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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アイノカタチ

作者: 香月由良
掲載日:2026/05/14

佐和子はストリップ劇場で働いている。

大勢の獣の前でポールを握り、蠱惑的な乳房や太腿を魅せながら華麗に踊るさまは海の中の魚のようだ。

憧れてこの世界に入ったわけではない。学歴の無い佐和子にとっては、持って生まれた女体だけが武器であった。

「あんた、生意気なのよ。」

「新入りのくせに、チップなんてもらっちゃって。」

「さっさと故郷にでも帰んなさいよ。」

同じく劇場で働く女達からは毎日のように暴言や暴行を浴びせられる。女の嫉妬程醜いものは類い稀だ。


バチン!

大きく鋭い音が鳴り響いた。

佐和子が体格の良い先輩を平手打ちしたのだ。

「あんた達の醜さには嫌気がさすわ。」

「せいぜい、のたうち回って暮らすが良いわね。」

「一足先に、お暇するわ、雑魚。」


ストリップ劇場を飛び出してオンボロの家に不法侵入し電線を盗み電灯をつけた。

水道は流れないものの庭の池の水で体を洗ったり水分補給をすることで事足りた。

畑には腐りかけの苺や胡瓜、ジャガイモがあったので、池の水で流して食べた。

老夫婦が住んで死後誰も手付かずのまま放置されていた家は風でキィキィと軋む音がする。

佐和子は雨風を凌げて横になれればそれだけで安住の地と認めた。

「これからどうやって生きていくかな。」

不意に襲った睡魔が佐和子を睡眠に導く。


ある雨の降る日の明け方だった。

健二と名乗る青年がドアを開けてこう言った。

「助けてくれ。暴力団から逃げて来る時にとっさにヤッちまったんだ。捕まったらどうなるかわかったもんじゃない。」

佐和子はじっと健二を見つめた。

端正な顔立ちは青ざめ、着ている身なりからしても大して金も持たないだろう。

しかし、ひとつだけ佐和子は見抜いた。

ふたつ光る瞳の奥の、彼の過去の生き様を。

子犬のように怯えている割には目の奥が死んでいない。

「いいわ。ちょうど良かったの。わたしもひとりぼっち。あなたと半分こね。」

賭けてみる事にした。この青年との人生に。


佐和子は前述の通り学歴も無く職も無い。あるのは野生の勘と誰にも屈しない精神力だけだった。

青年の人生を半年にわたって聞いてみた。

親に虐待されていた事、イジメにあった事、読書が好きな事、ギターを弾ける事。

佐和子はとりわけギターに興味を持った。

表現者としてストリップをしていた自分を誇り高く思っていたこころが共鳴を産んだのかもしれない。

早速近くの中古楽器屋へ行き健二が昔持っていたというモデルのアコースティックギターに目をつけた。

「試奏させてもらってもいいですか?」

店員は、えぇどうぞと渡しどうせ買わないだろうとジロリと見ただけで品出しに戻った。

2人はその瞬間ギターを持って出入口に走り出した。

帰路に着くと佐和子は無邪気に健二にこう言った。

「さぁ、弾いてみて。何でもいい、わたしが歌うわ。こうみえてもわたしって歌が上手いのよ。」

流れてくるメロディは聞き覚えがなかったけれど、大声で歌い出した佐和子はこの上なく取り憑かれた。


数年間万引きをしたり腐った野菜や果実、不衛生な生活を続けた2人はやせ細った身体になっていた。

肌の垢は酷く石に歴史を刻む苔のようになっていた。

それでも毎日2人は音楽を辞めなかった。


ふと、晴れた日の朝、佐和子は健二にこう言った。

「少し歩かない?行きたいところがあるの。」

「わかったよ。ギターはどうする?」

「もちろん持ってきて頂戴。」


約1時間ほどギターを担いで歩いた先には大きなビルがあった。

小汚い2人は何度もすれ違う人の目を奪ったが、他人の目線などどうでもいい。

「階段を上がるわよ。非常口の。」

立ち入り禁止の看板を蹴飛ばし、2人は屋上までたどり着いた。


「さぁ一番自信がある曲を弾いて。」

健二が演奏を始める。佐和子は無茶苦茶な英語なのか日本語なのかわからない歌詞を乗せる。


演奏が終わるまでのアウトロで佐和子は屋上のフェンスに片足を乗せた。

思わず健二はピッキングをする右手を止めそうになる。

佐和子はかっと見開いた鋭い目つきで叫んだ。

「弾くのをやめたら、人生が終わるのよ!」

健二はその意味を理解した。また佐和子のことも理解していた、つもりだった。その次の瞬間佐和子はフェンスを超えてビルの強い風に脂ぎっていながらも凛々しく背中越しに健二にこう言った。

「わたしの人生であなたに出会えたことは、幸福と同じ意味よ。」

「あの日、訪ねてくれて礼を言うわね。」

「わたし、分かったの。」

「生を、ストリップ劇場の獣達を、醜い女共を見てきて、これからは裏の美しさを見てみたいとずっと思っていたわ。」


「ありがとう。あなたが世界一美しい人よ。」

ふわり。佐和子は空中に飛び立つ。その姿はまるで天使のように見えた。

健二は悲しみより先に見蕩れていた。

重力がぐんぐんと佐和子の体をコンクリートに引っ張る中で、我武者羅に弦を弾いた。


佐和子の断末魔の音が聞こえた時、2人の愛は永遠のものとなった。

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