高橋先輩
女
「この男の人誰?」
男
「彼の先輩」
女
「説教臭くない?」
男
「そうかな?オレはいい人そうに見えるけど」
女
「そうね~でも、男のオレ論ほど、女が聞き苦しいモノはないわ」
男
「……(苦笑)」
僕は少し懐かしい人と会うことになった。ちなみに1年前のカノジョではない。いやなにより、幸せならそれでいいんだ。
僕のサークルの先輩だ。先輩と言ってもかなり上の先輩でOBに近いのかもしれない。卒業してもときどき顔を出してくれる先輩で、僕と好きな音楽が似ていたり、気が合う人だった。高橋先輩だ。
「久しぶりにどうしてるかなっと思ってさ」
高橋先輩は開口一番にそう言った。社会人になっても変わらないどこか縛られていない、そんな雰囲気だ。
「仕事ですか?」
僕。
「まあな~ちょっと大学にも用事があったし、前田とかは元気か?」
前田か…
「ええ、元気ですよ。相変わらず女の子追いかけて、変態やってます」
少し僕は落ち着かない。
「はは~そっか」
高橋先輩と話しながら今いるこの喫茶店の会計のレジの方を 気にしてしまう。今日はこの前とは違う女のひとが注文を待っていたり、コーヒーを持ってきてくれたりする。多分今日は彼女のシフトがオフなのだろう。あんなバカなことをしたのだ。会えば気まずい。
僕は胸をなで下ろした。
「どうした?」
高橋先輩が言った。
「いえいえ昨日レポートを遅くまで書いていたので、ボーっとしてしまって…」
我ながら嘘がうまくなったなと思う。
「そうか…やっぱり大学生って楽しい反面忙しいよな~」
「そうですね~」
僕。
そして話題はサークルや大学の話、就活の話にうつり、やっぱり男が集まるとこの話題、恋してる?みたいな会話になった。多分これは人類みな、共通ではないか?と僕は思ってしまう。男女の話題は多分、話していてつきることがないのだ。
「どうよ!恋してるか?」
だいたいこの先輩の質問は単刀直入だ。
「ままあ…」
なんとも言えない。
「お前はモテそうだから心配ないか?」
高橋先輩は言った。
「はは、それありませんよ」
僕は肩を落とす。
「そういう高橋先輩はどうなんですか?彼女、大野さんとはどうなんですか?ポニーテールの…」
「うん?ユウコとか?」
分かり切ってるのに繰り返す。まあそうか。名前を口にする高橋先輩は少し嬉しそうだ。高橋先輩とユウコ先輩は相思相愛で有名だったらしい。そして今でも。うらやましい。
「そうですよ。どうなんですか?」
僕はニヤニヤしながら聞いてみる。
「ど、どうなんですかって、上手くやってるよ。ユウコとは」
少しハニカミ気味で高橋先輩は言った。
「つき合ってどれくらいですか?」
「さあ~忘れちまった」
先輩は目を反らした。
「馴れ初めは?」
なんとなくだか僕は、気になった。
「馴れ初め?…う~ん、あえて言うなら、B'zと、しりとり、かなあ?」
「B'zとしりとり?」
僕にはよく分からなかった。
「まあわからなくていいよ。そんでお前は話しないのか?」
高橋先輩は僕の顔を覗きこんだ。
「ああ…なぃ……」
「うん?言って見ろよ?」
「あります。あの…」
なんとなくだかこの人には話しておいた方がいい。そんな気がした。
一年前のこと、前田のこと、この喫茶店のこと、アドレスのこと、僕は順を追って話した。いや話していたと思う。まるで蛇口をひねられ止めどなく出てくる水のように。
「…ふ~んそうか…前田は相変わらすだな~ホント」
高橋先輩は頷いた。
「まあそうですね。」
「お前は本当に頭の中、そればかりなんだな」
「そうみたいです」
恐縮です。
「まったくお前はマジメなやつだな~」
「はい…」
「前田を見習えってワケじゃないけど、それくらいいい加減に生きてもいいと思うぞ」
高橋先輩はときどき話し方が説教くさくなる。
「はい」
「でもそこがいいとこなんだよな~」
「ありがとうです」
「恋愛においては結構フリなのかもな~悩みがつきない」
どこか遠くを見ながら彼は言った。
「でも答えを出すまでは思考錯誤の連続だ」
「そうですね」
「悩めばいい。多分簡単に一通りそつなくそれをこなした奴と、苦労してそれをこなした奴だと、多分だけど後者の方が後々、有利だと俺はおもう。」
「はあ…」
「前と後の…なんというか…多分そいつは、初心を忘れない…そう初心」
高橋先輩はそう言った。
「初心忘れるなんちゃらだ」
「そうですか」
少しだけ沈黙が流れる。
「まあ人の考えは人それぞれだけどな~参考までによろしく」
そこで高橋先輩は爽快に笑った。なんだかこの人は変わらないなと思った。もちろんいい意味でだ。
「それから…」
「はい?」
「お前は『カノジョ』が欲しいのか?それとも『彼女』が欲しいのか?」
「えっ?」
僕は聞き返した。
「まあいいや、後俺払っとくから」
高橋先輩は伝票を持つ仕草をした。いいですよ、と言いつつも遠慮しない僕。結局高橋先輩が払うことになるのだろう。なんか社会人は格好が良い。
そして先に喫茶店を出ようと先に僕は歩き出した。なんとなく気持ちも軽くなっていた。自然とレジを覗き込む。そのレジにいるのは、この前、僕がアドレスを渡した彼女。一瞬ドキリとし気まずい気持ちになったが僕は彼女に一瞥をくれた。
そして
「この前は嫌な思いさせて、ごめんなさい。じゃあ」
彼女の顔を見据え僕はそう言うとその場を立ち去った。マジマジと初めて見た彼女の顔はやはり綺麗だった。少し困惑した顔をしていたのがわかった。当たり前か…
カランカランと喫茶店のドアのベルが鳴った。
とりあえず、喫茶店の向かいのビルの前で先輩が出てくるのを待とうと思った。ああ、今日は青空なんだなあ~と、その日、僕は初めて思った。