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第四十七章 晴れ姿

 雲一つない快晴の空の下、グリンメル王国では新たな統治者となった女王アイリスの戴冠式を兼ねた結婚式が盛大に執り行われようとしていた。

 王国内の国民はおろか、近隣諸国の権力者たちのほか皇宮からは皇帝陛下と皇后も列席、暗黙の了解でオスニエルへの出入りを避けていた亜人のエルフとドワーフたちまでも、自ら祝いの席上に足を運んでいた。

 中でも特筆すべきは、人語を扱える上位種の魔物のほか、契約者である(あるじ)とともに訪れた従魔も来賓として姿を現していることだった。

 共存社会の実現後も魔物を危険分子として目の敵にしていたことで世間的な認知度が高かったグリンメル王国が、魔族を来賓として迎え入れたことは前代未聞の珍事として人々を驚かせた。というのも、建国時から浸透していた対魔物の思想が、決して覆ることのない確固たる存在と見なされていたからだ。

 歴代国王の思想を絶つのもいとわず思い切った改革に踏み切ったのは、言うまでもなく新統治者として君臨した女王アイリスだった。

 彼女は対魔物の思想を完全に撤廃し、異種族間での関わり合いを尊重する意向だと公の場で標榜(ひょうぼう)し、人々は賞賛の声を上げた。

 歴史的な表明に盛り上がった来賓たちは、本格的な催しの前からがぶがぶと鯨飲(げいいん)した。

「ブロム、来賓用の酒が切れた。店から酒樽ごと持ってきてくれ」

 と、凄まじい飲みっぷりを見せる来賓(特に酒好きのドワーフや職人気質の親方連中)たちに辟易しながら、ラングは門番Aのブロムに言った。

「またオイラに運ぶのかよ」

 ブロムは布袋腹をたるませながら不満そうに言った。

「当たり前だろうが。力自慢のオレがお前のバカ力に一目置いてやってんだから、ブツクサと文句言ってねぇで早く取ってこいっての!」

「分かった、分かったよぉ。人使いが荒いったらありゃしない…」

 ブロムはたるんだ腹を辛そうに揺らしながら、ドスドスと足音を鳴らして酒場まで駆け出した。

「おい、ラング。主賓席の酒もそろそろ底を尽きそうだぞ」

 と、ブロム同様一時的にラングの下で働くことになった門番Bのディッカーソンが、現役のときの実直さが健在の事務的な口調で言った。

「もっと早く教えてくれよ。ブロムのヤツを行かせちまったじゃねぇか。あいつ、また往復するハメになるぞ」

「あの腹が引っ込むいい運動になるだろう」

「まったく…。酒の消費量が尋常じゃなくてたまらねぇぜ」

「文句なら酒豪の御前殿と職人連中に直接言ってやれ」

 と、ディッカーソンはどこ吹く風といった調子で流した。

 崩壊したオスニエルの城に代わる新しい城は既に竣工していたが、今度の出来事をきっかけに門の番人から身を引いた二人は、ラングに雇われ酒場の従業員として精を入れていた。

 愚痴はこぼすも従順な働き者ブロムに対し、ディッカーソンは持ち前の堅物さで一丁前にあれこれと意見を述べ、その都度ラングとは衝突し合うことがチラホラあった。

 とはいえ、鋭敏な観察眼を発揮する彼のおかげでスムーズに経営が進んでいるのも事実であるため、彼にとってこの二人はなくてはならない大切な仕事仲間と言っても過言ではなかった。

「あなた。彼女たちがお手伝いに駆け付けてくれたわ」

 と、ラングの妻であるエレノアが給仕服に身を包んだ女性陣を引き連れて来た。

 以前までオスニエルの城で家事全般に励んでいた女中たちだった。

「そりゃありがたいが、女にゃちとキツいんじゃないか?」

「バカにしないで。力仕事だって私たちの専門なんだから」

 と、女中の一人が腰に手を当てて胸を張った。

「私だって負けていられないわ」

「無茶するなよ。まだ二人目が産まれたばかりなんだからな」

 腕まくりをして意気込む女房にラングはハラハラして言った。

「知らないの? 女性は出産後がより活発になるものなのよ」

「それは多分、お前くらいだよ。…ところで、子どもたちはどうしたんだ?」

「街の子どもたちと一緒に、テオくんが面倒を看てくれているわ。ほらほら、大切な催しなんだからボンヤリしないで張り切りましょう!」

 と、エレノアは女中たちを奮い立たせて手伝いに奔走した。

 さすが、オスニエルの城で勤めていただけに彼女たちの働きぶりは甲斐甲斐しく、産後それほど日にちが経っていないエレノアも彼女たちと比して遜色のない機敏さで手伝いに励んだ。

 満杯の酒樽が運ばれると、男たちは樽を模したジョッキに次々と酒を注ぎ乾杯の音頭を取った。

 豪快に声を張り上げる親方連中に(なら)うように、貫禄のある髭を生やした小柄のドワーフたちもジョッキを高々と掲げた。以前まで暗黙の了解を立てるほどオスニエルへは立ち入らないと誓っていたとは思えないほど、彼らは現地の人々の輪に溶け込んでいた。

 陶然と酔いしれる彼らに混ざって顔を連ねていた元憲兵騎士団の騎士たちも、和気藹々と祝杯を挙げながら雑談にふけっていた。

 ディアドロス国王の審議会が行われた過程で、闇に葬られつつあったヴィルフォール公爵の戦争犯罪の数々があかるみとなり公爵も国王共々詮議にかけられること。

 ラングが改装資金の調達のため横流しした武器を受け取った組織が敵対勢力との抗争で共倒れになり、使用された武器の出所を確かめようにも激戦を極めたために不可能に近いこと。

 以上の点のほかに、脅威とされる両組織の壊滅が結果的に怪我の功名として捉えられ、ラングは女王の読み通り軽い刑罰で済んだばかりか酒場の経営を維持出来るようになったこと。

 これらの話題を酒の肴にしながら盛り上がっている彼らは、騎士団を解散後に盗賊などの輩から品物の輸送を行う荷馬車やキャリッジを守るためのフリーの護衛編成隊“過激な兵器(ラディカル・ウェポン)”を新たに結成していた。部隊名の命名にあたって内輪でちょくちょく揉め、中々決まらずにいるときに偶然出会った盗賊相手に隊長がとっさに思い付いた名前を名乗った途端、相手が怖気付いて逃げたためこれにしようと満場一致で決定したというのが、ちょっとしたこぼれ話になっていた。

 組織したばかりのため依頼件数はスズメの涙ほどだが、貿易業で栄えるヴァンハルト王国がとある集落までの輸送に彼らを護衛に就けたい旨の話をほのめかしていることが分かり、それを機に安定した仕事量が今後舞い込むのではないかと見込まれている。

 冒険者ギルドを介さない自由型を選んだ結果、他国からも要請が下るほど認識されたことに喜んだ彼らは、それも含めて祝杯の音頭を取っていた。

 そんな賑わいを見せるオスニエルの街で、ルミウスとイザベラは一人の女性に導かれ一軒の仕立屋に足を運んだ。

 恰幅のいい女性店主に案内され店の奥へ行くと、純白のウエディングドレスに身を包んだアイリスが二人を迎えた。

「まあ…。とってもきれいだわ」

 と、イザベラが感嘆のため息を漏らした。

〈うむ。よく似合っている〉

 二人からの賛辞にアイリスは顔を赤らめて微笑した。

「そういっていただけて嬉しいですわ。ウエディングドレスなんて初めて着るのであなた方にもぜひ意見を賜りたいと思っていましたが、おかげで自信が持てました」

「お世辞でなく、本当に素敵よ」

「身に余るお言葉をいただけてとても光栄です。これからはグリンメル王国の平和と繁栄に尽くしながら、あなた方のような夫婦を模範にした家庭をロイスとともに築くことを誓いますわ」

 そのとき、ドシンッという音とともにわずかな地響きがした。

〈どうやら到着したみたいだな〉

 ルミウスが言うと、女性店主が急ぎ足で店の外へと飛び出して行った。

 少しして、彼女に連れられた浦辺道夫と彼を迎えに向かったリヴィア(人間態)が店に入って来た。

「あら、きれい! アイリスったら、見違えるほど美しいわ」

 リヴィアは目をキラキラとさせながらうっとりした。

「ありがとう、リヴィア。ウラベもね。来てくれてとても嬉しいわ」

「折角の晴れ姿なんだ。来ないわけにはいかないよ」

 と、浦辺はニコリとして言った。

「そうそう。わざわざ《認識阻害》をしてまで迎えに行ってあげた私に感謝しなさいよね」

 と、リヴィアが腰に手を当てて胸を張った。

「感謝はしてるけど、見知らぬ女性の姿でいきなり飛び出して来たときは驚かされたよ」

「あら? というより、見惚れているように見えたわよ。特に、あなたと一緒にいた可愛い顔の人はね」

「あいつだけだよ。すっかりその気にさせてくれたから、帰ったら説明が大変だよ」

 と、浦辺はデレ顔を浮かべていた北村を思い出してげんなりした。

「素直になればいいのに。こんな美貌の二十代に声をかけられた男は誰だってイチコロなんだから、隠さなくたっていいじゃない」

「それって人間換算?」

「当たり前でしょ」

「サバ読んでない?」

「なんなら、身を以て確かめてみる? 私は構わないわよ」

 リヴィアは帽子で隠す必要がなくなった空色の長い髪を両手でかきあげ、誘惑するようにくびれのある腰をくねらせながら官能的な眼差しを浦辺に向けた。

「…その必要はなさそうだからよそう」

 妙な色っぽさを見せる人間態のリヴィアに、浦辺は頬を赤らめて空咳をした。

 その様子を見て、ルミウスたちはおかしそうに笑った。

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― 新着の感想 ―
ラングさん酒場に復帰出来たんだ! モブキャラだった門番の2人も(名前ありで)ちゃんとキャラを立たせていてなんとなくホッとしました(笑) 護衛編成隊のチーム名が物騒過ぎて・・・( ´∀`;) アイリスの…
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