第三十六章 挑戦状
「これはこれは、珍しい闖入者が現れたものだな。ウラベミチオ、脱走した貴公がなぜまた私の城に?」
と、ディアドロスは冷笑を浮かべて浦辺を見た。
「詳しくご説明しましょうか?」
浦辺が言うと、ディアドロスはフンッと鼻を鳴らした。
「ぜひとも拝聴したいところだが、こちらも忙しい身ゆえにつまらない話を聞いているヒマなど微塵もないのだよ。…しかし、のこのこと現れてくれたおかげで捜す手間が省けたわ。どうやら、思いのほか早くお前の処刑が執り行えそうだ」
それからディアドロスは、棒立ちしているロイスに視線を移した。
「お前はなにをやっているんだ?」
ロイスは慌てて先端をくすぶらせている松明を置くと、持っていた日記をディアドロスの前に差し出した。
「それは?」
「ウラベが持っていた書物で、彼が言うには陛下の所有する日記とのことです」
「私の? …まったく身に覚えにないが、お前はそれを信じたのか?」
ディアドロスが聞くと、ロイスは慌てて首を横に振った。
「とんでもありません。この書物には武器の不正な売買のほかに、エドガー牧師が陛下の策略で操られ自害に装って殺されたこと、そしてアイリスさまのことが記されていました。いずれも陛下の名誉を深く傷付ける内容でしたためられていたので、この男が陛下を陥れるために用意した紛い物と私は信じています」
「うむ、それを聞いて安心したぞ。小癪な異世界人のまやかしに惑わされないとは、さすが私が見込んだ忠誠なる騎士だ」
と、ディアドロスはいかにも演技っぽく頷いて太った体を揺すった。
しかし、彼の隠された悪の本性を見抜けなかったロイスは、照れ臭そうにペコリと頭を下げるとディアドロスに日記を手渡してしまった。
唯一の切り札を失ってしまい、浦辺は渋面を作って唇を噛んだ。
「しかし、まさか書斎にこのような隠し通路があるとは思いませんでした。地下にあるあの部屋は、一体なにをされる場所なのですか?」
と、緊張がほぐれたロイスがさり気なしに尋ねた。
途端に、ディアドロスはムッと表情を曇らせた。
「そんなことはお前に関係のないことだ」
「え?」
「関係がないと言ったのだ。ひとまずは、我が祖先が秘密裏に設計したとだけ言っておくが、用途については私を含む血縁者のみしか知ってはならない存在だ。それを承知の上で詮索するつもりなら、その好奇な心を叩き直すようロディルにヤキを入れてもらうしかないが、それでもいいのか?」
ディアドロスが脅すと、彼の横にいたロディルがサディスティックな笑みをロイスに向けた。
「も、申し訳ありません。二度と、お聞きしません」
と、青ざめたロイスはおずおずと頭を下げた。
そのとき、浦辺がフッと小さく笑った。
「なにがおかしい?」
「…いや、失礼。いかにも取って付けた言い訳にしか聞こえなかったもので」
と、浦辺が苦笑をまじえて言った瞬間、魔導士のレインが彼に向けてサッと手を掲げた。
途端に、全身が麻痺したような感覚に襲われた浦辺は、その場に膝を突いてから床に倒れた。
なんとか立ち上がろうと全身に力を入れ踏ん張るが、重石で固定されているように動けなかった。
「バカめ。愚かな異世界人の分際で国王の私にそのような口を利くとは、身のほどを弁えたらどうだ?」
「思ったことを率直に言ったまでなんですがね」
瞬間、憤慨したロディルが浦辺の腹に蹴りを入れた。
ロディルは仰向けになった浦辺の胸に足を乗せると、剣の切っ先を喉元に当てた。
「それ以上、陛下に生意気な口を利いてみろ。この場でその首を斬り落としてくれるぞ」
「焦るな、ロディル。この部屋を異世界人の薄汚れた血で汚すのは忍びない。いずれは死ぬのだから、ロイスと一緒に城の地下牢に連れて行って閉じ込めておけ。その間にもしおかしな真似をしたら、そのときはお前の判断に任せる」
「ハッ。さっさと立て!」
剣を鞘に納めたロディルは浦辺を強引に立たせると、ロイスとともに両側から腕を支えた。
三人が部屋から出た後、ディアドロスはロイスから託された日記をレインに手渡すと、それの処分と床に散乱している書物の整理を命じた。
レインの手に渡った日記は、彼の手元で突然燃え上がるとあッという間に灰と化した。
パラパラと舞い落ちる灰が粉末状となって消えた後、レインは浮遊魔法を使って浦辺たちがぶちまけた本の収納に取りかかった。
すべての本が元の場所に収まった後、レインは最後に隠し扉である本棚に向かって手を振った。
本棚が軋み音を立ててゆっくりと閉まり始める。
完全に閉まり切るのを見届けることなく、ディアドロスとレインは部屋を出た。
その際、閉まる本棚の陰から飛び出した存在に二人とも気付かなかった。
廊下の途中でディアドロスが一行から離脱したが、その際に彼は含みのある相槌をロディルにした。
その意味を察したロディルが、任せて下さいといわんばかりの表情で頷いた。
地下牢に通じる扉をロイスが開け、四人は湿っぽい石造りの階段を下りた。
ロイスが一番手前の牢屋の錠を開けようとするのをロディルが止めた。
「せっかくだから、こいつが以前入っていたのと同じ牢に入れてやろうじゃないか」
と、ロディルは底意地の悪い笑みを浮かべて言った。
ロイスはやや訝しがりつつも、命令通り奥に向かって進んだ。
突き当たりの牢屋に差しかかり、ロイスはテキパキと鍵穴にカギを差し込んで錠を解いた。
鉄格子の扉を開いてから、彼はようやく牢獄の中にいる先客の存在に気付いた。
「…え?」
ロイスの間の抜けた声に反応し、ベッドの上に座っていたアイリスは顔を上げた。
呆然と立ち尽くすロイスの姿を捉えたアイリスはギョッとすると、惨めな姿を見られた恥ずかしさから慌てて顔を逸らして身をよじった。
ロディルが浦辺の背中をドンッと押した。
魔法の影響で体の自由が利かない浦辺は牢の中で倒れた。
「ウラベ!」
ベッドから飛び降りたアイリスは血相を変えて浦辺を抱き起こした。
「心配ない。体は動かないけど、今のところ大丈夫そうだから」
と、浦辺は言ってから小さく咳込んだ。
「彼になにをしたのよッ」
と、アイリスはキッとロディルを睨んだ。
「陛下に生意気な口を利いたバツとして、レインが侵蝕魔法をかけたのです。本来は魔物を相手に使用する魔術であるがゆえ、人間を対象に使うのは恐らくこの男が初めてでしょうな。そうだろう?」
と、ロディルが聞くと、レインはフードで隠れた顔でコクリと頷いた。
「隊長。これは一体どういうーー」
と、ロイスが声を震わせて振り返ろうとした瞬間、ロディルが彼の背を勢いよく蹴った。
たたらを踏んだロイスは、鎧から発せられる金属音をやかましく鳴らしながら牢の中に倒れた。
「なにするのよ、このバカ!」
喚き声とともにアイリスは立ち向かったが、ロディルに腕を掴まれて阻止されてしまった。
なおも抵抗を続けるアイリスだったが、レインが額に手をかざすと昨夜のように再び気を失ってしまった。
ぐったりとするアイリスを担いでレインが地下牢を出た後、ロディルは忌々しそうに舌打ちした。
「とんでもないお転婆だな、まったく。陛下の気苦労が身に染みるわ」
と、ロディルはブツブツと言いながらロイスの落としたカギを拾って牢の錠を掛けた。
「彼女をどうするつもりだ?」
地面に横たわりながら浦辺が聞いた。
「死んでもらうのさ、我々のためにな。安心しろ。お前とそこにいる半人前の部下もじき死ぬから、彼女一人だけになることはない」
「隊長、なぜこんなことを…?」
倒れた体をどうにか起こしたロイスは、未だに信じられないといった顔でロディルを見た。
「おめでたいヤツだな、ロイス。お前が紛い物だと信じたあの書物はな、陛下が記録した正真正銘の日記なんだよ」
「…それじゃあ、書かれてある内容もすべて?」
「そう、事実だ。克明に記されている分、さすがのお前も疑うのではと思っていたんだが、予想に反してまんまと引っかかってくれたな。ダマされているとも知らずに褒められて得意になっていたのがこの上なく滑稽でおかしかったわ」
と、ロディルは鼻で笑った。
「…アイリスさまが魔物に殺されたというのもウソだったんですね」
「その通り。今朝の集会で陛下が話した内容は、すべて計画的なデタラメだ。そうとも知らず、お前とほかの騎士たちはすっかりダマされていたがな」
「どうして彼女を手にかけるんですか?」
心に深い傷を負ったロイスは、鉄格子を握り締めながらかすれ声で聞いた。
「どうして? 無論、陛下のご命令だからに決まっているだろ。そんなことも分からないとは、頭の回転もすこぶる悪いようだな。…ほかにも聞きたいことはあるか? 思考力の低さをさらけ出しても構わないのならどんどん言ってみろ」
ロディルが追い打ちをかけるようにあおると、ロイスは屈辱のあまり鉄格子を握る両手を小刻みに震わせた。
「それ以上聞くな。その男はキミを蔑んで有頂天になってるだけだから、勝手にしゃべらせておけばいい」
と、喉に痛みが走り始めたのも構わず浦辺はロイスに言った。
「ほぅ…。オレを侮辱するとはいい度胸だ。死を目前にして血迷ったか?」
「別に。死ぬなんてこれっぽっちも思っていない」
「生身の肉体が魔法に勝てるとでも思っているのか?」
「さあね。とにかく、このまま死ぬとも殺されるともボクは思っていない。逆に、この牢を出たらこっちがあんたを叩き伏せてやる」
「…プッ、ハハハ。そんな体でオレを叩き伏せるとは、気でも狂ったのか? 断っておくが、侵蝕魔法は状態異常をもたらす特殊魔法の中でも飛び切り残忍な魔術で、『魔法律議書』にも禁断の魔法として記録されているほどだ。平均的なレベルの治癒魔法では到底治せない上、回復薬の調合による解毒剤の開発も断念されている現状、お前に待ち受けている未来は死というわけだ。どんなに強がったところで、お前がオレに挑むなんて不可能なのさ」
「本当にそう言い切れるかな?」
と、浦辺は余裕のある笑みを浮かべた。
ロディルは一瞬瞠目したが、すぐに鼻を鳴らしてニヤリとした。
「面白い。万一、回復してそこから抜け出せたら、望み通りオレが相手になってやろう。フェルナールの森で部下を苦戦させたその腕っぷし、じっくりと拝見してやる。…まあ、最終的に悪あがきをして大きな口を叩いたことを後悔するだけだろうがな」
そのとき、地下牢の扉が開いて奥から一人の男が姿を現した。
「ようやく手頃な御者を街で見付けてきましたよ。見返りばかりしつこく聞いて来るがめついヤツですが、目的地までは必ず運んでやると豪語していました」
「よくやった。盗賊や山賊の追っ手を振り切れる腕前があれば御の字だ。従者を伴えない分、乗り手の技量に懸かっているからな」
「隊長の気迫で連中の方から逃げちまいますから心配いりませんよ」
と、男はおべっかを使ったがロディルは完全に無視していた。
「短い間に随分と飼い馴らされたみたいだな、高瀬。同じ日本人として恥ずかしいよ」
と、浦辺は軽蔑の眼差しでゴマをする高瀬を見上げた。
「おやおや~? これは驚いたな。まさかまたここで会うとは思わなかったぜ」
牢獄に倒れている浦辺の存在に気付いて高瀬は身を屈めた。
「あんなに毛嫌いしていた隊長に今度は媚びを売るようになったのか?」
「『長いものには巻かれろ』ってよく言うだろう? それに、協力すれば報酬を山分けするって約束もされたしな。金儲けが出来るなら、オレは魂だって売るぜ」
「その金儲けが大量殺戮に繋がるかもしれなくてもか?」
「聞いたよ。商談先の国と取引が成立して武器が流れれば、いつか戦争になるかもしれないんだってな。だけど、この商売は争いが起きてなんぼなんだ。人間的な道徳心にいちいち左右されてたらまともな稼ぎなんて出来ないんだから、人命のことなんて気にしていられないのさ。武器商人の鉄則だよ」
と、高瀬は知ったような口を利いた。
「さすが、指名手配されるだけの男だ。思った以上の冷血漢で驚いたよ」
「だったら捕まえるか? でも、あんたはつくづくこの檻が気に入ってるみたいだから、出たくても出られないだろうさ」
「居心地が悪いからすぐに出るさ。それでもって元の世界に連れ戻したら、前科のほかに過激思想の危険人物として知り合いの刑事に突き出してやる」
「勝手なことを言っては困るな、ウラベ。確かにこいつはなんの役にも立たない穀潰しだが、陛下の命で仲買人に選ばれた今はオレの配下だ。それに、教養がない分どんな指図にも盲従する従属的な下っ端ゆえ、許可なく連れて行かれるわけにはいかないんだよ」
「言い過ぎだろ…」
横を向いた高瀬が小さく舌打ちした。
「なにか言ったか?」
「…あ、いえ。別に」
「だったら、先に行って馬車の手配でもしてこい!」
ロディルの怒号に高瀬は震え上がると、逃げるように地下牢から飛び出して行った。
「お前といいあいつといい、異世界人は癪にさわる連中ばかりだ。陛下の命令がなければ、とっくに首を斬り落としていたんだがな」
「そんなにボクたち異世界人を嫌っているんなら、あの男を仲間に引き入れろという国王の命令にも多少不満だっただろう」
「本音を言えばな。だが、命令である以上は致し方ない」
「事が済み次第、あいつも始末するのか?」
「さあ、どうだろうな。少なくとも、それを知る頃にはお前はとっくに死んでいるさ」
と、ロディルはフンッと鼻を鳴らしてから地下牢を出て行った。




