第三十ニ章 敵か味方か?
ラングたちが離れた後、浦辺はもう一度ロープの拘束を解こうともがいた。
しかし、やはり頑丈に縛られているため結局無意味に終わった。
(このままじゃマズイぞ)
連中が戻って来る前にどうにか抜け出さなくては…と、浦辺が焦ったそのときだった。
カウンターの裏、丁度浦辺が秘密の通路から出て来た場所からガサゴソと物音がした。
ギョッとした浦辺が振り向いたとき、カウンターの陰からヒョコッと顔を覗かせた者がいた。
「テオ…!」
思わず声を漏らした浦辺は、慌てて武器庫の方を見た。
破壊された扉によって丸見えとなった武器庫の中では、ヴィクターたちが打ち合わせのための話し合いをしていた。互いに真剣な面持ちで言葉を交わしており、誰も浦辺の方に見向きもしていなかった。
ホッとした浦辺は、カウンターの陰から顔だけを出しているテオにOKと頷いて見せた。
頷き返したテオは、猫のように身を低くしながらカウンターの陰から出ると、前足の鉤爪が音を立てないよう慎重な足取りで浦辺に近付いた。
「どうしてここが?」
〈ニオイを辿ったんだよ。そしたら、話し声が聞こえてずっと隠れてたんだ〉
「なにしに来たんだ?」
〈もちろん、手伝いにだよ。里で留守番なんて落ち着かないからさ〉
「イザベラさんは? 今頃心配しているぞ」
〈平気だって。母さんにはちゃんと話したから〉
「ルミウスは? 外にいたはずだけど」
〈ボクが来たときはいなかった。…って、そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ。今助けるから静かにしてて〉
と、テオは浦辺を叱ってから両手首を縛っているロープに噛み付いた。
テオはクチバシの先端を使って必死にほどこうと試みたが、キツく縛られている上に不慣れなために中々はかどらず悪戦苦闘した。
〈か、固い…〉
「無理するなよ」
と、浦辺は言ったものの、テオはウ~、ウ~…とうなりながら懸命にロープと格闘を続けた。
しかし、頑張りも虚しくロープが緩む気配はまったくなかった。
不安になった浦辺は武器庫の方を見てドキッとした。
打ち合わせを終えたのか、三人が部屋から出て来るところだった。
先頭に立つヴィクターは、なにか杖のような物を持参していた。
「隠れろッ」
浦辺が慌てて後ろのテオに言った。
ハッとしたテオはロープからクチバシを離すと、再び猫のように身を低くしながらそそくさとカウンターの裏へと隠れた。
ホッとしたのも束の間で、浦辺はヴィクターたちに囲まれ表情を強張らせた。
「話し合いはもう済んだのか?」
「済んだよ。ついでに、お前をどうするかもな」
と、ヴィクターは言ってから手に持っていた杖をおもむろに掲げて見せた。
取っ手に水晶玉らしい透明な球体が固定されている以外、これといった特徴の欠片もない木製の杖だった。
「古臭いステッキにしか見えないだろうが、こいつは酒場の武器庫でずっとホコリを被っていたれっきとした魔道具だ。接近戦で使われる剣や斧と違って、こいつは遠距離からの攻撃が実戦で大いに役立つ上、詠唱すれば適性魔法の強化のほか相手を状態異常にする特殊魔法も発動出来る優れモノだ」
「そのほか、膨大な魔力を増幅させて桁違いの破壊力を発揮することも出来る。ちなみに市場には出回ってない裏モノには、闇属性のエネルギーを供給することで聖魔法を打ち消すほどの魔力を起こせるのも存在する。もっとも、半端じゃない魔力を消費する代償として、使い手のおおよそが植物人間になるか最悪死ぬけど。実際、危険を顧みなかった無鉄砲な体力自慢たちが、計り知れない力に耐えられず半身不随になったり命を落としたりした逸話がある。魔科学の教授たちの間でも度々取り沙汰されるほどーー」
「学者さんよ。学問はそこまでにしてくれないか? 相変わらず魔法絡みとなると饒舌になるから、耳が痛くてたまらねぇ」
と、イラ立ったヴィクターは口八丁の配下(猫背)をどついた。
「…で、それを使ってボクをどうするんだ?」
「消してやるのさ、記憶を」
と、猫背の男が両手を後ろに回しながらニヒヒッと笑った。
「闇取引の内情を知られた以上、お前をこのまま返すわけにはいかねぇ。口を封じてやるのが最善策だが、穏健派のラングがどうしても同意してくれなくってな。それでどうするかってなったときに、このルークが記憶を消してやればいいんじゃねぇかって提案したんだ」
「そそそ! オレの提案でね」
と、ルークと呼ばれた猫背が自慢げに自身を指差した。
「もう一度確認しておくが、記憶を消すぐらいなら口出しはしないんだな?」
と、ヴィクターは腕を組んだまま壁にもたれているラングを見た。
ラングは眉間にシワを寄せたまま無言を貫いていたが、浦辺に申し訳なさそうな一瞥を向けると目を閉じてうつむいた。
同意したと勝手に解釈したヴィクターは、満足した様子で持っていたステッキをルークに投げ渡した。
「もっぱら接近戦が得意のオレは魔術にはてんで疎くてね。だから、その辺をちっとばかりかじってるこのルークに代理としてやってもらう。しっかりやれよ」
「もちろんでさ、頭。…そうそう、アンちゃんよ。もしかすると消さなくてもいい記憶まで一緒に消しちまうかもしれないが、もしそうなったら運が悪かったと割り切ってくれよな」
と、ルークは親分がさっき言った言葉を憎らしく真似た。
危機感を抱いた浦辺は、身を守ろうと反射的に両手を動かした。
その際にわずかな手応えを感じた。
どうやら、ロープの一部が千切れたらしい。
テオの鋭いクチバシによってロープの所々に切れ目が生じ、その一部が千切れたと浦辺は悟った。
もうひと踏ん張りすれば両腕の自由が利く、そう思って浦辺は再び両手に力を込めた。
しかし、そんな彼にルークはステッキの水晶をゆっくりと近付けてきた。
徐々に迫る水晶から逃げるように浦辺は上半身をのけ反らせながら踏ん張った。
目の前に迫った水晶からわずかな輝きが発生した。
(ダメだ、間に合わない)
浦辺が諦めかけたそのときだった。
カウンターの陰から勢いよく飛び出したテオが、ルークに向かって飛びかかった。
「ひぎゃあッ」
テオに押し倒されたルークは、持っていたステッキを手放すとわけの分からない奇声を上げながらジタバタした。そんな彼を、テオは全体重をかけて押さえ付けた。
「なんだ?!」
ヴィクターが驚いているスキに、浦辺はロープを引き千切ることに成功した。
俊敏な動きでイスの上に乗った浦辺は、片足を振り上げると二メートル弱はあるヴィクターの顎に向かって前蹴りを繰り出した。
ドスッという肉を打つ音が鳴り、強烈な蹴りを受けたヴィクターは両手を振り回しながらのけ反りたたらを踏んだ。
浦辺はヴィクターの胸倉を掴むと、右足を相手の腹に突き出して勢いよく後ろに倒れた。
歯軋りが聞こえそうなほど歯を食い縛りながら倒れた浦辺は、ヴィクターの体をそのまま後方に投げ飛ばした。
巴投げである。
大道芸のごとく投げ飛ばされたヴィクターはその巨躯をふわりと浮かせると、先ほど浦辺が座っていた地点に落下して木製のイスをバラバラに破壊した。
立ち上がった浦辺がヴィクターに迫ろうとした瞬間、
「そこまでだ」
と、その場を制する一喝が放たれた。
浦辺が振り返ると、ルークが手放したステッキを拾ったラングが険しい顔を浮かべて立っていた。
ラングがステッキの水晶を向けながらジリジリと近付いてきたため、浦辺は身構えたままゆっくりと後退りした。
「形勢逆転だな」
ニヤリとして立ち上がったヴィクターは、何事もなかったかのように腕を組むと、ルークを押さえ付けているテオをギロッと睨んだ。
テオも睨み返したが、屈強な二人の男に挟まれている浦辺の身を案じ、渋々ルークから離れた。
せわしなく立ち上がってから親分のかたわらに移動したルークは、同じく何事もなかったかのような素振りで腕を組んだ。
「前のときもだが、ホントにいい度胸してるぜ。…虚勢なんか張りやがって、もう我慢ならねぇ。テメェもそこにいるクソ忌々しいグリフォンも、揃ってあの世に送ってやるぜ」
「それはお前の方だよ」
と、ラングは浦辺に向けていた水晶を今度はヴィクターに向けた。
「なんの真似だ?」
「見て分からんのか? この男に味方するのさ」
と、ラングは浦辺に顎をしゃくって言った。
「…寝返るのか?」
「違うね。言うなれば、表帰るのさ。これ以上、お前たちの片棒を担ぐのはごめんなんでね」
「今さら、金より道義を重んじるってわけか。…ケッ、そんな女々しいヤツだとは思わなかったぜ。さっきも言ったが、オレたちを裏切ればどうなるか分かってるんだろうな?」
「もちろんだ」
「酒場を開くためにやったことをオレたちが触れ回ったら、少なくとも国外追放は免れないぞ」
「承知の上だ」
「家族はいいのか? 旦那が盗みを生業にしていた盗賊だったと知られても。職を失った上に王国から追放され、路頭に迷わされた挙句にそんな事実を知ったら、確実に女房はショックを受けるぜ。それでも構わねぇのかよ?」
と、ヴィクターはなんとか丸め込もうと必死になった。
そんな彼に、ラングはわずかに口角を上げた。
「この際だから正直に打ち明けてやろう。ずっと見栄を張っていたが、実はオレもお前らと同じ孤独な身でね。家族なんていないのさ」
「なッ…」
「これで分かったろう? オレの秘密が暴露されたところで、誰にも迷惑はかからないし誰も悲しまない。
どんな目に遭わされようと、今のオレには足を洗う覚悟が出来ている。だから、お前がいくら脅したところで痛くもかゆくもないんだよ」
そう言って、ラングはステッキを向けたままヴィクターに迫った。
「こりゃヤバイですぜ」
と、青ざめたルークは親分の後ろに隠れた。
風向きが悪くなったと理解したヴィクターも苦虫を噛み潰したような表情になったが、すぐに余裕の笑みを浮かべると自信たっぷりに腕を組んだ。
「心配するな、ルーク。魔道具を手にして粋がってはいても、肝心の魔法が扱えなきゃ所詮はただのハッタリだ。違うか?」
ヴィクターの指摘に、ラングは眉を寄せてながら頷いた。
「…確かに、お前の言う通りだ。オレも肉体一つで修羅場をくぐり抜けて来た元武闘派。魔法なんて一度も扱ったことがないから、こんなのを持っていたところで結局はなんの役には立たん」
「フン、当たり前じゃねぇか。身の程を弁えないなんて、らしくないぜ」
と、ヴィクターがバカにするように笑うと、ラングも釣られるように小さく笑いながらステッキを両手で持ち直した。
次の瞬間、ブンッという風邪を切る音が鳴ってから鈍い音がした。
取っ手の水晶で頬をしたたかに殴打されたヴィクターは、横に吹き飛ぶと大きな音を立てて床に倒れそのまま動かなくなった。
「ルーク。お前も一発どうだ?」
と、ラングは殴り倒された親分を唖然と見下ろすルークに一歩近付いた。
途端に、青白い顔で身を震わせていたルークは白目を剥いて卒倒した。
「〈ワォ…〉」
浦辺とテオは揃って目を丸くした。
「要は使いようさ。魔法が扱えなくたって、使い方次第ではちゃんとした武器になる。脳筋のくせに、こいつはそれに気付かなかったみたいだがな」
と、ラングは言うとステッキを放り投げた。
パリーンッという音を立てて水晶が砕けた。
「死んだんですか?」
と、浦辺は無様に倒れているヴィクターを恐る恐る見下ろした。
「心配するな、気を失っただけだ。盗賊の掟にもある。『殺さずブン捕れ』というのがな。ちょっとばかり力み過ぎたが、こいつにはこれくらいが丁度いい加減だろう」
「それを聞いて安心しました」
「危ない目に遭わせちまって悪かったな。…さあ、こいつらが目を覚まさないうちに早く帰りな」
「その前に聞きたいことがあります」
浦辺が言うと、ラングは露骨に大きなため息を吐いた。
「さっきの話をほじくり返す気か? もう一度忠告するが、これ以上深入りはするんじゃない。お前さんのためを思って言ってるんだぞ。全部忘れろ」
「高瀬のこともですが?」
「ああ、そうだよ。そもそも、オレはタカセなんて名前のヤツは知らんし、見たこともない。何度聞いたところでオレの答えは同じだよ」
〈ウソだね〉
ラングはギョッとすると、声を発したテオを見た。
「…話せるのか?」
〈もちろん。ボクらみたいな高等な魔物が人語を扱えるのは常識だって父さんが言ってたけど、もしかして知らなかったの?〉
「い、いや、それは知ってる。…だが、普通人間の言葉を話せるようになるのは成体になってからだ。見たところ、お前はまだ子どもだからいささか早い気が…」
〈そう言われても、ボクには母さんの血が流れているからね〉
「母さん?」
「この子の母親は、人間の女性なんですよ」
浦辺が言うと、ラングは驚きの眼差しでテオを見た。
「それじゃあ、お前が共存社会を築いたあの…。グリフォンと人間の女性の間に生まれた子か?」
〈そう、テオだ。ボウズじゃないよ〉
「テオ? …酒場に来たあの子どもはお前だったのか」
〈そうだよ。だから、オジさんがタカセを知らないってウソを吐いてるのもお見通しだよ。どうして隠すのさ?〉
と、テオは非難のこもった目でラングを見つめた。
言い訳を考えているのか、ラングは困惑顔で口をもごもごさせた。
「ラングさん。退魔の教えを唱えていたエドガー牧師ですが、彼が亡くなられたのはご存知ですか?」
と、浦辺は横から聞いた。
「知ってる。城の中で自ら命を絶ったと、国王が広場でみんなに言っていたからな。それが?」
〈自害じゃないかもしれないんだよ〉
「なんだってッ」
「殺された可能性が高いんですが、今のところ証拠はありません。ですが、高瀬が牧師の死の真相を知っているかもしれないんです。
あいつを捕まえて聞き出すために、ボクはまたこの店に来たんです。もう一度確認しますが、高瀬をご存知ですね?」
浦辺とテオの二人に見つめられ、ラングはようやく折れた。
「…ああ、知ってる。確かに、オレの店にいた感じの悪い野郎だ。ヴィクターが言っていた仲買人の男も、お前の読み通りそいつのことさ」
「彼は今どこにいますか?」
「あいつなら、今頃オスニエルの城だろう。ウィンヘルム公国のヴィルフォール公爵と闇取引に関する商談を控えているから、憲兵騎士団隊長のロディルと一緒にその準備に取りかかっているはずだ」
「城か…。弱ったな」
と、浦辺は頭をかいた。
城へ行くには街を通らなければならない。
リヴィアの出現で、街はこれまで以上に警備を厳しくし魔物の侵入を警戒している。
そんな中に、ディアドロス国王の命で手配されているであろう自分がのこのこと出向けば、魔物でなくても血眼で追い回されるのは考えるまでもなかった。
それは、テオも例外ではなかった。
グリフォンの姿で街中を歩くのは当然ながら自殺行為だったし、かと言って人間に変身するのも好ましいとは言えなかった。顔を知るロディルが、人間態のテオの特徴を衛兵たちに伝達しているはずだからである。
腕を組みながら悩む浦辺の肩を、ラングがポンッと叩いた。
「安心しろ。オレが連れて行ってやる」
「ラングさんが?」
「そう言ったろ? 城へ行く口実も、お前さんを気付かれずに潜り込ませる方法も今考え付いた。さっきはウソを吐いたが、これはマジだぜ」
「手を貸してくれるんですか?」
「忘れたのか? 困りごとがあったらいつでも来いって前に言ったろう。少しばかり準備するから時間をくれ。ぶっ倒れてるこいつらも縛らなきゃならないしな」
と、ラングは言ってからやる気を奮い立たせるように手の骨を鳴らした。




