第四十八章 エピローグ
アイリスに改めて祝辞を送ってから、浦辺たちは仕立屋を後にした。
外に出た途端、浦辺は真っ先にラングに捕まってしまった。
一通り仕事に区切りが付いたラングは浦辺との再会に喜んでから、彼を仕事仲間や旧友たちのいる所へと半ば強引に連れて行った。そこで浦辺が、豪快に酒を食らい有頂天になっている彼らにもみくちゃにされたのは言うまでもなかった。
シスターのアシュレイから譲られた「魔法律議書」を読んで変身魔法の持続性を得たテオは、面倒を看ていた双子を母親であるエレノアに託してからルミウスたちの所に戻った。
子どもたちとの遊びに夢中のあまり浦辺の到着に気付かなかったテオは、二人から話を聞いて早速会いに行こうと駆け出した。
しかし、押し合いへし合いの盛り上がりを極める男たちに圧倒され渋々引き上げた。
両親の元に戻ったとき、高貴な身なりをした一人の男が彼らの前に現れた。
二三、話をしたルミウスとイザベラは驚いた顔を見合わせた。
一方のテオは、目をキラキラとさせながら男に頷いて見せた。
その頃、広場付近をあてもなくブラブラしていたリヴィアに、複数の男たちが次々と言い寄ってきた。ほとんどが冒険者風の勇ましい体躯の男たちばかりだったが、女性が好みそうなきらびやかな装飾で飾り立てた資産家風の男も数人口説きながら迫って来た。
普段のリヴィアなら、必死にアタックする相手を見て面白がっていたことだろう。
しかし、今回の彼女は物腰を柔らかくしながら丁重に断った。
男たちをやり過ごしフゥ…と、一息吐く彼女に再び誰かが近付いた。
内心で辟易しながらリヴィアが振り返ったとき、そこにいたのは親しい女友だちだった。
しどろもどろになるリヴィアを、彼女たちは輪を作って囲んだ。
あのとき、たむろする野次馬に混じってリヴィアがドラゴンに変身する瞬間を目の当たりにした彼女たちは、意外な事実に驚き頭が真っ白になったと打ち明けた。
当然よね、とリヴィアは思ってからドラゴンという秘密を隠し通していたこと、騒動のときに怖がらせてしまったことを彼女たちに詫びた。
彼女たちは互いに顔を見合わせてから、ニッと一斉に朗らかな笑みを浮かべた。
「たとえドラゴンの姿になっても、心の中はリヴィアのままなんだから私たちは気にしないわ。水臭いのは抜きにして、これからも一緒に遊びに出かけましょう!」
と、彼女たちは闊達な笑顔をリヴィアに向けた。
寛大な心を見せてくれた彼女たちに涙ぐんだリヴィアは、感謝の気持ちを示そうと頭を下げそうになったが、それもまた“水臭い”と思い直し返事の代わりに両手を広げて彼女たちを抱き寄せた。
人間態ながらブレスが吐けそうなほど、彼女の胸の中は熱い想いで溢れていた。
様々な人間模様を映して盛況を見せていたオスニエルだったが、いざ式典が始まると彼らは気を引き締めた表情で構えた。
「…あれ、テオがいませんよ」
熱気に包まれた男たちから解放され戻って来た浦辺は周囲を見回した。
「私も気になっていたんだけど、あの子どこへ行っちゃったの?」
と、リヴィアも心配そうにルミウスに聞いた。
〈じきに分かるから、今は式典を見守ろう〉
と、ルミウスは言ってイザベラと微笑み合った。
巨大な十字架がそびえる広場の舞台上にて、格調高い戴冠の儀が最初に行われた。
開始早々、人々は早速驚きの光景を目の当たりにした。
粛然とした雰囲気の中、由緒ある王家の衣装に身を包んだ女王アイリスの王位就任を示す戴冠に立ち上がったのは、給仕服から落ち着いた色合いのドレスをまとった女中のフローラーだった。
通常、戴冠は聖職者の務めというのがならわしだが、一連の出来事から二人の間に築かれた信頼以上の関係性を知った皇帝陛下の特別な計らいにより、女中兼乳母として長年女王に寄り添ってきたフローラーがその大役を担うことになったのだ。
さらに人々が目を見張ったのは、フローラーが持っている冠がきらびやかな輝きを放つ黄金の王冠ではなく、いかにもお手製にしか見えない数輪の花でかたどられた冠だったからだ。
街の子どもたちがアイリスを慰めるために造ったあの花冠だった。
フローラーは、それをゆっくりとアイリスの頭に被せた。
ほとんどの者が驚きと感動をない混ぜた表情で見守る中、人一倍自然を尊ぶエルフ(特に女性陣)は可愛らしい花の冠を載せた王女にうっとりと見惚れていた。
その彼女たちの出番は、戴冠式の後に訪れた。
拍手とともに戴冠の儀が終わると、エルフ族を束ねる族長が号令をかけた。
エルフたちが続々と舞台へ上がり、男たちの奏でるハーブと笛の音色に合わせながら彼女たちは艶美な踊りを披露した。エルフ族に代々から伝わる伝統的な祝福の舞いだった。
優雅に踊る彼女たちの姿は男なら誰もが目を奪われるほどの妖艶さで、くびれた腰と豊満な胸という異性を虜にする蠱惑的な機能美を感じさせる体躯も相まって、彼らは揃って釘付けになっていた。
呆けた顔で見惚れる男衆に向かって、エルフの踊り子たちは誘惑するような眼差しで笑みを向けた。
排他的な一方であどけない性格も持ち合わせている彼女たちなりの遊びだったが、そんなこととはつゆ知らず純粋なアピールと勘違いした男たちは一斉に胸を高鳴らせた。
エルフたちによる余興が終わると、次の式典に移る準備を整えるための小休憩が挟まれた。
〈エルフたちめ、相変わらずのイタズラ好きだな〉
と、ルミウスはやや呆れた調子で言った。
「全員子持ちのはずだから、それを知ったら彼ら愕然とするでしょうね」
と、リヴィアはクスリとしてから吐息とともに肩を落とした。
〈元気がなさそうだが、どうかしたのか?〉
「…さっき、私も数人の男たちに言い寄られてね。やり過ごすのが大変だったわ」
〈キミの正体がドラゴンだと知った上でか?〉
「さぁ…。でも、以前の私だったら正体を知らずに口説いてくる相手を面白がってから適当にはぐらかしていたわ。だけど、さっきはとてもそんなこと出来なかった。恋を成就させられなかったときに受ける心の傷が、どれほど痛いものなのか身に染みて感じたからかもしれないわ」
〈…ウラベのことだな。彼はキミに話したんだね?〉
ルミウスは、すぐそばでイザベラと話している浦辺に聞こえないよう、声を落として言った。
「ここへ来る途中にね。相も変わらず高い所が怖いって、目を閉じながらだったのが滑稽だったけど。…あなたには感謝しているわ、ルミウス。勇気を振り絞れずドラゴン式の求愛をした私に代わって、ウラベに想いを伝えてくれて」
〈私が代わりに言ってよかったのかと悩んでいたんだが、そう言ってくれてホッとしたよ。…それで、彼との話でキミはどう感じたんだ?〉
「そうね…。彼からその話題を切り出されたとき、私は望み通りの返答が聞こえると勝手に思い込んで胸を高鳴らせていたわ。だから、淡い期待だったと分かったときは自分に対して笑っちゃった。おめでたいでしょう?」
と、リヴィアは自嘲気味に苦笑した。
〈それだけ本気だったということだな〉
苦笑から哀愁に満ちた面持ちに変化したリヴィアの横顔を見て、ルミウスは囁くように言った。
舞台上では次第に準備が整い始めており、群衆たちはワクワクした様子で待ち構えていた。
「自分でも不思議に思っているの。ドラゴンとして生きてきたこの一〇〇年近く、私は育ててくれたヴァンハルト王国のみんなを含む様々な人間たちと関わってきたわ。その過程で、たくさんの人間や同族に想いを寄せられたけど、私はどれも本気にはなれなかった。それなのに、ウラベだけには違った。これほど真面目に恋心を寄せたのは、後にも先にも彼だけだと思うわ」
〈ウラベは別の世界から来た異世界人だから、その特異性が魅力として映ったのかもしれないね〉
「それもあるかもしれないけど、ほかにも理由があるような気が私はするの。それがなんなのか、自分でもよく分からないけれど…」
と言って、リヴィアはイザベラと笑顔で語り合っている浦辺をチラリと見た。
〈希望通りの答えが聞けなくてさぞショックだろうと思うが、どうか分かってやってほしい。彼が交際を断ったのはキミを想ってのことでーー〉
「大丈夫よ、ルミウス。ウラベはちゃんと理由を話してくれたから」
準備を終えた舞台上にて皇帝陛下夫妻が祝辞を述べ始めた。
静かに聞く者もいれば構わずおしゃべりをする者もいる中で、リヴィアは淡々と言葉を続けた。
「これまで私はたくさんの人間と知り合っただけでなく、人生を謳歌した彼らが旅立つ瞬間にも何度か立ち会ってきた。そのたびに途方もない喪失感に襲われた私は、こんな悲しい瞬間に二度と立ち会いたくないと思い続けたわ。けど、ドラゴンとして生まれた以上そうはいかない。私はそれを自分に言い聞かせて、これからも訪れるであろう親しい人たちの“終わり”をしっかりと見届ける覚悟を決めたの。
でも、それがもしも伴侶として迎えた人だったら、恐らく立ち直るのに長い時間を費やすかもしれない。それ以前に、そんな運命を決定付けられたまま一緒になるなんて耐えられないと、ウラベは言ってくれたわ。寿命を理由に交際を断った彼が、私は同族のドラゴンを夫として迎えるべきだと言ってくれたときは、ショックよりも嬉しさで胸が熱くなった。私のことをなによりも思って言ってくれたあの言葉に、ただただ感謝しかなかったわ…」
〈彼はドラゴンが長寿であると分かっていた。だから、キミがこれまで歩んできた中で体験した辛い経験も見抜いた上で、そう言ったんだろう。彼なりのキミへ向けた思いやりというわけだ〉
「ええ、そうね。…私はドラゴンとして生まれたことに誇りを抱いているけど、騒動のときみたいに後悔するときも今まで何度かあったわ。でも、今はいつにも増して思うの。人間として生まれていたらどれだけよかったかって…」
と、リヴィアがつぶやいたと同時に、皇帝陛下夫妻の祝辞が丁度終了した。
そして、戴冠の儀と同様厳粛な空気に包まれながらアイリスとロイスの結婚式が営まれた。
エルフの男たちによる心地好い演奏が流れる中、メンズのラテンシャツに着替えた花婿のロイスと、ルミウスたちに披露したウエディングドレスをまとった花嫁のアイリスがともに舞台へ上がる。
その際に、浦辺とリヴィアは「あッ」と小さく叫んだ。
結婚式では、花嫁の長いベールを支える“ベールガール”と呼ばれる子どもが存在し、新婦とともにバージンロードを歩くならわしがある。
今回の結婚式でもその習慣が活かされたが、すっかり和んでいる群衆とは別に浦辺とリヴィアが驚いたのは、その役割を担っているのが燕尾服を着こなしたテオだったからだ。
堂々としつつもかすかに緊張した様子のテオは、ベールガールならぬベールボーイとしてアイリスの後に続いていた。
父親のルミウスはなんとなく恥ずかしくなって苦笑を浮かべたが、母親のイザベラは目をキラキラと輝かせながら息子の凛々しい姿を眺めた。
新郎新婦が講壇に体の向きを変えると、テオはそそくさと脇へと移動し緊張が解けたようにフゥ…と小さく息を吐いた。
テオをベールボーイに任命したカルトレイクの諸侯が、ささやかな拍手を彼に送った。
亡くなったエドガー牧師に代わって誓いの言葉を述べるのは、シスターのアシュレイだった。
巨大な十字架を背に講壇に立ったアシュレイが、アイリスとロイスの顔を交互に見ながら、
「病めるときも健やかなときも、富めるときも貧しきときも…」
と、お馴染みのセリフを二人に語りかけた。
「誓います」
アイリスとロイスは永遠の伴侶として生涯をともに過ごすと誓い、その証としてそれぞれの薬指に指輪をはめた。
そして、ようやく誓いのキスを交わす瞬間が訪れた。
緊張しつつも落ち着いた手付きでベールをめくったロイスは、美しい女性としての魅力を放つかつての幼馴染みと目を合わせた。
ニコリと微笑むアイリスの柔らかな頬にロイスは手を添えた。
愛する男の温もりにアイリスは頬を赤らめ、受け入れるように目を閉じる。
スローモーションのように、二人の唇と唇がゆっくりと触れ合った。
盛大な拍手とともに歓声を上げる群衆、祝砲代わりの咆哮を上げる魔族たち。
それらは夫婦としての契りを結んだ二人へ向けた祝意の表れであると同時に、対魔物の思想というしがらみから解放され、共存社会の仲間入りを果たし新たな一歩を踏み出したグリンメル王国を歓迎する意味も込められていた。
…ということで「グリフォンの里Ⅱ」完結です!
終盤近くから繁忙期に突入した仕事の影響で、更新がままならなってしまい申し訳ありませんでした。。
それにも関わらず読んでいただいた読者の方、本当にありがとうございました!
前作の「グリフォンの里」がファンタジーながら舞台が現代だったため、本格的な異世界モノを書きたいと思いその結果生まれた本作。独自の世界観が通ずる異世界ではありますが、なるべく本格性を意識して細かな点まで極力配慮した設定にしたつもりですが、それによって自分でも気付いていない矛盾点や疑問点を発見した場合はお教えいただけると嬉しいです。
…それにしても、異世界ってホントいいですね。神サマ、来世はぜひ向こうの世界に自分を(ry
異世界と聞くと高揚感とワクワクが止まらないほどに陥っている今、これからもそのジャンルで新しい作品を継続して生み出せるようガンバッていきたいと思っている志賀将治でしたm(__)m




