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第一章 プロローグ

 (いにしえ)より、人間と魔物は相反する種族として敵対していた。

 魔物たちは自分たちのテリトリーに侵入する人間がいれば、それがたとえ害のない冒険者や行商人であろうと容赦なく襲った。しかし、それは縄張りに住処を持つ家族を守るためであり、彼らにとってそれ以外に人間を襲う理由など存在し得なかった。

 それでも、例外はあった。

 魔物も生物ゆえに、子孫を残す種族維持本能をどの個体も備えていた。繁殖期に突入し発情した魔物は攻撃性が増し、仲間内で殺し合いが起こることも珍しいことではなかった。

 無論、そんな興奮状態に陥ってしまえば正常な判断能力が失われてしまうため、繁殖期には暴走した魔物が自ら人間たちの暮らす王国に乗り込み、見境なく人々を襲うという事件もしばしば起きていた。

 このように、魔物たちは本能的ではあるが無意味に人間を襲った事例も記されているため、必ずしも擁護ばかりは出来なかった。

 しかし、一方の人間は違った。

 彼らは討伐の見返りとなる金銭的な報酬や、特定の魔物が持つ角、牙、毛皮などの貴重な素材を入手するという目的で剣を振るった。ほか、討伐自体に娯楽的な快感を得るのを知って、エクスタシーに浸るためだけに魔物の首を取る者も少なからず存在した。

 もちろん、中には自身や家族を守る者、尊敬する国王が統治する王国を守る目的で積極的に討伐に乗り出す大層な者など、純粋な名目で魔物を討伐する者もいた。それでも、主に遊戯感覚で魔物狩りをする人間が大半を占めていた。

 このように、今では誰もがその名を知る歴史的な偉人が名を馳せる以前の凡人だった遥か昔から、人間と魔物は互いに敵意をむき出していた。その歴史が長ければ長いほど両者が抱く敵愾心は根深いものとなり、誰もが共存の道を歩むのがもはや現実性を帯びない絵空事だと思うようになっていた。

 しかし、そんな不可能を実現させるある出来事が起こった。

 舞台は、貿易業が盛んなヴァンハルト王国。

 貿易商に精通する国王のイスカンダーは、常日頃から王国周辺を跋扈(ばっこ)する魔物の存在を疎ましく思っていた。というのも、日頃から彼らの存在が商いの妨げとなっていたからだ。

 経営面の安定化を図るため、イスカンダーは王国内で育てられたドラゴンを使った物資の空輸を新たな事業として打ち立てた。

 ヴァンハルト王国がドラゴンを飼育するようになった経緯、それは今から数一〇〇年ほど前に遡る。

 イスカンダーの曽祖父が王位の座に就いていたある日、ヴァンハルト王国に傷付いた一人の行商人が現れた。

 旅の道中で魔物に襲われ深手を負ったという行商人が助けを乞うと、国王は心地好く彼を受け入れひと時の安らぎの場を提供した。

 国王の寛大なもてなしに感銘を受けた行商人は、感謝の意を込めて後日三つの卵を貢ぎ物として献上した。

 行商人いわく、それはドラゴンの卵とのことだった。

 国王は折角の貢ぎ物として、その卵を譲り受けただけでなく孵化させることも視野に入れたが、それを側近たちは頑なに拒んだ。というのも、ドラゴンとは気性が荒く獰猛な性格を有する危険な魔物と認識していたため、成長の過程でいずれ危害を加える可能性が充分あると危惧したからだ。それ以前に、魔族の中で最も強大な力を持つドラゴンを人間が育てられるわけがない、という先入観も彼らの気を揉ませた。

 そのように側近たちはあくまで国王の身を案じたが、当の国王は取り越し苦労だと楽観的に捉えると自らの意思を貫き、彼らの心配をも一笑に付した。

 側近たちは気が気ではなかったが、他人の厚意を無下にしない国王の思いやりに溢れた性格を前に、それ以上はなにも言わなかった。

 異種族の魔物に対しても親心を忘れない国王と、側近たちの献身的な世話が功を奏し、三つの卵から可愛らしいドラゴンの雛が誕生した。

 しかし、孵化して間もなくに国王は病に侵されこの世を去った。

 このとき、既に王位継承者となっていた国王の息子、つまりイスカンダーの祖父は、魔物の生態に詳しい学者やトレーナーを集めるなどし、生まれたドラゴンたちの育成に精を入れた。それが、亡くなった父親にとってなによりの供養になると思ったからだ。

 愛情を注がれて育った三頭のドラゴンは、人間への警戒心を持たない無邪気な性格へと成長を遂げ、イスカンダーの父、そして現国王である彼の代まで彼らは人間に寄り添って暮らした。

 今回の新事業は、そのドラゴンたちに初めて舞い降りた大役と言っても過言ではなかった。史上最強の魔物と謳われるドラゴンに運搬を任せれば、自然と魔物たちによる経営の妨げが防げるとイスカンダーは推測したからだ。それに、本国の自慢である貿易商の発展に貢献してくれれば、きっとドラゴンの飼育の発端者となった曽祖父も喜んでくれるだろう、という内輪の気持ちもあった。

 ところが、ここで思いもよらない事態が起きた。

 長年、王国の中で箱入り娘同然に可愛がられていた彼らが、外の世界へ出ることを拒んだのだ。

 理由は簡単だった。

 特殊な環境下で育てられたことで野性的な威厳を失った彼らは、王国周辺を跋扈(ばっこ)する魔物の存在に恐れをなしたからだ。

 試しにトレーナーが強引に外へ連れ出しても、尻尾を巻いて逃げてしまう醜態をさらすほどだった。

 深刻な局面に頭を抱えたイスカンダーは、貿易商会の役人たちや側近を招集した緊急会議を開いて、この事態を打開する方法はないかと話し合った。

 その結果、メンバーの一人によってドラゴンを戦闘に長ける個体になるまで調教し魔物に慣らさせては、という提案が導かれた。

 が、長年に渡って世話をしてきたトレーナーたちが、これに対し断固拒否した。

 とある両国で熾烈な戦争が起こったとき、戦闘要員として一方の国は人工的に育成された魔物を戦場へ駆り出した事例があった。

 そのとき、政府は育ての親であるトレーナーに対し、魔物は戦況を窺うための偵察要員として派遣するだけだ、と報告をした。

 それを信じたトレーナーは、躊躇(ためら)いつつも可愛がっていた魔物を国のためにと献上したが、最終的に彼らの耳にもたらされたのは魔物たちが戦死したという報告だった。

 魔物に秘められた戦闘力に勝算を見込んだ政府が、虚偽の報告で彼らをダマしたのだ。

 いずれ戦争が起きたとき、政府がドラゴンたちも格好の戦闘要員として戦場に派遣するかもしれない。そうでなくても、穏やかな彼らが指導によって好戦的な性格になってしまうかもしれない。

 トレーナーたちはそれを危惧し、緊急会議で出た提案に否定的な態度を示したのだ。

 危険と言われる魔物であっても、大切に育ててきた彼らにとっては我が子同然の大切な命なのだ。拒否するのが自然だろう。

 彼らの主張を尊重したイスカンダー国王の意向により、ドラゴンを調教する提案は却下された。

 最終的にイスカンダーが下した案は、ヴァンハルト王国の周囲を集中的に徘徊する魔物たちの一斉討伐だった。それによって、ドラゴンたちに安心感を与えることが最善だろう、と彼は考えたのだ。

 イスカンダーは軍歴のある現職の王室警備兵たち数名のほか、腕に自信のある者や魔法術に長けている者を出来るだけ多く招集するようギルド商会に協力を要請した。

 ギルド商会を介して集まった冒険者や魔導士たちの数は予想を遥かに上回った。そこへ元軍人だった王室警備兵の者たちも加わり、対魔物を専門とする大規模な軍組織は結成された。

 剣士と魔導士によって組織された軍団の勢いは凄まじく、ヴァンハルト王国の周囲をおもな縄張りとしていた魔物たちは脅威のあまり住み慣れた土地を離れ、遠方へと逃げてしまった。

 軍団にも多少の犠牲者が出たが、それでも彼らの尽力は功を奏した。ドラゴンたちは恐る恐るながらも外の世界に足を踏み出し、ヴァンハルト王国は待ち焦がれていた空輸ビジネスを無事に実施出来るようになったのだ。

 それから、数年が経過した。

 新事業が成功を収めたことでイスカンダーの欲望は膨れ上がり、いつしか彼はこれまで以上に貿易の幅を広めるため、領土の拡大を視野に入れるようになった。

 しかし、それに対し国民は激しく反対した。

 それは、新たな戦争の幕開けを示唆していたからだ。

 だが、イスカンダーはビジネスの拡張を果たす上では致し方のないことだという主張を貫き、国民の反対を押し切って行動に移った。

 イスカンダーが最初に標的に選んだのは、数頭のグリフォンが生活を営むグリフォンの里と呼ばれる土地だった。ドラゴンと対等に渡り合える実力を備えたグリフォンの住処を掌握すれば、自然とビジネスの円滑化に繋がると踏んだからだ。

 イスカンダーは早速、功績のある軍を里へと派遣した。

 グリフォンたちは意外にも反撃を試みることなく、迫り来る軍勢を前に尻尾を巻いて逃げて行った。

 その報告を聞いたイスカンダーは、自らが立ち上げた軍団でグリフォンさえも怖気付かせたのだと有頂天になり、自分たちの力を誇示するかのごとくその地に第二の王国を築く手筈を整えた。

 もはや、事業のことなど二の次になっていた。

 野望に燃えたイスカンダーは、魔法の扱いにも長けるグリフォンへの対策として、剣士の数を少数に減らし魔科学の知識が豊富な魔導士たちを増員した。

 軍団の刷新で新たに結成された魔法軍は、再びグリフォンの里を襲撃した。大地の木々を切り倒し、美しい花々が咲く野原を焼き尽くすなどして、彼らはグリフォンの里を徹底的に破壊し尽くした。

 そのとき、逃げたと思われたグリフォンたちが闘争心を燃えたぎらせ、魔法軍目がけて襲いかかってきた。

 さすがドラゴンと互角の戦いを繰り広げる唯一の魔物と言われるだけあり、その戦闘能力は目を見張るものだった。

 グリフォンは勢力圏である空はもちろん、圏外である陸でさえも圧倒的な力強さを見せしめ、次々と軍団から負傷者を出した。

 魔導士たちの魔術でダメージを受けたグリフォンも数頭いたが、それでもこのまま戦を継続させてしまえば軍団が敗北するのは誰の目から見ても明白であった。

 戦況を聞いたイスカンダーは慌てて魔法軍を引き上げさせたが、帰還した剣士や魔導士たちの傷の具合を見ただけでも、グリフォンの里で勃発した戦争が激戦を極めていたことは想像に難しくなかった。

 城で負傷者の懸命な治療が施されたが、いずれもグリフォンたちによる特殊な魔力が宿っているため、平均的なレベルの治癒魔法や回復薬では容易に治るものではなかった。

 必死の救急医療が行われている様子を見たイスカンダーは、そのときになってようやく自分が大変な過ちを犯してしまったと気付いた。

 事業のためとうそぶきながら、結局は自らの野望を満足させることを視野に入れてしまった。そのため、無謀にもグリフォンの神聖な里への侵攻を下し、大勢の犠牲を生み出してしまった。

 深い慚愧の念にかられながら、イスカンダーは自ら引き起こした戦争の終結を提示した。

 それから幾日かが経過したある日、衝撃的なことが起きた。

 ヴァンハルト王国に、突然グリフォンが降り立ったのだ。

 それも、一頭ではなく二頭。うち一頭はまだ孵化して間もないらしく、大人のグリフォンよりひと回りも小さかった。

 里を襲われたグリフォンが現れたことで、国内は半ばパニックに陥った。

 イスカンダーは動揺する国民をなだめつつ、突如現れたグリフォン(ともう一頭の子グリフォン)に近付いた。

 禍々しいオーラを放つグリフォンを前にイスカンダーは戦慄せざるを得なかったが、そのとき彼は驚くべき体験をすることになった。

〈負傷した兵士たちの元へ連れて行ってもらいたい〉

 驚いたイスカンダーは周囲を見回した。遠くから彼らを取り囲む国民たちは、相変わらず緊張した面持ちでこちらの様子を窺っているだけだった。

「今、私に語りかけたのは貴公か?」

 耳を疑ったイスカンダーが問うと、グリフォンは厳かなハクトウワシの顔をゆっくりと頷かせた。

 上位種族の魔物ならば人間の言葉を扱える。イスカンダーはそれを知っていたが、一方で魔物とは理性を持たず無差別に人間を襲う野蛮で凶暴な存在と認識していただけに、不意にコンタクトを取ってきた相手に彼は驚きを隠せなかった。

 しかし、冷静さを取り戻したイスカンダーは、要求に応じるつもりはないと相手のグリフォンを突き放した。なにか企みがあって接近したに違いない、という疑惑を胸に彼は警戒を怠らなかった。

 すると、グリフォンは彼の反応ももっともだというように頷くと、落ち着かない様子でそわそわしていたグリフォンの子を見下ろし、

〈この子には我々にはない特殊な治癒魔法が備わっている。その力で、我々が貴公の兵士たちに与えた傷を癒してみせる〉

 と、イスカンダーに訴えた。

 イスカンダーはますます相手の策略の可能性が高いと疑ったが、瀕死の傷を負い苦しんでいる剣士や魔導士たちの苦痛に歪んだ顔を思い出し、一か八かの賭けに出ることにした。

 イスカンダーに案内され、二頭のグリフォンは未だ手当てを受けて安静にしている兵士たちの元へ赴いた。

 軍歴がなく城に残った一部の王室警備兵たちが色めき立ちながらグリフォンを迎えたが、それをイスカンダーがなだめた。仲間を傷付けた相手の出現に興奮するのも致し方ないのだが、この場で諍いが起こるのだけはなんとしても避けなければならなかった。

 グリフォンは、傷口に巻かれた包帯を赤く染め苦しそうにうめき声を上げている剣士や、意識を失っている魔導士たちを見回してから、おもむろに足元の子グリフォンに頬を寄せ、なにかを囁くような素振りを見せた。

 途端に、子グリフォンはつたない足取りで負傷者たちに近寄ると、彼らに向かって治癒魔法を施した。

 傷口が疼いた剣士が悶えると、王室警備兵の面々が今にも飛びかかって行きたい衝動に駆られそわそわしたが、それをイスカンダーが相変わらず強い眼差しを向けて制した。

 やがて、子グリフォンが元の場所へ戻ると、さっきまで苦しそうにしていた剣士と魔導士たちの傷が徐々に癒え、血で赤く染まっていた包帯が純白な色を取り戻し始めた。

 イスカンダーたち城の人間が驚きの目で見守る中、剣士と魔導士たちはゆっくりと体を起こし、すっかり痛みの引いた患部だった部位を不思議そうに見つめた。

 よくやった、というようにグリフォンは幼いグリフォンに頬を寄せた。

 二頭のグリフォンとともに広場へ戻ったイスカンダーは、彼らに疑いを抱いたことを謝罪してから、負傷者に治癒魔法を施してくれたお礼を言った。

「よろしかったら教えてほしい。なぜ、里を一方的に侵攻した我が軍を助ける気持ちになったのかを」

 イスカンダーの問いにグリフォンは答えた。

〈驚かずに聞いてほしい。我々の仲間である一頭のグリフォンが、ついこの間一人のメスと番になった。そして、彼らの間に授かった子が先ほど貴公の兵士たちを助けたこの子だ〉

 イスカンダーは目をパチクリさせた。

「…失礼。今、貴公はそのメスを『一人』とおっしゃったように聞き取れたのだが」

〈そうなのだ、国王よ。その番となったメスというのが、貴公たちと同じ人間なのだ〉

「なんですと?!」

 イスカンダーは思わず声を上げた。

 自らをグリフォンの群れの長と名乗ったグリフォンは、驚愕の色を浮かべるイスカンダーに詳しく説明した。群れの一頭であるグリフォンが、とある弾みで異世界の人間である女性と恋に落ち、不本意ではあるが子を授かってしまったこと。そして、彼らの間に産まれた子どものグリフォンに、自分たちにはない不思議な魔力が秘められていることを。

「それではその幼いグリフォンには、我々と同じ人間の血も流れているというのか?」

〈その通りだ〉

「信じられない…。魔物と人間が交配し子が産まれたこともだが、それがドラゴンと対等に渡り合える貴公たちでさえ持たない強力な魔力を秘めているとは…」

〈国王よ、問題なのは強さを示す力ではない。癒しの力だ〉

「癒しの力?」

〈この子は、魔物であるグリフォンと人間の女性がまじわって産まれた。そして、我々ですら成し遂げられない強大な魔力を駆使し、戦争によってもたらされた甚大な被害と深い傷を、いとも容易く完治させた。人間と魔物、対立する異種族同士の血を受け継いで誕生した子が、醜い争いによってもたらされた傷跡を癒す奇跡の力を授かってこの世に生を受けたのだ。それがなにを意味するのかを伝えたく、私はこの子を連れてこの王国に降り立ったのだ〉

「奇跡の力が意味するもの…」

〈貴公なら既にお分かりだろう?〉

 グリフォンは言うと、子グリフォンを背中に乗せ大空高く飛び上がった。

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