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第四 十章 奪還

急な激務でパソコンはおろかスマホすらも中々触れない状況になりつつあり、投稿がしばし停滞しておりました。スミマセン…

 必死の抵抗も虚しいままアイリスが連れられたのは、城に密接する形で造られたガラス建築の巨大な温室だった。

 自然を慈しむ初代国王の意向で建造された温室の内部では、長い歳月をかけて植えられた豊富な種類の熱帯植物たちがそこかしこに密集しており、曲線的な天窓越しに注がれる暖かな天からの恵みを思う存分味わいながら伸び伸びと育っていた。

 中央には蠱惑的な魅力を放つ女神の彫刻が構える噴水があり、アイリスはそこまで連れられた。

 アイリスはすすり泣きながら噴水の縁に腰を下ろした。

「たかが使用人一人の死にいつまでもメソメソするな。これから殺されるっていうのに」

 と、ロディルがイライラした様子で言った。

「…あなたなんかに私の気持ちは分からないわ」

 と、アイリスは目元の涙を拭いながら言った。

「分かる必要などない。お前は今からここで死ぬんだからな」

「そうやってエドガー牧師も殺したのね」

「なにを言っている?」

「どうせ私も殺されるんだから、隠す必要なんてないでしょう? せめて、牧師を殺した理由くらい教えてちょうだい」

「…フン、いいだろう。陛下は対魔物の世を取り戻す手立てとして、あの男が唱えている退魔の教えを利用しようと算段を立てられた。王都の広場を提唱の場として提供し、要望通り魔除けと称し巨大な十字架も建てた陛下への協力をあの男は惜しまなかったが、あるとき我々が秘密裏に行っていた武器の横流しに気付いてしまい、それを機に盾突くようになったんだ。挙句にそれを公の場で暴露すると息巻いたため、陛下はレインに命じて服従の呪いをかけさせた。それ以降、レインの意思によって牧師は操られ、最終的にギャーギャーと騒ぎ立てる国民を黙らせる手段として自害に見せかけて殺したのさ」

「惨い…」

「確かに惨い。だが、望み通り国民全員が退魔の教えを信仰する流れに運んだわけだから、今頃はあの宣教師も神のいる天国で喜んでいるさ。むしろ、感謝されてしかるべきなんだがな」

「利用したくせに勝手なこと言わないで! 第一、国民全員があなたたちの思い通り退魔の教えを信仰するとは限らないわ。私が魔物に殺されたなんてデタラメも、彼らに通じるもんですか」

「それはどうかな? お前を殺す現場としてこの温室を選んだ理由を教えてやろう。野蛮な環境下を生きる魔物が、城に潜り込んで真っ先に物色するのは植物に囲まれた場所、つまりこの温室と考えたからだ。場所が場所だけに、魔物の仕業に見せかけたもっともらしい偽装さえすれば、国民は先入観から簡単に我々の思い通りに考えを巡らすという寸法だ」

「単純ね…。そんなことで彼らをダマせるはずがないわ」

「オスニエルの騒動があってまだ間もないんだ。魔物の脅威に怯える今の連中なら、オレたちのでっち上げにも簡単に引っかかるさ。…さて、いつまでも無駄話をしているわけにもいかない」

 ロディルはレインに目で指示を送った。

 レインは頷くと、ロープの丈を揺らしながらアイリスの近付いた。

 表情を強張らせながら近付くレインを見上げたとき、噴水の水によって反射した太陽光がフードに隠れた彼の顔を照らした。

 ユラユラと揺れる光の中に浮かび上がるレインの目を捉えた瞬間、アイリスはフローラー同様に戦慄した。

(この男、まさか…)

「やめろ!」

 俄然、温室に響いた大声に三人は振り向いた。

 憤怒と戸惑いが交錯した表情のロイスが、鎧から放たれる金属音を騒々しく鳴らしながら駆け付けた。

 アイリスは立ち上がろうとしたが、レインが手を振りかざした途端に体の自由が利かなくなってしまった。グリフォンたちにかけたのと同じ拘束魔法だった。

 ロディルは最初こそ唖然としたが、すぐに表情を元に戻した。

「誰かと思ったら出来損ないの部下のお出ましか。どうやって地下牢から脱獄したんだ?」

「アイリス、大丈夫か?」

 心配するロイスに、身動きが取れないアイリスは微笑を向けて大丈夫だと示した。

「おい。上司であるオレを無視するとはどういう了見だ?」

 と、ロディルは顔をしかめた。

 思わず体を震わせたロイスは、怖気付く自分を奮い立たせようと握り拳を作った。

「牢屋の扉を破壊したんだ。それに、オレはもうあんたやディアドロスの部下なんかじゃない。オレは、そこにいる王女アイリスさまのみに仕える騎士だ」

「ほぅ…。牢に閉じ込められている間に随分と勇ましくなったな。恐らく、あの異世界人に発破をかけられたんだろうが、肝心のそのウラベはどうしたんだ?」

「…彼は死んだ」

「そんな…!」

 アイリスが絶句する中、ロディルはニヤリと口角を上げた。

「侵蝕魔法の効果が思いのほか早かったようだな。…それで、頼もしい味方を失ったにも関わらず、お前はオレたちから王女を奪い返そうというのか? それも、たった一人で」

「やってやるさ」

 と、ロイスは言ってから鞘に納めていた剣を引き抜いた。

 それに合わせるようにロディルも剣を抜いたが、その表情は余裕に満ちていた。

 それはあきらかに、部下などに自分が負けるわけがないという揺るぎない自信の表れだとアイリスは見抜いた。

 隊長としてこれまで騎士団を束ねてきたロディルは、部下たちから畏敬の念を抱かれている存在だという自覚を抱いている。だからこそ、ロイスが明確な敵意を込めて挑んでも冷静に構えているのだろう。

 部下が上司に敵うはずがない、という絶対的な自信によって…。

(このままだとロイスが…)

 と、憂慮するアイリスの気持ちを知る由もないロイスは、掛け声とともに剣を構えながらロディルに突っ込んだ。

 それに合わせ、ロディルも突っ込む。

 剣と剣が激しく衝突した。

 二人の剣士による熾烈な斬り合いをアイリスが青ざめた顔で見守っていたそのとき、シュッと風を切る音とともになにかがそばを飛来した。

 レインもそれに気付き、慌てて身を屈めた。

 途端に、彼女は体の自由を取り戻した。拘束魔法が解けたのだ。

 アイリスは逃げようと立ち上がったが、すかさずレインに腕を掴まれてしまった。

 揉み合う二人のそばを空から再びなにかが横切り、レインのフードをかすめた。

 イラ立ったレインはアイリスから手を離すと、天井に向けていくつもの火の玉を打った。

 しかし、高速で飛び回る物体は的確に回避し、的を外した火の玉は天窓を突き破った。

 不意に、レインは誰かに手首を掴まれギョッとした。

 植物の陰から颯爽と現れた浦辺だった。

 浦辺は手首を掴んだまま、L型にした腕でレインの腕を殴り付けた。

 途端に、彼は狼狽の色を浮かべた。

 動揺する浦辺に向かって、口元を歪めたレインがもう片方の手を掲げた。

 その手からドス黒いあの不穏な霧が立ち込めた。

「危ないッ!」

 アイリスの叫びでハッとした浦辺は、とっさにレインの脇腹に三日月蹴りを繰り出した。

 衝撃でレインは体をくねらせ、黒い霧はたちまち消滅した。

 間を与えず、浦辺はレインの胸部に渾身のサイドキックを食らわせた。

 蹴り飛ばされたレインは噴水の縁を飛び越え、水しぶきを上げて水中に沈んだ。

「ケガはない?」

 心配する浦辺にアイリスは頷いた。

「生きていたのね、よかった…。さっき、ロイスが死んだって言ったから…」

「油断させるための作戦だよ。それより、早くここから逃げるんだ。テオ!」

 浦辺が天井に向かって叫ぶと、レインの注意を引き付けるのに貢献したテオが舞い降りた。

「あなたも無事だったのね」

〈もちろん。必ず助けるって約束したでしょ?〉

「テオ、彼女を連れてここから逃げるんだ」

〈分かった。アイリス、行こう!〉

 護衛を担ったテオは、アイリスを連れて温室から抜け出すため走った。

「逃がすかッ」

 逃げる二人の姿を捉えたロディルは、ロイスを殴って昏倒させると彼女たちに体の向きを変えた。

 剣を突き出して二人に迫るロディルに、浦辺がラグビー選手のごとくタックルをかます。

 地面に倒れたロディルに覆い被さるようにロイスが飛びかかる。

 罵倒しながら暴れるロディルを、浦辺とロイスが死に物狂いで抑えた。

「今のうちに逃げるんだ!」

 喉が枯れそうなほどの声量でロイスが叫んだときだった。

 女神の彫刻を取り込むように噴水の水が渦を巻きながら上昇し、巨大な水柱を作り上げた。

 驚きの眼差しで見上げるアイリスの目が、波打つ水柱の中に佇むレインの姿を捉えた。

〈《奮迅青龍(グレート・ストリーム)》だ。早く逃げないと!〉

 テオに袖を引っ張られ、危機感を抱いたアイリスは血相を変えて走り出した。

 温室を飛び出し、広い豪奢な廊下をテオとともに走るアイリス。

 間もなくして、背後から轟音とともに激しい波の音が聞こえた。

 レインの水魔法によって生み出された蛇状の水が、まるで宙を舞う東洋龍のごとくうねりを起こしながらアイリスたちに迫ってきたのだ。

 だだっ広い廊下を水浸しにしながら、水龍は尋常じゃない速度でアイリスたちを追った。

 無我夢中で走りながら、アイリスとテオは廊下の角を曲がった。

 曲がり切れなかった水龍が廊下に響き渡るほどの音を立てて壁に激突した。

 壁に大きな窪みを残して水龍は消滅したかに思えたが、元の姿を取り戻すと再びアイリスたちの追跡を再開させた。

 圧倒的な破壊力を目撃したアイリスとテオは揃って青ざめた。

 息も絶え絶えで走り続ける二人だったが、巨大な扉が行く手を阻む突き当たりに出くわしてしまった。

 重々しい扉をアイリスは開き、テオを先に入れてから後に続いた。

 扉の奥は、オスニエルの教会とは比較にならない規模の高さと奥行きを誇る礼拝堂だった。横長の木製のイスを除き、祭壇を含む調度品の数々は外観的にもその価値が容易に想像出来るほどの豪華さを主張しており、街中の質素な教会とはあきらかに違う次元を生み出す効果をもたらしていた。

 扉を閉め、祭壇のある奥へと走るアイリスとテオ。

 間もなくして、大きな音とともに扉が破壊され形を崩した水龍が洪水のごとく流れ込んできた。

 天井のステンドグラスを通じて注がれた神々しい色彩の光が、透明感のある水に反射し一層輝きを増した。

 祭壇に上がるわずかな段差でアイリスはつまずいた。

 テオは助け起こすと、背後を振り返り身を低くしてうなり声を出した。

 水浸しになった床を歩きながら、レインがゆっくりと彼らに近付こうとしていた。

〈来るなら来い。ボクが相手になってやる〉

 と、テオは地面を蹴っていつでも飛びかかれる姿勢を取った。

「やめて、テオ! あいつはただの魔導士じゃないのよ」

〈…ただの魔導士じゃないって、どういうこと?〉

「あの男はーー」

 と、言いかけてからアイリスは息を呑んだ。

 レインが両手を掲げた瞬間、床一面を濡らしていた水が磁石で引き寄せられるかのように上昇すると、波音を立てながら(ソード)戦斧(バトルアックス)(ランス)など様々な武器に擬態し始めた。それも、複数である。

 かかれ、というようにレインが両手を前に振りかざすと同時に、水で形作られた武器たちが浮遊しながら一斉に襲いかかった。

 テオはアイリスに寄り添いすかさず結界を張った。

 目に見えない結界に激突した武器が水しぶきを上げながら飛散する。

 アイリスは、テオを抱き締めながら戦々恐々とした。水とはいえ、廊下の壁に大きな窪みを作り出すほどの破壊力を先ほど目の当たりにしたのと、結界魔法を施しているテオが歯を食い縛りながら必死に耐えている様子を見て、その威力が想像以上に凄まじいことが伺えたからだ。

 しかも、飛散した水は絶えずレインの魔力で執行者の元へ引き寄せられ、そこで再び形成しては再度結界で守られたテオたちに突っ込んでいた。堂々巡りである。

(テオの結界が弱まるまで続けるつもりだわ)

 結界魔法は時間経過で効力を失う一方、強力な一撃や破壊力が抜群の攻撃を受けて破られるケースもあれば、微々たる攻撃を蓄積して次第に抵抗力を失い消滅することもある。

 結界魔法の耐久レベルは、執行者の保有するランクによって個人差がある。

 テオの顔色から既に限界が近付いていると察したアイリスは、時間経過で効力を失う以前に執拗な攻撃で結界が破られてしまうと恐怖した。

 テオは険しい顔をしながら粘ったが、高速で回転する戦斧(バトルアックス)が直撃した途端に結界が破られてしまった。

「テオ!」

 足元をフラつかせながら倒れるテオをアイリスが抱き留めた。

 その様子を見たレインは、絶好の機会だと言わんばかりにニヤリとし片手をギュッと握り締めた。

 途端に、礼拝堂内にある水が一ヶ所に集まり一塊となった。

 水は先ほどのような武器ではなく、巨大な平たい円盤へと形作った。

 次に、レインはもう片方の手で宙を撫でるような仕草をした。

 すると、窓というすべての窓の隙間から風が内部に吹き込んできた。

 伴奏者のように手を振るレインに操られた風は渦を巻くように水の円盤を取り囲むと、徐々に吸い寄せられやがて結合した。

 水魔法と風魔法の複合によって生み出された水の円盤は、あたかも巨大な手裏剣のような風切り音を立てながら高速回転を始めた。

(あんなのが直撃したら…)

 スーッと顔を青ざめさせたアイリスは、グッタリするテオをかばうようにその身で覆った。

 激しい水しぶきと容赦ない強風を吹きながら、水の円盤が二人に向かって少しずつ迫る。

 …ガシャーーンッ。

 突然、天井のステンドグラスが音を立てて割れた。

 驚いて見上げたレインに、割れたステンドグラスの破片がパラパラと降り注いだ。

 腕でガラスの雨を凌いだレインはなにが起きたのかと再び天井を見上げギョッとした。

 ステンドグラスを突き破って侵入した一頭のグリフォンが、水の円盤目がけて勢いよく体当たりした。

 円盤は水しぶきを上げて飛散し、床を最初のときのように再び水浸しにした。

 飛び散る水にレインは反射的に腕で顔をかばった。

 円盤を消滅させたグリフォンが前足を振り下ろし、鋭い爪でレインの腕を切り裂いた。

 手応えはあった。しかし、違和感もあった。

 グリフォンは一瞬困惑したが、気を取り直すと旋回しアイリスたちのそばにゆっくりと着地した。

 呆然とするアイリスにグリフォンは振り返り、

〈お初にお目にかかる、王女アイリスよ。私の名はルミウス。グリフォンの里で一族を束ねる群れの長を務める者だ。身を挺して息子を守っていただいたこと、感謝いたす〉

〈父さん…〉

 窮地を救った父親の登場で、テオは弱々しくも嬉しそうに顔を上げた。

〈よく頑張ったぞ、テオ。ここは父さんに任せて、お前は王女と一緒に祭壇の陰に隠れていなさい。王女アイリスよ。しばらくの間、息子のことをお願い申す〉

 ルミウスはこれから始まる激戦の巻き添えを受けないよう、二人に結界魔法を施した。

 アイリスはルミウスに従い、足元のおぼつかないテオを連れて祭壇の後ろへと避難した。

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― 新着の感想 ―
お仕事お疲れさまです!忙しそうですね・・・(;´Д`) 志賀先生の基準に合わせて気楽に過ごして頂ければいいと思います! 浦辺さんとロイスとテオの連携プレーでアイリスの奪還に成功しましたね! 完全に隊長…
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