第三十一章 闇の商売
意識を取り戻したとき、浦辺は後頭部のほかに両手首の痛みで顔をしかめた。
首を振って正気を保ったとき、浦辺はようやく痛みの正体を知った。
イスに座らされたまま、後ろにクロスした両手首をロープできつく縛られていたのだ。
浦辺はロープの拘束を解こうと両手を動かした。
摩擦による痛みと熱さが交互に襲うのも構わず浦辺はもがいたが、思った以上にキツく縛られているため徒労に終わった。
「だから、さっさと出て行けとあれほど言っただろう?」
声に反応した浦辺が顔を上げると、窓際で外を眺めているラングの姿があった。
「ラングさん。これはどういうことですか?」
「見ての通りだよ」
と、ラングではない別の声が言った。
破壊した扉ごと浦辺を突き飛ばしたヴィクターと、彼の腰巾着である猫背の男が意地の悪い笑みを浮かべながら現れた。
「また会えて嬉しいぜ。ネズミ野郎」
「その節はどうも。…で、これはどういうことなんだ?」
と、浦辺は毅然と尋ねた。
「オレたちの商売の邪魔をされるのは忍びないんで、動けないようちょいと縛らせてもらったぜ。本当は、一発お見舞いしてあのときの借りを返してやりたかったんだが、ラングのヤツに止められちまってな。オレたちと同じ元盗賊だったくせに、すっかりお人好しになっちまったもんだぜ」
「ラングさんが元盗賊?」
浦辺が意外そうにラングを見ると、
「昔の話さ」
と、彼は相変わらず窓の外を眺めたまま口だけを動かした。
心ここにあらず、といった様子である。
「ボクをどうするつもりだ?」
と、浦辺はニヤけた面を浮かべているヴィクターに聞いた。
「そりゃあもちろん、なぶり殺しにしてやりたいところだが、決定権がラングにある以上はまず叶いっこねぇ。だけど、それでも構わないさ。今日は元々、商売の話をしにここへ来たから、痛め付けるのだけは我慢してやるよ」
「運がよかったなぁ、アンちゃん」
と、猫背の男が癇にさわる不潔な笑みを浦辺に向けた。
「商売って?」
「そんなことお前には関係ないね」
と、ヴィクターは吐き捨ててからラングに顔を向けた。
「いい報せと悪い報せがあるが、どっちから聞きたい?」
「どっちからでもいい」
ラングが素っ気なく言った。
「悪い報せから言おう。例の密猟組織だが、以前から目を光らせていたレンブラント王国の偵察隊にとうとう隠れ家を発見されて、寝込んでいたところ夜襲をかけられたそうだ。聞いた話じゃ、頭領を含む配下どもは残らず捕まって処刑されたらしい」
「そうか」
ラングの冷淡な反応にヴィクターは眉を寄せた。
「たったそれだけか? 連中は値の張る上等品の取引にも応じてくれた優良顧客だぞ。得意先を失ったオレたちにとって大きな痛手だってのに、随分と安っぽい反応じゃねぇかよ」
と、ヴィクターは不機嫌そうになじったが、ラングは気にも留めず窓の外を眺め続けた。
ヴィクターはチッと舌打ちをしたが、気を取り直すと再び口を開いた。
「いい報せはこれだ。その密猟組織が吹聴した噂を聞き付けたある国が、あんたの店に保管されている商品に興味を示したらしい。紛い物の出来損ないが出回るのが常の闇市場で、実用性と利便性が保証された信頼性抜群の武器を取り揃えているっていう優位性に関心を持ったようだ。近々、憲兵騎士団の隊長と仲買人に選ばれた男がその国に出向いて、統治者のヴィルフォール公爵と商談する手筈になっている」
途端に、ラングの眉がピクリと動いた。
「ウィンヘルム公国のヴィルフォール公爵か?」
「そいつだ。これまた上等な顧客が舞い込んできたと思わないか?」
「舞い込んできた、だと? ふざけるなッ」
と、店内に響き渡るほどの大声を張り上げてからラングはヴィクターに詰め寄った。
「密猟組織が流した噂を聞いて、だと? そんなのはウソで、相手が飛び付くのを見越してお前がヴィルフォール公爵宛てに匿名で情報を流したんだろ」
「オレが?」
「そうだ。金銭欲に溺れたお前ならやり兼ねん」
と、ラングは決め付けるように言った。
「…チッ。これじゃあ、スムーズに話が進みやしねぇや」
と、ヴィクターは忌々しそうに髪をかいた。
「気は確かか? それとも、あの国の情勢に疎いのかどっちだ?」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「いいことあるか。ヴィルフォール公爵は、武力の向上こそ国家の繁栄と謳う根っからの軍国主義者だぞ。国民の安全を確保するためとうそぶきながら、軍備拡張のために途方もない軍資金を注ぎ込んでいる。それも、和平交渉を望む国民が納めた血税でだ。それで培った軍備力の高さを他国にひけらかして脅迫し、一方的な外交要求を突き付ける独り善がりな男なんだ。そんな骨の髄まで軍事思想にどっぷり浸かっている男が権力者の座に居座っている国に武器など流してみろ。それこそ、戦争が起こるのは火を見るよりもあきらかだぞ。どうしてそこまで考えない?」
それが現実化したときの恐ろしい未来が彼の中で既に描かれているのだろう、ラングは怒りと動揺を錯綜させた面持ちで訴えた。
「結構なことじゃねぇか。戦争が起きれば大量の武器や魔道具を欲しがる国が増える。そうなれば必然的に武器の売れ行きがよくなるばかりか、定価以上の値段を提示しても連中は否応なしに買い占めるだろう。戦争が激戦を極めれば、消費者はより強力な武器を欲しがる。そしたら、今度はオスニエルの城に眠っている質の高い武器も一緒に商品として提供する。そうなれば、その価値は自然とうなぎ上りになるって寸法だ。殺し合いが勃発する瞬間を集中的に狙って売りさばけば、オレたちの懐にはガッポリと金が舞い込むんだぜ。ウハウハじゃねぇかよ」
「そうそう。一生遊んで暮らせる金が手に入るんだ」
と、猫背の相方が調子よく付和雷同した。
「とんだガリガリ亡者め。金のためなら、人命が絶えず奪われる戦争が起きても構わないわけか。昔から金にがめついヤツだとは思っていたが、そこまで落ちぶれていたとはな。心底、見損なったよ」
「随分と言ってくれるが、ラングこそもっと鷹揚に構えろよな」
「なんだと?」
「こいつはビジネスだぜ? 特にこういったシビアなビジネスには、思いやりや人情ってのはハッキリ言って重荷でしかないんだ。そんな目障りなのなんかかなぐり捨てて望まなきゃ、まともな利益の出る商売なんて出来ねぇだろ」
「オレは賛成出来ん。魔物狩りや組織間の諍いならともかく、民間人も巻き添えを食らう醜い戦争目的に武器を売るのは、いくらなんでも人徳に反する」
「ふ~ん…。それじゃあ、手を切るかい? 言っておくが、足抜けはしない方が身のためだぜ。もしもオレたちを裏切ったり、差し置いて一人だけ逃げるような真似をしたりすれば、例の秘密を遠慮なく触れ回ってやる。そうなったら、困るのはあんただけじゃないだろう?」
「………」
「まあ、そんなことをしたら国王の逆鱗に触れるわけだから、オレがどうこうする前に命がヤバくなるかもだけどな」
と、ヴィクターは言ってから他人事のように口笛を吹いた。
憎しみに満ちた目をギラギラさせながらラングは相手を睨んだが、歯を噛み締めると気力を失ったようにうなだれた。
「…さて。いつまでもくっちゃべって時間を無駄にするわけにもいかねぇ。そろそろ、あっちの武器庫で今後の打ち合わせといこうや。これ以上、招かれざる客に取引の詳細まで聞かれちゃヤバイからな」
と、ヴィクターは身動きの取れない浦辺を見た。
「ですがね、頭。この男をこのままにしておくのは、ちと危険じゃありやせんかね? ヴィルフォール公爵との取引を予定に入れているのを知られたわけだから、見逃すと後が怖いですぜ」
と、猫背の男はヴィクターの耳元にわざわざ顔を近付けておきながら、ラングと浦辺にも聞こえるような声量で言った。
ヴィクターは両腕を組むと、考え込むようにわざとらしいうなり声を出した。
「それもそうだな。…となると、こいつを無傷で解放するのはやっぱり都合が悪いことになる。そうだよな、ラング?」
ラングは無言を貫いていた。
「まあ、その辺も一緒に相談するとしようや。…てことで、ちょいとお前さんにとって雲行きの怪しいことになっちまったが、運が悪かったと割り切ってもらうしかねぇな」
と、ヴィクターは浦辺に向かって口角を上げた。
(最初からボクをどうにかするつもりでベラベラとしゃべっていたんだな)
と、ヴィクターの魂胆に気付いた浦辺は唇を噛んだ。
ヴィクターは、部外者に知られてはいけない武器の闇取引の内容をわざと聞かせたことで、秘密を知った浦辺を危険人物に仕立て上げたのだ。手出しするなと釘を刺したラングが、不承不承ながらも浦辺の口を封じる手段に納得するよう仕向けるために。
猫背の男が聞こえよがしの声量で言ったのも、恐らく芝居の一環だったのだろうと浦辺は思った。
ヴィクターと連れの男が武器庫の方へ移動した後、ラングも彼らの後を追うように窓から離れた。
「ラングさん」
浦辺が呼び止めると、ラングは立ち止まって小さく吐息した。
「心配するな。乱暴な真似だけは絶対にさせん」
「そんなことじゃなくて、ボクが聞きたいのはーー」
「分かってる。が、これ以上深入りするのはやめておけ。さっきの連中の話を聞いて大体の察しは付いただろうが、この件にはオレたち以外の人間も関わっている。そいつらを刺激させちまったら、それこそ本当に命が危ないぞ」
「ディアドロス国王と憲兵騎士団隊長のロディルですね。それにもう一人、仲買人の男。もしかして、それが高瀬なんじゃありませんか?」
「とにかく、これ以上首を突っ込むな。お前のために忠告しているんだから聞き分けるんだ」
と、ラングは諫めてから浦辺に背を向けた。
「どうしてこんなことに手を貸すんですか?」
と、浦辺は聞いたが、ラングはそれを無視して武器庫へと移動した。




