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エイミーとアイリーⅡ

 

 お姉さまはあれから大人しくなった。人間の事には何も触れずに日々長となるべく修業を続けていた。

 お父さまの言う通りもう大丈夫なのだろうかとじっと思っていたけど、気付けばもう祭事の日。

 今年も多分、『裁き』はないと思うし平和な一年を送れると思う。そうしたらお姉さまにまた修業をつけてもらおう。


『エイミー。日没と同時に結界を解除するからくれぐれもそれまでには家にいるように』


 ってお姉さまは言っていたけどそれまでどうしようかな。

 皆それぞれ忙しそうだからまた修業をしに行こう。日々の鍛錬は重要ってお姉さまも重要だって言っていたし。


「――!」


 振り返ってみても誰もいない。なんだろう今、視線を感じたような気がしたけど。でも今ここには誰もいないし……。

 気のせいかな。それよりも早くいつもの場所に行こう。

 家を出ると村の人たちが穏やかな表情で歩いている。毎年こんな感じだから仕方がないか。何人かは目がトロンとしているけど、それ以外は変わらないな。

 村の奥にある森の中に私の修行場がある。そこで私の能力を磨いている。お姉さまのようにまだうまく扱うことができないけど、それでも昔よりずっとましになった。

 実際私達の中には自分の能力をまともに扱うことができない人たちもいる。皆、それなりの訓練を積んでようやく扱うことができるのだ。

 でも私と同じ年の子達は皆、私よりも早く能力を扱えた。私だけ取り残されて、それで虐められたこともあった。

 あの時、お姉さまがいたから私はこうして自分の能力を磨いている。お姉さまがいなかったら私は弱いままだった。身体も心も……。

 

「脇が甘いわ」

「――!」


 声がしたので振り返るといつの間にかお姉さまがいた。木にもたれかかって腕を組んで後ろに立っていた。

 私はお姉さまの前まで行って言う。

 

「お姉さま。どうしたのですか?」

「久々にあたなの修行でも付き合おうと思って」


 お姉さまは微笑んで、私の頭を軽く撫でてくれた。お姉さまの手は今も昔も変わらない。私をお姉さまの温もりで包み込んでくれる。

 お姉さまの手が私の頭から離れた。今から修業をつけてやるってことだ。

 私はお姉さまから離れて距離を取る。数メートル離れれば良いだろう。


「はっ」


 私の能力でお姉さまにかかる重力が二倍になったはずだ。

 でもお姉さまは平然とその場に立っている。……関係ない。

 これを機に私は地面を蹴ってお姉さまに接近する。


「やっ」


 私が放った拳はお姉さまが右腕で受け流してしまった。でも大丈夫。

 膝を狙った蹴りがお姉さまに当たる。よし。


「っ!」


 もう集まって来た(・・・・・・)。一旦お姉さまからは距離を取った方が良いかもしれない。

 今回はどんな動物達を支配(・・)したかは分からないが、お姉さまの表情からかなり期待できるものだと思われる。

 木々が揺れ、その隙間から毛に覆われた身体を覗かせた。大きい……! 見るからに二メートルは超える巨体だ。

 こんな大きい動物なんてあれしかいない。


「今回の相手は熊よ」

「……」


 お姉さまが微笑みながら横に熊を従える。今、この熊はお姉さまの能力『支配』によってお姉さまの言うことだけを聞く。それを分かっていても、熊と戦うなんて……。

 

「ポーカーフェイスを忘れているわよ」

「あ……」


 前もお父さまに言われたのに不安になると忘れてしまう。落ちつけ私。

 あれだけ修業を積んだんだ。熊にだって勝てるはずだ。


「やっ!」


 熊に対して重力をかける。良し、熊の足元がふら付いている。

 このチャンスに私は熊の足元を狙って刈り蹴りをする。

 

「いいわ」


 物凄い音をたてて熊が地面に倒れる。もう一発いきたいところだけど、私の強さでは熊を気絶させることはできない。

 やっぱりこのまま重力をかけて、押しつぶすしかない。


「はぁぁぁぁ!!」


 重力を熊に対してさらにかける。熊は苦しそうだが、三倍の重力が掛かっているから動くこともできないはずだ。

 でも、このまま掛け続けたら熊が死んでしまう。こんな私の修行のためだけに殺すなんてできない……。


「うがぁぁぁぁ!!」

「あ……っ!」


 い、いけない。無意識の内に重力を解いてしまった。

 熊が自由になっちゃった。もう一回重力をかけないと……!


「あ、あれ? 能力が……」


 うまくかからない。ど、どうして?

 このままじゃ、熊にやられる――!


「……去りなさい」


 お姉さまが熊に命令したから、私達の前から去っていく。あの熊、私の修行のためだけに支配されて……何だか申し訳ない。


「エイミー。あなたは優しすぎる。優しいのは良いけど、戦いの中では時に非情にならなければいけないわ」

「で、でも!」

「言い訳はいらない。戦いの中であなたには死んで欲しくないから言っているのよ」

「……」


 お姉さまの目を見れば分かる。本当に私を心配しているからこそ、こうやって言うんだ。確かに戦いの中で優しさはいらない。それは分かっているけど……ただ非情になるなんて私にはできない。


「エイミー。あなたも一度人間界を見れば分かるはずよ。人間達がどんなに汚れているかを」

「お姉さまは人間が嫌いですか?」

「……エイミーは人間が嫌いではないの?」


 お姉さまは私の憧れ。尊敬している人。

 だけど私はお姉さまが言うように人間がそこまで愚かだと思えない。私の性格もあるだろうけど、実際話し合えば分かりあえるかもしれない。

 

「その顔……。私と違う考え?」

「……分からないです。私にはまだ分からないです」

「そう。私はまた村をまわるから。まだ修業を続けても良いけど、『祭事』までには帰ってくるように」

「はいです」


 お姉さまの後ろ姿を見えなくなるまで見続けた。お姉さまは異常なまでの人間嫌いだ。

一体お姉さまは人間界で何を見たのだろうか? 

 私もいつか人間界を見れば分かるかもしれない……。

 まだ太陽が照りつける昼下がりの中、私は修業を再開した。







 日が傾きかけたので私は修業を止めて、家に帰って来た。家ではお父さまもお母さま、そしてお姉さまももちろんいた。

 もう後少し『祭事』が始まるとあってか、家の中は静まりかえっている。

『祭事』を行うために村の結界が外れる。村を隠すために張られていた結界が外れたことによって人間界の大気が村に流れ込んでくる。

 人間界の大気は人間達の願いと欲望に紛れていて、この流れ込んでくる瞬間だけは私達の力が一瞬落ちる。


「うっ、うぅぅ……」


 お父さまが突然、うめき声を上げてその場に倒れる。お母さまも同じように倒れてしまった。

 一体どうしたのだろうか? まだ『祭事』は始まっていないのに……。


「あれ、お姉さまがいない?」


 先ほどまでここにいたはずなのに何でいないのだろうか?

 一体どこに行ってしまったのだろうか?


「お父さま。お母さま。一体どうしたのですか?」


 返事がないから気絶しているみたいだ。

 でもなんでいなきなり気絶してしまったのだろか?

 それにお姉さまはいないし、『祭事』なのにどこに行ったのだろうか?

 とりあえず外に出て確認しよう。村の人達はもう外にいるはずだから。

 外に出ても村は死んだように静まり返っている。もう『祭事』なのになんで皆家から出てこない。今年の『祭事』はこんな風だと予定していたのだろうか?

 怖いほど静寂に包まれた村の中に私は一人でただ立ちすくんでいる。


「なぜ利いてないの?」

「――お、お姉さま!?」


 お姉さまは今まで見たことない様な冷たい目をして数メートル離れた所に立っている。

 まるでここに私が一人で立っていることについて、不思議に思っているようだ。私だってお姉さまがなんでそんな冷たい目をしているか、分からない。

 いきなり村中のドアが開いてそこから村の皆が出て来た。やっと『祭事』が始まる。

 でも皆の目がトロンとしている。それはまるでお姉さまの『支配』の能力下にあった時の熊と同じようだ。

 村の皆はお姉さまの後ろにぞくぞくと集まっていく様子が不気味だ。

 お姉さまは一体何を……!?


「お姉さま。一体何をしているのです?」


 お姉さまは何も言わずに私に近づいてきた。何をするか分からないけど、近づいてくるまで私はお姉さまを待った。

 目の前に来たお姉さまは信じられないぐらい冷徹な雰囲気を纏っていて、昼間のお姉さまと同一人物と思えない。他人と言った方が納得できるぐらい違う。


「エイミー」


 お姉さまが私の頭を撫でる。

 けれど暖かさなど感じられない。これが私の尊敬するお姉さまの手だと信じられない。


「いやっ!」


 私はお姉さまから距離を取る。

 お姉さまの手が――いいえ、お姉さま自体が怖くて仕方がない。

 

「なんでこんなことをしたのですか!」

「『裁き』を与えるためよ」

「だからと言って村中の人達を『支配』したのですか?」

「そうよ」


 お姉さまの顔が黒い影に覆われて、表情が読み取れない。

 雰囲気で分かる。お姉さまは本気だ。

 本気で人間達に『裁き』をあたえるつもりなんだ。


「ど、どうして……」


 私は膝から力が抜けて、そのまま地面に両手をつく格好になった。

 お姉さまが右手を差し出して、私を立ち上がらせてくれようとしたが、その手を拒否した。


「……」

「……『裁き』を与えたいならあなたが一人でやればいいじゃないですか!」


 空から雨がポツポツ降り始める。まるで私の心を現しているようだ。


「私達は人間に裁きを与えるべき存在なの。人間が行き過ぎた事をしている今が私達の出番なの。でも私の力だけではダメなの」

「だからと言って皆を『支配』したのですか! そんなことのために!!」

「そんなことではない。この人たちは自分達の事ばかり考えていた。それが愚かなことだとも知らずに。でも私のおかげでこの人たちは本来の目的のために力を使うことができるのよ」


 お姉さまの言いたいことが私には理解できない。

 この人はなんでこんなにも歪んでいるのだろう。どうしてこんなにも人間に『裁き』を与えたがっているの。

 

「あなたは狂っています。私にはとても理解できません……」

「そう。……エイミー。あなたも連れて行きたいけど、これ以上は『支配』するのは無理みたい」

「……」

「私はもう行くから、これからは人間界で生きていきなさい」


 戦う意思など湧かない私を後ろ目にあの人は皆を引き連れて去って行ってしまった。

 一人だけとなった私の中にあるのは喪失感と悲しみだけだ。

 湧きあがってくる気持ちを抑える事が出来ない。


「うっああああ――――――――――――――――――――――ッ!!」


 冷たい雨が私を打ちつけようと構わない。気にしない。

 どうすれば良いかも分からない私はただ泣き叫ぶことしかできない。

 あの人が言っていたのは理解ができないが、多分正しいことなんだと思う。

 だからあの人を恨むのを――それ以前、あの人のことを思うと脳裏に過るのは優しかったころの姿ばかりだ。その姿を思い出すと余計にどうすれば良い分からなくなるのだ。


「あっああああああ――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


 すべてを失ってしまった。お父さま……お母さま……皆……。

 全部私の目の前から消えてしまった。

 そして優しかったお姉さままでもが消えた。


「うわぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


 降り続ける雨の中、私は泣き叫び続けた。

 涙と声が枯れるその時までずっと……。



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