目覚め
男
「高橋先輩のカノジョ、絶対可愛いよ」
女
「たしかに綺麗かもアタシは?」
男
「キミの負けだよ」
女
「最低~
自分のカノジョが一番でしょ?」
バコっ
男
「暴力反対~(痛)」
…………!!!!!
僕はハッとして顔を上げた。夢か?前田が裸?あり得ない夢だった。というかお姫様抱っこされていた彼女の顔が思い出せない。急いで涎を拭う。黒板に板書する教授の手が一瞬だけ止まった。カツラだと噂のその頭は異様にくろびかっていた。再び彼は板書を始める。
僕は夢の内容が現実でないことをホッとすると、1ページ分書き写す内容が遅れていることに気がつく。どうしようかと思ったが、後でだれかに写させてもらうことにした。僕のまわりは意識を失って夢の世界を旅してる人ばかりいるようだけど、前の方の座席のヒトは現実世界でぴんぴんしてるから、大丈夫だろう。前田にはその写したやつを見せればいい。前田はだいたいこの講義中は寝てるから…
そういえば前田の姿を一週間ほど見ていない。最後に会ったのはあの家でゲームをした時以来だ。なにかあったのだろうか?…心配だが、まあだれか女の子の家に居座っているのだろう。前にもそんなことがあったから…
そんな事を考えていると講義が終わった。出欠カードを回収すると、教授は去って言った。それにあわせゾロゾロと皆、講堂から出ていく。前田は欠席になるのか。まあアイツのことだ。頭の中は女のひとのことばかりだからなあ~
あっ!そうだ
僕は頭の中に閃きを覚えた。
「よう!元気?」
元気な声にその閃きは打ち消された。
「ノッチどした?」
僕は反射的に反応する。ノッチこと本名は井上は、大学に入学当初から僕や前田と共によく行動を共にした友人だ。サークルが僕と前田とは違うので、会うことは前田よりも少ない。まあだいたい毎日、顔は会わせてるけど。とにかく明るくて話しやすいいい奴だ。
「久しぶりに飯食いに行いかないかい?」
軽い感じでノッチは話す。だから取っ付きやすいのだ。
「ああいいよ」
僕は即答した。
「…でもノッチからは珍しいな~彼女さんは?」
僕は訪ねた。
「まあちょっと彼女実家に帰っててさ」
「そうか~うまく行ってるの?」
「うん、順調かな。なんというかやっと関係が安定してきていい感じだよ」
ノッチはうれしそうだ。羨ましい。
「そうか。よかった。あとでのろけ話聞かせてよ」
「ふふ、いいよ」
ノッチは笑顔だ。僕はまだその入り口にも立てていないのに。2人の信頼は厚いんだろうなと思った。彼氏彼女がいる人と、いない人では大人っぽさが違うと僕は思う。安定感というか、心に余裕がある。軽々しくもないし、重すぎでもない。肉体関係もそうなんじゃないだろうか?順序やタイミングは多分、人それぞれだ。恋の始まりはほんの少しだけ踏み出すこと…
でももし、一時の感情などに流され間違えばそれは只の遊戯になってしまう、そんなの虚しいだけなのだ…そんな気がした。
前田の顔が浮かんだ。
まあとりあえず、僕はまだまだ未熟者なのだ。そう思うと気が楽になった。
「それじゃあ行こうか?」
ノッチが促す。
「ああそうだね。どこ行こうか?」
僕はメッセンジャーバックを背負った。
「あっ!」
不意に僕は先ほどの閃きが戻って来たことに気がつく。
「どうした?」
ノッチは心配そうに僕をみる。
「いや…なんでもない」
そうそう、さっき閃いたのは…
「よう!」
高橋先輩が教壇から僕を呼んだ。閃いたことがまたどこかに飛んでいく。
「先輩!この前はどうも~どうしたんですか?」
僕は訪ねた。先輩の隣には…ああ、先輩のカノジョのユウコ先輩だ。ポニーテールは相変わらず。
「ちょっと伊達さんのとことかに、ようがあってな」
堂々としてる。
「そうですか。伊達先生なら教授室ですよ。今は助教授ですけどね」
僕は答えた。
「伊達先生も偉くなったのね~フフ」
高橋先輩の隣のユウコ先輩が言った。笑うと八重歯が見えるのは昔と変わってない。昔はキュートが当てはまったが、今は綺麗が当てはまると僕は思う。
「みたいですね」
僕
「伊達さんに相談したいことがあったんだよなあ~」
高橋先輩が言った。
「そうですか」
「あれ?そちらは?」
ユウコ先輩がノッチの方をみた。
「友達の井上です。お話はこいつから少々。おいっ?さき行ってるから後で連絡くれよ」
「わかったよ、ノッチ」
そう応答すると彼は講堂を小走りで去っていった。
「ごめんね~なんか呼び止めちゃって」
ユウコ先輩は言った。
「いやいや。大学生は暇人なので」
僕
「そうだなあ~」
………
「そうだ!ついでだ。ちょっとだけ話さないか?」
そういうと高橋先輩は教壇のテーブルに腰掛けた。ユウコ先輩は適当な席に座る。
「はあ、いいですよ」
僕も適当な席に着いた。
「講義してよ~ジローくん」ユウコ先輩が高橋先輩を下の名前で呼んだ。彼女の雰囲気がとても可愛らしい。少しだけユウコ先輩に見とれてしまう僕。
やっぱり信頼できる相手がいるのは羨ましいと僕は心底その時、思った。