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第百五話 おっちゃん始動

 うっすらと花の香りがした。

 香りのもとは黄色い花。目を閉じていようともそれだとすぐに解る。


 倦怠感に支配された身体を寝台から引き剥がし、息を吐き出し力を溜めるために目を束の間閉じる。


「…………ふ」


 目を明け、身体を動かす。

 床に足を付けて平衡感覚を整えてからテーブルに置いてある服に手を伸ばした。


「魔力は……まだか。体力も……」


 今回はどれだけ寝ていたのか。

 ここではまともな食事は取れない。早々に出ないとキルミヤも――


 そこまで考えて、帯を締めた手が止まる。


 まだ居る、のだろうか?


 『()ろ』と二人掛かりで押し通され最後は『眠らせるぞ』と脅されて目を閉じた。

 右腕には包帯が巻かれている。けれど痛みは無い。解いて見れば予想通りうっすらと再生した跡だけが残っていた。

 こうなるまで早くて半日は必要。

 すぐに部屋を出ようとして目の前が白くなって慌てて膝をつき堪える。

 脱水。貧血。慣れた症状にも悪態をつきそうになる。波が引いてすぐに動きたいのを我慢して、膝をついたまま壁ににじりよってゆっくりと立ち上がる。

 そろそろと廊下に出るとシンと静まり返った屋敷の中で人の声がした。

 人を雇わない中で話し声が聞こえてるという事は、客か何者かが居るという事。

 声がした方、玄関ホールへと近づくと朗らかな声が響いた。


「しがない田舎領主をしておりますガーラント・パージェスと申します」


 パージェス……


 足を速め覗くと、深い青褐色の髪をした壮年の男性がカルマに迎えられていた。


「これはまた遠いところから。カルマ・リダリオスです」


 友好的な態度で手のひらを出したカルマに、身体が前へと出そうになった。

 カルマは触れた者の過去を読み取る。けれど誰でもその過去を読み取ろうとはしない。興味、あるいは警戒すべき対象と認識した相手に対してだけそうしようとする傾向がある。カルマがその手を出したという事は、ある意味で認めた相手とも取れるが――


「大したものでは御座いませんが」


 差し出されたカルマの手に、にこやかにビンを渡す壮年の男性。

 ごくごく自然に手に納まったビンに、一瞬カルマが止まったような気がしたが、何事も無かったかのように応接につかっている部屋に招いた。


 差し出された手は挨拶と、初対面という意味の握手を求めるもので間違っていなかった筈だが、見事に躱された。

 いや、躱されたのか、偶々なのか判断に困るが、とにかく触れる事は出来なった。


「………」


 少しの間悩み、僕はカルマが何かしないか気になって部屋に近づいた。

 あの男性はパージェスを名乗ったところからして、キルミヤの関係者である事には間違いないだろう。


「ご子息のご活躍、目を瞠るものがありますね」

「これは嬉しい事を聞かせて頂きました。昔から頑固なところがある愚息でしたので皆さまのご迷惑になってないかと心配しておりました。ですが、我が一族の中でも特に出来が違う者ですのでお役に立てているようで良かったです」


 謙遜なのか自慢なのかよくわからない言い方をして笑う男性。


「ええ本当に。けれど何故グラン殿は魔術を習われなかったのでしょう?」

「魔術ですか?」

「素質は確かめられたのでしょう?」

「いいえ?」

「………ほう」


 少しだけ、カルマの声に警戒が滲んだ。

 対する男性の声は明るくて一片の曇りも無い。声こそ壮年の男性だと思わせるが、その空気は少年のような無邪気な様でもあり不思議な感じがした。


「お恥ずかしながらパージェスには確かめるための道具が無いのですよ」

「しかしリットなどはあるのでしょう? あちらには置いてあると思うのですが」

「ありはしますが、幾分金銭が絡みますので。他のところと同じように簡単に、というわけにはいきません。それに魔術を生業とする家系でも御座いませんからね。我々は」

「なるほど。確かにそちらでは薬草学の方が盛んでしたね」

「はい。幸いな事にそれで食べています。

 不躾では御座いますが、本題に入っても宜しいでしょうか?」

「ええ……どうぞ」

「実は今、もう一人の愚息を探しておりまして。ご協力いただけないかと参りました」

「私にですか?」


 面識もない相手から、突然協力を求められて応じるような者はない。

 それを解っているのかと問い返すカルマに、間を置いて男性は答えた。


「いえ。カルマ様では無く、カルマ様が後見をされているカシル・オージン君にです」


 僕?


「あの子に? それはどういう事でしょう」


 カルマが楽しげに、けれど警戒を強めた声で返した。


「これもまたお恥ずかしいのですが、私では道が解らないのですよ」

「……道?」

「正確に言えば解りはするのですが、道自体が示されないので埒が明かないといいますか。まぁ行先を知っているのはおそらくカシル・オージン君だけなのです」

「では、あの子に行先を尋ねたいと」

「どちらかというと道案内ですね」


 再び間が空き、空白が空間を塗りつぶす。

 何の音もしない部屋に耳をつけたまま、黙って待つ。


「……あの子は、今行方知れずなのですよ」

「え?」

「そちらにも連絡はされているものと思いますが、学院で起きた事故でご子息同様に行方知れずなのです」

「え??」

「グラン殿はご存知の筈ですが……お聞きになっていない?」

「え……いえ、あの」

「………」

「……そうですか」


 椅子を立つ衣擦れの音がして、慌てて離れる。

 ぎりぎり部屋から出て来られる前に隣の部屋に入る事が出来た。

 その場に座り込み、目を閉じて眩暈に耐えていると背のドアが開いた。


「どうします?」


 額を抑え、視線を挙げる。

 いつもの楽しげではない、ただただ冷めた目がこちらを見ていた。


「あれはキルミヤ・パージェスの叔父、ガーラント・パージェス。おそらく彼の事情を知っています。緑の民の事も」

「……キルミヤは」

「随分と前に発ちました。この屋敷に目くらましをか……」


 途中でカルマは途切らせた。


「……何故気付かなかった」


 珍しくカルマが愕然とした顔で口元を覆っていた。


「カルマ?」

「この屋敷にはキルミヤ君が『目くらまし』を掛けています。あなたがずっと被っていたキルミヤ君のマントにも掛けられていたものです。私でも印を残さなければこの屋敷に帰ってくる事は出来ない程存在感が薄くなっているのですが……どうしてガーラント殿は来訪出来たのでしょうね」


 目くらまし。街に入る時に至近距離に居た兵士に驚かれた事を考えると、あれが目くらましなのだろうか。それと同じものがこの屋敷にも掛けられているとなると、それを見つけられる者は少なくとも魔術に精通している?


「なかなかどうして……」


 長い溜息をつくと、くすくすとカルマは笑った。


「これは一本取られた。という事ですね。過保護だとは思っていましたが筋金入りの過保護な一族のようです。全く……古い一族だとは知っていましたが、どこまで知っているのでしょうかねぇ。エバースだけで面倒なのに」

「古い一族……なんですか?」

「そうですよ。表に出たのはグラン殿ぐらいでしょうけど、セントバルナが興った時からの一族です。他に十家ありますが、パージェス程控え目というか影が薄いというか、居るのか居ないのか分からない一族はありません」


 古の民の固有種……居ただろうか。影が薄い民……思い浮かばない。


「まぁこちらの邪魔をしなければ何でもいいんですけど。

 それでどうするんです? 災厄の種を探しますか?」

「それはもちろん探しますが……」

「魔力は?」

「あまり」

「体力は?」

「食事を取れば」

「傷は?」

「塞がりました」


 腕を組み、考えるように目を細めたカルマはにこりと笑んだ。


「そうですね。ここには食糧ありませんし、たくさん食べて来てください」

「は?」

「足りないのは血肉となるものでしょう? 放っておいても貴方は回復しますけど、食べた方が早い」

「えぇ、まあ」

「あれから日も経ちましたし、約束としても十分ですよねぇ。まさか一生出さないなんて事出来ませんし」

「カルマ? あの、何の事を」

「いえいえ。こちらの事です」


 明らかに僕の事だろう。白々しい笑みが全てを物語っている。


「立てますか?」

「はい……」

「じゃあこれをどうぞ」


 目の前に出されたのは、暗色のマント。

 僕のマントではなく、たぶんキルミヤの。


「同じマントが丁度あったんですよ。彼、間違えて持ってっちゃいまして」


 本当に『間違えて』なのだろうか。と、疑問を抱くのも無為だと諦めて『目くらまし』が掛けてあるマントを受け取る。

 どういう経緯であるにせよ、キルミヤの方も気付いているだろう。見てないようで見ているのがキルミヤだ。それでもこれがここにあるという事は、残してくれたのだろう。そう思う事にする。


「これ自体はマントとしてちゃんと見えるんですね」

「どうやらマントを纏っている生き物を隠す効果があるようです。その時はマント自体の存在感もなくなりますが、こうして手でもっているぐらいではちゃんと見えるようです。器用なものですね。はい、これも」


 マントの上に置かれた袋の重さは、もともと持っていたものよりも重い。足されている。


「……」

「まぁまぁ。持ってて損は無いですよ」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして。私はやる事が増えてしまいましたから出かけますね」


 頑張れというように肩を二度叩かれ、背を向けたカルマに僕は、


「い――」


 言いかけて、何を言おうとしたのか気付いて狼狽えた。


 今、何を言おうとした?


「おや、最後まで言ってくれないのですか?」


 ……言えない。言えるわけがない。僕がそんな事を。


「彼、結構いい影響を与えてくれたと思いましたが………まだ、ですかね」


 『残念』と言った顔でカルマは出て行った。

 誰も居なくなった屋敷、その部屋の中で座ったまま項垂れる。


「何をしているんだ……本当に……」


 額を小突き、切り替える。


 災厄の種についてはもとより探す。それは当然ではあるが既にここには居ない彼の行先が気になる。嫌な胸騒ぎがして仕方がない。


 マントを握りしめ、ゆっくりと移動して部屋に戻り荷物を取る。マントを羽織りフードを深くかぶって、裏口からいつものようにそっと出た。


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