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喫茶店ロキ

「エイミー」


 小声で名前を呼んだ。


「はい」


 小声でエイミーも返事をする。


「君は一円を持っているか?」

「いえ」

「だったらピンチだ」

「まさかの事態ですか?」

「ああ。一円足りない」

「昨日、一円を落としても気にしなかったせいですよ」


 エイミーの言う通り、俺は一円を昨日落とした。

 しかしそれは自販機の下に入り込んでしまったため拾うのもめんどくさかったため拾わなかったのだ。


「そうだな。一円に笑うものは一円で泣くってこういうことなんだな」

「そんなことわざを言う暇があったら一円を探して下さいよ」

「元はと言えばお前が食べまくったからだろ」

「それはそうですけど……て。あわあわ。音也さん、マスターがこっちに来ますよ。どうしましょう」

「落ち着けエイミー。冷静を保つんだ。冷静を失ったらすぐにばれるぞ」

「わ、分かりました」


 そんなやり取りを終えたと同時にマスターが俺達の席に来て、俺を見てエイミーを見る。

 俺とエイミーはとりあえず苦……じゃなくて笑顔を浮かべる。

 

「御代をそろそろもらえるかな?」

「お、御代ですね。あ~……ちょっと待ってください」


 エイミーが口ぱくで何か言ってくる。

 本当に大丈夫ですか? そう言っているみたいだ。

 とりあえずウィンクをして、口ぱくで答える。

 任せておけ。


「はい、御代です」


 とりあえず財布の中身を全部出す。

 マスターは不愉快そうな表情を浮かべつつお金を数え始める。


「一円足りないな」


 口元の髭がやけに不気味いや威圧感がある。

 エイミーが再び口ぱくで俺に言う。

 まずいですよ。バレテいますよ。

 慌てるな、エイミーと俺は口ぱくで伝える。


「その一円の事ですが……まけてくれませんか?」

「なんて言った!?」

「ひぃ!?」


 マスターの口元が引きつり、眉間にしわがよる。

 不細工だ。

 そして怖い。


「ウチのモットーはな」


 マスターの顔が丁度、俺の目の前に来た。


「一円たりともまけない事だ」

「は、はい」

「一円でも払えないものはな、ここで数週間働いてもらうことにしているんだ」

「は、はい」

「だから……お前ら働け!」

「わ、分かりました!!」


 思わず返事をしてしまった。

 エイミーも黙って涙目でうなずいた。

 俺達二人はこうして『喫茶・ロキ』で働くことになってしまった。



「ほら、カルボナーラ」

「あ、はい」


 俺はマスターからお客様が注文したカルボナーラを受け取る。

 ふむ、実においしそうだ。このまま俺が食べたいぐらいだ。


「おい、早くもって行かんか!」

「はい!」


 マスターの怖い声に俺はビクつきながら勉強をしている女学生――お客様に注文されたカルボナーラを勉強用具の邪魔にならないように置いた。

 女学生はうんともすんとも言わずにただ黙々と参考書を開いてルーズリーフに数学の問題を解いている。

 少しぐらい反応を示してくれてもいいじゃないかと思いつつ、俺は再び厨房に戻るために回れ右をする。背後からシャーペンを動かす音だけが聞こえてくる。よくもまあ、頑張ることだ。俺には考えられない。

 ところでエイミーはどうかというと意外な事にちゃんと仕事をこなしていた。主にトイレ掃除を。というかトイレ掃除のみやっていた。それ以外はやっていなくて、今は何故か主婦たちと会話をしている。

 つまり仕事の大半は俺がやっていると言うことだ。なんという外道。というかマスター絶対に教師だったら女子の評定をあげて、まじめに頑張っている男子に恨みを買って「エロ教師」とか「変体教師」とか「下心丸見え親父」とか呼ばれるタイプだと思う。実際、マスターには口が裂けても言えないけど。


「おい、お前少しあの人の所へ行って来い」

「はい?」


 マスターの視線を伝って行き着いた先は二十代前半でクタクタになったスーツを着て、無精髭を生やして、いかにも仕事明けで疲れていますといった感じの雰囲気を出している銀縁眼鏡を掛けた男性であった。

 その銀縁眼鏡を掛けた男性が俺に対して手招きをしている。

 マスターを見ると、マスターが手で押しのけるように「早く行って来い」といった感じで俺は厨房から追い出された。

仕方がなく俺は「喫茶・ロキ」というロゴが真ん中に入ったエプロンを着て、銀物眼鏡を掛けた男性の座る席まで行った。


「まあ座れ」


 銀縁眼鏡を掛けた男性はそう言うとポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけようとしたがその一連の動きを止めて、俺を見て「タバコの煙は平気か?」と聞いてきた。

 俺が「平気です」と答えると「そうか」と言い、タバコを口に咥えて、火を点けた。灰皿を見るとタバの吸殻が二本ばかりあった。どうやらタバコを吸うのが好きみたいだ。


「上条信也俺の名前な」


 銀縁眼鏡を掛けた男――上条と呼んでやろう。人と会話をしている時にタバコを吸う失礼な奴だからな。

 そんな上条はタバコを吹かし、まだ長いのに灰皿に押し付けて、火を消した。

 なんだもう、吸うのを止めるのか。


「お前、見ない顔だよな」

「まあ、今日から働いているから」

「名前は?」

「西城音也……です」

「西城……?」


 「はて、どこかで聞いた事があるような……」と髪の毛を掻きながら上条が呟いた。

 多分、一年前の新聞であろう。小さくだが、俺の両親が殺されたという記事が載っていたから。まあ、あえて言わないが。


「それはそうと、金が払えなくて働いているのだろ?」

「! なんで知っているんだよ?」


 いかん。ついつい敬語を忘れてしまった。

 上条が「質問に質問で返すなよ」と苦笑いを浮かべた。

 そして四本目のタバコを取り出したが、ただ口に咥えるだけで火を点けようとしない。

 だったらさっきのタバコを消さなくて、そのまま吸っとけよ。


「さあな。それと女の子にいい格好をしようとしてそうなっただろ。だが理不尽な事に自分はこき使われてあの藍色の髪の女の子は、便所掃除だけやって終わりって感じだろ?」


 主婦四人組と仲良く話しているエイミーを指でさす。

 全くその通りで返す言葉がない……。


「まったくその通りだ。て、なんで分かるんだ?」

「人に訊くばかりではダメだな。もう少しその頭を使って考えろ」


 上条は、口に咥えていたタバコを箱の中に戻し、テーブルに無造作に置かれた氷が入った水のコップを持って一回振り、音を鳴らした。

 格好つけてムカつく野郎だ。睨み付けてやろうか。


「そんな怖い顔するな。また来るからな」


 上条はそう言って席から立ち上がった際、少しよろけた。よろけただけで別に平気らしく俺を見ずにただ片手を挙げてレジに向かった。

 俺はそんなキザ野郎ことクタクタになったスーツを着た上条の背中を見つめながら呟いた。


「二度と来るな」


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