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第二十七章 謀略

「さて…。みなも既に知っている通り、我らが導師であるエドガー・クロード牧師が自ら命を絶ってしまった。言わずもがな、きっかけはオスニエルの街で起こった混乱だ。オスニエルの十字架には魔物の侵入を防ぐ魔除けが宿っていたはずが、その効果が十二分に発揮されず忌わしいドラゴンが我が王都に姿を現した。期待と信頼を裏切られ憤った国民たちの容赦ない糾弾を受けた牧師は、王都を守れなかった自責の念にかられ自ら死を選んだものと思われる。

 偉大な導師を失った悲しみと痛手は大きい。しかし、我々は彼の遺志を受け継ぎ、今後も退魔の教えを国民に唱えて続けていかなければならない。それが、我々に出来るエドガー牧師への最大の供養となるだろう。…では、黄泉の国に旅立った我らが導師、エドガー・クロード牧師にみなで黙祷を捧げよう。黙祷…」

 ディアドロス国王の声に合わせ、玉座の間に集められたフローラーたち女中、ロディル率いる憲兵騎士団の騎士たち、そしてアイリスは目を閉じて自害したエドガー牧師の黙祷を捧げた。

 気丈な騎士たち男衆が静かに祈りを捧げる中、女中たちからはかすかにすすり泣きが聞こえていた。騎士たち以上に繊細な心を持ち合わせている彼女たちにとって、導師と崇めていた牧師の自死は相当なショックだったのだ。

 黙祷を終えると、ディアドロスは隊長のロディルのみ残るよう言い、ほかの面々にはそれぞれの持ち場へ戻るよう促した。

 全員が部屋から出て行ったのを見計らってから、アイリスは父親に駆け寄った。

「お父さまにお話ししたいことがあるの」

「なんだ?」

 と、ディアドロスは不機嫌そうな面持ちで振り返った。

「さっき、お父さまはエドガー牧師の遺志を受け継ぐために、これからも退魔の教えを説き続けていくと言っていたでしょう? それが、牧師への唯一の供養になるからと」

「そうだ。牧師は、誰よりも魔物の危険性を人々に教え説くことに全力を尽くしていた。当然、自ら命を絶った後もその教えが広く認知されることを望んでいただろう。だから、我々が彼の遺志を受け継ぎで退魔の教えを唱えていかなければならない。それが、私たちが果たすべき義務なのだ」

「お父さまの言いたいことは分かるわ。…でも、私にはどうしても魔物が危険な生き物とは思えない」

「なにを言い出すんだ?」

 と、ディアドロスはやや困惑した表情でアイリスを見た。

「…実は私、オスニエルで騒動があったときにあの場にいたの」

「街に? なにをしにだ?」

「正直に白状すると、昔からフローラーたちの目を盗んでちょくちょく街に出かけていたの。街の人たち暮らしぶりや盛況を見たかったし、なにより彼らとの交流を深めたかったから」

「そのためにアイリスさまは、わざわざ粗末な身なりをされていました」

 と、話の腰を折るようにロディルが横槍を入れた。

「そうなのか?」

 余計なことを言ったロディルをアイリスは睨んでから、咎めるように見つめる父親に頷いた。

 ディアドロスはため息とともに額をかくと、言葉を続けるよう促した。

「街の教会で、私は一人の女性と男の子に出会ったわ。男の子は落ち込んでいた私を慰めてくれたし、女性の方も人当たりがよくて私たちは親密な関係を築いたの。私は何度かオスニエルの街に訪れては街の人たちと交流を続けてきたけど、あの二人も彼らと同じような優しさと人情に満ちた眼差しをしていたわ」

「しかし、その一人が街を混乱に陥れたドラゴンだったのです」

 と、またしてもロディルが割って入った。

 ディアドロスは驚いた顔でロディルを見、そしてアイリスを見た。

「つまり、お前はあろうことか人間に姿を変えていた魔物と親密になったというのか?」

「私も最初は驚いたわ。でも、おかげで一つ確信が持てたの。彼らにも人並みの心があるって」

「だから、魔物は危険ではないと?」

「そう」

「…だが、現にヤツらはオスニエルの街で変身を解いている。姑息にも人間の姿に変化し街に潜り込んでから、突然正体を現しあの混乱をもたらしたのだ。私には、元から王都を恐怖に陥れてやるという目論見があったとしか思えないのだが」

 と、ディアドロスは腕を組みながら首を傾げた。

「それは誤解よ。彼らはやむを得ずに街中で変身を解いたのよ」

「やむを得ず、とはどういうことだ?」

「それはーー」

「それはですね、陛下。私が子どもの目を見たとき、グリフォンの番である女と同じ目をしていることに気付いたからなのです」

 と、ロディルがアイリスの言葉を遮って口を開いた。

「私が子どもの正体を見破った瞬間、一緒にいた女が突然被っていた帽子を取りました。そして、異質な空色の髪を公然の場で堂々とさらしたのです。冷静に考えて、目の指摘をされただけで易々と正体を現すのは、いささか諦めが早いとは思えませんか? しかし、街中で元の姿に戻る算段をあらかじめ立てていたとすれば、早まった行動を起こした理由も説明が付きます」

「バカなこと言わないで! あなたが執拗にあの二人を追い込まなければ、彼らはおとなしく王都から出ていたわ」

「しかし、あの女は私の詰問に動揺した挙句に、通りのど真ん中でドラゴンの姿に戻ったのです。さっきも言ったように、言い逃れの一つや二つもせずにすんなりとです」

「それはあなたがーー」

「もういい、やめるんだ」

 耐え兼ねたディアドロスが手を上げて二人を制した。

「いずれにしても、オスニエルの民が魔物の出現で戦々恐々としているのは事実だ。混迷を極める王都を鎮める目的も兼ねて、退魔の教えはこれからも継続する」

「そんな…」

「すまないがアイリス、これも一国の平安を司る国王としての責務だ。お前の訴えは斟酌(しんしゃく)するが、我が王国を守るためだと思って理解してほしい」

 と、肩を落とすアイリスにディアドロスは諭すように言った。

 落胆したアイリスは部屋を出ると、元気のない足取りで廊下を進んだ。

 オスニエルにて人間に変身したリヴィアとテオと出会い、彼らの優しさに触れたことで魔物が一貫して危険な生き物でないと確信を得たアイリスは、それを打ち明けることで父親の気持ちに変化が現れるのを期待して思い切って打ち明けた。

 しかし、ディアドロスは彼女の気持ちをくみ取ることなく、亡くなったエドガー牧師の遺志を受け継ぐ姿勢を貫くと宣言した。

(やっぱり、お父さまは私のことなんて無関心なんだわ)

 そんな思いが、ひたすら頭の中を駆け巡った。

 誤った先入観を魔物に抱いていながら頑なにそれを認めず、娘の主張にも真摯に耳を傾けない父親に対し、アイリスは憤りと同時に寂しさを抱いた。

 部屋に戻ったアイリスは、糸が切れた操り人形のようにドサッとベッドに倒れ込んだ。

 羽毛の感触が心地好いベッドに突っ伏したまま、アイリスは目だけを動かし部屋の中を見回した。

 国王のご令嬢らしいゼイタクな調度品たちによって彩られた室内が、このときのアイリスにはやたら不愉快な光景に映った。恐らく、自分が国王の娘として生を授かったという事実を示す象徴的な意味で捉えられたからだろう、と彼女は考えた。

 次第に居心地の悪さを感じたアイリスは意を決すると、ベッドから立ち上がりクローゼットを漁った。

 以前、オスニエルの街へ出かけた際に仕立屋で購入した庶民的な衣類や被り物のほか、ヘアブラシや手鏡などの用具品を手当たり次第に集めると、これも街の雑貨屋で買った古めかしいバッグに詰め込んだ。

 たくさんの物を詰め込んでパンパンに膨らんだバッグを見下ろし、アイリスは「これでよし」と腰に手を当てた。

 後は、気分転換のためにしばらく城から離れて、オスニエルの宿屋に宿泊する意向を父親とフローラーに伝えるだけだった。

 部屋を出たアイリスは、幼少期から献身的に世話をしてくれたフローラーにまず声をかけることにした。思い切った決意ゆえに彼女が反対するのは目に見えていたが、確固たる意思を示せばフローラーもきっと理解してくれるだろう、とアイリスは信じていた。

 しかし、こういうときに限って彼女の姿が見当たらず、アイリスは困り顔で髪をもてあそんだ。

 仕方がないと諦めたアイリスは、家出のきっかけを作った元凶とも言える父親がいる王座の間へと向かった。

 扉の前に立ったアイリスは深呼吸をした。牧師の死で色々と忙しなくなっている状況で、突然家出を申し出たらどんな顔をされるだろうか、という不安によって体が緊張したからだ。

 少なくとも驚きはするだろうが、それを機に考えを改めてくれるのではないかという期待も膨らんだ。

(…そんな簡単にいくはずないか)

 と、アイリスは自嘲してからドアノッカーに手を伸ばそうとした。

「まさか、アイリスが魔物と信頼関係を築いてしまうとはな…。これは、いささか困ったことになってしまったぞ、ロディル」

 と、部屋の中からディアドロスの途方に暮れた声が聞こえた。

 ドアノッカーに伸ばしかけていた手を引っ込めたアイリスは、扉に耳を当て得意の盗み聞きのスタイルに入った。

「先ほどの発言を聞く限り、彼女がオスニエルに潜り込んだ二頭の魔物に心を許しているのは疑う余地がありません。亡くなった牧師に代わって退魔の教えを布教する我々にとって、アイリスさまはいずれ大きな弊害になり得るでしょう。元々、意固地でわがままな性格の方ですから、なおさら厄介です」

 と、ロディルの容赦ない言葉が聞こえた。

 ムッとしたアイリスは、令嬢を侮辱した配下を注意する父親の一喝が飛び出すのを待った。

 しかし…。

「普段はお(しと)やかに振る舞っているが、実際はとても頑固な子だからな。私が何度注意しても、相変わらず書斎に入り浸っては魔物の書物に目を通すのもそれゆえだろう。もはや、私がいくら説得を試みても素直に言うことを聞くとは思えん。困った娘だよ、まったく」

 と、ディアドロスは娘を擁護するどころか、ロディルの言葉に同調するようなことを口にした。

 想定外な父親の発言にアイリスはややショックを受けたが、気を取り直すと話の続きを聞くために再び扉に耳を当てた。

「アイリスがいずれ我々の前途を阻む存在になると思うか?」

「はい。聞くところによると、アイリスさまはオスニエルの国民たちにとても慕われているようです。今でこそ街は魔物の脅威に怯えていますが、大勢の人間から信頼されている彼女が諭せば、彼らが考えを改める可能性は充分考えられます。そうなってしまえば、我々がいくら退魔の教えを唱え続けたところで、国民たちは馬耳東風と受け流してしまうでしょう」

「となると、やはりなにか手を打つべきか…」

 ディアドロスが獣のようにうなった。

「それですが陛下、実は私から一つ提案があるのです。よろしいでしょうか?」

「言ってみろ」

「至極単純なこと。アイリスさまを亡き者にするのです」

 瞬間、水を打ったような静寂が流れた。

 配下であるロディルが突拍子もない、それも父親であるディアドロスを前にとんでもない提案を掲げたことに、アイリスは愕然とした。

 それは、面と向かって聞いたディアドロスも同じだったようだ。

「…フフ、なにを言い出すかと思えば。冗談が過ぎるぞ、ロディル」

 と、ディアドロスが苦笑をまじえながら言った。

「お言葉ですが、私は本気です」

 と、ロディルは不気味なほど冷静な口調で言った。

「自分がなにを言っているのか分かっているんだろうな?」

「もちろんです。陛下、お考えになって下さい。先ほども申したように、積極的に交流を深めようとするアイリスさまを王都の民はとても慕っています。当然、彼女がこの世を去れば彼らは深く悲しみます。それを利用するのです」

「どういうことだ?」

「つまり、彼女の死を魔物の仕業に見せかけるのです。実際は我々の誰か…私は魔術を扱うレインが適任と思っていますが、レインにアイリスさまの抹殺を命じ、その死があたかも魔物によってもたらされたものだと偽装するのです。我々は緊急と称して広場に国民を集め、彼女が魔物に襲われ命を落としたと報告する。誰からも愛されるアイリスさまが亡くなったと知った国民は嘆き悲しむと同時に、命を奪った魔物に対しこの上ない憎しみを抱くでしょう。そうならば、退魔の教えを布教する我々の活動も軌道に乗るという寸法です。いかがですか?」

 と、ロディルは得意げな調子で締めくくった。

(なんて男なの…!)

 ロディルの本性を知ったアイリスは気が動転したが、間もなくして彼女の動揺に拍車をかける衝撃的な出来事が起こった。

 沈黙がしばらく続いた後、扉越しから誰かの笑い声が聞こえた。

 その声の主はロディルではなく、父親のディアドロスだった。

「父親である私の前で堂々と娘の抹殺計画を披露するとは、中々肝のすわった男だ。剣の実力もさることながら、悪知恵を働かせることにかけてお前の右に出る者はいないだろう」

「お気に召しませんでしたか?」

「とんでもない。お前の立てた計画を実行すれば、対魔物の世を取り戻す大きな一歩になるばかりか、不景気風が吹いていた“あれ”も昔のようにはかどるだろう。まさに、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「お褒めに預かり光栄です。…となると、例のドラゴンが王都を混乱に陥れたのは、我々にとってある意味で好都合だったと言えますな。アイリスさまの死を知らされた国民は、ドラゴンの襲来で味わった恐怖も相まってなおさら魔物に対する憎悪を募らせるでしょうから」

「違いないな。アッハッハ」

 と、ディアドロスは高らかな笑い声を上げた。

(ウソでしょ?!)

 アイリスの顔から血の気が引いた。

 向こう見ずにも娘を魔物の仕業に見せかけ殺害するという驚愕の提案を掲げた配下に対し、ディアドロスは詰め寄るわけでもなく、あろうことか相手の筋書きに意気揚々と賛同した。つまり、彼は自らが思い描く理想的な未来を手に入れるためならば、娘であるアイリスをも捨て駒同然に切り捨てる腹積もりだったのだ。

 もはや聞き間違いであってほしい、という願望が頭の中を目まぐるしく駆け巡りながら、アイリスの心臓は不整脈を打った。

「さて…。問題が煮詰まったところで、早速緻密な打ち合わせに移るとしよう」

「その前に、まずはアイリスさまを身柄を取り押さえた方がよろしいかと。先ほどのやり取りがきっかけで、また勝手な行動を起こされてしまっては面倒ですから」

「うむ、それもそうだな。打ち合わせはその後に行おう」

 ギョッとしたアイリスは扉から離れた。

(逃げなきゃ…)

 身の危険が迫っていると確信し顔面が蒼白になったアイリスは、恐怖に足を震わせながらゆっくりと扉から後退(あとずさ)った。

 ふと、背後に気配を感じギョッと振り返った。

 フードで顔を隠したレインが立っていた。

 アイリスがあッと声を上げる間もなく、レインは彼女の額に片手をかざした。

 途端に、意識を失ったアイリスはその場にくずおれた。

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― 新着の感想 ―
仕事のストレスを吹飛ばす思いで読み進めてみたら、 ・・・え?・・・あの、・・・・えぇぇぇぇぇ!!? なにこの想定外な展開!?ってもはやストレスどころじゃない(^^; 対魔物の思想を信仰しすぎたことによ…
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