謎の少女Ⅳ
部屋を出る時初めて、少女の背中を見た。
その背中は、とても小さくて弱々しいものだ。
さらに汚れていて、今まで酷い目にあってきたのであろう。
「くっくくく。ようやく見つけましたよ」
先ほどの男の声だ。空気を震わせる低い声。右腕をまるで死神の鎌のように変化させることができる『強化人間』と呼ばれる者。
……何を考えているんだ。
僕は悪くない。何も悪くはない。
自分の選んだ答えを必死に正当化してみたが、ドアの向こうから聞こえてくる戦闘音がそれを否定している気がしてならないのだ。
一度、部屋の中を見渡すが、あるのは窓ぐらいだ。そこから日が射しており部屋の中を照らしている。
あ~あこんな時に翼があればいいのになぁ。
そんな考えがふっと脳裏に過ぎった瞬間、僕の背中に黄土色の粒子が集まりそれが四枚の翼を創造した。
なんだ、この四枚の翼は?
僕は唖然としたが、この翼があれば部屋にある窓から空へと逃げれる。
先ほどの少女には悪いが、この翼でここから逃げさせてもらおう。
窓を空けて、窓辺に足をかけて、青空に飛び込んだ。
空など飛んだ事がないのにすぐにうまく飛べるようになった。
風にもうまい事乗れていい感じだ。
このまま逃げよう。少女がどうなろうと僕には関係ないことだ。
「きゃぁぁ――――――――――ッ!!」
少女の叫び声だ。どうやらまだ闘っているみたいだ。
あんな弱々しい子が戦っていて、僕は戦わないなんていいのか?
そう思うと急に僕に迷いが出てきた。
赤の他人だったはず……けど、そうでもないかも知れない。
空を飛べるようになったのは、少女のお陰で、あの男に狙われなくていいのも少女のお陰だ。
考えると、今、この状況を作り出したのは、すべて少女のお陰ではないのか?
もちろん巻き込んだのも少女だが、それでもここで逃げたら僕は一生後悔するんじゃないだろうか!?
でも僕が行ってどうなるというのか。
僕には、戦う術などない――――いや、あるじゃないか。
この『簡易ナノマシン』の力ならもしかしたら……勝てるかもしれない。
「……やるしかない」
四枚の翼を羽ばたかせて、戦闘音がする方向に向かう。
大丈夫。まだ少女は死んでいないはずだ。死んでいるならば戦闘音などないはずだ。
すぐに戦闘が行われている場所の前に着いた。
コンクリートの壁があるが、ここで間違いない。
壁の向こうに少女と男がいるはずだ。
日本刀を想像すると……黄土色の粒子が集まり想像していた通り、刃が太い日本刀を創れた。
「……よし。行くぜぇぇ――――――ッ!!」
勢いをつけて、そのまま壁に突っ込む。
日本刀が折れるかと思ったが……心配無かった。折れることもなく、壁をラクラクに破壊することができた。
壁を破壊して、中に入ると身体の所々傷ができている少女と、右腕を死神の鎌のように変化させた男が対峙している真っ最中だった。
少女の前に立ち、自分の後ろに隠すようにして男と対峙する。
男の視線が僕の身体を舐め回すかのようにねっとりと、僕を観察する。
「なるほど。盗み出した試作品の『簡易ナノマシン』をこの少年に使用しましたか」
くっくくくと、声を漏らして僕の後ろに隠れる少女を見て感心気に言う。その視線に少女の身体が震えているのが背中を通して僕にも分った。
「残念です。非常に残念です。お二人をこの手で始末しなければいけないことが」
「なら逃がしてくれないか?」
冗談交じりに言ってみたが、男は首を横に振った。
分かっていたがやっぱり無理か。
「残念だ」
天井を突き破り、僕は青い空に舞い上がる。少女の事には目もくれずに男は僕を見つめて言った。
「空とは、その才能をこの私の手にかける事になるとは残念――いや、心が躍りますね」
「言っとけ!」
男の言葉を一蹴して、再び日本刀を創造する。これは刃の鋭さを強調したものだ。
創造した日本刀を構えて、男を見下ろす。
男も変化させた右腕を自分の前に構えていた。
「ふぅ……。桜、悪いな。乗せてられなくて……」
今、ここにはいない桜に向かって呟く。
あいつ……今でも僕のことを覚えているんだろうか?
覚えていたら、旅に出る時に喧嘩したことをまだ根に持っているんだろうな……。
……よし。
「喰らえ!!」
風を切り裂き、空間を切り裂きながら僕が男に向かって突っ込む。
その際起こる、カマイタチが男の立っている付近に襲いかかり、コンクリートを切り裂いていく。
しかし男は、それに構うそぶりを見せずただ僕を見つめていた。
刹那、僕と男が衝突し、この一帯にコンクリートを破壊する爆発音に似た音が響き渡る。
……くっ、塵と埃で何も見えない。
男はどうなった?
「くっくくく……。やりますねぇ……」
「!!」
男の声が足元から聞こえる。
しかし先ほどまでとは違って、随分弱々しい声だ。
「! お、お前……!」
僕の足元には、奇怪な右目をした男が倒れていた。右腕の鎌は砕けており、よく見ると右腹に僕の日本刀が刺さっている。
ああ、これは僕がやったのか……。
「ふっふふふ。何を驚いているのですか……。その気があってやったのでしょう?」
男が奇怪な右目をこちらに向けて、ニタリと笑いかけてくる。
僕の内面そのものに言っているような気がする。
「……」
その気があってやったか……。
必死だったからあんまり考えていなかったから。そうか……。そうだよな。
「ああ。僕は――いや、俺はお前を殺すつもりでやった!!」
「ふっふふふ……。人を殺す覚悟を持った良い顔になりましたねぇ。これであなたも私と同類ですねぇ?」
さも楽しそうな男の声。
俺が自分と同類の事がそんなに嬉しいのだろうか?
「……黙れ。そんなことよりもお前は、フェビアン・エドガー・エンフィールドを知っているか?」
「……!」
男の眉が微かに動いた。
もしかして何か知っているのか?
「くっくくく……くはははははははははッ!」
何を思ったのか知らないが、男はいきなり笑い始めた。
こいつ、気が狂ったのか?
「なるほど。あなたが『すべての始まりの子』。ああ、そうですねぇ。だから『簡易ナノマシン』にも直ぐに馴染んだわけですねぇ。ああ、そうですねぇ」
くっくくくと押し殺した声で笑う男。
気味が悪くて仕方がない。
「おい。何が言いたいんだお前は? 一体、俺に何があるって言うんだ!?」
「ふっふふふ。ふっははははははは!! 『簡易ナノマシン』の持続時間は五分。そして大きすぎる力にはそれなりの代償があります。それだけは教えてあげましょう」
男はそれだけを言うと再び黙り込んだ。
狂ってやがる。こいつは狂ってやがる。
――いや、そんな事は分かっている。
「じゃあな」
日本刀をきっと俺と同じく苦しい過去を持ち、ここまで可笑しく狂った男の心臓に突き刺した。
鮮血が宙に舞い、俺の服や顔にかかった。
俺は、この瞬間、ここで、完全なる復讐鬼に生まれ変わった。
だが、俺は人を守る復讐鬼。
だから、俺はあの少女を守る。
守ってみせる。絶対に。
「大丈夫ですかー!」
少女が丁度こちらに向かって走ってきた。
無事で良かった……。
それに元気そうだ。
「あっ……」
俺の足元に転がる男を見て、少女が足を止める。
やっぱり驚くよな。こいつが血まみれで死んでいたらな。
「殺しちゃいましたか……、本当は私が……」
「え?」
「あ、いや、何もないです。それよりも無事で良かったです」
「ああ」
一瞬、今、何か呟いた時の少女の雰囲気が恐ろしかった。
何か得体の知れないものをこの少女は抱えている。
影を持つ少女か。
桜とは大違いだな。
「気分は悪くなっていませんか?」
「え? あ、ああ。この通りだいじょ……ぐっ?!」
なんで胸がこんな急に……痛み出すんだ?
くっ……まるで炎で心臓を焼かれているような痛みだ……。
「あなたのその力、代償が必ずあります。それだけは教えて差し上げましょう」
これがあのサングラスの男が言っていた代償って奴か?
だとしたら洒落にならない代償……だ。
「だ、大丈夫ですか?!」
「ぐぅ、くっぅぅうう……うっ!?」
胃の中の物が逆流し、喉を伝い、異物を俺は外に吐き出す。
ビチャビチャと音をたてて異物が地面に落ちていく。
さらに心臓の痛みはさらに増していく。
「――――――――!?」
ああ、少女の声が聞こえない……。
目の前が暗い……クライ……まるで闇の中にいるようだ……。
俺はこのまま死んじゃうのかよ……?