絶望の途中で
とっくに涙も声も枯れ果てたはずなのに、湧きあがってくる悲しみ。どうしようもない悲しみに押しつぶされそうだけれども、何とか保っている。
「……ぅぅぅ」
どうして、あの人はこんなことを? それは人間に『裁き』を与えるため。
じゃあ、いつからあんなことを言うようになった? それは勝手に人間界に下りた後、しばらくしてからお父さまに進言した時。
私も人間界で人間を見ればあの人がなんでこんなことをしたのか分かるだろうか? 怖い。一人で人間界に下りて、生きて行くことなんてできるわけない。
私は生れてからずっと誰かに助けてもらって生きてきた。立ち止まった時はいつも誰かの手を借りて、何とか立ち直って来たのだ。
なのに一人で、しかもまったく知らない所で生きて行くことなんてできない。
『泣くぐらいなら笑え。笑っていれば神様があなたにきっと良いことが起きるようにしてくれる』
優しかった頃のあの人は私にそう言って、頭を撫でてくれた。私は優しかった頃のあの人は好きだ。信じて見よう。
笑っていれば神様が私に良いことが起きるようにしてくれるはずだ。
そして確かめなければいけない。人間が本当に『裁き』を下すべき存在なのかを。
空を見上げると、雨が止んだせいか雲の間から僅かに太陽がその顔を覗かしている。もう立ち止まっている暇などない。
この脚で歩き出そう。これからは一人で生きていかなければならないのだから。
〆
人間界の空気は淀んでいる。目に見えるぐらい黒い煙が人間が作ったものから出ていた。
それは人間を乗せて走っていて、とても速い。
周りを見渡してもほとんどが見たことがない物だらけで、どうしたら良いかも分からない。村から食べられそうな物はカバンに詰めてきたから、食料は何とかなるけどどうしよう。
だって右も左も分からない場所だから、どうしたら良いかも分からない……。
ん? なんだろう、あれ。太陽の光でキラキラしている丸い物。一応拾っておこう。
100円って書いてあるけど、なんだろうこれ? 私達の村ではこんなもの見なかったからな。
「お嬢ちゃん。荷物が重そうだね」
「え? そ、そんなことないです」
私に話しかけてきた人間は何だかとても汚くて、臭い男の人だ。人間ってこんな臭い人もいる事にびっくり。
「遠慮しなくても良いよ。ほら、おじさんが持ってあげよう」
「そ、そうですか?」
なんだか分からないけど、この男の人が荷物を持ってくれるらしいからとりあえず持ってもらうことにしよう。
なんだ、人間って意外と優しいのかな?
「お嬢ちゃんはこの辺じゃあまり見ない子だよね。どこから来たのかな?」
「え、え~と……」
こういう時はどうしたらいいのだろう? 人間に私の正体を明かしたらダメだから……。
お姉さまなら適当に誤魔化すのだろうけど……。うんん。あの人はもう関係ない。私は私なんだから気にすることない。
「秘密です」
「へ~秘密なのか~。どこか言えないところから来たのかな? 例えば街外れの施設とか?」
「街外れの施設ですか?」
「そうだよ」
おじさんが急に周りをキョロキョロと見回して、何かを警戒し始める。そっちの方が警戒されると思うけどな……。
「ここだけの話だけどね。あそこは可笑しいんだよ。ちょーと中の様子を見て見たんだけどね、何かヤバそうな実験をしていたんだよ」
「例えばどんな実験ですか?」
おじさんは私にむけて両手を差し出して何か催促する。
だけど私にはその行為の意味が分からない。
「これ以上聞きたきゃお金をよこしな。ないならこれ以上はダメだ」
「うぅ……」
「おや、ないのかい?」
「はいです。で、でも教えてください」
私の態度に困ったおじさんは汚い髪を掻いて、舌打ちをした。困った顔をしてから、言葉を呟いてから
「しょうがないな~。この荷物をくれたら教えてあげるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だとも」
嬉しさのあまりおじさんに飛びつく。しかしあまりの臭さに私の鼻がひん曲ったかと思った。
おじさんが豪快に笑って私を自分から丁寧に離してくれた。
「中に行われたものは黄土色の液体が入った注射を腕に刺していたんだよ。そしたらどうだ。その注射を刺した奴の腕がぐちゃぐちゃになっちまいやがった。
ありゃあ、悪魔の如き人体実験だな。うん、俺の目に狂いは無い」
「……」
おじさんが自慢げに頷いて一人で納得している横で私は頭の中で考える。
人間が腕を変化させる能力があるはずがない。ということは私達『妖精族』が何らかの関係があるかもしれない。もしかしてそこにあの人もいるのかもしれない。
「おじさん。その施設の近くまで案内してくださいです」
「案内をかい? んーまあ、近くならいいよ」
「ありがとうございますです」
近くまで行けば分かるはずだ。お姉さまがいるか、そして人間が何を行っているのかを。
その後、おじさんと相談した結果、夜中にその施設の近くまで行くこととなった。私その時間になるまで通りゆく人間の姿をじっと見つめ続けた。
〆
街を出て、少し行ったところにおじさんの言っていた施設があった。見た限りは普通の建物にしか見えないけど、中から微弱だけど仲間の気配を感じる。
……見張りがいないため安心して中に入ることができた。明かりがないため中の様子はよく分からないけど、壁を伝って何とか進んでいく。
目がようやくこの暗さに慣れてきたので中の様子が分かるようになった。廊下が真っ直ぐに続いている。扉もあるけど多分私の目的とは関係ない。
だって仲間の気配を感じるのはこの下からだからだ。どこから下に行けるか分かれば楽なんだけど……。
『この感じはエイミーね。あまりにも微弱で分かるまで時間がかかったわ』
「この声……お母さま!?」
そういえば、お母さまの能力は『テレパシー』だっけ。何回かしか見せてもらったことがないから忘れていた。
でもお母さま達はあの人に『支配』されてどこかに連れていかれたはずなのになんでこんな所に?
考えるのは後にしよう。まずはお母さまをここから救出しなくちゃ!
『エイミー。ここには来てはダメ。早くここから出て遠くに逃げなさい』
「お母さま。なんでですか?」
『ここはあなたが考えている以上に危険な場所よ。あなたまで失ったら私は……』
「……」
そうだった。お母さまはあの人のせいでこんな所にいると知らない。
だからあの人もお母さまと同じようにされていると思っているんだ。……助けなきゃ。
お母さまを早くこんな所から助け出さなくちゃ!
「今からそっちに行きますです」
『ダメ。来ちゃダメ! エイミー。早く逃げなさい!』
「助けに行きますです」
たとえお母さまがなんと言おうと私は助けに行く。どんなに反対されても……。
もう一人は嫌だから!
でも助けに行くと言ってもどこから下に行けばいいか分からない。どうしたら……。
突然、肩を掴まれて、背筋がゾッと凍る感覚に襲われた。可能性としてここの人間だろうか。
どうしよう。私が捕まっちゃたらお母さまを助けに行けない。
「お嬢ちゃん。俺だよ」
「お、おじさん!」
ニッコと愛嬌のある笑顔を浮かべるおじさん。でもさっき別れたはずなのになんでここにいるんだろうか。
「お嬢ちゃんが困っているだろかと思ったから来ちゃったよ」
「ありがとうございます」
おじさんの案内で下に行くには一旦外に出てからこの建物の後ろから入ると下に続く階段を見つけることができた。
私じゃあ見つけることは絶対に無理だっただろうな……。おじさんが一緒に来てくれて本当に良かった。
「お嬢ちゃん。こっちだよ」
「エイミーです」
「ん?」
おじさんは首を傾げて不思議そうに私の顔を見つめる。
会話の繋がりが無いからこんな表情をしているのかな?
「私の名前です」
「ああ、そういうことね。いきなり言うものだから驚いちゃったよ。ははは」
頭をポリポリと掻きながら笑うおじさんと同じように私も笑う。これからお母さまを助けに行くのに何だかな……。
「よし。早くエイミーちゃんのお母さんを助けに行こうか」
「はいです」
階段を降りて行くにつれてお母さまの気配が強まっていくのが分かる。
この先を進んで行けば絶対にお母さまがいる。待ってて、お母さま。絶対に助けますです。