白を、白のままにしておくと決めた日
会議室は、異様なほど静かだった。
怒号もなければ、机を叩く音もない。
あるのは、分厚い書類が積み上げられた机と、重く垂れ下がった沈黙だけだ。
誰もが、疲れ切っていた。
各国の代表が持ち寄った報告書には、共通して同じ単語が並んでいる。
――暴動。
――飢饉。
――奇跡。
――神罰。
――白。
「……まず、確認しておく」
議長席に座る男が、低い声で口を開いた。
「我々は今日、この存在について“意味”を決定するために集まったわけではない」
誰も反論しない。
反論できる者は、もうこの部屋には残っていなかった。
「意味を与えようとした結果、何が起きた?」
沈黙の中、誰かが書類をめくる音だけが響く。
「白は慈悲だ」と叫んだ都市では、祈りのために労働が止まった。
「白は審判だ」と恐れた国では、先制的な粛清が始まった。
「白は富をもたらす」と信じた市場では、通貨が紙屑になった。
――すべて、“解釈”の結果だ。
「我々は、理解しようとしすぎた」
軍服を着た男が、苦々しく呟く。
「意味を見出せば、対策が立てられると思った。だが……」
その先は、言葉にならなかった。
別の席から、乾いた声が続く。
「観測不能。意思不明。反応なし。
それでも、奴は動く。ただ“そこに在る”だけで、世界が変わる」
「神だという者もいる」
「災害だという者もいる」
「隣国の兵器だと主張する者もいたな」
議長は、一つ一つを否定しなかった。
否定する必要が、もうないからだ。
「……結論を述べる」
男は、淡々と告げた。
「我々は、あれを理解しない」
ざわり、と微かに空気が揺れる。
「分析をやめる。
意図を探らない。
意味付けを禁止する」
「それは……敗北宣言では?」
誰かが、かすれた声で問う。
議長は、少しだけ目を伏せた。
「そうだ」
否定しなかった。
「だが、これ以上の敗北を防ぐための敗北だ」
そして、机の上の一枚の紙を掲げる。
「本日をもって、あの白い存在を――」
一瞬、言葉を区切り、読み上げる。
「**『特別指定不可抗力事象・聖域龍』**と定義する」
誰も、笑わなかった。
あまりにも事務的で、あまりにも冷たい名前。
神でもなく、敵でもなく、隣人でもない。
ただの――現象。
「以降、あれの行動に理由を求めてはならない」
「右を向けば、右を向いたのだと思え」
「動かなければ、動かなかったのだと思え」
「意味を考えるな。解釈するな。
……生き残るために」
沈黙が、ゆっくりと会議室を満たしていく。
やがて、誰かが小さく息を吐いた。
「……ようやく、楽になれた気がするな」
誰も、それを否定しなかった。
――――
一方、その頃。
白いドラゴンは、巣の奥で丸くなっていた。
金貨は冷たく、ひんやりしていて気持ちいい。
最近は、人間たちが少し離れた場所に、色々なものを置いていく。
取りに行くのは、少し面倒だけど。
「まあ……そのうちでいいか」
体を少し動かすと、白い鱗に光が反射する。
「今日は、こっちの向きのほうが日当たりがいいな」
それだけの理由で、ドラゴンは寝返りを打った。
その瞬間、どこかの国で、誰かが慌てて報告書を書き換えたことを、
ドラゴンは、もちろん知らない。
「……すやぁ」
白は、白のまま。
意味を持たないまま、
今日も、世界の真ん中で眠っている。
――こうして、世界は「白」と共に生きる道を選んだ。
空には白い旗が翻り、街も人も馬も犬も、みんな白に染まった。
だが、ドラゴンはただ、楽しそうに雲を追いかけていた。
(……わーい、白がいっぱい! みんな僕と一緒だね!)
――そして、この平和が、どれくらい続くのか。
誰も、まだ知らない。
(黎明編 完)
最後までお読みいただきありがとうございます!
10作品をもって、『白の遊戯編』完結です。
ただ遊んでいただけのドラゴンが、気づけば世界を白く染め上げてしまいました。
正直、作者もなぜここまで話しが悪化したのか不思議でなりません(笑)。
もし「この勘違いの続きが見たい!」「次はあの国が遊び(物理)の犠牲になってほしい!」といった応援やご感想をいただけましたら、第2部始動への大きな原動力になります。
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