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第十三章 宝物

「…と、顛末はこんなところです」

 星の輝く夜空の下、浦辺は一緒に焚火を囲っているルミウスとイザベラに、異世界に召喚されてから脱走までの経緯をおおまかに説明した。

 地面に体を伏せて静かに耳を傾けていたルミウスは、深いため息とともにパチパチと音を立てている焚火を見つめた。

〈歴代の国王が統治する時代から、グリンメル王国が魔物を邪悪な存在として目の敵にしていたことは我々も知っていた。しかし、現国王のディアドロスはどうやら彼ら以上にその思想が強いらしいな。そうでなければ、魔除けと称して巨大な十字架を建てたりしないだろう〉

「それほど執着しているってことは、やっぱり国民全員にその退魔の教えを信仰させるつもりなのかしら?」

〈話を聞く限りでは、そう考えざるを得ないだろう。エドガー・クロードたる牧師を配下に置き、禁じられている召喚魔法を使ってウラベをこの世界に呼び出させた行動力から見ても、ディアドロス国王の魔物に対する嫌悪感は相当なものと見て差し支えないだろう。人間と魔物が決別するかつての世を取り戻すためなら、あらゆる手段に講じてもおかしくない〉

 ルミウスはやり切れない思いで夜空を見上げた。

 ルミウスによると、エドガー牧師が魔導士レインに命じて行わせた召喚術は、禁断の魔法として現在は使用が禁じられているという。

 そのきっかけとなった理由は、浦辺も経験した異世界人の強制召喚だった。

 この世界には、異世界(浦辺の暮らす現実世界)の研究を行う学者たちが存在する。その彼らが異文化の社会的な営みを調べる過程で必要な資料、すなわち現地の品々をじかに手に取って調査する目的で、召喚術は利用されていた。

 そのため、それを専門とする学者のほとんどが一人に一人ずつ、召喚術を行える魔導士を雇っているのが当たり前だった。

 召喚術を完璧に駆使するには上級レベルの魔法スキルを要するため、習得していた魔導士のほとんどは学識豊かな人材ばかりだった。その信頼性に長けた抜群の魔力を当てにしながら、学者たちは日々異世界の研究に没頭した。

 しかし、その知識がやがて大きな災いを呼んだ。

 とある魔導士が学者にある提案を掲げた。

「異世界の人間を呼んでみてはいかがでしょうか?」

 品物を調べるより、実際に向こうの世界で暮らす現地の人間から直接話を聞く方が、より効率的ではないかという知的な彼なりの思惑だった。

 その提案を学者は喜々として受け入れた。

 こうして異世界人の召喚が開始され、成功はしたのだが…。

 見知らぬ世界に突然飛ばされた男は不可解な現象に遭ったことで半狂乱となり、目の前にいた魔導士と学者に襲いかかった。

 揉み合いとなり、魔導士が弾みで放った魔力が暴走し研究所は爆破、その場にいた三人は跡形もなく消失したという。

 この事件を機に召喚術は一切の使用が禁じられることとなり、現実世界の法律書に近い「魔法律議書(まほうりつぎしょ)」と呼ばれる書物にも、禁断の魔法として載るようになったという。

 そんないわくのある召喚術を、一国を統治するディアドロスは配下として迎えたエドガー牧師に使用許可を与え、間接的にではあるが魔導士レインに実行させた。

 これだけでも、ディアドロスが対魔物の社会を復帰する手段を講じるにあたってエドガー牧師に深い信頼を寄せていること、禁断の召喚術の実行を許すほど今の共存社会を疎い、徹底的に根絶しようと本気になっているのを浦辺は垣間見た気がした。

「それにしても、私は許せないわ」

〈なにがだい、イザベラ?〉

「浦辺さんを助けてくれたアイリスという王女によると、エドガー牧師は娘さんを魔物によって殺され、それが原因で魔物を憎むようになった。そうでしたね?」

「そうです。エドガー牧師がいた教会のシスターから、アイリスはそのように聞いたと言っていました」

 と、浦辺はアイリスから聞いた話を思い出しながら言った。

「そうすると、国王はそれに付け込んで彼を協力者として迎えたことになるでしょう。エドガー牧師の悲しい過去を、自分の思惑を果たすために利用するなんてひど過ぎるわ」

 と、イザベラは憮然とした顔で言った。

〈さっきも言ったように、ディアドロス国王は歴代の国王の中でも群を抜いて魔物の存在を疎ましく思っている節がある。魔物は人間にとって危険で邪悪な存在だという(いにしえ)からの言い伝え、あるいはグリンメル王国を治めてきた国王たちの遺志を尊重するあまり、彼はどんな非人道的で卑劣な手段を用いても、自分が理想と信じる対魔物の世を取り戻そうと躍起になっているのかもしれない。恐らく、エドガー牧師の過去に利用価値を見いだしたことに対し、国王は微量の罪悪感も抱いていないだろう。ある種、欲望という名の狂気に支配されているのかもしれない〉

「どうして彼らは、一方的に魔物を毛嫌いして憎むのかしら?」

〈それは仕方がないよ。太古の昔から、人間は我が物顔で凶暴性をむき出しにする魔物の存在に怯えてきた。その時代を生きた偉人の書物にも、魔物が人間の生き血を求め罪のない人々を襲い食らったという当時の記録が残されている。つまり、魔物が己の欲求のために人間を襲ったのは、紛れもない歴史的な事実なんだ〉

「だけど、それは遥か昔の話でしょう? 魔物を未だに危険な生物としか捉えない人たちは、その書物に記されている古い記録だけが真実としか信じていないように思えるの。本当の真実は歴史ではなくて、今過ごしている共存社会の実現にあるってどうして彼らは気付かないのかしら?」

〈それが人間というものだ。イザベラ、私も魔物ゆえに心苦しい気持ちだ。しかし、彼らの考えには理解を示している〉

「どうして?」

〈考えてごらん。魔物が最も活動的に人間を襲っていたのは、確かに遥か大昔のことだ。それから現在までの歳月が長ければ長いほど、その事実は歴史的な書物でしか得られない情報と化す。すると、人々はその悲劇をあたかも他人事のように客観的にしか捉えられなくなる。しかし、その被害者の中に祖先が含まれていた者はどうだろう? 彼らにとってそれは単なる歴史的な悲劇などではなく、身内を失った驚天動地と言っても過言ではない悲劇なのだ。当然、文章から情報を得る第三者とは異なる心理が頭に駆け巡る。『魔物は一貫して凶暴な生物』という確定的な認識だ。例え遠い祖先であろうと、魔物によって血縁者の命を奪われた者たちにとっては、その認識こそが真実なんだ〉

「それじゃあ、私たちがしたことは間違っていたってこと?」

〈それは…〉

 ルミウスは返答に窮すると、ただジッと焚火を見つめた。

 重苦しい空気が漂う中、離れた場所で眠っていたテオが弱々しい足取りで彼らのそばに歩み寄って来た。

〈母さぁん…〉

「どうしたの、テオ」

 体を震わせながら翼を引きずるテオにイザベラはドキッとした。

〈怖い夢を見たんだ。ボクだけ一人ぼっちになる夢…〉

 と、テオはうつむきながらすすり泣いた。

 そんな息子を見て、イザベラは胸が締め付けられる思いにかられた。

〈お願い、一緒にいさせて〉

 と、テオは嗚咽しながら母親の膝の上に顎を乗せた。

「ごめんね。今、父さんたちと大切なお話をしているのよ。もう少ししたら終わるから我慢してちょうだい。ね?」

〈イヤだッ。一人でいたくない〉

「困ったわね」

 と、イザベラは震える息子の頬を優しく触れた。

〈それじゃあ、父さんがそばにいてやろう。それでいいね?〉

〈…うん〉

 テオが頷くと、ルミウスはゆっくりと立ち上がった。

〈ウラベ。今後についてはまた明日話そう。二人とも、おやすみ〉

「分かりました。おやすみなさい」

「おやすみ、あなた」

 ルミウスは、絶えず体を震わせているテオを安心させるように大きな翼で包むと、寄り添いながら静かにその場を離れた。

「…浦辺さん。ルミウスがさっき言っていた話ですが、浦辺さんはどう受け止められましたか?」

 彼らの後ろ姿を見届けた後にイザベラが聞いた。

 浦辺は少し悩んでから、

「どうして彼らは魔物を恐れ憎み続けるのか? その理由をルミウスは論理的に説明されたので、ボクは納得しながら聞いていました」

 と、素直に言った。

「そう…ですよね。それじゃあ、やっぱり私たちのしたことはーー」

 と、言いかけるイザベラを浦辺が慌てて遮った。

「イザベラさん。誤解してはいけませんが、ボクは二人が築いた共存社会を否定したわけじゃありませんよ」

「でも、浦辺さんはたった今…」

「ええ、ルミウスの言葉には一理あると思っています。しかし、だからと言って二人が導いた共存社会の実現が間違っていたなんて、ボクは少しも思っていません。それはルミウス、そしてもちろんイザベラさんも同じのはずでしょう?」

「どうしてそう思われるのですか?」

「テオです」

「テオ?」

「グリフォンのルミウスと人間のイザベラさんとの間に授かったテオは、魔物と人間が手を取り合う今の世界を示すいわば象徴と言っても過言じゃない。つまり、共存社会を否定することは息子のテオの存在をも否定することを意味してしまう。人間とは姿の違うグリフォンの夫と息子を純粋に受け入れ、大切な家族として必死に支え続けてきたあなたにとって、テオはかけがえのない存在でしょう? だからです」

「かけがえのない…」

 イザベラの脳裏で、そう遠くない過去の記憶がよみがえった。

 森のオアシスで二度と叶わないと諦めていたルミウスとの再会を果たしたあのとき、彼女は卵から孵化した我が子の姿を初めて目の当たりにした。

 まだ飛べるだけの力を備えていないか弱い翼をパタパタさせながら無邪気な鳴き声を上げて駆け寄ったテオを、イザベラは慈愛に満ちた瞳で抱擁しながら心の中で感謝した。

「生まれてきてくれてありがとう」

 母親の喜びに気付いたのか、テオは幼気な鳴き声を大きく上げた。

 そのときを思い出し、イザベラは微笑を浮かべた。

「…そうですね。テオは私たちにとって大切な息子、かけがえのない宝物です。あの子のためにも、私は信じることにします。夫のルミウスと一緒に共存社会を築いたことが間違っていなかったこと、いずれこの世界の人々すべてが魔物と分け隔てなく親密に寄り添える日が訪れることを」

 と言って、イザベラは胸の前でグッと手を握った。

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― 新着の感想 ―
やや重い雰囲気になっていました(泣)が、最後には生まれてきてくれたテオを大切な「宝物」とイザベラさんが思って、折角築いた異種族同士の共存社会の達成を間違っていないと信じるようになってよかった(´;ω;…
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