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第十二章 再会

 組んだ前足の上に顎を乗せて気持ちよさそうに目を閉じていたルミウスは、ハッと目を開いてから顔を上げた。

「あなた、どうしたの?」

 と、イザベラが驚いて聞いた。彼女の膝の上では、頭を乗せた息子のテオが可愛らしい寝息を立てて眠っていた。

〈…なにか来る〉

「なにかって?」

〈分からない。だが、人間とは違う異様な気配だ〉

 ルミウスは地面に伏せていた体を起こすと、猛禽類特有の黄色い虹彩で遥か地平線を見渡した。

 一点に的を絞り、目を細めて遠方を凝視する。

 彼の目が空を飛ぶ物体を捉えた。

 あきらかにそれは、この里に着々と迫っていた。

〈…イザベラ、テオを起こすんだ〉

「分かったわ」

 夫の語調からただならぬ気配を感じたイザベラはなにも聞くことはせず、即座に眠りこけているテオを起こした。

 ルミウスが咆哮を上げると、周囲でのんびり休息を取っていたグリフォンたちが機敏な動作で立ち上がり、長の元へ駆け寄った。

 群れを招集したルミウスは、自分とともに里に接近する禍々しい存在を迎え撃つ者、妻子であるイザベラとテオを護衛する者とで振り分けた。

 テオが父親とともに立ち向かう意思を示したが、当然ながらルミウスはそれを断った。どんな相手であろうと、子どもであるテオをそばにいさせては真っ先に敵の標的になってしまうのは考えるまでもなかったからだ。

 イザベラも同じ考えだったらしく、勇ましく父親を手伝おうとするテオを強引に連れ、護衛を任されたグリフォンたちとともにその場を離れた。

 避難した妻子を見届けた後、ルミウスは再び遠方に視線を凝らした。

 その顔は緊張で引き締まった。

〈警戒態勢を取れ! 相手の正体を捉えた。ドラゴンだ〉

 途端に、群れのグリフォンたちからざわめきが起こった。

 無理もなかった。

 ドラゴンとは、畏怖の対象として人間のみならず魔物たちの間でもその威厳と力強さを恐れられていた。まさに、史上最強という存在を具現化したと言っても過言ではない強大な相手なのだ。

 ルミウスたちグリフォンは、そのドラゴンと互角に渡り合える唯一の神獣だった。事実、ドラゴンの暴走を食い止めるために立ち上がったグリフォンたちが、ほぼ捨て身同然の覚悟で相手の制圧に成功したという歴史が史実として語り継がれている。

 いわば、グリフォンにとって好敵手と言ってもいいそのドラゴンが、なんの前触れもなしに里に接近しているため、ルミウスたちグリフォンはイヤでも過敏にならざるを得なかった。

 そんな彼らの不安を知ってか知らずか、くっきりと輪郭が捉えられるほどに接近したドラゴンは自らの存在を誇示するかのごとく、巨大な翼を優雅に羽ばたかせながら一直線に里を目指していた。

 やがて、彼らの前にドラゴンはゆっくりと着陸した。

 ルミウスたちは臨戦態勢を整え、いつでも飛びかかれるように身構えた。

 しかし、里に降り立ったドラゴンはゆっくりと巨大な翼を折り畳むと、澄んだ瞳で目の前のグリフォンたちを見回した。

「随分と熱烈な歓迎ね」

 と、そのドラゴンは言っただけで、襲いかかる気配はなかった。

 敵意を示さない相手に群れのグリフォンたちが戸惑う中、ルミウスは毅然とした足取りでドラゴンの前へと踏み出した。

〈貴公は何者だ?〉

〈ここはグリフォンの里で間違いないかしら?〉

 と、ドラゴンは周囲をキョロキョロと見回しながら聞いた。

〈そうだ。もう一度聞くが、何者だ?〉

 と、ルミウスはあくまで冷静さを保った口調で再び聞いた。

〈私はリヴィア。見ての通りドラゴンよ。もちろん、あなたたちにとって穏やかに振る舞える相手でないのは百も承知だけど、私は別に自分の力を無闇に見せつけたり披露したりするつもりは毛頭ないわ。そもそも、私は暴力的なことがなによりもーー〉

 と、リヴィアと名乗ったドラゴンが饒舌に語り始めたとき、彼女が背負っている大きなリュックがなにかを訴えるようにもぞもぞと動いた。

〈…あ、いけない。私ったら、またどうでもいい話をベラベラと。…はいはい、分かったってば。着いたから出てきなさい〉

 と、リヴィアはリュックに向かって言ってからフンッと鼻を鳴らした。

 ルミウスが怪訝な顔を浮かべたとき、ガサゴソと背中のリュックが動いて中から一人の人間が姿を現した。

 その顔を見た途端、ルミウスは驚いた。

〈ウラベじゃないか!〉

「ご無沙汰です、ルミウス」

 と、浦辺は手を振った。

 予想もしない人物の登場にルミウスたちグリフォンがポカンとしている間に、浦辺はリヴィアが地面に伸ばしてくれた長い首を伝って地上に降りた。

「ありがとう、リヴィア。おかげで助かったよ」

〈どういたしまして。荷の中の居心地はどうだったかしら?〉

「瓶に囲まれて窮屈だったけど、野ざらしでいるよりかはマシだったよ。それより、大切な物資が入ってたのに悪かったね」

〈提案したのは私だから気にしないで。それにしても意外だったわ。威勢がいいと思っていたのに、まさか高い所が苦手だったなんてね。どうして発つ前に言わなかったの?〉

「キミがやたらまくし立てて言えなかったんだけど」

〈あら、そうだったかしら? …覚えてないわね〉

 と、リヴィアは宙を見つめながらとぼけた。

 浦辺はムッとしたが、人間味豊かなリヴィアのお茶目な面に結局は微笑を浮かべた。

 そんな浦辺を見、リヴィアもクスッと笑みをこぼした。

〈…さてと、それじゃあ無事にあなたをここまで運んだことだし、私もそろそろお仕事を再開させなきゃ。いきなり押しかけてごめんなさいね〉

〈…あ、ああ。構わないよ〉

 と、我に返ったルミウスは言った。

〈それじゃあね、ウラベ。今度機会があったら、あなたが暮らすニホンという国について詳しく教えてちょうだい〉

「分かった。ただし、今度は空じゃなくて地上でね」

〈しょうがないわね〉

 リヴィアはおかしそうに笑うと、巨大な翼を羽ばたかせ輸送先である目的地へと向けて飛んで行った。

〈ひとまず、襲撃じゃなくてよかったな〉

 と、グリフォンたちは揃って安堵した。

 ルミウスもホッと胸を撫で下ろすと、思わぬ再会を果たした浦辺に近寄った。

〈こんな形で再び会えるとは思わなかったぞ、ウラベ。それも、まさかドラゴンを使役して現れるとはな〉

「使役なんてとんでもない。道中で偶然彼女と知り合って、ここまで運ぶと親切に言ってくれたので甘えただけですよ。ところで、テオとイザベラさんはお元気ですか?」

〈二人とも元気だ。我々と一緒にこの里にいるから案内しよう〉

「お願いします。大事な話もあるので」

〈大事な話?〉

「はい。とても大事な話です」

 真剣な表情を浮かべる浦辺を見たルミウスは事の重大さを察知し、ひとまず彼を妻と子のいる場所まで連れて行った。

 イザベラとテオを護衛するグリフォンたちの所へ戻ると、彼らはルミウスたちの無事を確かめ安堵の息を漏らしてから、意外な来客に揃って驚きの表情を浮かべた。

「まあ、浦辺さん!」

 案の定、イザベラも驚いた顔で浦辺を迎えた。

「お久し振りです、イザベラさん」

「お久し振りですが、どうして浦辺さんがここに?」

「ちょっと込み入った事情でね。これから説明しますよ」

〈母さん。この人がウラベって人?〉

 と、そばで二人のやり取りを見ていたテオが母親を見上げた。

「そうよ。この人が、あなたが会いたがっていた浦辺道夫さん。思い出せたかしら?」

 と、イザベラは言ったがテオは目をパチクリさせながら浦辺を見つめるだけだった。

〈最後に彼と会ったとき、この子はまだ孵化して間もない赤子だったんだ。覚えているのが難しいだろう〉

 と、ルミウスは苦笑した。

 浦辺はテオの前で身を屈めた。

「それもそうだね。今は随分立派に育ったけど、あのときは腕で抱えられるほど小さかったからなぁ。さすがにーー」

 そのとき、テオが勢いよく浦辺に飛び付いた。

 そのまま押し倒すと、テオは嬉しそうに尻尾を振って浦辺の頬に容赦ない頬ずりをした。柔らかな羽と硬いクチバシが交互に当たる凄まじい愛情表現だったが、浦辺はそれを嬉しそうに受けた。

「あら、テオったら思い出したのね」

〈ほぅ…。覚えているものなんだな〉

 と、感心する両親にテオは首を振った。

〈顔は全然思い出せなかったけど、ニオイで分かったんだ。母さんと同じ異世界の人のニオイがしたから、この人がウラベだってすぐに分かったんだ。…母さんから聞いたよ。ウラベがボクたちを命懸けで助けてくれたって。だから、どうしてもお礼が言いたかったんだ。ありがとうね!〉

 と言って、テオは喉を鳴らしながら再び浦辺に頬ずりした。

 数年ぶりの再会を果たして喜び合っている二人をイザベラとルミウス、そしてグリフォンたちは微笑ましく眺めた。

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― 新着の感想 ―
共存社会になってもやっぱりドラゴンは畏怖の存在として恐れられているんですね('ω') 物心がつく前に会ったのが最後で記憶もハッキリしないにも関わらず、異世界人の匂いだけで浦辺さんと信じて勢いよく飛びか…
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