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第三十八章 アイリス、出生の秘密(後)

 意外な事実を知ったアイリスは、目を泳がせたまましばらく声を出せずにいた。

 驚きと混乱で頭の中がグルグルと駆け巡る心境に陥りながら、アイリスはある疑問を抱いた。

 フローラーは口にしなかったが、女中として雇われた母親のミリアが城の人間に一方的に犯されたのは明白だった。

 問題は、女中と見ず知らずの男の行為によって生まれた自分が、なぜ令嬢としてこの城でもてなされているのか?

 しかし、すぐにアイリスはハッとした。

 冷静に考えれば、いたって単純な答えなのだ。

「…お母さまを(はずかし)めたのね」

 アイリスの目が、見ず知らずの男の正体であるディアドロス国王に向けられた。

 ディアドロスはポリポリと額をかいてから、意を決したように鼻から大きく息を吐いた。

「私が王位を継承して間もない若造だった頃のことだ。王国のさらなる発展と防衛面の強化を視野に入れた父上の計らいで、私は由緒ある辺境伯の姫君との婚約をしいられた。対魔物の思想が根強い我が王国特有の軍事態勢に関心を寄せていた辺境伯も同意し、私たちは政略結婚という形で夫婦となった。

 が、所詮は貴族社会で常識化した一方的な婚姻ゆえに折り合いは悪くなり、妃として迎えた姫君は王室警備兵だった城の騎士と駆け落ちして、私の元から去って行った。血縁である辺境伯との決別をも決意するほどその騎士に惚れ込んでいたようだが、数年後に起きた辺境伯領の大規模なクーデターの影響で、逃亡先の土地にて騎士共々殺されたという。高貴な身分から縁を切ったというのに、哀れな末路だなと私は思ったよ」

 と、ディアドロスはフッと鼻で笑った。

 このとき、女中のフローラーがなにかをこらえるようにギュッと手を握り締めていたが、そばにいるアイリスはその異変に気付かないまま、父親の言葉に聞き入っていた。

「妃が突然姿を消したことでうつ病を患った父上が間もなく他界し、事実上の当主となった私は自らの手で新たな妃となる女性を見付けることにした。そんなとき、女中として働くミリアを幾日も眺めていた私は、ふと彼女を独占したい欲に駆られてしまった。

 若気のいたりと言うべきか、私は抵抗する彼女を強引に部屋へ連れ込み、欲望のままに抱いた。艶やかで滑らかな手触りの長い髪、華奢でひ弱そうな肉体とは不釣り合いの豊かな胸、そして端麗な顔に潜む母性的な眼差しと、扇情的な魅力に溢れていた彼女は、まさに女神のような存在だった。甘い声を上げて喘ぐ彼女を私はひたすら犯したが、それによって迂闊にも子を成してしまったのだ」

「お父さまにとって、私は望んで産まれた子ではなかった。だから、いつも無関心だったのね」

「その通り。妃として正式に迎え入れた女性ならともかく、女中として雇われた一介の使用人との間に授かった子を跡取りにはさせられんからな。これで、お前も納得しただろう?」

 と、ディアドロスは悪びれずに言った。

「それじゃあ、どうして私たちを城から追い出さなかったの?」

 これ以上、心に傷を負いたくないと思いつつもアイリスは聞いた。

「ミリアが身ごもったと知ったとき、私はそのつもりでいた。だが、泣きじゃくるフローラーに必死に懇願されてな。歯止めが利かなくなっておかしな真似をされては敵わなかったから、私は渋々置いてやることにした。幸いと言っては不謹慎だが、父上は既に他界していたため不祥事を知られる心配はなかった。しかし、召使いや女中たちに知られるのもいささか都合が悪い。それで、妊娠中のミリアを王族以外の立ち入りが禁じられた部屋に監禁し、長期間の休職という名目で休ませることにしたのだ」

「お母さまを閉じ込めたの?」

「仕方がないだろう。お腹の大きなミリアを召使いや女中が見たらどう思う? 真っ先に、私が不貞を働いたと勘付いてしまう。それを防ぐためには致し方なかったのだ」

「だけど、産まれた後はどうしたの? いくらなんでも母親と赤ん坊を四六時中、同じ部屋に閉じ込めていられるはずがないわ」

「出産後の対策もあらかじめ考えていたさ。街から城へ戻る道中に捨てられていた乳飲み子を拾い、養子として迎えたと偽ったのだ。ただ、国王が王妃に逃げられ子を授けられなかった末、養子を迎えたというのはあまりにも体裁が悪い。そこで、彼らにはお前を養子としてではなく、病死した王妃の子として扱うよう命じたのだ」

「フローラーがお母さまは病死したと私にウソを吐いていたのもそれが理由ね」

「いかにも。広場のお披露目の際も国民にそうやって紹介し、お前は王妃と私の間に産まれた子であることを強調した。そうすれば、私の顔が立つと考えたからだ。しかし、正当な王族の血を引かない子を養うことに堅物の召使いたちが揃って不満を漏らしてな。母性豊かな女中たちが味方をしてくれたおかげで彼らは言い返せなくなったが、代わりに総辞職を申し出た。私は憤慨する彼らに多額の退職金を渡したが、これは言ってみれば城でのことを外部に口外するなという口止め料みたいなものだった」

「私を王妃の娘として扱うことに対して、母はなんと言ったの?」

「なにも言わなかったが、不服そうだったのは覚えている。腹を痛めて産んだ娘に実の母と名乗れないもどかしさは分からないこともなかったが、優先すべきは使用人の都合よりも私自身の保身だ。私はあくまで母親としてではなく、世話役を任された使用人としてお前の面倒を看ろと命じた。女中たちも指示通り王妃の子としてお前を扱い、私もゼイタクな部屋と暮らしを提供するなどして徹底した」

「城の騎士たちにも同じことを?」

「その必要はなかった。父上がうつ病を発症し他界した直後、その死が駆け落ちした仲間の騎士にあると信じた彼らは、心苦しさのあまり自ら王室警備の職務から退(しりぞ)き城を出て行ったからだ。ただ一人、肝のすわった男だけは残ったが」

 と言って、ディアドロスは横にいるロディルを見た。

「当時から私に異様なほどの忠誠心を示していた彼は、王室警備隊に代わる組織の創設を提案した。それで誕生したのが、王室警備兼軍事的な采配を司る今の憲兵騎士団だ。ロディルの尽力で王国内から選りすぐりの精鋭たちが招集され、数年かけて騎士団と呼ぶにふさわしい人数が揃った。彼らは城でのことをなにも知らないから、お前が病死した王妃の子だというデタラメを未だに信じ切っている」

「じゃあ、私が女中から産まれたことは誰も知らないのね」

「言っておくが、それを最も望んでいたのはフローラーだ。妹想いの彼女は、ミリアが受けた屈辱が世間に知られるのを極度に恐れていた。だからこそ、養子に偽るという提案にも同意したのだ」

「………」

「それにしても、思い返すたびに傑作だ。お前を拾ったとウソを吐いたときの城の者たちときたら、私を慈悲深い国王と勘違いして崇めていたんだからな」

 と、ディアドロスは当時を回顧しフッと笑った。

 アイリスは、実の母ミリアを不憫に思った。

 強引に犯され不本意の妊娠をするという屈辱的な体験を味わいながらも、母は仕事と両立しながら産まれた自分を懸命に育てた。しかし、その功績を知る者はごく限られているし、国王の体裁を守るために実の母でありながら乳母役を演じるよう命令されていた。

 対する父親は、一方的な肉体関係を結んでおきながら保身を守るために母を追い出そうとし、子育てにも干渉せず一切の世話を彼女に押し付けた。そして、アイリスの出産後は彼女を養子に迎えたと偽り、城の人間から情け深い国王として賛辞を送られている。

 アイリスは、王妃として迎えられた姫君が騎士と駆け落ちして父親の元を離れた原因を察すると同時に、実の母ミリアがディアドロス国王の傍若無人な態度に心身ともに追い詰められていたのかもしれないと思い、胸が痛くなった。

 アイリスはこれまで、父親であるディアドロスに一度でもいいから振り向いて、一緒に過ごしてほしいと切に願っていた。しかし、彼が母への愛情など欠片も持ち合わせていないことを悟った瞬間、その気持ちは跡形もなく消え去った。

 父親のあまりにも目に余る横暴さを日頃から目の当たりにしていたと思われる母ミリアに対し、アイリスは深い同情心を抱くと同時に、これまでの苦労を労ってやりたいという気持ちが芽生えた。

「私の本当のお母さまは、今どこにいるの?」

「さあな。ある日突然、前触れなしに蒸発してしまったから、今頃どこでなにをしているかなど知る由もない」

 と、ディアドロスはどうでもいいような口ぶりで言った。

「フローラー。あなたは知ってるんでしょう?」

 と、次にアイリスはフローラーに迫ったが、彼女はただ沈黙を貫くだけだった。

 アイリスは両手で顔を覆い嗚咽した。

 そんな彼女をフローラーが無言で抱擁する。

「陛下、そろそろ急ぎませんと」

 と、咳払いとともにロディルが耳打ちした。

「おっと、いかん…。つい無駄話に時間を費やしてしまったな。フローラー、今すぐこの部屋から出て行くのだ」

 と、ディアドロスが野太い声で命じたが、フローラーはアイリスを抱き締めたまま動かなかった。

 眉間にシワを寄せたディアドロスが顎をしゃくると、ロディルは足音を踏み鳴らして二人に近寄り、アイリスからフローラーを引きはがした。

「放してッ」

 ロディルの腕に押さえられながらフローラーは抵抗したが、老いに差しかかった肉体では彼の力に到底及ばなかった。

 それでも必死に暴れたため、ロディルはグッと腕に力を込めた。

 フローラーの口から苦しそうな声が漏れた。

「放しなさいよ、この人でなし!」

 逆上したアイリスが迫ったが、魔導士のレインに行く手を阻まれてしまった。

 アイリスがオロオロしている間も、フローラーは咳込みながら苦しそうにうめいていた。

「お父さま、お願いだからやめさせて!」

 アイリスが涙声で父親に訴えた。

「私も出来ればそうしてやりたいが、このまま放っておけばこの女はお前を守るために必ず我々の邪魔をするだろう。しかし、お前が父親である私におとなしく従えば、助けてやらないこともない」

 と、ディアドロスは頬をポリポリとかきながら言った。

「…分かったわ。おとなしく従うから、彼女を放して」

 と、アイリスは父親の目を見すえながら言った。

 ディアドロスに命じられ、ロディルは腕の力を緩めた。

 咳込みながら床に膝を突いたフローラーにアイリスは駆け寄った。

「フローラー。…お願い、もう私には構わないで。このままだと、あなたまで殺されてしまうわ。だから、おとなしくこの部屋から出て行ってちょうだい」

「いけ…ません、お嬢さま…。陛下は、あなたを…」

 フローラーは途切れ途切れだが、力を振り絞って声を出した。

「私だって本当は怖い。今すぐ逃げ出したいけど、もうどうすることも出来ないのよ。せめて、あなただけは助かってほしい。だからーー」

「なり…ません…! お嬢さまは妹の大切な…。このま…までは、妹に顔向け出来…ません…」

 咳込みながら言葉を発するフローラーの手を、アイリスは目を潤わせながら優しく握った。

「ありがとう、フローラー。…そして、ごめんなさい。今まで、散々あなたに迷惑をかけてきてしまって。私はあなたを、そして産んでくれたお母さまをずっと愛し続けるわ。…だから、お願い。私と行方の知れないお母さまの分まで、これからも生きて」

 そう言ってアイリスが助け起こしたとき、フローラーは彼女の耳元で小さくなにかを囁いた。

 そのまま微動だにしないフローラーを訝しそうに見ていたロディルが、

「さっさと出て行かないか」

 と、手を伸ばしたその瞬間、彼の手をアイリスが思い切り振り払った。

 驚くロディルを尻目に、アイリスはキッと父親を睨んだ。

「なんだ、その目付きは? 曲がりなりにも父親である私に向かって、そんな目を向けるんじゃない」

 と、叱責するディアドロスにアイリスは首を横に振った。

「…ウソつき」

「なんだと?」

「お母さまが蒸発しただなんて…ウソつきッ。どこまでウソを言えば気が済むのよ、この人殺し!」

「フローラー! 貴様、まさか…」

 怒りで声を震わせるディアドロスに睨まれたフローラーは、その目から逃れるように顔を背けた。

 顔を真っ赤にさせたディアドロスが、再び顎をしゃくってレインに命じた。

 頷いたレインが手を掲げると、手のひらからドス黒い霧のような不気味な煙がモクモクと立ち込めた。

 血相を変えたアイリスとフローラーは、禍々しい霧を漂わせジリジリと迫るレインから離れた。

 突然、フローラーはテーブルの上にあったペーパーナイフを掴むと、レインに駆け出した。

「フローラー!」

 アイリスの叫びと同時にナイフがレインの腹に突き刺さった。

「お嬢さま、お逃げ下さいッ」

 前のめりになたレインに密着しながらフローラーが叫んだ。

「で、でも…」

「早く逃げなさいッ!」

 フローラーの甲高い声で、アイリスは扉を目指して駆けた。

 しかし、行く手を塞いだロディルによって取り押さえられてしまった。

「お嬢さま!」

 そのとき、フローラーはふと不吉な視線を感じ恐る恐る顔を上げた。

 普段からフードで顔の上半分を隠しているため、決して誰も見ることのないレインの目をこのときフローラーは初めて目の当たりにした。

 フローラーの全身に悪寒が走った。

 それと同時に、彼女はようやくある異変に気付いた。

 肉に食い込んでいるはずのナイフから()()()()()()()()()()()のだ。

 得体の知れない恐怖で憑かれたフローラーは、ナイフの柄を握り締めたまま身を震わせた。

 そんな彼女の手を掴み、ゆっくりとナイフを引き抜くレイン。

 震えながら引き抜かれたナイフをフローラーから奪うと、レインは彼女の腹に向かって一直線に突き刺した。

 口から吐血したフローラーが、膝からくずおれ床に倒れた。

「イヤーーーッ!!」

 アイリスの絶叫が室内に響いた。

 半狂乱になったアイリスをレインに託した後、ロディルが瀕死のフローラーにトドメを刺すため剣を抜いた。

 しかし、それをディアドロスが制した。

「ここはいいから、お前たちは早いところその小娘を始末しろ。魔物の仕業に見せかけることを忘れるなよ。それから、タカセに今すぐ出発するよう伝えるんだ」

「ヤツ一人で公爵の所に行かせるおつもりですか?」

「事をさっさと済ませてお前が追い付けばいいだろう。分かったら早くしろ!」

「ハッ」

 二人は泣き叫ぶアイリスを強引に連れて部屋を出た。

 残ったディアドロスは、血を吐きながら倒れるフローラーのそばに屈んだ。

「よくも約束を破ってくれたな。あの小生意気な娘には、ミリアが事故で死んだことは絶対に言うなと忠告したはずだぞ」

「事故じゃあり…ません。あなたが殺し…た…」

「いいや、あれは事故だ。そんなことより、どういう了見で誓いを破ったのかを答えろ」

「お嬢さまは…妹がお腹を痛めて産んだ…唯一の子ども…宝物です。陛下…たちによって死を目…前に控えたあの子には…母親の死の真相を…知る権利があり…ます」

 と、フローラーは横たわりながら血で赤く染まった口を必死に動かして言った。

「なぜそこまでする? あの娘の実の母親でもないくせに」

「私は…妹に代わってあの子の…母親…になりまし…た。…ですから、あの子には…手を出さないで下さ…い」

「思い上がるな! アイリスはミリアの子であると同時に、私の子でもある。母親のいない今、あの娘は父親である私の支配下にある。殺すか殺さないか、それを決める権限は私にしかない」

「私は…認めません…! あの子の体に…あなたのよう…な冷酷な人の血が…流れているなん…て…」

「ほぅ…とうとう血迷ったか? 私にそのような口を利くとは」

「…大切な妹を殺さ…れた瞬間から、私はあな…たへの忠誠など…既に捨てていまし…た。すべ…ては、お嬢さまのために…装っていただけ…です…」

 と、虫の息のフローラーはハッキリと言った。

 ディアドロスは憤怒に満ちた瞳でフローラーを見下ろすと、彼女のか弱い首に向かって分厚い両手を近付けた。

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更新に全然気付かなかった・・・(汗) アイリスの生い立ちに隠された意外な事実の発覚からすぐに訪れた危機・・・! 身を挺して守ろうとしたフローラーだったのに・・・(T_T)
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