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第二十九章 覚悟の出発

〈…つまり、誰かがエドガー牧師に服従の呪いをかけていたと?〉

 ルミウスが信じられないといった口調で確かめた。

「そうです。そして、その呪いをかけたのは魔導士のレインとボクは思っています」

〈レイン…。思い出したぞ。ロディルたちとともに里に現れて。我々の動きを封じた男だな。しかし、彼がなぜ牧師にそんな真似を?〉

〈それですが、エドガー牧師は退魔の教えを国民に唱え信仰させる大役を担っていましたから、レインが独断で操っていたとは考えられません。ボクは、ディアドロス国王に命じられたと思っています〉

〈国王が?〉

 と、ルミウスは眉を寄せた。

「でも、浦辺さん。国王がわざわざ牧師に服従の呪いをかけさせた理由が、私には腑に落ちないんですが…」

 と、遠慮がちだったがイザベラは疑問を呈した。

〈私も彼女と同じだ。ディアドロス国王とエドガー牧師は、ともに退魔の教えの布教に専念していた。つまり、二人とも対魔物の世を取り戻したいという意味では利害が一致していたわけだ。同じ目標を掲げていた以上、服従の呪いをかける必要性があったとはどうしても思えない。キミにはすまないが、牧師が服従の呪いを受けていたというのは考え過ぎかもしれないぞ〉

 と、ルミウスはキッパリと言った。

「国王たちは牧師を導師として崇め、退魔の教えにも深い信仰心を抱いていましたから見解の相違があったとは思えません。となると、牧師がなにかしらのきっかけで国王に反旗を翻したのかもしれません」

〈そう言い切れる根拠は?〉

「それはありません」

 と、浦辺は正直に言った。

 牧師が何者かに操られていた可能性は瞳の件から自信を持っていたが、それによって浮かび上がった疑問に対する論理的な説明は現時点の彼には不可能であり、推論を立てるのが関の山だった。

 ルミウスもそれは承知しながら浦辺の説を尊重していたが、浮かび上がる疑問は躊躇なく吐露するスタイルを貫いていた。自身の几帳面な性格もあったが、大層な内容ゆえに曖昧なまま議論を続けるのは危険が伴われると心配したからだ。

〈それともう一つ。以前、ウラベは私にこう話しただろう。異世界から召喚した自分を協力者に引き込むために、どうして牧師は娘の話を持ち出さなかったのかと。魔物に殺された愛娘の話に触れれば同情心を得られるはずなのに、牧師がそれをしなかったことをキミは不思議がっていたね〉

「はい」

〈あのとき私は、父親として愛娘の死を利用することに牧師が抵抗したからだと推測したが、もしも彼が国王の企みで操られていたとしたら、その見方は誤っていたことになる。『魔法律議書』にもあったが、呪いを受けた者は一切の記憶を失い、代わりに執行者の記憶が反映される。とすると、キミと対峙したときから牧師は操り人形同然に操られていたわけだから、迷いなく娘の話題を持ち出すはずだ。ところが、彼はそれをしなかった。私は牧師が自我を保っていた証拠と思っているが、ウラベの意見は?〉

「それは…」

 困り顔を浮かべながら浦辺は言葉を詰まらせた。

〈こういうことだよ〉

 と、彼らの会話を静かに聞いていたテオがすかさず口を開いた。

〈服従の呪いを受けた人間には、呪いをかけた人間の記憶が宿るんだよね? だったら簡単だよ。牧師を操っていたレインとそれを指示した国王は、牧師の娘が魔物に殺された過去を知らなかったんだ。シスターのアシュレイが言っていたけど、牧師は私的な話を言い触らさずに教会の人にしか打ち明けていなかったって。それなら、国王たちが知らなかったのも納得がいくでしょ? それが事実かどうかはハッキリしないけど、ボクはウラベを信じる〉

 と、テオは浦辺の横に並んで、彼の味方であることを示した。

〈実は、一つ気になることがあるんです〉

 と、未だ懐疑的ゆえ困惑顔を浮かべるルミウスに浦辺が言った。

〈…うむ、聞かせてくれ〉

「ボクがこっちの世界に召喚された際、もう一人の男も一緒に巻き添えで召喚されました」

〈聞いてるよ。確かタ…なんとかという名前だったな〉

「タカセよ。ですよね?」

 と、イザベラが夫をフォローしてから浦辺に確かめた。

「本名を高瀬実という犯罪者なんですが、そいつはボクに向かって酒とタバコが嫌いだとハッキリと言いました。ところが昨日、その高瀬が酒場にいたという話をリヴィアから聞いて妙に思ったんです」

〈酒場? …ひょっとして、ボクが話しかけた男のことかな〉

「話しかけたって…。もしかしてテオ、酒場に行ったの?」

 と、イザベラが咎めるような眼差しで息子を見た。

〈ちょっとね…。母さんやウラベと同じ異世界人のニオイがしたから、つい気になっちゃって〉

 と、テオはバツの悪そうに苦笑いを浮かべた。

〈…それで?〉

 ルミウスが先を促した。

「酒を飲まない高瀬が、どうして酒場にいたのか? それに、リヴィアによると高瀬は憲兵騎士団の隊長ロディルと一緒にいたそうです。二人が一緒にいたというのもボクは気になっています」

〈それが牧師の死と繋がりがあるとキミは思うわけか?〉

「恐らくは…。確かに、牧師が操られていたという明確な証拠はありませんし、国王がレインに命じて服従の呪いをかけさせた理由もハッキリしていません。ですが、高瀬が酒場にいたこととロディルと行動をともにしていたことを踏まえた結果、どうしてもキナ臭さが拭えないんです。そこに、なにかボクたちの知らない秘密が隠されているんじゃないか? そんな気がするんです」

 と、浦辺は自信を込めて言った。

 慎重派のルミウスは相変わらず判断に苦しんでいる様子だったが、そんな彼の背中を押す言葉をかけたのは妻のイザベラだった。

「あなた、こうなったら浦辺さんを信じてみましょう。確かにあやふやなところはあるけれど、私も彼の言う通りなにかが隠されているような気がするもの。それに、もしも国王たちがなにか目論見を持っているとしたら、それはきっと共存社会に悪影響を及ぼすに違いないわ。だとしたら、私たちでそれを食い止めなきゃ」

〈それはそうだが…〉

 ルミウスは当惑顔でつぶやいてから宙を見上げた。

 浦辺の説によると、エドガー牧師は国王たちの策略によって服従の呪いをかけられ操り人形のような状態になっていたことになる。その裏に、イザベラの言った共存社会の撤廃を視野に入れた陰謀が隠されているとなると、自分たちにはそれを阻止するために行動を起こす義務があった。

 しかし、万が一それが早とちりだった場合、自分たちの軽はずみな行動によって今以上に魔物への不信感を人々に与えてしまうリスクがあった。ドラゴンであるリヴィアの出現でただでさえ緊迫しているオスニエルの国民をイタズラに刺激してしまったら、それこそ取り返しのつかない事態になってしまう。

 ルミウスはそれをなによりも恐れていた。

 共存社会を築いた者としての責任感を常に持つ立場だからこそ、憶測の域を出ない説だけを頼りに事を起こすことに彼は躊躇(ためら)っていた。

 しかし、逆に浦辺の主張した説が正しく、イザベラの読み通り国王が共存社会の終焉を目論んでいた場合、それを阻止出来なかった自己嫌悪にさいなまれることになるだろう、とルミウスは思った。

 リヴィアに言った「試練」を果たせなかった自分に…。

 悩みに悩んだ末に、ルミウスはフッと笑みを浮かべた。

〈…分かった。私も信じるよ〉

 持ち前のクールな笑みとは違った、ややぎこちない笑みだった。それは、杓子定規な考え方にこだわる群れの長としてではなく、愛する家族を想う夫として、信頼する友人の理解者として聞き入れた自分に対する嘲笑とも言える笑みだった。

〈しかし、今の話がもしも事実ならエドガー牧師の死が本当に自殺かどうか怪しくなるな。レインが牧師を意のままに操っていたとすれば、自害は表向きで実際は殺されたのかもしれない〉

「可能性はあると思います。そこで、ボクをオスニエルまで連れて行ってもらえませんか?」

 と、浦辺がルミウスに頼んだ。

〈それは構わないが、行ってどうするつもりだ?〉

「酒場に行って高瀬を捕まえるんです。もしかすると牧師の自害について真実を知っているかもしれませんから、捕まえて聞き出してみたいと思います」

〈本当に行くのか? リヴィアの出現で色めき立っている今のオスニエルは、これまで以上に厳重な警戒態勢を整えていると群れの仲間が言っていた。ディアドロス国王はキミを見付け次第抹殺するつもりでいるから、捕まったら万事休すだぞ〉

「分かっています。ですが、ボクが向かうのは酒場であって王都の中ではありませんから、見付かる心配はないでしょう」

〈酒場へ行くためには王都に入らなければならないだろう?〉

「その必要はありません。秘密のルートがありますから」

 と、不安そうなルミウスを安心させるように浦辺は笑みを向けた。

 その後、ルミウスは群れのグリフォンたちを招集すると、浦辺たちと話し合った内容について詳しく説明した。

 今後、どのようにグリンメル王国の国王と向き合うかを思案していた彼らは、意外な展開に驚きを隠せずにいた。

〈私はこれから、ウラベとともにオスニエルへと向かう。知っての通り、彼は国王たちに狙われている立場だ。身の危険を覚悟の上で、彼は闇に葬られつつある秘密を暴くために潜入する決意を固めた。だから、みなでウラベの無事を祈ってやってくれ〉

〈ウルォォォォォォォォォッ!!〉

 グリフォンたちから激励の咆哮が轟いた。

 大げさなまでの声援に浦辺は気恥ずかしくなってしまった。

「無茶はなさらないで下さいね。浦辺さんは勇敢な方ですが、同時に無鉄砲な方でもありますから。私はよく知っていますよ」

 と、イザベラは昔を思い出しながら浦辺の身を案じた。

「五年前みたいにまた心配させてすみません。でも、これがボクの生き方みたいなものですから」

「探偵というのは命懸けなんですね」

「時にはね」

「約束して下さい。無事に里に戻って来ると」

「約束しますよ。必ず、戻って来ます」

 と、浦辺は言ってから隣にいるテオの前で身を屈めた。

 と、浦辺は笑顔で言った。

「それじゃあな、テオ。これからキミの父さんと一緒に出掛けるから、留守の間群れの彼らと一緒に母さんを守ってあげるんだよ」

〈ウラベ、ボクもーー〉

「おっと、それ以上は言わないこと」

〈でも、ウラベのことが心配でーー〉

 と、言いかけるテオの黄色いクチバシに浦辺は手を添えた。

「気持ちは嬉しいけど、これ以上母さんを心配させちゃダメだ。それでも聞き分けないなら、ボクもそのうち怒るかもしれないぞ」

〈………〉

「冗談だよ。頼むから、今はここでおとなしく母さんのそばにいてやってほしい」

〈…分かった。でも、無事に戻って来てね〉

 テオは喉を鳴らして浦辺に頬ずりした。

 それぞれ準備を整え、浦辺はルミウスの大きな背にまたがった。

「あなた、ウラベさんをお願い。それと、気を付けてね」

 イザベラが不安を滲ませた表情で言った。

〈ああ、分かっている。試練を終え無事に帰還した我々を盛大に迎える準備をしておいてくれ〉

 と、そんな妻の心をほぐそうとルミウスはユーモアをまじえて言った。

 イザベラはクスリとすると、生還を願って夫の大きなクチバシにキスをした。

〈準備はいいか、ウラベ?〉

「………」

〈ウラベ?〉

 応答のない乗り手を不審に思ったルミウスが振り返ると、強張った表情で青ざめた浦辺がブルブルと身を震わせていた。

 気分でも悪いのか、とルミウスは心配してからあることを思い出した。

〈そういえば、キミは高い所が苦手だったな〉

「面目ありません…」

 図星を突かれた形無しの勇者は小さく言った。

(それにも関わらずオスニエルへ連れて行ってほしいとはな…)

 ルミウスは呆れつつもフッと笑みをこぼした。いかにも彼らしい、と思ったからだ。

〈目的地に着くまで目を閉じているといい。ただし、羽をむしらないでくれよ? 結構な痛さでね。…では、行くぞ!〉

 雄叫びを上げたルミウスは、原っぱを蹴って猛然を駆け出した。

 目を閉じた浦辺がルミウスの首に両腕を回してしがみ付く。

 助走を付けながら大きな翼を羽ばたかせ、ルミウスは大空高く飛び上がった。

 一人の勇者を乗せてオスニエルへ向かうグリフォンの後ろ姿を、里に残ったイザベラたちは静かに見届けた。

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「杓子定規な考え方にこだわる群れの長としてではなく、愛する家族を想う夫として、信頼する友人の理解者として聞き入れた自分に対する嘲笑とも言える笑みだった。」 論理的にこだわるルミウスがいかに浦辺さんに信…
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