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第百二話 久方ぶりの好奇心

「いるん……イルンバルってなに?」


 発音を極力レースのものに近づけて尋ねると、レースは何かを思い浮かべるように視線を彷徨わせた。


「イルンバルは……えっと、自分で自分を診断(チェック)して直すもの?」


 自分で自分をチェック……ついでに直す、か。


「それはウンモが持ってる機能なんだよね」

「うん。ウンモは必ず持ってるよ」


 って事は、その上位魔術具もどき(ウンモ)自己修復(イルンバル)機能を持っているのか?


 通常魔術具には寿命があり、数年から数十年のサイクルで限界が訪れる。レースが『壊れない』というのなら、その限界を限りなく引き延ばす自己修復機能を持っているんじゃなかろうか。


 自己修復とまでくるとかなり大がかりな魔術具っぽいけど……


「ウンモってどんな形してるの?」

「あ、えっとね、ウンモって言うけどウンモって一個じゃないの。いろいろなウンモがあってね」

「火を出したり水を出したりは別のウンモって事?」

「そう! 見せられたらいいんだけど……ごめんなさい。今持ってないの」


 肩を落として謝るレースに、俺は笑って手を振る。


「いやいや。単なる好奇心だから」


 かりかりと心のノートにメモを取るのは実に何年ぶりだろうか?

 ちっさい頃、言葉を覚えようとしていた時は絶えず書きまくって自分なりの発見に楽しみも見出していたりしていたが、ある程度好奇心を満たしてしまうと開く事も無くなってしまった。

 気が引っ張られるというか、意識がそちらへ向いてしまうというか、保身も邪推もなしに純粋に好奇心が刺激されるというのはここのところ無くて、だから余計に楽しくて形ばかりの抵抗をしてあっさり話を変えてしまったが、偶にはこういうのもいい。


 人間、楽しみは必要だ。とか言い訳しつつ視界に入る貨幣をそっと片付ける。我ながら、いきなりお金を机に並べて何もせず仕舞うってどうよ。と、思わない事もないが、思わない事にする。ハテナを浮かべてこちらを見るレースを見なかった事にする。

 まぁお金は後でいいとして、俺は初めて聞いた単語に意識を戻した。


 ウンモ、イルンバル。語感はシィール語からちょっと外れる………遠東のファスにどっちかっていうと近いか? 東の方は魔術具は発達してないって噂だから繋がりがあるとは限らないけど……いやその前に交流を断っているならどことも言語の影響を受けてないは――受けてるだろ。会話成り立ってるんだから。受けてないなら会話成り立たないだろ。

 いやいやまてまて。少年の話では昔は交流があったんだ。交流を持たなくなったけど、それは今の言語体系が確立された後だって事なだけで。であればファス語圏にも入った立地かそれに準ずるところを生活圏としていた集団だったってなだけか……?


 久しぶりに好奇心のみで思考を巡らしていると、途中で何かに引っかかった。

 何かが分からず、訝しげにこちらを見ているレースに何でもないと首を振ろうとしてハタと気付いた。


 推測ではあるがシィール語が確立した時代は、例の最古の書(アノ本)以前。その時代から出ている本に緑の民の記述は無い。少なくとも俺が読み漁った範囲では無い。という事は千九十年以前に緑の民は世間から姿を消した事になる。仮にウンモが魔術具の一種だとした場合、千九十年以前の魔術系技術が残っていたという事になるのだが……


 ……魔術系って、何も本が無かったよな?


 記憶力に自信はないので、レースの視線を感じつつもしっかり時間を置いて記憶を掘り起こす。が、やっぱりその手の本は無い。

 『都市の機能水道編』とか『やってみよう大農場』とか『これであなたも工作好き』とか『力学の勧め』とか『反応学の勧め』とか『人体の構造』とか『一次手当と蘇生法』とか、『植物図鑑』に『動物図鑑』、『薬草大全』に『恐怖! 危険な毒物』などなど。専門書から噛み砕かれた入門書までレベルは様々。他にも娯楽と思われる『始物語』『キリーィヤ叙事詩』、果ては『君主論』といったような、どこにでもいるのかマキャベリはと突っ込みたくなるジャンルの本まであったが、同時期に作成されたと思われる魔術関連の本は一つもなかった。作為を感じる程に。


 ……えっとー。……触れちゃいけない、系?


 そうそう単純に楽しめない模様。

 と、残念がってもいられない。これから訪問する(お宅)の事だ。確認しないわけにもいかないので俺は思考を切り替えた。


「ウンモって危ない?」


 今まで聞いた性能は生活密着型と思われる。火とか水とか、兵器にもなり得るが単純に家事にも使えるので、どういうタイプのものがあるのか……


「? ううん。間違えても停止するだけだから危なくはないよ?」

「間違えて……って、使い方が決まってるって事?」

「うん。それ以外には使えないから」

「じゃあ火を出すウンモは? 火傷とかしない?」

「しないよ。火が出る範囲に生体反応があったら火を出さないもん」


 かなり安全に配慮されている。が、逆に言えば危険な事を理解してそれらのものが付けられているという事でもある。レースが知らないだけで危険なウンモはあるような気がする。たとえ無かったとしても、作る事は可能だろう。


「なんにしてもすごいな………」

「すごい?」


 俺の呟きが聞こえたのかレースが聞き返してきた。


「ん? あぁ……ウンモに似たものは外にもあるんだけどな? そこまでの性能を持ったものは作られてないんだ」


 レースはこてんと首を傾げた。


「作れないよ?」

「……? ………なにが?」

「ウンモ、作れないよ?」

「いや、うん。外だと作るのはあと何年かかるか――」

「里で作れる人いないよ?」


 ……え?


「いないの?」

「居ないよ?」

「……作れないの?」

「うん」

「なんで?」

「黒の民が作ったものだから」

「くろの民?」

「ウンモとか、そういうものを作る事が上手だったんだって」


 ……おっけー。くろの民ってのは黒だな? 緑の民がその見た目で呼ばれているなら黒もそうだろ。でもってその黒の民とやらは今のご時世で聞かないから、きっと居なくなった連中って事で、そいつらは魔術具作成に秀でていたって事……か?


 つまるところそうなると。今現在、緑の民で兵器開発可能な者は居ないってわけで、あとは――


「残存してるウンモに兵器性が無い事を祈る」

「へいきせい?」

「いやいや、何でもない。それよりさ、黒の民って今は居ないんだよね?」

「うん。居なくなったって……」

「……どした?」


 いきなり暗い表情になって俯くレース。

 慣れない外の環境に具合でも悪くなったのかと手を伸ばしたら、その手を掴まれた。


「同じ……だっ……て、聞いた事、ある」

「同じ?」

「黒の民、ホロブべき……て」


 蒼褪め、怯えた目は木のテーブルに向けられ俺を見ていない。

 俺より小さい手は、小刻みに震えていた。


 ……。


「なぁレース」


 声をかけると、ゆっくりと視線があがった。


「レースは黒の民が居なくなった原因を知ってる?」


 レースは首を横に振った。


「じゃあ黒の民が滅ぶべきと言われた理由を知ってる?」


 また、首を横に振る。


「レース達が自分達を滅ぶべきって言ってる理由もわからないよね?」


 ぎこちなく、首を縦に振る。


「わからないってさ。恐怖だと思うよ」


 何で殺されそうになるのか、何で狙われてるのか、何が理由かも原因なのかもわからなくて、どうしていいのかもわからなくて闇雲に恐れて怯えて……


 自嘲が口元に浮かんでしまい、俺は誤魔化すように笑った。


「でもさ、怖がってばかりって疲れない? レースが怖がっても怖がってなくても状況は変わらないんじゃない?」

「え……えと」

「ほら、レースってこれまで普通に生活出来てたでしょ?」

「う、うん」

「物騒な事は言われてたかもしれないけどさ、実際にどうこうされた事はないんじゃない? 周りの人も」

「……う……ん。そうかも」

「だったら、『滅ぶ』っていうのは今すぐにってことじゃないと思うんだよねぇ」

「そう、なの?」

「たぶんね」


 やろうと思えばアイツはそれが出来る力を持ってると思う。

 昔の俺(子供)相手でも容赦なしだったから感情に負けてとかそういうタイプでもないだろう。


「だからレースが今すぐどうにかしなくちゃいけないとか、そういう事ではないと思うわけ。レースは気になるだろうけどさ、焦って怖がってるよりは里の人に聞きたい事をちゃんと纏めておいた方がいいと思うよ。あと、勝手に出てきたんだから謝らないとね」

「……あ、う……うん」


 怒られるという事に今気づいた様子で肩を落とすレースに、俺は苦笑した。


 鮮やかな緑に過剰反応していた初見とは違い、俺の方も大分落ち着いて話せるようになったようだ。ちょっとほっとした。


「でさ、こっからの行先なんだけど」


 レースに手を離してもらい、ごそごそと袋から地図を取り出す。


「今俺達はこのセントバルナって国の首都近くに居るのね」


 この辺と、地図の上に指を置くとレースは身を乗り出して珍しそうに地図を眺めた。


「レースは方角とかわかる?」

「ううん」

「太陽の昇る方向は?」

「それならわかる」

「おっけ。じゃあ里からこの首都に向かってくるとき太陽はどの方向だった?」

「……右側? 赤い空が右側だった」

「赤い空っていうと夜明け? 夕暮れ?」

「夕暮れ。夜になって怖かった」

「……」


 その年で一人野宿かよ。すごいタマだな。


「ならレースは北から来てるね。こっち方面だと思う」


 グレリウスとセントバルナの国境方面をぐるりとなぞる。


「そうなんだ……」

「で、だ。これを逆に辿ってもたどり着けない――だよね?」


 確かめると、レースはしっかりと頷いた。


「うん。ミンナが教えてくれる道じゃないとだめ」


 さっきまで怖がって震えていた姿は微塵もない。やっぱり根っこはぶっとい神経なのだろう。一人野宿とか兵士の目の前を姿を見えなくしたとはいえ堂々とガン無視していっただけのことはある。


「って事だから予定か組みにくい」

「予定?」

「この辺りは天を支える(フェレン)山脈って言うんだけど、かなり険しい山が連なってるんだ。だからそれなりの準備をしてからじゃないと入れない。最低限野宿出来るだけのものを用意する必要があるんだが、どれだけ用意するか――」

「ミンナにお願いすれば大丈夫だよ?」


 ……精霊かい……。なんでもありだな精霊は。


「具体的にどこまで出来る? 重要なのは水と食糧、火を起こせる事だけど」


 最悪、水と火は俺でもどうにかなる。問題は食糧だ。


「水と火は大丈夫。食べ物も近くに食べれるものがあったらミンナが教えてくれるよ」


 無かったらアウトだな。


「了解。安全第一だから保存食だけは確保しよう。

 それでもどれだけ掛かるかわからないから、一旦主要都市で準備して、準備出来たら飛ばして行こう」

「うん、わかった」


 子供(レース)が力強く頷く様子に、微笑ましぃなぁと思いながら俺は地図をしまい――


「あとコレの説明するから」


 貨幣をぺちぺちと机に置きなおした。

 『あ、またこれだ』というレースの視線は俺には見えない。

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