第4話:『薔薇の迷宮』
晩餐会の夜、城の大広間は赤いカーテンに覆われ、シャンデリアの光が壁の薔薇の紋章を揺らしていた。
カーネリア・ヴァーロンは卓に座り、侯爵の視線を感じながら、微笑みを絶やさなかった。しかし、その笑みはいつしか、誰かの心に恐怖を落とす刃となる。
「お嬢様、本当に美しい……」
侯爵は手を差し伸べるが、カーネリアは軽く首を傾げた。
「ありがとうございます、侯爵様。でも、私には守るべきものがあるの。」
その言葉の奥には、リリスとセラへの思いが混じる。しかし、侯爵には理解できない。嫉妬は静かに、しかし確実に芽生え始めていた。
その時、神父マルコが静かに部屋に入る。
「カーネリア様、少しお話があります。」
彼の声は穏やかだが、瞳には警告の光があった。
「あなたの力は、周囲の命を蝕み始めています。気づかぬうちに、愛も、忠誠も、奪われている。」
カーネリアは視線を下げ、静かに応える。
「分かっている……でも、永遠の美を手にするためには、避けられない道なの。」
その決意が、周囲に冷たい空気を落とす。
晩餐会が進むにつれ、侯爵の微かな怒気が表れる。
「なぜ、リリスにばかり心を向けるのだ?」
リリスは絵筆を手に、震えながらも答えない。カーネリアは冷ややかに笑みを返すだけ。
その微笑みが、侯爵の嫉妬を煽り、晩餐会の空気は張り詰めた。
夜が深まる。庭園に出たカーネリアは、赤い薔薇に手を伸ばす。
「美しさは、誰かの命の上に咲く……でも、それでも私は欲しい。」
指先に触れた薔薇の花弁は、微かに熱を帯びて、昨夜よりも鮮やかに血の色を映していた。
その瞬間、侯爵が庭に現れる。
「お嬢様……」
瞳は怒りと独占欲に燃えていた。カーネリアは一歩下がる。
「侯爵様、ここでは……」
言葉が途切れた瞬間、薔薇の一輪が侯爵の足元で赤く光り、彼の心に微かな痛みを走らせる。
「……何だ……これは……」
侯爵は動揺する。カーネリアの力は、無意識に、そして確実に人々に影響を与え始めたのだ。
セラは影から見守る。
「お嬢様……止められますか?」
カーネリアは静かに首を振る。
「いいえ……止められない。でも、これが私の運命なら……」
その瞳には決意と孤独、そしてほんのわずかな悲しみが浮かんでいた。
夜が更け、城の塔の上で、カーネリアは古文書に向かってつぶやく。
「永遠の美……奪うこと……すべてを理解する日が、来るのかしら。」
外の庭では、薔薇が赤く咲き、甘く、冷たく、そして誰も救わない微笑みを夜に浮かべていた。






