第三十五章 秘密の部屋
地下牢を出た浦辺とテオは、アイリスに教えられた場所を目指して廊下を進んだ。
広々とした廊下には、相変わらず上流階級のゼイタクな暮らしぶりを誇示するかのごとく巨大な絵画が壁にかけられ、豪華な装飾を施した調度品が配置されていた。
初めて目の当たりにしたとき、浦辺は金持ちの道楽を見せつけられている意味で目の毒だと顔を背けたが、今は違う意味で見ないようにした。醜い争いに便乗して武器を売りさばき、それで得た報酬によって手に入れた代価だと思えば思うほど見るに耐えず、むしろ嫌悪感が込み上げてきたからだ。
書斎へ通じる扉の前に到着した。
そっと扉を開け、中に誰もいないのと確かめてから二人は入った。
いくつもの書棚が書斎の壁すべてを埋め尽くすように配置され、その中には分厚い本から薄い本、サイズの大きな本から小さな本までと、ありとあらゆる本が所狭しに並んでいた。
〈臭い…。本当に、ここに隠してあるのかな?〉
と、本から発せられるカビ臭さにテオは顔をしかめながら言った。人並み以上に嗅覚が敏感なテオにとって、このニオイは刺激が強かった。
「アイリスの読みが正しかったら、間違いないだろう。今どきの裏帳簿は、USBメモリーみたいな記憶媒体に記録を保存したりするけど、この世界にはそんな物はないからきっと文書で保管されているに違いない。見たところ、分厚い本ばかりが揃っているからページに挟まれて隠されているか、書物に装っているのかもしれない」
〈ユー…エスビー…?〉
「ごめん、忘れて」
〈とにかく、手当たり次第本を調べればいいわけだね〉
「相当な数だから時間はかかるし、探し出すのも一筋縄じゃいかないだろう。急いで取りかかろう」
浦辺の言葉を合図に、二人は作業に取りかかった。
推理小説やスパイ小説などで、あからさまな違和感を覚える配置の本(不釣り合いのサイズが隣同士だったり順不同だったりしている物)に秘密が隠されてあるパターンが多いのを知っていた浦辺は、それらを集中的に手に取って中身を調べた。
一方のテオは、豪快にも本棚の本を残らずまき散らしてから丹念に調べていた。
本当はオスニエルのときのように少年の姿に変身して調べた方が効率がいいとテオは思っていたが、いざというときに魔法を扱えることを考えた末、魔力の消耗が激しい変身魔法は控えることにしたのだ。
中々見付からず、テオが別の本棚へ移ろうとしたときだった。
ピタリと足を止めたテオは、本棚と本棚の間で立ち止まった。
隙間に顔を近付けたテオはハッとした。
〈隙間から風が吹いてるよ〉
と、テオは興奮気味に言った。
近付いた浦辺が確かめるように本棚の前で手をかざした。
確かに、本棚と本棚の隙間から冷たい風がわずかに吹いていた。
「手伝ってくれ」
浦辺とテオは協力して、丸裸になった本棚を手前に引いてみた。
ギィィィ…という軋み音を立てて、本棚が扉のようにゆっくりと手前に動いた。
隠し扉に擬態していた本棚が開き切ると、地下へ通じる薄暗い階段が現れた。
城の地下牢と彷彿とさせる石造りの階段は螺旋状になっているらしく、左に向かって渦を巻くように下へと続いていた。
「怪しいな」
〈だね〉
「テオ、魔法で火は出せるか?」
〈出来るけど、本でも燃やすの?〉
「まさか。…これを使おう」
と言って、浦辺は書斎のデスクにあったキャンドルスタンドを手に取った。
テオの魔法で火が灯ると、その明かりを頼りに二人は地下へと通じる螺旋階段を下り始めた。
石造りの壁から吹き込む隙間風がキャンドルの火を激しく揺らしたが、それ以上に冷気を含んでいるせいでとても寒い。
リヴィアからもらった衣装は比較的軽装だったため、肌寒さを覚えた浦辺はくしゃみをした。
心配したテオがフサフサの羽で覆われた顔をすり寄せてくれたことで、彼は寒さを凌ぐことが出来た。
容赦ない隙間風が吹く階段を下りると、これまた黒ずんだ石の壁に囲まれた広い部屋に辿り着いた。
地下牢と雰囲気は大差ないのだが、キャンドルの火以外の明かりが一切ないため、異様な不気味さが漂っていた。
部屋の構造を知ろうと、浦辺はキャンドルの火を奥にかざした。
〈…ウラベ、あれ!〉
と、テオが目を見張った。
部屋の一番奥の壁に、ありとあらゆる武器が無造作に山積みされていたのだ。その量は、ラングの酒場の武器庫に保管されていた武器とは比較にならないほどだった。
「まるで武器のゴミ捨て場だな…」
浦辺は乱雑に積まれた武器の山に近寄ると、キャンドルをかざして見回した。
大男が携帯していそうな大きな剣と手斧、鋭利な棘をいくつも伸ばした鉄球を鎖で繋いだフレイル型の朝星棒、あらゆる物を押し潰しそうな重厚感あるハンマーのほか、ラングの店で見た水晶(それ以外に魔物の頭部を象ったの)を取っ手に固定した魔道具のステッキなど、その種類は多種多様だった。
いずれもひどくホコリを被っており、長い年月放置された状態であることを物語っている。
〈ウラベ、ここに本があるよ〉
と、テオが部屋の片隅に置かれたテーブルのそばで言った。
浦辺が近寄ると、ナチュラルな風合いの木製テーブルの上に、ボロボロになった羽ペンと一緒に一冊の分厚い本が置かれていた。
「…この本、誰かがまだ最近使ったらしいな」
と、表紙を指でなぞってから浦辺は言った。指先には、ホコリ一つ付着していない。
褐色の表紙にはなにやら文字が書かれていたが、浦辺は読めなかったためテオに解読を頼んだ。
テオによると「記録帳」とのことだった。
二人は顔を見合わせた。
浦辺はキャンドルスタンドをテーブルに置くと、ゆっくりとページをめくった。
グリフォンの里で見た「魔法律議書」に書かれてあった象形文字と似た文字の羅列がビッシリと並んでいたが、手書きゆえにやや幾何学寄りである。
どちらにせよ、浦辺にはなにが書かれているかなどサッパリだった。
読めない浦辺に変わり、テオが解読を請け負った。
浦辺がページをめくり、テオが真剣な顔で書かれている文字を追う。そうやって、二人は協力しながら「記録帳」とやらになにが書かれてあるのかを調べた。
最後のページを浦辺が閉じると、テオは大きく息を吐いた。
〈どうやら日記みたい〉
「ディアドロス国王の?」
〈らしいね。国内の情勢や催された行事や祭典のほかに、遠征先であったことが簡単に書かれてあった。それに、エドガー牧師のこともね。ウラベの思った通り、レインに服従の呪いをかけられていたみたい〉
「間違いないか?」
〈うん。これによると、牧師は国王の期待に添うためにもタイマの教えの布教に専念していたらしい。けど、たまたま国王とロディルが武器の闇取引をしているのを知って、ようやく自分が都合よく利用されていたと気付いたみたい。怒った牧師は世間に公表しようと息巻いたから、それを阻止するためにレインに命じて服従の呪いをかけさせたって書いてある〉
「自殺については?」
〈書いてあるよ。正確には違うけど〉
「じゃあ、やっぱりか」
〈オスニエルでボクたちが起こした騒動の後、国民から広場の十字架のことでかなり批判されたみたい。その措置として牧師を殺して自害に装ったってハッキリ書いてあるから、ウラベの考えは当たっていたってことになるね〉
「思い違いじゃなくて安心したよ。…で、闇取引の記録もあった?」
〈しっかりとね。ラングのオジさんが言っていた通り、共存社会が実現する以前から国王とロディルは一緒になって、色んな所に武器を不正に流してたみたい。『顧客リスト』って書かれてある欄にすごい額の数字が書かれてあったけど、きっと取引で売り上げた報酬の額だと思う〉
「証拠としては申し分ないな」
と、浦辺は満足げに言った。
ディアドロスとロディルが結託して武器の闇取引を行っていたという事実を証明するのに、目の前の日記がこの上ない証拠能力を有しているのは確かだった。
さらに、自害したと思われていたエドガー牧師の死が、国王の策略による偽装殺人であるという事実も本人の手記で記されている。
もはやこの日記は、持ち主であるディアドロス国王本人にとって大変なアキレス腱なのだ。無論、公表されれば彼を待ち受けている未来は王位の剥奪か、少なくとも失脚だろう。
〈それから、アイリスのことも少しだけど書いてあったよ。ちょっと驚いちゃったね〉
「驚いたって、どうして?」
〈だって、これによるとアイリスの母親は――〉
「そこにいるのは誰だッ」
出し抜けに大きな声がし、二人はドキッとした。
振り返ると、松明を手にした一人の騎士が立っていた。
憲兵騎士団隊員のロイスだった。
キャンドルの火に照らされた浦辺の顔を捉えた瞬間、ロイスは鞘に納めていた剣を慌てて抜いた。
「ウラベミチオ…! わざわざ処刑されるために舞い戻ったか」
「そんなわけないだろ」
「それじゃあ、なぜだ? それに、どうやって城に忍び込んだ?」
と、言ってからロイスは浦辺のそばにいるテオを見た。
「お前はグリフォンの里にいたあの…。そうか、使い魔の力を使って侵入したんだな」
〈ボクは使い魔じゃなくてウラベの友だちだ〉
「そんなことはどうでもいい。お前たちは陛下の城に無断で侵入した。あきらかな重罪行為だ。ウラベ、そこにいるグリフォンの子どもと一緒に、おとなしく陛下の所まで来てもらおうか」
「断る」
浦辺はキッパリと言った。
剣幕を浮かべたロイスが剣を前に突き出しながら近付くと、浦辺を守るようにテオが彼の前に出た。
口角を上げてうなり声を出すテオを浦辺はなだめてから、テーブルの日記に手を伸ばした。
武器を手にしたと勘違いしたのか、ロイスは一歩引いて剣を握る手に力を込めた。
「とにかく、一旦落ち着けよ。確かに城へは無断で潜り込んだから、無闇に抵抗するつもりはない。だけど、国王の所へおとなしく連れて行かれるわけにはいかないんだ」
「その理由を言え」
「その前に、まずはこれを見てほしい」
と、浦辺は持っていた日記を掲げた。
「なんだ、それは?」
「ディアドロス国王の日記だ。この部屋にあったのを、この子と一緒に読ませてもらったんだ」
「それがどうしたんだ?」
「なにも聞かずにとにかく読んでくれ」
と、浦辺はそっと日記を前に差し出した。
ロイスは訝しがりつつも剣を鞘に納めると、浦辺の手から日記をひったくった。
メラメラと燃える松明を片手に持ったまま、ロイスは器用に日記を開いた。
彼が日記を読んでいる間、浦辺は警戒心をむき出しているテオを落ち着かせようと彼の頬を優しく撫でながらジッと待った。
しかし、日記を読むロイスの表情に変化が現れないことに、浦辺はかすかにイヤな予感を抱いた。
やがて、読み終えたロイスはパタンッと本を閉じると、キッと浦辺を睨んだ。
「隊長がおっしゃった通り、お前たち異世界人はずる賢い人種に違いないようだ。陛下たちを陥れるために、こんな小細工を用意するとはな」
予感が的中し、浦辺は唇を噛んだ。
国王に忠誠を誓う憲兵騎士団の一人であるロイスが、簡単に書かれている内容を鵜呑みにはしないだろうと思っていたが案の定だった。しかも、相手が国王に盾突いた挙句に城から逃げ出した異世界人ともなれば、なおさら信じられるわけがないだろう。
「小細工なんかじゃない。その証拠に奥を見てみろ」
浦辺に従い、ロイスは奥に向かって松明の火を向けた。
山積みにされた武器を見て、ロイスは思わず息を呑んだ。
「国王とロディルは、売りさばくための武器を誰にも見付からないようこの部屋を隠し場所にしていたんだ。二人が闇取引に関わっていることを示すれっきとした証拠だ。それとも、これらもボクが国王を陥れるために用意したと思うのか?」
「…出来ないことじゃない。お前は里のグリフォンたちに匿われていた。ヤツらの転移魔法を使えば、ここに武器を転移させることぐらい造作もないはずだ」
〈父さんたちがそんなことするわけないだろ!〉
テオが食ってかかると、ロイスは本を脇に挟み再び剣を抜いた。
「うるさいッ。それに、エドガー牧師の死も陛下の策略のように書いてあるが、これは到底見過ごせない。牧師は、魔物からオスニエルを守れなかった自責の念から自ら命を絶ったんだ。それが殺しなどとは…。宗教家として覚悟の自害を果たした牧師と、濡れ衣を着せられた陛下に対する許しがたい冒涜だ」
「牧師は自殺したんじゃない。殺されたんだ」
と、浦辺は諭すように言った。
「しいて殺しを認めるのであれば、その責任を問われるのはあのドラゴンだろう。あのドラゴンが王都を混乱に陥れなければ、牧師は死を選ぶこともなかったんだからな」
〈リヴィアのせいじゃない〉
「リヴィア…。あのドラゴンの名前か?」
〈リヴィアは、ボクを助けるためにドラゴンに戻ったんだ。街をめちゃくちゃにするつもりでやったわけじゃない〉
「だが、結果的にあのドラゴンがもたらした混乱によって、国民から激しい非難を浴びて精神を病んだ牧師は、自ら命を絶ってしまうほど追い込まれてしまった。間接的にではあるが、牧師を殺したのはあの怪物ということになる」
〈怪物って言うな!〉
テオの高い声が秘密の部屋にこだました。
「そもそも、お前たちがオスニエルに足を踏み入れなければ、あんなことにはならなかったんだ。人間に姿を変えてのうのうと街中を歩いた分際で、言い訳が出来る立場だと思っているのか?」
ロイスの指摘で、テオは胸の奥をグサッと突かれた気がした。勝手な行動でオスニエルの街へ単独で赴き、それによってリヴィアに迷惑をかけただけでなくオスニエルに混乱を招くきっかけまで作ってしまったのが、ほかならぬ自分であると気付いたからだ。
テオはなにも言い返せないまま、グッと歯を食い縛った。
浦辺はテオの頭をそっと撫でてから、毅然とした態度でロイスを見つめた。
「オスニエルで騒ぎがあったとき、ボクはその場にいなかったから具体的な状況までは分からない。でも、リヴィアから大体の話は聞いている。街を発つとき、魔物と見抜いたロディルに詰め寄られたとね」
「当然だ。隊長は、魔物が王都を支配するかもしれないという懸念を抱いて先手を打たれたんだ」
「それが導火線だよ。ロディルが二人に迫らなければ、リヴィアもドラゴンに姿を変える必要なんてなかった。キミはあくまで混乱の原因が彼女にあると言い張るが、ボクから言わせてもらえば引き金を引いたのはロディルだ。彼が混乱の元凶だよ」
「隊長を侮辱するつもりか?」
「事実を言ったまでだ。だからこそ、王女も彼女たちを助けようとしたんだ」
「アイリスさまが…?」
ロイスの表情に動揺の色が浮かんだ。
「リヴィアが言っていたよ。ロディルに詰め寄られて困っているとき、王女が必死に守ってくれたとね。もし疑うなら、彼女に直接聞いて確かめてみるといい。でも、その前にまずは王女を地下牢から助け出さないと。グズグズしていたら国王たちに殺されてしまうぞ」
「ふざけたことを言うな。…アイリスさまは昨夜魔物の襲撃に遭い命を落とされたと、今朝の集会で陛下は我々に伝えられたんだぞ」
「デタラメだ。彼女はまだ生きていて、城の地下牢に閉じ込められている」
「ウソだ!」
〈そんなに疑うなら確かめてきなよ〉
と、テオがイラ立ちを見せて言った。
「やかましい! …アイリスさまは、魔物に殺されてもうこの世にはいないんだ。それをまだ生きていて、陛下に殺されるだと? どういう了見でそんな出任せを並べ立てるんだッ」
と、上ずった声でロイスが叫んだ。
「それじゃあ、ハッキリ言うよ。ディアドロス国王は、王女を魔物の仕業に見せかけて殺すことによって、退魔の教えの信教者を増やそうと目論んでいるんだ。つまり、彼にとって彼女は野望を果たすための道具に過ぎないんだ」
「それ以上出任せを並べたら本当に承知しないぞ」
〈なんでそんな分からず屋なのさ?〉
「なんだと?!」
「二人とも、静かに! とにかく、今はここで呑気に話し込んでる場合じゃないんだ。一刻も早く彼女を地下牢から助け出さないと手遅れになる。その日記は、ディアドロス国王を牽制出来る唯一の切り札だ。それさえあれば、少なくとも彼女を解放させられるかもしれない。だから、返してくれ」
と、浦辺が手を伸ばして近付いた瞬間、ロイスはブンッと剣を振った。
切っ先があわや手を傷付ける寸前で、浦辺は腕を引っ込めた。
「これ以上、お前たちのたわ言に付き合う気はない。そんなウソで手玉に取れるオレだと思ったら大間違いだ。ナメるな!」
剣を鞘に納めたロイスは、脇に挟んでいた本を持ち直すと体の向きを変え、一目散に螺旋階段を駆け上がった。
その後を浦辺が追う。
足音がこだまする階段を必死に駆け上がる二人。
出口に辿り着いたとき、ロイスの持っている松明の火がフッと消えた。
呆然とするロイスに続いて出口から飛び出した浦辺はギョッとした。
国王のディアドロスとロディル、そして魔法で松明の炎を消した魔導士のレインが二人を待ち構えていた。




