第3話:『紅薔薇の誓い』
城の窓辺に、朝の光は柔らかく差し込む。だが、庭の薔薇は昨夜の雨露に濡れて、赤く、重く、何かを訴えるように揺れていた。
カーネリア・ヴァーロンはその前に立ち、微笑む。
「美しい……でも、痛みを伴う美。」
彼女の唇に薄く笑みが浮かぶ。永遠の美は、すでに代償を伴っていたのだ。
若き画家――名前はリリス――は、昨日の出来事からまだ回復していなかった。庭の小道に座り込み、手に握った絵筆をじっと見つめる。赤く描かれた薔薇の中に、無意識にカーネリアの影を映し込んでしまったことに、動揺を隠せなかった。
「お嬢様……」
セラの声に振り返る。少年の瞳は心配と、微かな恐怖で揺れている。
「リリス、大丈夫?」
カーネリアは膝を折り、画家の肩に手を置いた。触れた瞬間、リリスの体に微かな熱が走る。
「……あなたの……力……」
リリスは震える声で言った。
「何も……していないわ。ただ、絵を描いただけ。」
だがカーネリアの目には、代償の影が映っていた。人の命や心に触れるだけで、運命は歪み始める——そのことを、彼女自身も恐ろしいほどに理解していた。
その日、城に客人が訪れた。伯爵家の遠縁、若き侯爵が、美貌を誇るカーネリアを一目見ようとやってきたのだ。
晩餐会の大広間。シャンデリアの光が赤いカーテンを透かし、薔薇の紋章が壁に影を落とす。
侯爵は微笑みながら近づく。
「貴女は本当に……この城の宝石のようだ。」
カーネリアは低く微笑む。
「ありがとうございます。侯爵様。」
だが、その微笑みの中には、誘惑と警告が同時に潜んでいた。侯爵の心に芽生えた愛は、やがて嫉妬と暴力に変わるだろう——カーネリアは知っていた。
夜、塔の古文書を開く。
「永遠を得る代償……奪うこと……」
カーネリアはページを指でなぞる。文字は冷たく震え、まるで彼女の未来を嘲笑うかのようだった。
その夜、薔薇の香りに誘われるように、リリスは城の庭を歩いていた。
「……描かずにはいられない……」
赤い花弁に触れると、指先に微かに熱が伝わる。その瞬間、庭の一角で一輪の薔薇が鮮やかに赤く咲き、リリスの胸を刺すような痛みが走った。
「……これが……代償……?」
リリスの視線はカーネリアに吸い寄せられる。少女の目には、恐怖と愛情、嫉妬と憧れが複雑に絡み合っていた。
セラは静かに影から見守る。
「お嬢様……やはり……」
カーネリアは振り向き、微笑む。
「セラ、永遠を生きるのは簡単じゃないわ。美しさは、時に血と涙の上に咲くもの。」
窓の外、薔薇は赤く笑う。美しく、冷たく、そして容赦なく。
その夜、城の空気は甘く、そして重い。誰かの心が歪み、誰かの命が揺れ、誰も救われない物語の幕が、静かに開かれた。