様は噂の通りやんちゃな方のようですね」


 や、やんちゃ……?


 そんな言葉で片付けられるものでも無いと思うのだけれど、彼からするとその程度になるのだろうか? それとも甘く見ている?


「貶している訳ではないのですよ? むしろ好奇心旺盛なのは少し羨ましいです」


 僕の沈黙に対して、誤解を解くように説明をしてくれるが――


 好奇心……。ある意味間違っては無いけれど……


 これほどまでにカルマに似つかわしくない単語を用いる人物は初めてだ。

 カルマと会った者は大抵三つに分けられる。『優しい』、『恐ろしい』、『手ごわい』。『優しい』は表面だけを見て言いくるめられている者。『恐ろしい』は言いくるめられている事に気付いてはいるが勝てない者。又はカルマの根回しを知った者。『手ごわい』は勝負を五分に持っていく事が出来る者。

 殆ど『恐ろしい』という反応を返す相手しか知らないのだが、よりにもよって『やんちゃ』や『好奇心旺盛』といった、まるで子供に対するような印象を言われるとは夢にも思わなかった。


 運ばれてきた二つのカップに、それぞれ手を伸ばす。

 口に入れると独特の苦みのある味。一瞬毒かと思ったが、これはたぶん薬草を元にしたものだろう。知った味がいくつか感じられた。


「薬茶です。味はこんなですが、身体にはいいですよ。パージェスの特産です」

「そういえば薬草学が盛んらしいですね」

「息子がいろいろとやってくれたおかげで少しばかり名が知られてしまい、面倒事もありますが……と、つまらない事を言いました」

「いえ、それはいいのですが……」

「が?」


 カルマの話から逸らせたところで本題に戻ろう。


「結局のところ、緑の民の目的は何なのでしょう? 今の所、これが最後の疑問です」

「あぁ……彼らはただ恐れているだけです。自分達がこの世界を破壊してしまうのではないかと」


 …………は?


 緑の民のイメージと全く結びつかない単語に、思考が一瞬止まった。

 僕の停止を見て取ったガーラントは言い辛そうに言葉を重ねた。


「何と言ったらいいのか。彼らは一直線なのです。善良な気質である事は確かですが、こうと思い込んだら真っ直ぐすぎると言うか……」

「あの、何故破壊などという考えに? 精霊に愛されし一族でしょう? 真逆だと思うのですが」

「愛されし故に……というところが原因でしょう。緑の民が権力者の多くに捉えられていた事はご存知ですよね?」

「一応」

「基本的にはそういった強者の言葉にも屈する事なく、殺傷目的に力を使う事は無かったと言われていますが、一度だけ暴走しそうになった事があります」

「暴走?」

「暴走なのか真意なのかは当人でなければわかりませんが、家族を殺されて怒り狂った男が死に絶える寸前に言葉を残したそうです。『生きていたら世界を壊してしまう』と。実際、男が死に絶えるまでに街一つ瓦礫に変えられたそうなので、善良な彼らはその力を危険だと思ったのだと」


 …………だとすると……いや……まさか、とは思うけれど……


「キルミヤが狙われているのは……」

「えぇ……同調力がある者を外には出せないという事です。他の民との婚姻を許さないのも力を広めない為。もし広めるような事があれば、自分達で始末をつける。そういう事らしいです」

「……本気で?」

「本気でしょう」

「……その事も口伝で?」

「いえ。これはキルミヤの実父から聞きました」


 緑の民の長がそう言っていたのなら信憑性はある……のだろうか?


「私からしてみれば、怒りに狂った末に世界を壊すなんて事は無いと思うのですが、言ったところで聞くような相手ではないそうです」

「誰かが既に言われたのですか?」

「エルフルト――キルミヤの実父が話したらしいのですが、拒絶されたと言っていました」

「実父……その方は今」

「キルミヤと母親を見逃す交換条件としてキルミヤの力を封じ、パージェスに結界を張って死にました。道案内を頼むことは出来ません」

「……すみません」

「いいえ。こんな話を持ち出す私が悪いのですから」


 母親と思われる女性がそうなら、父親がどうなっているかも予想出来た事だった。僕は返す言葉が無く、薬茶を口にした。


「その様子からすると、キルミヤから何か聞かれて?」

「いえ。直接聞いたわけでは無いのです。幻が見えて」

「幻?」

「おそらく、キルミヤが赤子の時の風景だと思うのですが……青褐色の髪の女性が赤子を抱いていて……その後、突然亡くなって……幻は消えました」


 ……エリー


 囁くような、小さな声が聞こえた。

 僕は顔を伏せて息を詰めているガーラントから視線を外し、空になったカップを不自然にならないように口につけた。


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