悪役令嬢は怪盗とワルツを踊る
公爵令嬢であるセレステは、子供の頃から感情を顔に出してはいけない。相手に付け入れさせてはいけないと、厳しく育てられた。
そして、年頃になったころには、銀髪に少し吊り上がった瞳、人形の様に整った美しい顔、その容姿もあり、冷徹、氷の令嬢と言われていた。
中には、誘いを断られた事で、セレステを逆恨みし、セレステがどんなに冷たかったかを語って聞かせる者もいた為、最近では悪役令嬢とまで言われ始めた。
「今日も、噂を聞いて皆んな遠巻きに見てくるだけだったわね。もう、本当かどうか確かめてくる人もいない…」
セレステは自室の窓辺にある椅子に座ると、夜空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた…
*
夜の街をひらりと人影が舞うように屋根から屋根へと渡っていく。
マントを靡かせ、白い仮面を付けた男は慣れた様子でとある屋敷に忍び込む。屋敷の者達は寝静まり、警備の者も要るが、男は関係がないと言うように、目的の場所に辿り着く。
部屋の前には騎士が立っているが、男はそっと近寄ると素早く騎士を気絶させる。
ドアの鍵を開け、中に入ると様々な宝石などが保管されていた。
男はその中の一つ、ケースに入った赤いルビーのネックレスを手に取ると、素早く部屋を出て行った。
男が去った後には、一枚のカードが残されていた…
『I'll take it back』
*
朝の支度中に侍女がセレステに最近の噂を聞かせてくれる。
「セレステ様、月夜の怪盗の話しもうお聞きになられましたか?」
「月夜の怪盗?いいえ…」
セレステに世間話をしてくれる友達は学園にはいない。
いつもは大した興味も湧かない、噂話。今日は何となく聞いてみる気になった…。
「どんな話しなのかしら」
「それはですね、月が出る夜は、怪盗が現れて大事な宝を盗むんだそうですよ!毎回高価な宝石などが狙われるらしくて、警備も厳しくしてるそうなんですが、その警備にあたった者も倒されて、盗まれているそうです!」
「それは、物騒な話しね」
「そうなんですよ!貴族の屋敷や大きな商人などが狙われているらしくて。私達も怖くて、早く捕まって欲しいですよね!」
侍女の話を聞いて、一瞬、どうせならうちの屋敷に来て全部持って行ってくれれば良いのに…なんて思ってしまう。
昔は、期待に応える為に頑張っていた、お父様の「よくやった」お母様の「頑張りましたね」この一言を聞きたくて…
今はもう、わからない…周りに『冷たい』と、『悪役令嬢』と言われてまで耐える価値があるのか…
「セレステ様馬車の準備が整いました」
扉の外から声をかけられて、我に帰る。
そうだ、今日はボルジア家で行われる舞踏会に参加するんだった。
冬の夜空の様な色のドレスは、重くならない様にレースを上手く組み合わせてあり、セレステの白い肌と、凛とした顔を引き立たせるが、同時に冷たさも感じさせる。
「行きましょう…」
*
ボルジア家の会場にはすでに大勢の貴族が集まっていた。
父と一緒に数人に挨拶をした後、父とは離れて、窓際へ行き後は目立たない様に過ごしながらホールを眺めるのがいつものセレステだ。
本来なら、こう言う時に、男性からダンスの誘いがあるのだろうが、最初は誘って来ていた男性人も、セレステが毎回断るのと、最近の噂ですっかり誰も誘ってこなくなった。
「…誘われないのも気を遣わないから、良いわね」
暫くホールを眺めていたが、今日は外の空気を吸いたくて、気づくと庭に出ていた。
少しだけ会場から離れると、後は微かに音楽が聞こえてくるだけで、人のざわめきが聴こえなくなる。
庭の奥にある噴水まで来ると、まるで一人の世界になった様だった…。
セレステは噴水に腰をかけて、水面に写る月をそっと撫でてみる。
暫くそうやっていると不意に、声をかけられる。
「月は取れましたか?」
声の方を見ると茂みの向こうから、仮面を付けた黒髪の男性が現れた。
「いいえ、月は遠すぎて掴めませんでした」
セレステは何故か警戒心が湧かなかったし、いつもなら、こんな事言わないだろうと思う答えを返していた。
「いつかきっと貴女の為の月が手に入りますよ」
そんな事を言われるとは思っていなかった…
セレステは男をじっと見つめる。屋敷の方から微かにワルツが流れて聴こえて来た。
「一曲お願いできますか」
「…はい」
男が差し出した手に、無意識にセレステは手を重ねていた。
二人は踊り出す。
セレステのドレスがふわりと舞い、月明かりが銀の髪を照らし輝いて見える
男のマントが翻る。
初めて会ったはずなのに二人の呼吸はそれが当然であるかの様に合っている。
「貴方は月のようね。突然現れたのに、ずっと前からそこにいたような気がするわ」
男がフッと笑みを浮かべる。仮面越しでも分かるほど、男の口元が優しく緩んだ。
セレステをくるりとターンさせる。
「今日、貴女の微笑みが見れるとは思わなかった」
!…言われて初めて気がついた、私の顔は微笑んでいたらしい。
白い仮面の奥の瞳を覗き込もうと顔を上げると、男もまた真っ直ぐこちらを見つめていた。
月の光の中で、会ったばかりの仮面の男と、ワルツを踊っている事が、不思議でたまらなく現実を忘れさせて行く…
このまま、この時間をずっと過ごしていたい…
誰かと話して心地いいと、初めて楽しいと…そう思った。
曲が終わった時にお互い手を離せなくなっていた。
「また、月夜にワルツを踊りましょう」
男がセレステの手にそっと口付けを落とし、セレステの髪飾りを一つ取る。代わりに自分の胸に銀の月のブローチを髪に飾った。
「今日の出会いに…」
「…ええ」
男が去っていく姿を見送ったセレステの頰はほんのり赤くなっていた。
*
セレステと別れた男は、先ほどとは違う屋敷の屋根にいた。
「悪役令嬢ね、誰が言い出したんだか、悪役どころかあれは月の女神セレーネだろう」
彼女の姿を思い浮かべる。
「『月は手に入りましたか』…なんて、自分に向けて言った言葉だったのかもな…」
面白そうにクスッと笑うとマントを一つ靡かせて夜の街へ消えてしまった。
*
夜会から数日後。
相変わらず、セレステは誰とも親しく話すこともないままに、学園と屋敷をただ無感情に過ごす生活をおくっていた。
「あれは夢だったのかしらね、結局いつもと変わらないわ」
「セレステ様?何かおっしゃられましたか?」
「いいえ、何でもないわ」
あれが、夢だろうと現実だろうとどちらでも良い…
次の月夜にまた踊れるなら…
「セレステ様、旦那様がお呼びです」
「お父様が?…わかりましたすぐに行きます」
父の書斎の前について扉をノックする
「お父様、セレステです」
「入りなさい」
中に入ると父が、書斎の椅子に座っていた。
手元には手紙がを読んでいた様だ。
「セレステ、お前に縁談が来ている」
「縁談…ですか」
確かにそろそろ学園も卒業だ。この公爵家の跡を継ぐのは、長女の私はであり、いずれ伴侶を迎える必要があるのは分かっていた。
「どちらの方ですか?」
「ゲリング侯爵家のユース殿からから打診が来ている」
「ゲリング侯爵家のユース様…確か次男でしたね、そうなると婿入り先が必要な為、こちらに来たのですね」
「まだ決定ではないが、顔あわせをするから、そのつもりで」
「…わかりました」
書斎を出で、部屋に戻る際に廊下の窓から外を見た、中庭をお母様が歩いている…
お母様は公爵家に嫁いで来られて、幸せなのかしら…
気づけば、セレステの足は中庭に向かっていた。
「お母様」
「あら、セレステ。お父様とお話しは終わったのですか」
「はい、ゲリング侯爵家のユース様との縁談の話を聞きました」
「そう、ゲリング侯爵は悪い噂は聞きませんから、きっとユース様も大丈夫でしょう」
「お母様は、どうしてお父様と結婚されたのでしょうか、やはり家の為ですか?」
質問をすると、お母様はじっとこちらを見つめて来る…。
「確かにそれが一番大きいでしょうね、でも確かに最初は家の為、公爵家からの縁談は断りにい事もありました。貴女のお父様は人にも厳しいですが、ご自分にも厳しい人です。側で見ていて、私はお支えしたいと思ったのです」
「そうですか…」
「貴女の事は跡取りだった事もあり、厳しく育ててしまいました。それが悪い事だとも思いません。でも、伴侶となる方は貴方を心から支えてくれる方であれば良いと思っています」
セレステは、まさかそんな事を言われるとは思ってなかった。家為に頑張りなさいくらいだろうと…
「ありがとう、ございます…」
お母様から話を聞いて、いつも冷静で今はもう冷たくなってしまった自分の心の中が少しだけ温かくなった気がした。
*
顔あわせの日が来た。
いつもより念入りに髪を整えられ、ドレスを着る。
セレステは鏡の中の自分を見た…
外側は完璧に仕上げられているが、心の中は揺れていた。
中庭に出でると、テーブルと椅子が用意されており、側にはすでにユースが立って待っていた。
「初めまして、ゲリング侯爵家次男のユースと申します。本日はお会い頂き有難うございます」
「こちらこそ、来ていただきありがとうございます。セレステです。どうぞお掛けになって下さい」
ユース様は少し自信家なところがある様だが、セレステは当たり障りのない話を続けた。
暫く話した後に、一つ質問をしてみた。
「ユース様は私の噂はご存知ですか?」
「…ええ、知っていますよ」
「それでも、打診されたのはやはり、家の為でしょうか…」
「家の為では無いとは言えません。噂も実際会うまでは本当かも知れないと思っていました」
「そうですか…」
「会ってみると、どうやら違うらしいとは感じていますが。失礼ですが、噂がある以上、貴女にはこの縁談が必要だ、私なら噂も収める事が出来るでしょう」
先ほどまでと少し態度が変わって来た事に気づき、心が冷たくなって行く…。
確かにユース様が言っている事は本当だ、今の自分に、噂を否定し、心から寄り添う人はいないのかも知れない。
「…そう、ですね」
「では、前向きに考えて来ださるといい事で良いですよね」
「…」
少し強引に話を勧められても、何も言えずそのまま顔合わせは終わった。
父親に報告をした際に、ユース様からの言葉は全て伝えた。少しお顔が強張った気がしたが、最後は「そうか」とだけ言われた…。
きっとこのまま縁談は進むのだろう。
夜になり、侍女を下がらせた後に今日の事を考える…
「このまま、何も変わらないのかしら」
窓の外を見ると、今日も月が出ている。
あの日のことを思い出す…
セレステはあの時交換した、月のブローチをそっと引き出しから取り出して、髪に付けてみた。月の光を受けて銀の月がキラリと光った。
そのまま、庭に向かうと、中庭の奥へ向かう。
ガゼボの近くまで来た時に、誰かがいる事に気付いた。
「まだ、月は取れませんか」
「…私にはまだ遠い様です」
「私が、貴女の為に月を盗ってきましょうか」
黒い髪に白い仮面のあの日の男が立っていた。
お互いに手をとると、自然と踊り始めた、音楽は無いのにあの日のワルツが頭の中で流れていた。
「どうして、来ると分かったんですか」
「月夜の出来事は何でもわかるんですよ」
「…」
「冗談です。俺は約束は破らない…それに何となく今日貴女に逢える気がした」
「この屋敷のも盗って行くの?」
「いいえ、ここの宝はまだ盗れないようですね」
そう言って男はじっとセレステの瞳を見る。
『悪役令嬢』と言われるセレステと、世間を怖がらせている『怪盗』の二人。
周りから、悪役と言われる二人は似ているのかも知れない。
くるりと回るたびに、セレステの髪が男の顔の前をふわりと横切る。
男は、思わず捕まえて、このまま盗って行きたくなるのを、グッと堪えて、ただひたすらにこの時間を楽しむ。
月の夜だけに訪れる、ワルツを踊るこの時間がずっと続けばいい…
でも、きっと長くは続けられない…
月夜になるたび、二人は誰にも知られることなくワルツを踊った。
月が二人を照らす、その夜だけは。
『悪役令嬢』でも、
『怪盗』でもなく、
一人の女性と、一人の青年として。
月夜の夜になる度に、ワルツを踊る―――
よろしければ是非、ブックマーク、評価をお願いいたします!
異世界ファンタジー長編とホラー短編も投稿していますので良かったらそちらも読んでみてください!
感想なども頂ければ幸いです。
これからもどうぞ宜しくお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです!




