第十楽章 規格外の妹
翌日から毎日のように赤い道を歩いた。見つかってまた殴られることもあったし、運よく見つからないこともあった。通行人が巡回兵が待ち構えている場所を教えてくれることもあった。
そうしている内に、段々と参加する人数も増えてきた。多くは祭りだと勘違いして寄ってくる者や、ラドの美貌目当ての女性、興味本位で集まった子どもだったが、中には明確な意思を持って参加する者もいた。
「俺らの活動をもっとPRできないもんかね。ミリちゃん、なんかよい案ある?」
痛む頬に湿布を貼ってもらいながら、オグは妹に話しかける。
返事の代わりに、ぱちぱちとモスグリーンの瞳を縁取る長い睫毛を規則的に開閉させる。大きな瞳はどこかぼんやりとして、表情は無く、言葉も発しない。端正な顔立ちのせいで、職人が丹精込めて作った人形のようだった。
雄弁だがナイフのように鋭いラドとは正反対の、無口な妹。陶器のような指先は正確でためらいがないのは、連日の手当の成果だった。少女は濡らした布で指先を拭いながら、オグの質問に小首を傾げる。しかし道具を片付けると、何も言わずその場を去ってしまった。
「彼女、反応薄くない?」
ミリャーナは耳が不自由でも、口が効けないというわけでもない。オグに対して極端に無口なのである。ラドや父親相手にはもう少し喋っている。オグは美少女に無視されたという事実が堪えているようだった。
「いや。妹は言葉を吟味して話しているだけだ。家族以外の人間には、一度口の中で呟いて、問題なければ言葉を発するようにしているらしい」
ラドが殴られると近くの女性陣から非難轟々なので、衛兵たちは手加減したらしく、本日は比較的軽症である。
「そっか。てっきり俺、嫌われているのかと思った」
家族以外にあの態度なら自分が特別に無視されているのではないとわかり、見るからに表情が明るくなる。
「間違えた、妹はお前を嫌っている。今後一切ちょっかいをかけないでくれ」
ラドは即座に前言を撤回した。
「おかしいと思ったんだよ。俺、こんなに親しみやすいし」
「その自信はどこから……」
うんざりしたラドの口調にはとりあわず、湿布を押さえたまま、ちらりと部屋の奥に消えた少女の背を振り返る。
「でも、どうして他人にそこまで気を使ってるんだ? 言いたいことを言えないなんて、本人も損じゃないか?」
問いかけにラドはしばし沈黙した後、観念したように口を開く。
「妹は正直者というか、思ったことをそのまま口にしてしまう。そのせいで相手を怒らせることが多くてな。陰口で盛り上がる同年代の娘たちに『そんなことを言うべきでない』と注意したり、独身の女性に『美人は結婚が早い』と言ってしまったり、教会の礼拝を無意味だと言ってしまったり、不要な贈り物を受け取って迷惑そうしたりするんだ」
世の中には、誰も口にしない不文律や暗黙のルールがある。特に女同士のやり取りは、細やかな折り合いが求められる。
「相手がどうして怒るのか、本質的なところで理解できてないから、同じ失敗を繰り返す。だから、自分の発言を口の中で反芻させてから出すことにしたようだ。それで問題が無くなったわけではないが、だいぶ減った。返事が遅すぎて会話のテンポが噛み合わないという致命的な欠点を除けば、だが。
人付き合いも可能な限り避けている。本人もそれで苦にするタイプではない。外に出るより、家で魔法具をいじっている方が落ち着くみたいだ」
「もしかして、あの門の上についていたのって……」
オグは門塀の上にのっていたラッパを思い出したらしかった。
「妹の発明品だ。来客に対応せずに済むようにわざわざあんなものを作った。専門的な家庭教師無しに、家にある専門書だけでな。他にも床掃除を勝手にしてくれるものや、パンを焼いてくれるものもあるぞ」
ラドの声には誇らしげだが、心情は複雑だ。
「そんなすごい才能があるんなら、もっと前面に出していけばいいのに」
便利な魔法具、例えば勝手に掃除してくれるものなど、欲しがる人間がいっぱいいるはずだ。そういうものが作れるということが知れ渡れば、商人や客が押し寄せるかもしれない。特別視されれば多少の無礼は許されるだろうし、彼女が他人と関わるきっかけになる。
「資金源にもなるし」
潔癖なラドは眉をしかめたが、確かに金は幾ら合っても困ることはない。学生のラドは自分で生計を立てているわけでもない。今は寄付や、なぜか気前が良いシラからの資金でやり繰りをしている。より大きな活動をしていくためにも今後課題になっていくはずだ。
「残念だが、妹以外が使うと上手く作動しない。売り物にはならん」
「あー、精霊は正直者が好きだって言うもんな」
覚えがあるのか、オグは何度も頷いていた。
妹は世間で生きられないくらいの正直者なので、精霊には好かれている。けれど、幾ら精霊から好かれたって、人は人の中でしか生きていけないのだ。
しばし逡巡したのち、まっすぐにオグを見据えた。
「妹にとって、他人と関わることは悪いことではない、と思う。これからも懲りずに話しかけてやってくれ」
言葉の端々に、肉親を思う切実さがにじむ。
「但し」
声が恫喝するように低く、天敵を狙う豹のようにアーモンド形の目が細まる。
「手を出したら承知しないからな」
オグは笑って受け流そうとしたが、迫力に唇が引きつっている。最終的に諸手を挙げて降参を示した。
そこへ、ミリャーナが戻ってきた。手に真鍮の箱を持っている。
「ん」
突き出されたのでオグは反射的に受け取る。思ったより重かったようで取り落しそうになっている。
「えっと?」
箱は箱の表面には飾り金具と、細い銀線で描かれた紋様があり、ところどころに小さな水晶が埋め込まれている。中を覗き込むと格子型の金属の扉の奥に、薄っすら光を放った鉱石が脈動のように点滅しており、そこに棒のようなものが触れている。
『日没の御祈りの時間です。神殿の方角を見て唱和しましょう。神は……』
「祈れってこと?」
渋い声で告げるのは、預言者教の定時通信だった。教義で日に何回か祈ることが義務付けられているため、帝国が持ち込んだ魔力波受信器。しかし、ラドの家は白の国に伝統的な救世主教徒である。混乱するオグに、ミリャーナは首を振る。
「PR」
「?」
「さっきの話」
「ああ!」
言われて思い出す。ミリャーナが離席した際、活動のPRをしたいと相談したのだった。会話がワンテンポどころではなく周回遅れなので全然わからなかった。
「でもこれでどうやって……あの、ミリちゃん?」
ミリャーナは背を向け、無言で退出するところだった。
「どういうこと?」
解説を求められたが、ラドも肩を竦めるだけだった。重いだけの箱を持っていてもしょうがないので、オグは近くのテーブルに置く。すると、ノイズが入った。
『聞こえる?』
聖句を唱えていた男の声が切り替わり、さっきまでここにいた少女が箱から話しかけた。
「すげー! ミリちゃん、こんなこともできんの?」
妹が凄いのは知っていたが、ラドもこれには驚いた。
『声、大きい。こっちまで聞こえる』
ごめん、と謝ったが、オグは興奮は収まらない。この魔力波受信器は高価だが、裕福な家庭や、客寄せのために店先で流すなどして、今や国中に溢れている。
「なるほど、これで俺らの活動をアピールすれば良いんだな?」
それができれば、一気に国中の民衆が動く。
「よし、今すぐ話す内容を考えて」
「無理」
部屋に戻ってきたミリャーナが一気にぶった切った。
「……へ? あ、ミリちゃん喋るのが苦手だから? 大丈夫、ここは口から生まれたと評判の俺が……」
「出力が弱い」
「しゅつりょく? 弱いのがダメってことは、強くすればいいの?」
「そもそも魔力波とは魔力を帯びた、精霊同士が感情等を伝播するのに使っているとされている、元から自然界に存在する音や光のような波紋の一つ。ここに人声を音の高低、強弱から信号に変換し、高濃度魔力でこの魔力波を変調し……」
「待って、端的に、端的に頼む」
専門分野なせいか、突然饒舌にしゃべり始めたが、オグは破片も理解できていない。
ミリャーナは暫く黙って、何度も口の中で反芻し、ようやく告げた。
「手持ちの機材だと遠くまで声を飛ばせない。せいぜい室内」
言うまでもなく、家の中でどれだけ活動をアピールしても聴衆は限られている。ラドの報告を父と妹が聞いている光景が浮かぶ。そんなのただの自画自賛だ。
「それは困る。どうすればいいんだ?」
「一定の時間、安定的に高い魔力を放出する必要がある。魔力媒体を高純度の魔鉱石、または魔玉にする必要がある」
魔法使いではないと馴染みが薄いが、魔鉱石は魔力をため込むものだ。鉱石が採れる鉱山は限られている。因みに魔玉とは、それを砕いて、高純度の部分のみ選別し、高炉で溶かして固めたものだ。
横で聞いたいたラドは肩を落とした。
「どちらも魔弾の材料でもあるから、取り引きが制限されている。この国では手に入らない」




