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第四十二章 そして、崩壊…

 テオとアイリスが温室から逃げ出した後も、浦辺とロイスは必死にロディルを組み伏せていた。が、火事場のバカ力を発揮した彼によって、二人は引きはがされてしまった。

 自由を取り戻したロディルは絶えず握り締めていた剣を杖代わりに立ち上がると、荒い息遣いを立ててから興奮を鎮めるように大きく息を吸った。

 そんな彼と対峙し肩を並べる浦辺とロイス。

「隊長のオレだけでなく陛下をも裏切り、あろうことか愚かな異世界人に味方するとは見損なったぞ」

 と、ロディルはかつての部下だったロイスを睨んだ。

「さっきも言ったが、オレはもうあんたの部下じゃない。あんたと国王への忠義などとうに捨てたんだ」

「だが、持ち前の騎士道精神まで捨てたわけじゃあるまい。ならば、お互い騎士らしく由緒正しい決闘でケリを付けようじゃないか。正々堂々と闘い、先に剣を手放した者の負けとする。どうだ?」

 と、ロディルが提案した。

 ロイスはしばし無言で相手を見すえていたが、すぐに床に落ちていた自身の剣を拾った。

「大丈夫なのか? あの男はなにか企んでるかもしれないぞ」

 と、心配した浦辺がロイスに耳打ちした。

「だろうな。でも、これはオレの屈辱的な過去を帳消しにするための闘いでもあるんだ。どんな策略が待ち構えていようと、決して背は向けない」

 ロイスはギュッと両手で剣を握り締めた。

 ニヤリとしたロディルも剣を握って構えた。

 互いに距離を詰め目と鼻の先まで接近した瞬間、それぞれの執念を込めた剣が勢いよく衝突した。

 最初は肩慣らしのような儀式的な剣同士のまじわり合いが続いていたが、次第に剣戟音が激しさを増すと、ロイスはおろか余裕綽々の笑みを浮かべていたロディルの顔付きも殺気立ち始めた。

 穏やかな温室にて繰り広げられる一騎打ちを、浦辺は離れながら静かに見守っていた。

 せめぎ合いが苛烈の極致に達したとき、ロイスは最後のひと踏ん張りとばかりに間合いを詰めてロディルに迫った。

 騎士団随一の剣豪を誇るロディルは冷静に攻撃を受け止めていたが、ロイスの気迫に押されると狼狽の色を浮かべながら徐々に後退した。

(こいつにこれだけの実力が備わっていたとは…)

 今のロイスは、稽古で本格的な手合わせをしていたときとはあきらかに一線を画した迫力だった。

 ロディルは、部下との交戦で初めて明確な危機感を抱いた。

 俄然、ロイスは大きく振り上げた剣をロディルの脳天に目がけて振り下ろした。

 ロディルがサッと剣を水平にして防御する。

 キーンッという音とともに両手に電流が流れたような痺れが伝わり、剣身の切っ先に近い部分にくっきりと刃切れが出来た。

 愕然とするロディルの手元をロイスは掴むと、剣の先端を石畳の地面に押し付けた状態にしてから(ガード)に向かって思い切り柄頭(ポンメル)を叩き下ろした。

 その衝撃で、剣は傾いたまま石と石の間に挟まった。

 ロディルは引き抜こうと踏ん張った。

 しかし、石と石の間にガッチリと食い込んでいるせいで抜けそうになかった。

「勝負ありましたね、隊長」

 やや興奮気味にロイスが言うと、ロディルは悔しそうに口元を歪めたが、すぐにフッと笑った。

「お前のことを少し見縊っていたようだ。稽古ではまともな相手にすらならなかったのに、本領発揮とはこのことを言うんだな」

「負けを認めますね?」

「ああ、認めるよ。…お前の負けだとな」

 ロディルは素早い動きでホルダーに収めていた短剣を取り出すと、ロイスの顔に向かって突き出した。

 辛うじて回避したロイスだったが、のけ反った弾みで背中から地面に倒れてしまった。

 短剣のグリップを握り締めたまま倒れたロイスの上にロディルはまたがると、彼の喉に向かって勢いよく刃先を振り下ろした。

 間一髪、浦辺が振り上げた足がロイスの命を救った。

 手元を蹴られたことでロディルの手から離れた短剣は、放物線を描きながら植物の生い茂る密林の中へと飛んでいった。

 手元の痛みに口元を歪めながらロイスは後退(あとずさ)った。

「正々堂々と戦うと言ったはずだ」

 と、浦辺に助け起こされたロイスが抗議した。

「騎士道精神を重んじる隊長がそんな卑怯な真似をするのか?」

 と、浦辺も一緒に非難した。

 そんな二人にロディルはフンッと鼻を鳴らした。

「あんな口約束を真に受けるとは、おめでたいヤツらだ」

「最初から彼を出し抜くつもりで一騎打ちを提案したんだな」

「当たり前だ。オレはそいつとは違って、ディアドロス国王陛下に永遠の忠義を誓っている。陛下の望みを成就するためなら、オレはどんな手段にも躊躇なく講じる覚悟だ。たとえ、それが騎士道に反することであってもなッ」

 啖呵を切ったロディルは、体を覆っていた鎧を乱暴に脱ぎ捨てると、その下に身に付けていたギャンベゾン(パッド入り防御ジャケット)も一緒に脱いだ。

 細身でありながら鍛え抜かれた筋肉と、分かりやすいほどくっきりとした縦線の入った腹筋を強調する肉体には、歴戦の勇士を彷彿とさせる生々しい傷跡がいくつも残っていた。

 ブレーの上に防具のサバトンを装着したのみの姿となったロディルは、地面に突き刺さったままの剣に近寄ると、柄を握り締めてから剣身を思い切り蹴った。

 剣は、ロイスとの交戦で出来た刃切れから先を地面に食い込ませたまま分断した。

 ロイスを息を呑んだ。

 剣は騎士としての誇りと命の象徴だ、と日頃から部下たちに叩き込んでいたロディルが、自らその教えをねじ曲げる暴挙に及んだからだ。

 先ほどロディルが自ら主張したように、彼は国王のために是が非でも目的を成し遂げようという並々ならぬ執念で動いている。それが、目の前で起きた行動によって証明されたのだ。

「一人で来るのもよし、二人がかりで来るのもよし。どちらにせよ、オレはお前たちの息の根を止める」

 重量感のある鎧から解放されたロディルは、刃先の欠けた大きな剣を軽々と振ってから構えた。

「本腰を入れたみたいだ。気を引き締めていこう」

 尋常じゃない殺気を感じ取った浦辺が注意した。

「言われるまでもない」

 ロイスは言うやいなや、掛け声とともに突っ走った。

 先ほどは気迫と勢いを頼りに相手を怯ませ追い込む戦法を取っていたが、今度はダメージの蓄積を視野に入れ致命傷を与えるに相応しい部位を集中的に狙って剣を振るった。

 ロディルは先ほど同様に防御に徹するのみだったが、鎧を外したことで軽やかな動作に拍車がかかった彼は、一つ一つの攻撃の合間に反撃が可能なわずかな余裕を確保していた。

 その瞬間を狙って、ロディルは剣の柄頭(ポンメル)でロイスの額を殴打した。

 攻撃に徹するあまり防御が疎かになってしまったロイスは、額の痛みで武器を手放し悶絶した。

 そんな彼の首を斬り落とそうとロディルは剣を水平に振ったが、またしてもそれを阻止したのは横から現れた浦辺だった。

 二人の間に飛び込んだ浦辺はロディルの手首を掴んで阻止すると、柔軟な体を駆使し大きく振り上げた脚で相手に脇腹にミドルキックを繰り出した。

 一発、二発、三発と足蹴りが炸裂するごとにロディルは体を横に折った。

 途中で、ロディルは左脚を掲げた。

 浦辺の脚が防具のサバトンに直撃し、彼は痛みで攻撃を止めてしまった。

 怯んだ浦辺の首を掴んだロディルは、ゆっくりと力を込めて絞め付けた。

 尋常じゃない圧迫感で咳込む浦辺を絶えず絞めたまま、ロディルは腕を掲げた。

 両足が地面から離れ浦辺は宙吊り状態になった。

 額を殴られたロイスが浦辺を助けるためロディルに突っ込んだ。

 しかし、突進する直前に彼が突き出した足に蹴り飛ばされてしまった。

 邪魔者を排除し、少しずつ首を絞める手元に力を込めるロディル。

 浦辺は、自身の首を絞めているロディルの腕に拳を振り上げ何度も殴り付けたが、発達した筋肉は汗を飛び散らせるのみでビクともしなかった。

 次第に意識が薄れ始めた浦辺は、宙吊り状態のままブランコのように体を前後に振り始めた。

 勢いを付け前方の体を振った瞬間、彼はロディルの胸に目がけてドロップキックを食らわせた。

 力強い蹴りを受けたロディルが手を離したことで浦辺は新鮮な空気を吸えたが、落下とともに背中を強く打ち付けてしまった。

 浦辺が背中の痛みで悶えている間に、剣を拾ったロイスが猛然とロディルに迫った。

 肉体的なダメージをそれなりに蓄積しているにも関わらず、ロディルは突撃してきたロイスの剣を難なく受け止めた。

 鋭い剣戟音を響かせながら衝突し合う両者の剣。

 キーンッという音とともにクロスした剣を挟み、互いに至近距離で睨み合うロイスとロディル。ムッとする熱気をお互いに感じながら、二人は歯を食い縛った。

 睨み合いの後、ロディルはロイスを弾き返して距離を離すと、体を時計回りに回転させた。

 首筋目指して水平に移動した剣はあわやロイスの首をはねるところだったが、彼はとっさに身を引いたため頬に一筋の赤い線を作っただけで済んだ。

 が、ホッとしたのも束の間で、今度は刃先の欠けた先端で剣を持つ方の手首を突かれてしまった。

 石で殴られたような衝撃が腕全体に走ったが、辛うじて剣は手放さなかった。しかし、突かれたときの衝撃が強かったため麻痺してしまい、思い通りに動かせなくなってしまった。

 半ば感覚を失いかけている腕をロディルは掴んで封じると、今度は顔面に頭突きを食らわせてきた。

 ロイスの視界一杯に火花が散った。柄頭(ポンメル)で殴打された額の痛みも相まって、頭が割れそうなほどの激痛が走った。

 おぼろげな視界の中で再び体を回転させるロディルの姿を捉えたロイスは、反射的というより本能的に剣を立ててガードした。

 ギーンッ!

 耳をつんざく音とともに弾かれた剣がロイスの手元から吹き飛んだ。

 武器を失い後退(あとずさ)りするロイスにロディルが迫ろうとした。

 背後から聞こえた「伏せろ!」という声に反応し、ロイスが身を屈む。

 彼の上を跳躍した浦辺が、ロディルの腹部に飛び蹴りを食らわせた。

 鍛え抜かれた腹筋に強烈な蹴りが食い込み、ロディルは口から唾液のまじった血を吐いた。が、歯を食い縛って踏ん張ると、目の前にいる浦辺の頬を思い切り殴った。

 力強いパンチをもろに受けた浦辺は、体を不規則に回転させながら地面に倒れた。

 横たわる浦辺にストンピングをかけようとロディルが足を上げた。

 間一髪、踏まれる寸前で浦辺は体を転がして回避したが、その動きをあらかじめ読んでいたのかロディルは寝転がる浦辺の腹を力一杯蹴った。

 鉄の防具を装着した爪先による殴打は凄まじく、激痛後に浦辺は少しの間息が出来なくなった。

 ロディルは剣を地面にこすりながら近付くと、大きく振りかぶって浦辺目がけて振り下ろした。

 ハッと目を見開いた浦辺は、曲線を描くように左足を振って、ロディルの手元を蹴った。

 剣の切っ先が浦辺の真横に振り下ろされ、耳障りな音を発した。

 剣を防いだ後、浦辺は地面に両手を突いたまま右足でロディルの腹を蹴り上げた。

 ロディルがたたらを踏んだスキに浦辺は素早く立ち上がった。

 口周りと胸元を血で真っ赤にさせたロディルが、シュッシュッと風切り音を立てながら剣を振る。

 浦辺は得意のフットワークと洞察力で剣の動きを先読みし避けた。

 攻撃の過程でロディルが前のめりになった瞬間、浦辺は顎に猿臂(えんぴ)を食らわせてから、のけ反った彼の腹に飛び後ろ回し蹴りを繰り出した。

 顎を押さえるロディルに浦辺は突っ込んだが、痛がるフリをしていたことに気付けなかった彼は相手の隆々とした腕によって首を絞め付けられた。

 浦辺の背を腹に押し付けたまま、ロディルは腕に力を込めじわじわと首を圧迫した。

 盛り上がる筋肉で徐々に息苦しさを覚えた浦辺は、手のひらに爪が食い込みそうなほど拳を握り締めながら相手の腹に肘打ちを与えた。しかし、乱れた赤髪から野獣のような目を血走らせるロディルの腕は緩むどころか、むしろ受けたダメージを糧にしているかのように強くなるばかりだった。

 浦辺の顔色がどんどん真っ青になる。

 突然、ロディルがカッと目を見開いて背筋を伸ばした。

 眼球が飛び出しそうなほど見開いた目で、ロディルは左側腹部を見下ろした。

 ロイスが握る剣が深々と皮膚に突き刺さっていた。

 ロイスがグッと力を込めて剣をより奥へ押し込むと、生々しい音とともに剣が体を貫通し、突き破られた肉から切っ先と一緒に鮮血が飛び散った。

 燃えるような痛みが全身を駆け巡り、ロディルは雄叫びを上げた。

 緩んだ手から剣が落ち、浦辺も解放された。

 ロイスはかつての上司に剣を突き刺した状態のまま、噴水の所まで駆け出した。

 噴水の手前まで来た瞬間、ロイスはロディルを串刺しにしたままの剣を思い切り放った。

 縁を飛び越えたロディルは、噴水のシンボルである女神の彫像に体を打ち付けた。

 ヨロヨロと水の中から立ち上がったロディルに向かって、ロイスは大声を上げながら体当たりをかました。

 頑丈な鎧を真正面からもろに受けたロディルの体は、そのまま背後の女神の彫像を粉砕してからロイス共々水しぶきを上げながら水の中へと沈んだ。

 苦しげに息をしながら立ち上がった浦辺が、固唾を呑んで噴水を見た。

 しばらくして、誰かが縁に這い上がった。

 それがロイスだと確認し、浦辺はホッと安堵した。

 ずぶ濡れになったロイスが、浦辺に笑みを向けながら親指を立てた。

 浦辺も嬉しそうに親指を立てたその瞬間、ロイスの背後でロディルが勢いよく立ち上がった。

 浦辺があッと声を上げる間もなく、ロディルはロイスの首に腕を回し身動きが取れないよう拘束した。

「そこを動くなよ…」

 と、ロディルは警告してから横腹に刺さっている剣に手を伸ばし、うめき声を漏らしながらゆっくりと引き抜いた。

 穴の空いた二つの傷口からドクドクと溢れ出た血が噴水の水を赤く染めていく。

 驚異的な生命力を発揮したロディルは、口からあぶくのように血を吐きながら剣身をロイスの目の前でユラユラと揺らした。

「こいつの命が惜しければ、そのままジッとしているんだ」

 ロディルはロイスの首を絞めたままゆっくりと立ち上がった。

(彼を人質に逃げるつもりだな)

 浦辺は動けないまま歯噛みした。

 ロイスは憔悴しているものの、まだ反撃を試みる余裕はありそうだった。だが、目の前に剣をチラつかせられている以上は、無茶な行動は出来ないだろう。

 浦辺は、どうにかこの状況を打破する術はないかと頭をひねった。

 不意に足元が小さく揺れた。

 三人が異変に気付いたそのとき、今度は温室全体を大きな揺れが襲った。

「な、何事だ?!」

 ロディルが狼狽しながら温室を見回した。

 浦辺は反射的に身を屈めてバランスを取ったが、近くで聞こえた金属音に反応し振り返った。

 先ほど、ロディルによって分断され地面に突き刺さったままだった剣の先端が、突如起きた地震によって石と石の隙間から抜けたらしい。

 考える前に行動に出た浦辺は、俊敏な動きでその破片を拾った。

 そして、突然の揺れに狼狽しているロディルに狙いを定めると、手裏剣の要領でぶん投げた。

 クルクルと回転しながら飛んだ破片が、鋭利な切っ先をロディルの腕に食い込ませた。

 ロディルが小さな悲鳴を上げ、腕の力を緩めた。

 拘束から逃れたロイスがロディルの手から剣を奪い取ると、身を翻し彼の腹部にグサリと勢いよく突き刺した。

 グハッという声とともに吐血したロディルは、食い縛る歯を血で真っ赤に染めながら大きく見開いた目でロイスを睨んだ。

 やがて、怒りを滲ませた瞳から光を失ったロディルは、腹に剣を突き刺したまま水の中へとくずおれ絶命した。

 噴水から這い出たロイスに浦辺は手を貸した。

 丁度そのとき、アイリスを背に乗せたルミウスとテオが彼らのそばに舞い降りた。

 体を伏せたルミウスから飛び降りたアイリスは、真っ先にロイスに駆け寄ると無事だった喜びを噛み締めるかのように強く抱き締めた。

〈ウラベ、大丈夫か?〉

 満身創痍の浦辺を見て、ルミウスは我が子を心配する父親のように狼狽(うろた)えた。

「久し振りにこんなに動いて興奮しましたよ」

 浦辺があえて余裕そうに言うと、ルミウスは笑ってからホッと胸を撫で下ろした。

 テオも嬉しそうにウラベに身を寄せた。

「無事で本当によかったわ」

 と、アイリスも安堵の息を吐いた。

「アイリスもね。…ところで、レインは?」

「彼らによって葬られたわ」

〈あいつ、人間じゃなくて魔物だったんだよ〉

 と、テオがやや興奮気味に言った。

「道理で…。さっき、腕を殴ったとき妙な感触がしたと思ったら」

〈ボクと父さんで一緒に倒したんだ〉

「よくやったぞ、テオ」

 浦辺は誇らしげに胸を張るテオの頭を撫でた。

「…それで、これからどうする?」

 と、ロイスが全員の顔を見回して言った。

「ロディルとレインは死んで、アイリスは助け出した。残るはディアドロス国王だけだ」

「今頃は、広場でアイリスさまの死を伝えているだろう」

「彼らの前で、国王の悪事をなにもかも暴露してやりましょう。死んだと思われていた私が自ら主張すれば、国民も国王の言葉なんて信じなくなるわ」

「ただ、一つ困ったことがある」

 と、浦辺が困った顔で遮った。

「そうなんだ。その悪事を示す証拠の日記をオレはーー」

 と、ロイスが言いかけたそのとき、再びあの揺れが起き彼らは足元をフラつかせた。

〈レインの魔法がまだ継続しているようだ。このままでは、この城は間もなく崩壊するかもしれない。話は後回しにして、とにかく今は外へ出るのが先決だ〉

 ルミウスは身を屈めると、彼らに乗るよう促した。

 ロイスは馬に乗って脱出すると言って、温室から急いで駆け出した。

 浦辺とアイリスを乗せたルミウスは、息子のテオとともに城の出口に向けて飛んだ。

 その途中、アイリスが降ろしてほしいと慌てて頼んだ。

 ルミウスが舞い降りたときも依然として揺れは続いていたが、アイリスは小走りで自室へと向かった。

「フローラー!」

 大きな声とともに扉を開けたアイリスは血相を変えた。

 部屋の真ん中で倒れているフローラーに駆け寄り、抱き上げてから彼女は何度もフローラーの名前を呼んだ。

 口の端から血を滲ませ冷たくなっている彼女が既に事切れているのは誰の目から見ても明白だったが、それでもアイリスはフローラーの動かぬ体を揺すりながら涙声で呼び続けた。

 中に入って来た浦辺がフローラーの遺体を丁寧に調べた。

 腹部に突き刺さっているナイフを見たとき彼はとっさに刺殺されたと思ったが、遺体の喉元を見た途端にその考えをすぐに捨てた。

(頸部に太い圧迫痕がある。紐状の物を使ったのなら力の入れ具合で痕は濃く残るはずだが、これはどう見ても薄い。ということは…)

 日本にいたときの要領で分析した結果、浦辺は即座にそれが()()であると確信した。

 太い指の持ち主が、道具を使わず素手でフローラーの首を絞めたのだ。

〈その人は…?〉

 と、恐る恐るテオが覗き込んだ。

「私の育ての親よ。命を懸けて私を守ってくれたために、こんな死に方をしてしまうなんて…」

 アイリスはフローラーの動かぬ体を抱き締めて嗚咽した。

 そのとき、一段と激しさを増した揺れで部屋の扉が壊れ倒れた。

 廊下でも装飾品たちが危なっかしい音を立てて揺れている。

〈時間がない、急げ!〉

 ルミウスが急かした。

「アイリス、残念だけど行こう。このままだとボクたちも危ない」

 浦辺は泣き崩れるアイリスを立ち上がらせると、部屋の外へ連れてルミウスの背に乗せた。

 浦辺も飛び乗ったところで、ルミウスとテオは再び飛び上がった。

 カーペットが敷かれた廊下に幾筋もの地割れが生じ、不気味な音を立てて裂けた。

 カーペットとともに落下したシャンデリアと巨大な絵画のほか、装飾品の数々が底の見えない奈落の底へと落下していく。

 城の出入り口が見えたとところで、突然テオが引き返そうとした。

〈こら、どこに行く?〉

 と、ルミウスが咎めた。

〈父さんたちは先に行ってて。ボクも後から行くから〉

〈ダメだ! なにをする気か知らないが一緒に来い。崩落に巻き込まれるぞッ〉

〈後から行くってば!〉

〈待ちなさい、テオッ!〉

 父親の声を聞かず迂回したテオは、崩れ落ちる瓦礫を避けながら来た道を引き返した。

 連れ戻すためルミウスは衝動的に追おうとしたが、鼻先を瓦礫がかすめ慌てて身を引いた。驚いたアイリスが小さな悲鳴を上げる。

 口元を歪めたルミウスは意を決すると、体の向きを変え城の外へ通じる大扉を破壊し飛び出した。

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― 新着の感想 ―
まさに“死闘”と呼ぶにふさわしいダイナミックな闘いでしたね・・・! 肉弾戦をこれだけど迫力のある表現で書けるのがすごいし、映像化したら迫力満点のアクション・シーンになるのは間違いありませんね(; ・`…
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