第2話:『血の薔薇は囁く』
城の朝は、薄霧に包まれていた。
塔の上から見下ろす庭園は、夜露に濡れた薔薇の葉が黒く光り、まるで血を吸った影のように揺れる。
カーネリアは窓辺に立ち、静かに指先で一輪の赤薔薇を撫でた。
「美しい……でも、誰かが泣く代償が必要なのね。」
古文書に書かれた文字が頭の中で反響する。奪うこと――命、愛、信頼。まだ何も奪ってはいない。しかし、心はすでに予感で満ちていた。
従者のセラが廊下を急ぎ足でやってくる。
「お嬢様、朝食の用意ができました――」
カーネリアは微笑んで振り向く。
「ありがとう、セラ。でも今日は庭に出るわ。」
庭園は静かだった。花々は夜露で重く垂れ、風に揺れるたびに薔薇の香りが甘く漂う。
カーネリアは一歩ずつ歩きながら、思考を巡らせた。
“もし私が永遠を手にしたら……誰が私に抗えるのかしら。”
その時、小鳥のさえずりに混じって、遠くで人の叫び声がした。
「……?」
振り返ると、若き画家が庭の一角で倒れていた。手には絵筆が握られ、キャンバスには血のように赤い薔薇が描かれている。
「……どうしたの?」カーネリアは駆け寄る。
画家はかすれた声でつぶやく。
「描きたい……描かせて……」
そして、倒れるように意識を失った。
カーネリアは動揺する。心のどこかで恐れていたことが、現実に姿を変えたのだ。
「血……血を奪ったのかしら、私……?」
その夜、カーネリアは塔の古文書に向かってひざまずく。
「永遠の美……でも代償は重い……。」
文字は冷たく光り、彼女の手に重くのしかかる。
血に濡れた薔薇は一輪、窓辺で微笑む。美しいけれど、恐ろしく冷たい微笑み。
セラは扉の前で静かに立ち尽くす。
「お嬢様……私は……」
言葉はそこで途切れた。カーネリアの瞳に、以前とは違う光が宿っていたからだ。
「あなたも、永遠に一緒に……」
言葉の意味は、まだ誰にも理解できない。しかし、夜の城に落ちる影は確かに、増えていた。