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第四十一章 崩落

〈さて…〉

 ルミウスは、傷を負った腕を押さえているレインと向かい合った。

 出血している気配はまったくない。それどころか、深手を負わせたにも関わらず、レインは傷口を押さえつつも平静を保っている。

 攻撃を加えたときの違和感も含め、ルミウスは確信した。

(間違いない。この男は人ならざる者、魔物だ。しかし…)

 彼にはどうしても腑に落ちないことがあった。

 テオやリヴィアのように、変身魔法によって束の間を人間の姿で過ごす魔物は往々に存在する。

 共存社会が実現する以前までは、敵情視察を主な目的に使用する魔族が大半を占めていたが、現在は異種族の生活環境に馴染もうという友好的な理由で用いられている。

 しかし、ルミウスはレインがそのいずれかの目的を持って、人間の姿に変化しているようにはとても思えなかった。

 それに、傷跡から出血が見られないのも不思議だった。

 変身魔法によって人化した魔物は、自らの肉体を変化させて人間の肉体を得ているのだ。つまり、幻影ではなく実体としてその体を作り出しているわけだから、傷を負えば当然血が流れる。

 しかし、レインには本来流れるはずの血が一滴も流れていない。

 あきらかに、標準的な肉体改造を施す変身魔法とは異なる特殊な魔法(少なくとも土魔法が使われている可能性があるとルミウスは推測した)によって、レインは今の肉体を手に入れたのだ。出血がないのもその特殊性によるものだろう。

 レインは傷を受けた腕をさすると、衣装に付着したホコリと水気を手で払い除けた。

 手慣れたような様子で、もはや本物の人間と見間違うほどその動作は自然だった。

(この男、まさか自分の正体に気付いていないのか?)

 ふと、ルミウスがそう感じたときだった。

 レインが無傷の方の腕を前へ伸ばすと、グルッと円を描くように人差し指を振った。

 先ほど、ルミウスが突き破ったステンドグラスの破片が一斉に浮遊した。

 陽光に照らされた破片はカラフルな光を反射させながら、鋭利な刃先をルミウスに向けて一直線に突っ込んで来た。

 属性魔法を扱えながら初歩的な浮遊魔法を使ったのは挨拶のつもりなのだろう、とルミウスは内心で苦笑したがその瞳は闘志に燃えていた。

 ルミウスは前足を上げてから力一杯地面を踏んだ。

 途端に、大理石の床を突き抜けて板状の分厚い岩の壁が飛び出した。

 防御魔法の一つである《庇護の壁(ガーディアンズ・ハイ)》だった。

 突然現れた岩の壁によって、襲いかかってきた無数のガラスの破片はすべて防がれた。

 攻撃を収まると、ルミウスは岩の壁を体当たりで破壊した。

 粉々になった石の礫を前に、ルミウスは大きな翼を広げ体をやや後ろに引いた。

 そして、フンッという声とともに勢いよく翼で扇いだ。

 礫は、弾丸のごとく一直線にレイン目がけて飛んで行った。

 元来、《庇護の壁(ガーディアンズ・ハイ)》は防御魔法の一環として用いられているが、同じく身を守る結界魔法とは異なりこれは物体を駆使して防御するという特徴があった。

 それを利点としたルミウスは、防御だけでなく今のように壁を破壊し石の礫にすることで、それを翼で扇ぎ敵目がけて撃ち込む戦法を編み出していたため、彼はこれを重宝していた。

 しかも、これは風魔法の適性がある彼が独自に編み出した技でもあるため、相手の不意を突いて攻撃を与えられるという長所も備わっていた。

 しかし、レインは十字を切って空中に魔法陣を生み出すと、そこに礫を残らず吸収してしまった。

 ほんの小手調べを終えて再び睨み合いルミウスとレイン。

 不意にレインがボソボソと口を動かし始めたのを見てルミウスは気を引き締めた。

 詠唱が必要条件とされるのは、主に痛む傷の緩和や体力の回復のほかに状態異常を取り除く治癒魔法とされていたが、それ以外にも属性魔法を発動する際に攻撃力を増幅させるためにも必要不可欠な仕込みとされていた。

 今さら、腕の傷を治そうと思いいたったとは思えない。となると、後者を示していることになる。

 本腰を入れ始めた。そう読んでルミウスは警戒した。

 そして、彼の読みは的中した。

 レインが詠唱を終えた瞬間、礼拝堂のキャンドルで静かに揺れていた火が勢いよく燃え上がった。

 長い蝋をあッという間に溶かしてしまうほど激しさを増すと、天井に届くほどの火柱となり蛇のようにうねりながら礼拝堂の中央へと移動した。

 熱気を上げながら集合した炎の蛇は、まるでとぐろを巻くように互いの身を絡ませ合いながら回転し、やがて灼熱の竜巻と化した。

 礼拝堂のど真ん中で熱を帯びた猛烈な旋風が巻き起こり、熱風にあおられたルミウスはバランスを崩しそうになった。

 火と風の融合魔法によって生み出された《火炎旋風(ファイアー・ストーム)》だった。

 徐々に吸い寄せられそうになったルミウスは、鋭い鉤爪を床に食い込ませて踏ん張った。

 そんな彼をなんとしてでも引き込もうという執念を示すかのように、竜巻が回転の速度を速めた。

 礼拝堂内部はまるでサウナのような熱気に包まれ、床を濡らしていた水はあッという間に残らず蒸発し、窓という窓は残らず音を立てて割れた。

 グルグルと回転しながら竜巻に飲み込まれていった横長のイスが一瞬で燃え尽き灰と化す。

 ルミウスは踏ん張りながら背後を振り返った。

 アイリスとテオが隠れている祭壇も旋風の影響によりかすかに動いていた。

(このままではいつ吸い寄せられてもおかしくない)

 ことを起こさなければ危険だと悟ったルミウスは、意を決すると床に食い込ませていた爪を離し、礼拝堂の中枢で渦を巻く炎のつむじ風を軸に円を描くように飛んだ。

 全身が燃えそうなほどの熱気と安定した飛行が困難なほど吹き荒れる強風に翻弄されながら、ルミウスは《火炎旋風(ファイアー・ストーム)》を操るレインの姿を捜した。

 赤々とした視界の中で、彼は旋風をものともせず佇立するレインをハッキリと捉えた。

 レインのいる場所を正確に把握した後、ルミウスはグルッと旋風に沿うように一周してから標的である魔導士目がけて突っ込んだ。

 しかし、寸前で彼の存在に気付いたレインは、軽やかな動作でサッと回避した。

 風にあおられたローブが激しくなびく。

 体当たりに失敗したルミウスは、そのまま一周し再び同じ攻撃を試みた。

 今度は旋風を利用し勢いをつけたため、先ほどよりも速度が増していた。

 しかし、二度目の襲来を予期していたレインはいつの間にか手のひらに作り出していた火の玉をルミウスに向けて放った。

 赤一色で染まった視界により同化した火の玉を見極めるのは難しく、ようやく存在に気付いたときにはかわすヒマもなくルミウスはもろ胸に受けてしまった。

 グッと歯を食い縛ってたえたが、出し抜けに攻撃を食らってしまったことで勢いを失い、今度は流されるように旋風に飲まれてしまった。

 どうにかバランスを取り戻したルミウスは深呼吸をすると、何周目になるかなど覚えていない突撃をもう一度試みた。

 竜巻の引き起こす風の力を頼りに勢いを付けて回転するルミウス。

 彼がレインの姿を捉えると、レインも彼の姿を捉えた。

 レインは、今度は一つではなくいくつもの火の玉を繰り出した。

 ルミウスは目を細め、猛禽類特有の卓越した視力と素早さを駆使して回避を試みたが、依然として不安定な飛行をしいられる悪条件下にいるため、すべて避け切ることは出来なかった。

 体の随所に燃えるような熱さと痛みを受けつつも、ルミウスはレインの目の前まで迫った。

 しかし、度重なる攻撃を受けたことで体当たりを与えるのに相応しい勢いは失われていた。

 レインは得意そうにニヤリと口角を上げた。

 が、ルミウスになびかせていたローブをクチバシで掴まれた瞬間、彼は笑みを消した。

 今度は、ルミウスがニヤリとした。

 彼の意図を察したレインはハッとしたが、時すでに遅かった。

 ルミウスがローブをくわえたことにより、レインは彼共々灼熱の竜巻の中へと吸い込まれた。

 この世のものとは思えない業火が視界一杯に広がる中、ルミウスは決して離すまいとローブを力一杯噛み締めた。

 二人を取り込んだまま回転を続ける竜巻だったが、しばらくして赤色とは対照的な水色の力が内部から発生し、圧力によってみるみる膨張した。

 ムクムクと竜巻は膨れ上がった後、爆散とともに大量の水をまき散らした。

 サウナのような熱気が失われ、礼拝堂内は最初のときと同じ状況に戻った。

 爆散とともに床に叩き付けられたルミウスは、ずぶ濡れになった体でヨロヨロと立ち上がってから体を振って水気を払った。

 一方のレインは、焼けたローブから煙をくすぶらせながらピクリとも動かなかった。

 ルミウスの作戦でもろに業火を浴びてしまったレインは、ローブを掴まれたことで抜けるに抜け出せない状況に陥ってしまった。が、最後の手段として発動した水魔法により、どうにか灼熱地獄からの脱出に成功した。ただし、手遅れではあったが。

(折角の窮策も功を奏しなかったな)

 と、ルミウスが心中でつぶやいたそのとき、レインが身を震わせながら床に両手をついた。

 足元をフラつかせながら立ち上がったレインを見て、ルミウスは目を見張った。

 焼けて穴の空いたローブの隙間から顔を覗かせる肉体はひどく焼けただれ、抉れた肉からは骨がむき出しになっていた。

 ルミウスによって切り裂かれた腕も傷口から先を失い、断面から一本の骨を突き出していたが相変わらず出血は見られなかった。

 なんともおどろおどろしい無残な姿と化したレインだが、フードだけは無事だったらしく顔の上半分は未だに隠れたままだった。

 これだけの致命的なダメージを負っていながら驚異的な生存能力を発揮するレインを見て、ルミウスは改めてこの男が人間の姿をした魔物であると認識した。

 レインはヘタクソな傀儡子(くぐつし)によって動く操り人形のように蹌踉とした足取りで、原形をとどめている方の腕を上げた。

(虫の息でありながら絶えず闘志を燃やすとは…。それだけ、国王に対し絶対的な服従を誓っているということか)

 ルミウスは敵ながら感服すると同時に、魔物を人一倍疎ましく思っているディアドロス国王のために、自身の正体が魔物だと知らずに命懸けで隷属しているという皮肉に気付いていないレインに哀れみも抱いた。

(この男はきっと、魔物ではなく本物の人間として長い間生きてきたのだろう。…ならば、せめて最期は魔導士として生きてきたことを尊重し魔法で葬ってやろう)

 ルミウスは翼を大きく羽ばたかせて飛び上がると、目を閉じ囁くように詠唱した。

 その間も、レインはおぼつかない足取りで宙に浮かぶルミウスに向かって腕を伸ばしながら、最後の悪あがきをしようとしていた。

 詠唱を終えたルミウスはカッと目を見開いた。

〈《雷轟電撃(レイジング・サンダー)》!〉

 瞬間、雷鳴とともに黒々とした雲が天井を覆い尽くし、凄まじい轟音とともに巨大な(いかずち)が落ちた。

 水浸しの床一帯に幾筋もの稲光が広がり、水を通じて電流を受けたレインは激しく体を震わせた。

 ただでさえ焼けただれた皮膚が煙をくすぶらせながらますますボロボロになり、肉の焼けるニオイとは別の不快感を催す悪臭が漂った。

 立ち尽くしたまま高圧の電流をもろに受けたレインは、ブルブルと体を震わせながら膝を折って前のめりに倒れた。

 雷鳴が止み、黒い雲が跡形もなく消えてからルミウスは地上に降りた。

 激闘のバトル・フィールドから寂寥感が漂う静謐な空間と化した礼拝堂で、ルミウスは事切れたレインに追悼の眼差しを向けてから、テオとアイリスの元へ歩み寄った。

 辛うじて吹き飛ばされずに済んだ祭壇の裏で、テオとアイリスは身を寄せ合いながら固まっていた。

〈もう大丈夫だ〉

 ルミウスの声で、テオとアイリスは顔を上げた。

 微笑みを向ける父親を見て表情をほころばせたテオは、嬉しそうに身をすり寄せた。

〈勝ったんだね、父さん〉

〈なんとかな。二人とも、ケガはないか?〉

〈ボクは大丈夫だよ〉

「私も平気。でも…」

 と、アイリスは体のあちこちに傷を残すルミウスを心配そうに見た。

〈多少傷は負ったが、軽症ゆえ心配には及ばない。ところで、ウラベはどうしたんだ?〉

 と、ルミウスはテオに聞いた。

〈ロイスって騎士と協力して、ボクとアイリスを逃がしてくれたんだ。まだ温室でロディルと闘っているかもしれないから、急いで助けに行かなきゃ〉

〈よし、分かった。王女アイリスよ。その温室までご案内願えるか?〉

「もちろん。ご案内致します」

 と、アイリスは先頭に立って誘導しようとしたが、その足がピタリと止まった。

 異変に気付いたテオもギョッとした。

 彼らの視線の先で、息絶えたと思われていたレインが仁王立ちしていた。

 ローブは肩から下が完全に焼失し、露わになった全身の肉体をほとんど失ってしまったレインは、ほぼ骨格のみというおぞましい見た目と化していた。

 ルミウスはサッと二人の前に出ると、身構えて相手の出方を窺った。今は攻撃に徹するよりも、二人の身の安全を確保するのが最優先だったからだ。

 レインはゆっくりと身を屈めると、白骨化した手のひらを水浸しの床に浸けた。

 そのまま微動だにしないレインをルミウスが訝しげに見つめていると、ゴゴゴゴ…という音とともに礼拝堂を小さな横揺れが襲った。

〈地震だッ〉

 テオとアイリスは反射的に体を伏せたが、ルミウスは絶えずレインを観察して彼がなにを企んでいるのかと眉を寄せた。

 が、彼はすぐにハッとした。

〈王女よ、急いで私の背に乗るのだ! テオ、伏せるのはやめて飛ぶんだ。早く!〉

 父親に促されテオは真っ先に飛び上がった。

 ルミウスは体を伏せ、アイリスを乗せてから間髪を入れずに飛び上がった。

 地上から足が離れたまさにその瞬間、小さな横揺れは激しい縦揺れへと変化し、地鳴りとともに礼拝堂の床が崩れ落ちた。

 たった今、ルミウスたちが立っていた場所もまたたく間に崩落し、祭壇は底の見えない暗闇が広がる大穴へと落ちていった。

 その様子をアイリスは恐怖を滲ませた目で見た。

〈父さん!〉

 テオの声でルミウスは前方を見た。

 崩落と同時に地上から飛び上がったレインが、原形をとどめている手からあの不穏な黒い霧を立ち込めさせながら、ルミウスたち目がけて突っ込もうとしていた。

 アイリスを背に乗せている以上は派手な魔法が使えないため、ルミウスはとっておきの技で迎え撃つことにした。

〈王女よ。振り落とされないよう、しっかりと掴まっているのだ〉

 ルミウスに従い、アイリスはギュッと彼の首に両腕を回した。

 確実に仕留めるため、ルミウスはテオにも協力を求めた。

 テオは力強く頷き承諾した。

 迫り来るレインに向かって、二頭のグリフォンは突撃した。

 距離が縮まり、レインが黒い霧を発する手を大きく掲げたと同時に、ルミウスとテオは大きく振りかぶるように体を斜めにした

 そして、レインが目の前まで迫った瞬間、二人は勢いよく体を振った。

〈〈《翼隆裂弾(スラッシュ・ウィング)》!!〉〉

 ルミウスの左翼とテオの右翼が、彼らの間を飛来したレインの体を両側から切り裂いた。

 二つの翼で迎撃され体を分断されたレインは、声にならない悲鳴を上げるかのように口を大きく開けたまま、ルミウスに掴まるアイリスに向かって手を伸ばした。

 そのとき、フードに隠れていたレインの顔がハッキリと露わになった。

 人間と同じ下半分に対し、上半分は目玉のない大きな窪みのみの頭蓋だった。

 戦慄するアイリスを道連れにしようとレインは手を伸ばしたが、結局果たせぬまま自らもたらした魔法によって出来た奈落の底へと落ちていった。

〈なんて恐ろしい魔法なんだろう…〉

 足の踏み場がなくなった礼拝堂を見下ろしながらテオは声を震わせた。

〈特定のサークル内の敵を残らず殲滅する一掃型の魔法だ。実用性があり過去に実戦でも幾度が使われていたが、敵味方関係なく巻き込む無差別的要素が大きな欠点と言われている。随分久しく見ていなかったが、前兆の揺れでどうにか崩落を予期することが出来た。間一髪だ〉

 と、足場という足場を完全に失った礼拝堂をルミウスは険しい顔で見下ろした。

〈それにしてもあいつ、人間と思ったらスケルトン(魔物)だったんだね〉

〈正確には“ブレイン・スケルトン”だ。スケルトンの派生種だが、亜種の中でも特に知性が富んでいる希少種とされている。変身魔法とは異なる特殊な方法で人間に化けていたのも、その知能の高さゆえに成し遂げられた所業なのだろう〉

〈ディアドロス国王は、あいつの正体を知っていたのかな?〉

〈使役していた以上、知ってはいただろう。だが、レイン本人は自分の正体に気付いていなかったかもしれない。でなければ、魔物を毛嫌いする国王に命を捧げてまで仕えるはずなどないからな〉

「それじゃあ、彼は今までずっとダマされていたのかしら…」

 と、アイリスは独り言のようにつぶやきながらレインが落ちていった穴の底を見下ろした。

〈そんなことより、早くウラベたちを助けに行かないと〉

〈そうだな。では、王女よ。改めて温室への案内を願う〉

「はい」

 ルミウスは案内役のアイリスを背に乗せたまま、テオとともに崩落した礼拝堂から飛び去った。

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― 新着の感想 ―
ずっと寡黙だったり魔力が異様に強かったりプローラーとアイリスが目を見て驚いたり浦辺さんとルミウスが攻撃したときに違和感を感じたりしてた理由はそういうことだったのか・・・(゜д゜) 神聖な礼拝堂内で勃発…
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