謎の少女Ⅲ
「これはこれはもう一人いましたのですか。知りませんでしたよ」
サングラスを掛けて黒いスーツを着た男が外に立っていた。
もしかしてこいつがあの子を狙っている奴なのか?
「ここにいるんでしょう、彼女?」
サングラスの男から感じるあの男との同じ感覚。間違いない。こいつは……あの男、フェビアン・エドガー・エンフィールドと同じく人を何人も殺しているはずだ。
そして次のターゲットは、あの少女ということか。
「ここには僕しかいないんだけど」
サングラスの男が眉をピクリと動かす。
こんな嘘じゃすぐにばれるか?
「嘘はいけませんね。嘘をつく人は、一緒に死んでもらいましょうか」
サングラスの男がそう言うと男の右腕が変形して鎌のような物へと変貌した。
まさかこいつ……!
「『ナノマシン』ぐらいご存知ですよね?」
男は、若干苛立ちを混ぜた声で訊いてくる。
「もちろん」
僕は頷く。
なんだこの威圧感は?
「ワタシは、体に『ナノマシン』を埋め込んだ人を超える存在『強化人間』なんですよ」
「『強化人間』だと……?」
初耳だった。
しかし、まさかこんな危険な奴に狙われるなんてあの少女は何をしでかしたんだ?
「あなたはワタシと言う男に会った事を悔やんでも悔やみきれないでしょうが、仕方がないのですよ。あなたがワタシに嘘をついたのですから」
サングラスの男は、そう言いながら僕に歩み寄ってくる。
くそっ! こんなところで死んでたまるかよ!!
僕は、再び古いビルの中に入る。そして鍵を閉めて、少女を連れて上の階へと上がる。
とりあえず五階まで上がり、一番奥の部屋に入り、扉に鍵をかけた。
窓から日が射し、そのせいか埃が宝石のように輝きながら部屋の中で舞っていた。
綺麗と心の奥底で思ったが、このビルの中にあのサングラスを掛けた男がいると思うとそんな感情などすぐに消え失せた。
僕の後ろでは、少女が小刻みに身震いをしている。
少女は、どうやら恐怖に囚われているようだ。
そんな事を確認した直後であった。
突如、僕の脳裏に両親が殺された時の姿が過ぎった。
心臓が外に飛び出ている父さんに首から股にかけて切られていて腸が外に飛び出ている母さん。
思い出すだけで身震いが止まらない。
あの血の海が僕の瞳に焼き付いている。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……。
そう。僕は怖いのだ。
あの男と同じ『ナノマシン』を持つ、サングラスの男が怖くて怖くて仕方がないのだ。
だから唇が渇いて、喉もカラカラに渇き水分を求めている。
足だってガクガクするし、手だってプルプルと震えている。さらに心臓だってバクバクと脈を打つ早さをあげている。
怖いよ。怖くて怖くて仕方がないよ……。
―――コツン
足音が聞こえた。来てしまったんだ、あいつが。
どうする? どうすればいいんだ?
逃げる? どこへ逃げるんだ?
―――コツン
ああ、近づいてくる。
どんどん近づいてくる……。
どうすれば、どうすればいんだよ?
「あ、あの~」
少女が震えた声で突如、話しかけてきた。
この状況でなんだ?
「腕を出して下さい。お願いします」
少女の声は、可能な限り小さくしているようで聞きづらい。
聞きづらいだけであって聞こえないわけではない。
少女は、真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
その眼差しがまるで僕に「何も言わずに言う事をきいて下さい」と訴えかけているように思えた。
ああ、僕は、反論も出来ないな……。
頭の片隅でそんな事を思いながら僕は、右腕を差し出した。
すると少女は、すばやくポケットから黄土色の液体が入った注射器を取り出し、僕の服の袖を捲くり、針を刺した。
刺された瞬間、痛みがあったが何とか耐えた。
一体、僕は、何を身体に注入されたのだろうか?
「今のは、『簡易ナノマシン』です。それであの男と闘って下さい。それしか助かる方法は、ないのです。お願いします!」
少女の言葉が僕の心を突き刺した。
僕があのサングラスの男と闘う?
『簡易ナノマシン』とかわけ分からない物を体内に注入されたのにか?
冗談じゃない。
―――コツン
「お願いします。怖いのは分かっているつもりです。しかし、それしか生きていく道はないのです。だから、『簡易ナノマシン』の力であの男と闘って下さい」
少女の必死の訴えが僕の心を突き刺し、蝕む。
ああ、そうか。
この少女は、きっと男は女を守るのが絶対だと、この少女は思っているに違いない。
だいたいこんな『簡易ナノマシン』という物を彼女自身の体内に注入して、彼女があのサングラスの男と闘えばいい。
なのに何故、闘わない? 出来るはずなのに。
答えは、一つだ。
それは、僕に死ね(、、)と言っているのだ。
そんなの真っ平ごめんだ。
あの窓を打ち破って逃げてやる。
「嫌だね」
「え……?」
「聞こえなかったのか? 嫌だと言ったんだ」
「そ、そんな……!」
「自分の蒔いた種は、自分で片付けてくれよ」
あの男の足音は、まだ聞こえる。
どうやら一つずつ部屋を調べているみたいだ。
「……分かりました」
目に絶望を宿した少女が呟く。
「すいませんでした。私があなたを巻きこんでしまって……」
頭を僕に下げてから、ゆっくりと少女が立ち上がる。
そして部屋のドアノブに手を掛けた。
「さようなら……」