第三十三章 告白
〈どうしてここにいるんだッ〉
ラングが城へ向かう準備を整えている間に一旦外へ出た浦辺をルミウスは迎えたのだが、一緒にいるテオを見た途端に彼は叱責の声を上げた。
〈父さんこそ、さっきはどこにいたのさ?〉
〈父さんのことはどうでもいい。それよりも質問に答えなさい。どうしてここにいる? 里で母さんのそばにいるはずだろう〉
〈母さんにはちゃんと話したよ〉
〈そういう問題じゃない。どうしてお前は言い付けを守らないんだ?〉
〈こんなときに留守番なんてーー〉
浦辺がそばにいるのも忘れて、テオとルミウスは親子同士で押し問答を繰り広げた。
見兼ねた浦辺が間に入り、言い付けを守らなかったことを代わりに叱ったこと、テオのおかげで命拾いしたことをルミウスに伝えた。
浦辺に遠慮したルミウスは、深いため息を吐くとそれ以上はなにも言わなかった。
落ち着いたところで、浦辺は酒場にてラングから聞いた話をルミウスに伝えた。
〈…なるほど。ディアドロス国王はロディルと結託して、他国に武器の横流しを行っていたのか。道理で、対魔物の世を取り戻すのに必死になるわけだ。人間と魔物がいがみ合えば戦いが始まり、武器の流通規模も格段に上がる。それが狙いだったんだな〉
と、ルミウスは眉根を寄せて忌々しそうにつぶやいた。
「恐らく、エドガー牧師はその秘密を偶然知って殺されたんでしょう。純粋に布教活動をしていた牧師からすれば都合よく利用されたわけですから、怒りも相まって公にすると息巻いたのかもしれません」
〈愛娘の死をきっかけに始めた布教を悪事に利用されたわけだから、間違いなく彼は激昂しただろう。…それで、これからどうするつもりだ?〉
「オスニエルの城へ向かいます。丁度、ラングさんが城まで行く段取りを今整えてくれているので」
〈その酒場の店主だが、彼も不正な武器売買の当事者なんだろう。信用出来るのか?〉
「ボクは信用しています。見たところ、やむを得ない事情で仕方なく手を貸していたようだし、最後にはボクたちを助けてくれましたから」
〈無事に城へ辿り着いたとしても、国王に捕まってしまったら処刑は免れないぞ〉
「覚悟の上です」
〈ウラベの考えは概ね見当が付く。恐らく、国王たちの悪事を阻止するつもりなのだろう。老婆心ながら言っておくが、異世界人のキミがこの世界で起きている出来事に命を懸ける必要はないんだぞ。それでも行くのか?〉
「行きます。二人が築いた共存社会を守りたいし、私利私欲のために牧師を利用し殺害したことが許せませんから。それに、巻き添えで召喚された高瀬も連れ戻さなければいけませんからね」
浦辺が確固たる意志を持って言うと、ルミウスはフッと笑みを浮かべた。
〈よし、分かった。だが、くれぐれも注意は怠るな。先ほど城の様子を空から窺ってみたが、なにやら物々しい雰囲気に包まれていた。なにがあったかまでは分からないが、内部の人間たちがピリピリしているのは確かだと思う。妻のためにも、無事に戻って来てくれ〉
「分かりました」
〈私は、もう一度空から城の偵察をしてくる。テオ、一緒に来るんだ〉
と、ルミウスが言うとテオは首を横に振った。
〈ウラベと一緒に行く〉
〈またそんなことを…。父さんが許すと思っているのか? 第一、まだ幼いお前が一緒に行ったところでどうしようもーー〉
〈お願いだから、いつまでも子ども扱いするのはやめてよ〉
〈実際、お前はまだ子どもだ。親として心配するのは当然なんだから、虚栄心を張るのはよしなさい〉
〈確かに、ボクは父さんみたいな一人前のグリフォンじゃない。だけど、それを認めたくなくて虚栄心を張ったりカッコよく見せたりしてるんじゃない。ボクはただ、共存社会を自分勝手な理由で踏みにじろうとする国王が許せないんだ〉
〈それは父さんも同じだが、それ以前に共存社会を実現させた者としての責任がある〉
〈母さんが言ってた。共存社会は父さんたちだけじゃなくて、ボクもいたから実現したって。つまり、ボクにも守らなきゃいけない責任があるってことだ。そうでしょ?〉
と、テオは父親の目を直視して言った。
いつになく真剣な眼差しで主張する息子を目の当たりにして、ルミウスはポカンとした。
沈黙が流れる中、浦辺は固唾を呑んで見守った。
やがて、ルミウスはフッとクールな笑みを浮かべた。
〈息子に一本取られてしまうとはな。…いいだろう、そこまで言うのなら引き留めない。ウラベの足を引っ張らないよう、しっかりと彼に力添えしてあげなさい〉
〈分かった〉
と、テオは以前のような心を躍らせる返事ではなく、与えられた使命を遂行してみせるという意思の強さを示す力強い返事で答えた。
そんなたくましい息子を見て、ルミウスは誇りよりも父親として嬉しさを感じた。
ルミウスが結界魔法の有無を問うと、テオは迷わず拒んだ。
魔法による加護は甘えになる、という父親の教訓を覚えていたテオが示した心構えにルミウスは改めて感動し、息子の意思を尊重することにした。
浦辺まで拒んだときはさすがに困惑したが、
「ボクだけ受けるわけにはいかないので」
と、遠慮する彼に敬意を表し、ルミウスは若干の不安を抱きつつも承諾した。
ルミウスが城の偵察のために飛び立った後、浦辺とテオはラングの酒場へと引き返した。
既に準備を終えたラングは、店の裏へと二人を誘った。
途中、猿ぐつわをされて縛られたヴィクターとルークがわけの分からないうめき声を漏らしたが、浦辺とテオはそれを無視しラングに続いた。
裏口から外へ出ると、西部劇なのでよく見る大きな幌馬車と、それを引く一頭の馬が待ち受けていた。
荷台にはいくつもの樽が窮屈に押し込まれていた。
「中には、オスニエルの城専用に貯蔵しておいた酒がたっぷり詰まってある。前回の供給からわずかした日時が経っていないが、これしかお前たちを城に連れて行く手段がなくてな」
「連れて行っていただけるだけでも感謝ですよ。だろ、テオ?」
〈もちろん。よろしくね〉
と、テオは牽引役の馬と鼻を合わせてニッと笑った。
「ボクたちは荷台に隠れていればいいわけですね」
「いや、それだけじゃダメだ。城に入るとき、門番が不審物を積んでいないかどうか積載物の検査を行う。幸い、オレは何度も酒を運んでヤツらと顔馴染みだから、中身まで調べられる心配はないだろう。だから、お前たちには酒樽の中に隠れてもらう」
〈樽の中?!〉
「ちょっと窮屈かもしれんが、堪忍してくれ」
と、ラングは申し訳なさそうに手刀を切った。
露骨に顔をしかめるテオを、馬が慰めるような目で見下ろした。
浦辺とテオは荷台に上がると、ラングが用意した空っぽの樽にそれぞれ潜り込んだ。浦辺はすんなりと入れたが、テオはラングの手を借りてどうにか収まることが出来た。
〈狭いしお酒臭い…。卵の中の方がまだマシだよ〉
と、テオが樽の中から小言を漏らした。
テオの言う通り、強烈なアルコールのニオイが浦辺の鼻を突いた。恐らく、酒樽として使用済みの物を使っているからだろう。
「嗅ぎ過ぎて酔うなよ」
御者台に乗ったラングが掛け声とともに手綱を振ると、馬は幌馬車を引いてゆっくりと動き始めた。
エドガー牧師の自害による影響か、オスニエルは蕭条たる雰囲気に包まれていた。
街を越え、麓の小さな森を抜けてから幌馬車は砂利道の斜面に差しかかった。以前、オスニエルの城から脱出した浦辺が通って来た山に通じる坂道である。
幌馬車が斜面を進んでいるとき、浦辺は樽の蓋を開けて顔を出した。
「ラングさん、聞いても構いませんか?」
「なんだ?」
と、ラングは前を見すえたまま聞いた。
「酒場でヴィクターが言っていた秘密についてです。酒場の改装には、なにか言えない事情が絡んでいるんですか?」
「どうしてそんなことを知りたがる?」
「すみません、職業病みたいなものです」
「…まあ、お前さんになら教えてもいいだろう。城に着くまで時間もあるしな」
車輪の回る音と馬の蹄が立てる音しか聞こえない道中で、ラングはゆっくりと語り始めた。
「以前にも話したが、あの酒場は元々武器屋だった。オスニエルの外からわざわざ買いに来る客がチラホラいるほど、品揃えの豊富な店として知られていた。だが、共存社会の実現で武器の売れ行きが思わしくなくなって、オレは思い切って武器屋を畳んで酒場への改装を決めた。…ところが、そこでちょっとした問題に突き当たってね」
「問題というと?」
「改装するための資金が足りなかったんだ。武器を売っていたときの収入はそれなりにあったんだが、ほとんどが生活費と家族への仕送りで消えちまってたから充分とは言えなかった」
「ちょっと待って下さい。家族への仕送りって…」
「ん? …ああ、独り身だって言ったことか。あれはヴィクターを油断させるためのウソさ。ちゃんと女房も子どももいる。ついこの間、二人目が産まれたばかりだしな」
と、ラングは口元をほころばせてから再び真顔に戻った。
「改装資金が足りないとはいえ、このまま武器屋を営み続けるのは経営的に好ましくなかったし、いずれ家族への仕送りもままならなくなっちまう。その焦りから、オレは違法なルートを経由して裏組織に武器を売ったんだ。それで手にした金を元手に店を改装したのさ」
「ラングさんが発起人だったんですか」
「そう言われても仕方がないが、オレはそれ以降二度とするつもりはなかった。…ところがある日、盗賊仲間だったヴィクターとルークがオレの店に来てな。なんとなくイヤな予感がしたが、思った通り連中はオレが武器の密売をした情報をどこかで聞いてたんだ」
「ヴィクターが言っていた秘密は、ラングさんが改装資金を調達するために武器を売ったことだったんですね」
「そうだ。それで困るのがオレだけなら自業自得だと割り切れたが、養っている家族がいれば話は別だ。オレは口外しないでくれと必死に頭を下げた。そしたらあいつら、オレに向かって『もっと稼がないか?』と言ったんだ」
「…つまり、また武器を売らないかと誘ったわけですね」
「きっと、武器の闇取引なら荒稼ぎ出来るとでも踏んだんだろう。ヤツらは武器を欲しがっている密猟組織や、反社会勢力を武力行使で叩き潰そうと目論む権力者たちの存在を嗅ぎ付けると、連中に売りさばくための手筈を整え始めた。元盗賊の無法者で教養がないくせに、ヤツらの手際はオレでさえ目を見張るほど鮮やかだったよ。取引が行われるたびに、オレは連中に武器の輸送料と情報料を含む売却収入全部を支払った」
「無償で手を貸したんですか?」
「酒場の経営で収入は安定していたし、改装資金の調達以降は汚い方法で稼いだ金を懐に入れたくなかったんでね」
〈国王たちはどうやって関わったの?〉
と、テオもフタを押し上げると話の輪に入った。
「ディアドロス国王とロディルはずっと以前から、魔物の討伐に執念を燃やす隣国に武器の密輸をやっていたらしい。が、共存社会が築かれたことで、隣国は魔物狩りに終止符を打って国王との取引から手を引いてしまった。そんなときに、オレがヴィクターたちと一緒に武器の横流しを密かに行っているという裏情報を、ロディルが演習先で耳にしたんだ。
それを聞いた国王は、抜け駆けされたとばかりに立腹したらしい。ロディルは店に頻繁に出入りしていたヴィクターたちを捕まえて事情を洗いざらい聞き出すと、城に眠っているあり余る武器も商品として売りさばくようオレを脅したんだ。脅迫のネタはさっき話したのと同じだよ」
「あのとき、高瀬が店にいたのは?」
「突然、ロディルが連れて来たんだ。なんの役にも立たないから、国王の慈悲で仲買役に選ばれたんだとさ。闇取引の内容を詳しく教えてやれと言われたが、結局あの男の愚痴に付き合わされただけでなんの説明も出来なかった。あれには参ったね」
と、ラングは苦笑を浮かべた。
「さっき、酒場でおっしゃっていた公爵との商談は、ディアドロス国王がお膳立てしたんですかね?」
「決まっているさ。貴族生まれのヴィルフォールって男は、軍事思想こそ公国の繁栄を導くと信じる危なっかしいヤツだ。無論、軍事力の強化を視野に入れているから、武器もあるだけ手に入れたがっている。売り手側からしたら優良な顧客なわけだから、国王も商談の手筈を機敏に整えたんだろうさ」
「周到に根回しされたみたいですが、相手が国となると税関を通す必要があるでしょう? このご時世に大量の武器が流れれば、不審に思われそうですが」
「普通はな。だが、顧客が国の支配者なら税関の職員なんて簡単に買収出来る。もしくは、護身用に仕入れたと偽って正当な手続きを踏めばいい。身を守るために武器を携帯するのは認められているからな」
「巧妙ですね」
「全部、金のためさ。人々の平和のためという大義名分を掲げているが、所詮ディアドロス国王の頭にあるのは国の安泰よりも懐を肥やすことだけなんだ。エドガー牧師を城に招いて大々的に退魔の教えを唱えさせていたのも、結局は昔みたいな人と魔物が対立する状態に戻して、武器の流通を円滑化させるためだろう。私欲のために神聖な指導者を利用するなんて、とても国のトップがやることとは思えん」
と、ラングは吐き捨ててからおもむろに馬車を止め振り返った。
「二人に頼みがある。厚かましいお願いだが、国王とロディルが武器の闇取引をしている証拠を見付けてほしいんだ」
〈証拠って、どんな? 具体的に教えてくれなきゃ探しようがないよ〉
「連中の悪事を証明出来る物的な証拠ならなんでもいい」
「裏帳簿みたいなのですね」
〈ウラチョウボ?〉
と、テオは子どもらしく首を傾げた。
「不正な手段で手に入れた金の流れを記録した文書だよ。脱税とは違うけど、向こうの世界でも欲太りした政治家が隠し持っているケースが多いから、もしかするとディアドロス国王も持っているかもしれない」
「そいつがあれば御の字だ。無理難題なのは重々承知しているが、どうか見付け出して連中の悪事を白日の下にさらしてくれ。頼む」
と、ラングは頭を下げた。
浦辺とテオは揃って承諾した。
「恩に着る。それと、オレになにか出来ることがあればなんでも言ってくれ」
「いえ。城に着いたら後はボクたちでやりますから、ラングさんは酒場まで戻って下さい」
「無茶な頼みをした以上、オレにも手伝う義理がある。協力させてくれ」
「その必要はありません」
「どうしてだ?」
「家族がいらっしゃるからですよ。決まっているでしょう」
浦辺が言うと、ラングは痛い所を突かれたようにグッと唇を噛み締めた。
〈ウラベの言う通りだよ。父さんたちを困らせてばかりのボクが言っても説得力がないけど、家族は大切にしないと。もしもオジさんになにかあったら、オジさんの家族は取り残されちゃうんんでしょ? それだけは絶対にダメだよ〉
と、テオも真剣な表情で言った。
しばしの間があってから、ラングは諦めたように頷いた。
「分かった。それじゃあ、城に着いてからは二人にすべてを託すとしよう。…ところで、一つだけ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「さっき言っていた『向こうの世界』って、どういう意味だ?」




