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第四十六章 浦辺の本心

「…ということで、ルミウスに浦辺さんを日本まで送り届けてほしいとお願いしておきました。彼は心地好く引き受けてくれましたが、どうでしょうか?」

 イザベラが聞くと浦辺は苦笑し、

「むしろ、そうしてもらえると助かります。パスポートもなにも持っていないし、高瀬も一緒に連れ戻さなければなりませんから」

 と、頭をかいてお礼を言った。

 オスニエルの事件から一夜が明けた早朝、グリフォンの里では元の世界に戻る浦辺を見送るためにイザベラたちのほか、ドラゴンのリヴィアとラング、そして彼の幌馬車に乗ってやって来たアイリスとロイスも顔を揃えていた。

〈自ら危険に立ち向かおうとするキミを私は我が子同然に心配していたから、無事に送り届けられると思うとようやく安心出来るよ。…しかし、本当によくやってくれたな、ウラベ。機会があれば、また我々の里へ遊びに来るといい〉

「分かりました。今度は、ゆっくりとこの世界を満喫させていただきます」

「私たちは、いつでも浦辺さんを歓迎しますから」

 と、イザベラは言ってからおもむろに浦辺に身を寄せ、昔別れたときと同じくギュッと抱き締めた。

 外国流の挨拶と知りつつも、胸に密着する柔らかな二つの感触に浦辺は顔を赤くせざるを得なかった。

 それから浦辺は、テオの前で膝を突いた。

「二人にはちゃんと謝れたかい?」

 テオはコクリと頷き、

〈父さんたちの立場になって考えてみて、どれだけ心配させていたのか気付くことが出来たから、もう二度と無茶なことはしないって約束したよ。それに、慌てて大人になろうなんて思うのもやめることにしたんだ。これからは父さんみたいな立派なグリフォンになる目標を持ちながら、焦らずゆっくりと努力していく〉

「いいぞ、テオ。そうしてくれるとボクも嬉しいから応援するよ」

〈…また来てくれるんだよね?〉

「心配なら律議書を借りていこうかな」

 クスッとしたテオは浦辺に頬ずりすると、別れを惜しむようにクルルル…と喉を鳴らした。

 豪快な性格に反し意外と感傷的なラングも、浦辺との別れを露骨に惜しんだ。

 そんな彼を見て、浦辺は表情を曇らせた。

 ラングもディアドロス国王たちと同じく、武器の闇取引に携わった履歴があるからなにかしらの罪に問われてしまうのでは、と彼は心配したのだ。

 しかし、それは杞憂で終わるかもしれないとアイリスが言った。

 現在、ディアドロス国王の懲罰に関する審議が皇宮にて進行していたが、具体的な悪事を把握する必要があるという皇帝の要請によって、娘のアイリスが未来の夫となるロイスを伴って彼らの元へ赴くことになっていた。その途中で、浦辺の見送りに顔を出したというわけだ。

 ラングの辿ってきたやむを得ない事情を鑑みたアイリスは、この機会を用いて今一度皇帝に掛け合う姿勢を示しており、そこで武器の闇取引に自身も関与していた事実を隠さず自首したことを含め、浦辺たちに協力し王女救出に貢献したことを伝えれば、情状酌量の余地は充分にあると彼女は言った。

 闇取引に最も長く携わっていたディアドロス国王と死亡したロディル、脅迫で横流しの継続を強要したヴィクターとルークはそれ相応の重罰が下されるのは確かだが、脅されて従わざるを得ない立場に追い込まれていたラングが彼らと同等の罪に問われる心配はないだろう、とアイリスは予想していた。

「だけど、改装資金の調達を目的とした武器の流通に関しては、なにかしらの処分を受けなければならないと思うわ。それによってお店の経営に復帰出来るかどうかは、申し訳ないけど皇帝陛下の決断次第ね」

「どんな結果であろうと、オレは潔く受け止める覚悟でいます。こんな自分なんかのために色々と考慮していただき、感謝の言葉もありません」

 と、ラングはアイリスに深々とお辞儀をしてから、浦辺に向かい合った。

「もしも店を続けていけられたら、そんときは客として寄ってくれよな」

「もちろん。ちゃんと伺いますよ」

 と言って、二人は力強い握手を交わした。

「ウラベミチオ。あなたという大変な功績を残してくれた異世界人を、私たちは一生心に刻み続けるわ。今度また、一緒にお茶をしましょう。…それと、これは私からのささやかな感謝の気持ちね」

 と言って、アイリスは浦辺の頬にキスをした。

 初対面のときのアイリスは気さくで幼気が抜け切れていない印象だったが、今の彼女は統治者としての気品に満ちた風格を滲ませており、一夜にして大人びたような雰囲気が感じられていた。

 そんな彼女と契りを交わしたロイスも、パートナーであるアイリスとともに王国を守っていくという責任感を胸に深く刻んだ頼もしい存在感を漂わせながら、浦辺と熱い握手を交わした。

(この二人なら王国の将来も安泰だろう)

 浦辺はそう信じた。

〈はい、これ〉

 と、ようやく順番が回ったリヴィアが長い首を伸ばして浦辺に顔を近付けた。

 その口先には、折り畳まれた服がぶら下がっていた。

「ありがとう」

 浦辺が受け取ると、リヴィアは目を閉じて、

〈…触って〉

 と、つぶやくように言った。

「なんだって?」

〈私の頬に触れてと言ったのよ〉

「どうしたんだ、一体?」

〈別にどうもしないわよッ。その…あなたに初めて撫でられたときの温もりが忘れられないから…〉

「なんだかキミらしくないな。そんな風に甘えるなんて」

〈うるさいわね。ほら、早く触れてよ〉

 リヴィアはグイグイとマズルを押し当てた。

 浦辺は仕方なさそうにため息を吐いて彼女の頬に手を添えた。

 目を閉じたリヴィアは安らかな表情を浮かべると、喉の奥からフルルル…と今まで聞いたことのないメロディを奏でた。

 その場にいる全員が、彼女の鳴らす心地のよい音色にうっとりした。

 ただ一人、ルミウスを除いて…。

〈…さようなら、ウラベミチオ。またいつの日か、会える日を楽しみにしているわ〉

 と、リヴィアは潤んだ瞳を輝かせて微笑んだ。

 浦辺は様子がおかしいと思いつつも、なにも言わず微笑み返した。

 浦辺は群れのグリフォンたちにもお礼を言うと、寝起きでボンヤリとしている高瀬を立たせた。

 そして、ルミウスとともに泉へと沈んで元の世界へと戻った。

 泉の中から外へ足を踏み出した瞬間、浦辺の視界に懐かしい森のオアシスが広がった。異世界と同じ時間を刻んでいるため、朝日が木漏れ日となってオアシスを神々しく照らしていた。

 浦辺が私服に着替え終えると、ルミウスが体を伏せて乗るように促した。

 高瀬は、苦手な絶叫マシーンを無理やり乗せられそうな子どものように怖いだの行かないだの騒ぎ始め、浦辺の手を焼いた。

 が、ルミウスのひと睨みで青ざめると、高瀬はおとなしく背にまたがった。

 高瀬に続き、浦辺もルミウスに乗る。覚悟はしていたものの、やはり体の震えは止められなかった。

 ルミウスは姿が見えなくなる魔法(彼いわく《認識阻害》というらしい)を発動すると、助走しながら翼を羽ばたかせ空高く飛び上がった。強風が顔面に吹き付け、浦辺と高瀬は同時に目を閉じた。

 イギリスから東アジアへ向け、ルミウスは大海原を横断した。

 その間、浦辺は生まれ故郷の場所を強く念じた。

 ルミウスにとって異世界である地球の空を移動するのは初めての経験なため、当然ながら日本の場所など知る由もなかった。しかし、浦辺の念によって正確な位置を読み取ると、彼は迷うことなく目的地に向けて一直線に飛んだ。

 大海原を越え、ルミウスは浦辺の祖国である日本に到着した。九時間の誤差により、朝日が照り付けるイギリスに対し日本は今、茜色の空模様を見せる夕暮れ時に差しかかっていた。

 浦辺の念を頼りに日本の中心部である岐阜県岐阜市に辿り着いたルミウスは、街中にいくつも点在する山々のうちの一つである水道山(すいどうやま)を目指すと、山頂にある展望台に着陸した。

 ルミウスは人気(ひとけ)がないのを確かめてから《認識阻害》を解いた。

 浦辺はいつの間にか気を失っている高瀬を抱えて降りた。

〈ここでよかったかな?〉

「はい、ありがとうございます。おかげで助かりました」

〈妻からの頼みだ、礼には及ばない。…なるほど、ここがキミの生まれ育ったギフと呼ばれる街か〉

 ルミウスは展望台の手すりを余裕で越えられそうな体を乗り出して、感心そうに黄昏(たそがれ)の岐阜の街並みを眺望した。

「自慢の故郷です。いかがですか?」

 と、浦辺も手すりに手を乗せて街を眺めた。

〈…うむ。都会的な街並みの中に緑豊かな山々と濁りのない清らかな川が点在するコントラストが、我々の世界にはない独特の(おもむき)を醸しているな。ウラベの故郷がどんな所なのか個人的な興味もあって来たが、まさに偉観と呼ぶに相応しい景色だ〉

 ルミウスはガラにもなく目をキラキラさせながらしばらく街を眺めていたが、浦辺の横顔をチラッと見た瞬間に里を発つ前のことを思い出し小さく吐息した。

〈キミは以前、結婚するのなら同族の女性を希望すると言っていたが、その気持ちはこれからも揺らぐことはないか?〉

「藪から棒ですね」

 浦辺は苦笑したが、それも一瞬ですぐに真剣な表情に戻した。

「もしかしたら変わるかもしれませんし、変わらないかもしれません。独り身を続けていこうと思っている今、心変わりするかどうかボク自身にも分かりません」

〈それもそうだな。しかし彼女は…リヴィアは一刻も早くキミの答えを聞きたがっているはずだろう〉

「質問のきっかけは、やっぱり彼女でしたか」

〈キミもおおよそは察しが付いていたんだろう?〉

 ルミウスの指摘に浦辺は苦笑した。

「突然触れてほしいなんて、ちょっと彼女らしくありませんでしたからね。リヴィアなりの別れの挨拶だと今では思っていますが」

〈それは間違っていないが、キミが触れたとき彼女は喉から安らぎを与える音を鳴らしただろう? ドラゴンは恋愛的な感情を抱いた相手に対し、特殊な鳴き声を発して求愛する習性がある〉

「それじゃあ、さっきのは…」

〈うむ。どうやら、彼女は本気でキミに惚れ込んでいるようだ。私は以前、彼女がまごうことない好意をキミに示すかもしれないと言っただろう? その予想が的中したわけだが、私たちの前で堂々と求愛するほどだとは思わなかったから、さっきは驚いてしまったよ〉

「彼女は本気なんでしょうか?」

〈瞳を見れば一目瞭然だよ〉

 と、ルミウスが当然とばかりに言った。

「ボクはどうすればいいですか?」

 人間の女性ではなく、ドラゴンのメスに本気で恋愛感情を抱かれた事実が信じられない浦辺は、大げさではなく本気で困った様子でルミウスに助言を求めた。

〈聞かずとも分かるだろう? リヴィアが求愛行為で気持ちを示したように、キミも彼女に面と向かって本心を伝えるんだ。偽りのない率直な気持ちをね。ちなみに、キミは彼女のことをどう思っている?〉

「そうですね…。異性として見るなら可愛げがあって、ドラゴンなのに不思議な魅力を感じていました。誰に対しても積極的に関わろうとする社交性と、朗らかで話好きなところが親しみやすい一方で、人の話を聞かないほど夢中になるのが玉にキズですかね。彼女の最も象徴的な部分は、種族に関係なく弱い者を守ろうとする母性的なところだとボクは思っています」

〈随分と褒めるじゃないか〉

「彼女がどこかで聞いてそうな気がしたので」

 冗談交じりにいう浦辺にルミウスはクスッとした。

〈かくゆう私も彼女に抱いた印象は明朗闊達、軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)、そして鮮美透涼(せんびとうりょう)だ。魔物ながら人間の女性らしさを漂わせる彼女がもしも家庭を持ったなら、夫にとって頼もしく理解ある妻となり、子にとって模範的なよき母親になると私は信じている。まさに、伴侶とする女性像としては理想的と思わないか?〉

 と、ルミウスはジッと浦辺の目を見すえて言った。

「そうですね。…でも、ボクは彼女と一緒にはなれません」

〈よければ、その理由を教えてくれないか?〉

「…寿命です」

 浦辺は少しの間悩んでからそう言った。

 その一言で、ルミウスは浦辺が言いたい意味を悟った。

「ドラゴンの寿命を聞いてもいいですか?」

〈およそ五〇〇年だ。伝承で聞く古竜(エンシェントドラゴン)などの強大な力を有するドラゴンと比較すると短命だが、どちらにせよウラベたち人間にとっては途方もない歳月に変わりはないだろう。彼女はテオに一〇〇年近く生きていると言っていたから、まだ四〇〇年ほどは()生を謳歌することが出来る〉

「ということは、ボクが彼女を残して先に逝ってしまうのは言うまでもありませんね」

〈それが忍びないわけだな〉

「そういうことです。すみません」

〈なぜ私に謝るんだ?〉

「イザベラさんを妻に迎えたルミウスにこんな話をしてしまったからです」

 ルミウスは一瞬キョトンとしてからクスクスと笑った。

〈そんな気遣いは不要だよ。私とイザベラは契りを結ぶ前から、待ち受けている未来を互いに見すえていた。彼女が私たちを残して先立ち、妻に先立たれた私は子とともに彼女の分も生きていかなければならないとね。長寿の魔物からすれば、人間の命など(はかない)いものだ。しかし、(はかな)いからこそより愛おしくなる。グリフォンの私は、人間の彼女を心の底から愛している。だからこそ、やがて訪れるであろう悲しい未来を承知の上で、私はイザベラに一生分の幸福をもたらしたく結婚を申し込み、彼女は応じてくれた〉

「愛のなせる(わざ)ですね」

〈その通り〉

 と、ルミウスは言ってからハッと耳を澄ませた。

 ここから見えない展望台用の駐車場から車のエンジン音が聞こえた。

〈そろそろ行くことにするよ。最後になるが、私は私なりにウラベの主張を尊重する。だが、それをリヴィアに打ち明けるかどうかは、言うまでもないがキミ次第だ〉

「分かっています」

〈うむ。では、またいつか会おう〉

 バサッと大きな翼を広げ、ルミウスは飛び上がった。

 途中から《認識阻害》で姿が見えなくなったが、浦辺には岐阜の上空を一直線に飛んで行くルミウスの後ろ姿が見えたような気がした。

 それから間もなくして、展望台に老夫婦が上がって来た。

「おや、こんばんは。…そちら、どうされたんですか?」

 と、頭髪の薄い夫の方が倒れている高瀬を心配そうに覗き込んだ。

「走り過ぎて疲れただけですからご心配なく。…あの、申し訳ありませんがちょっと携帯を拝借してもよろしいでしょうか?」

「お持ちでないんですか?」

 と、夫人が訝しそうに聞いた。

「どこかへ落としてしまったみたいで。至急、連絡を入れたいのでお願いします」

「構いませんが、救急車を呼ぶほどお連れさん具合が悪いんですか? それに、どこかで見たような気がするんですがねぇ」

 と、夫はたどたどしくスマホを取り出しながら、地面に寝転がる指名手配犯の顔を見て眉を寄せた。

「呼びたいのは救急車ではなくて警察です」

 と、苦笑した浦辺はそれだけ言った。

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― 新着の感想 ―
「寿命」という壁からリヴィアを寂しくさせてしまうと心配して交際を考えなかった浦辺さんの思いやりが素敵だし泣けました・・・(´;ω;`) 無事に元の世界には戻れたけど、またリヴィアと再会してあげてほしい…
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