エイミーとアイリーⅠ
私達は数百人単位で人間達を監視していた。それをすることが私達の使命だと、この世で最初の『妖精族』――祖が口にしたそうだからだ。
数を言えば絶対的に人間よりも少ないが、私達一人一人が人間にはない特別な力を持っている。その力は個人よって様々だが、私の家族はその力が村一番のものであった。
特に私のお姉さま――アイリーは村始まって以来の強力な力で、幼いころから村の期待を一身に背負って育てられた。
気高きライオンのように美しいお姉さまはプライドが高かくきつい性格に思われがちであったが、私にはいつも優しく接していてくれていた。
私が泣いているときだって頭を撫でていつも慰めてもらった。不思議と頭を撫でられると心が落ち着いた。私が泣きやんだ後、お姉さまはいつも私にこう言った。
『泣くぐらいなら笑え。笑っていれば神様があなたにきっと良いことが起きるようにしてくれる』
お姉さまは私の憧れだった。いつかお姉さまのように素晴らしい存在になりたい一心で日々修業を積んでいた。もちろん辛かったが、お姉さまが応援してくれていたおかげで頑張ることができた。
そんな私でも毎年行われる祭事を楽しみにしていた。その祭事とは近辺の村と合同で行うもので、『お告げ』と言われる祖と神様に人間の行動を報告し裁きを行うべきかどうかを聞くものである。
それだけではつまらないものに聞こえるのですが、実際『お告げ』はもはや形式上のものであり、それが終わると長とか関係なしに大人たちはお酒を飲んで騒いでと大盛り上がりだ。
祭事の時、村を囲っている特殊な結界が他の村の結界と結合するために外れる瞬間がある。その瞬間だけ私達の村が人間の目に見えるが、私達が住むこの場所はそうそう人間が立ち入れる場所ではないので見られる心配は無い。
「アイリー。お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
ちょっと修業で疲れたので家で休憩するために戻ってきたら、お父さま怒りが混じった声が部屋の中から聞こえてきた。お父さまのこのような声を聞くのは滅多にないことだった。
「分かっています。分かっているうえで言っているのです」
お姉さまが声を張り上げてお父さまの言葉に反論する。お姉さまの声から冷静さを失っているように思える。いつも冷静沈着のお姉さまがこんなに興奮しているのは可笑しい。
「そのようなことを言うと言うことは、私の許可なしに人間界に下りたということなのか。
分かっているのか? 人間と我々は違うのだ。我々はむやみに人間と接触してはならんのだ。それは我々の掟なのだ」
「許可などくれる気がないでしょうが……。父上もご存じでしょう彼らが創った物たちは動植物達を危険にさらして、壊し、今やこの世の支配者だと勘違いしていること」
お姉さまは掟を破って人里に下りたということ!?
あのお姉さまがお父さまにこんなことを言って……一体どうしたのだろうか?
「だから『裁き』を与えるべきだと言うのか? 祖のお言葉がない限りそのようなことはしない。これは我々の掟なのだ」
「掟に縛れていては防げるものも防げないと言っているのです。このままでは人間はますますつけ上がり、やがてすべてを滅ぼしてしまいます」
「……今お前が言ったことは聞かなかったことにする。だから今は私の前から姿を消せ」
「お父さまは今、目の前にある現実を否定すると言うのですか? そんなことが許され――――」
「黙れッ! 私は今すぐここを立ち去れと言って入れるのだ」
「――ッ! 失礼します」
私は慌てて家の横に隠れてたので、出てきたお姉さまに見つかるかと思っていたが、お姉さまは私に気付きもせずにどこに消えてしまった。
普段のお姉さまならば私が隠れていることを気配で感じ取って見抜くのに……よほどさっきの父上との話で怒っていたのかもしれない。
「エイミー。こんなところに隠れてどうしたの?」
背後から名前を呼ばれたので振り返る。
「お母さま――」
「なぁに?」
首を傾げてお母さまは私の言葉を待っている。
けど……。
「な、何でもないです」
「そうなの?」
お母さまは少し私のことを疑っている様子だが、のんびりとした性格のせいかすぐに気にせずに家の中に入っていた。
先ほどの屈託無い笑顔を浮かべるお母さまを見て、口から出かけた言葉を咄嗟にしまった。多分、お父さまはお母さまにさっきのお姉さまとの内容を話さないと思う。
私達『妖精族』は掟や規律に厳しい傾向にある。特に『裁き』の時以外で人間界に下りるなど絶対にダメだ。しかも次期長であるお姉さまが掟を破ったとなれば、里の中でお姉さまを処刑しろと言う声が上がる可能性が高い。
お父さまはそこまで考えて「……今お前が言ったことは聞かなかったことにする」と言ったと思う。だからお母さまに言うつもりは無いと思う。
「早く家に入らないの?」
家に私が入ってこないのでわざわざお母さまが呼びに来てくれた。家に入らないと怪しまれそうだから、早く入ろう。
ああ、お腹すいた。
「ごちそうさま。お母さまとても美味しかったです」
「毎日エイミーが修業を頑張っているから腕によりをかけて作った甲斐があったわ」
「お母さま……」
ニッコリと笑うお母さまはまるで天使のようだ。お母さまの周りは光が溢れていて、神様に祝福されているように思える。
「ごちそうさま……」
お姉さまは席を立つ。皿を見るとぜんぜん減っていない。お姉さま……まだ怒っているのかな?
お母さまはお姉さまの皿を見て、気付いたみたいだ。自分の部屋に戻ろうとするお姉さまを呼びとめる。
「アイリー。全然食べていないけどもういらないの?」
「あまり食欲がなくので……」
お姉さまの声はとても小さかった。それこそお母さまにギリギリ聞こえるぐらいの大きさだ。
そんなお姉さまの様子に気づきつつも無言を貫き通すお父さま。やっぱりさっきのお姉さまの言葉を忘れるつもりなのかな。
「そう」
「では、失礼します……」
お姉さまはそう言い残して自分の部屋へと帰ってしまった。お母さまが不安そうな顔をお父さまに話しかける。
「アイリー。体調が悪いかもしれないわ」
「心配か?」
「もちろんよ。アイリー最近遅くまで起きていたみたいのようだし……」
「……大丈夫だ」
お父さまは一旦食べるのを中断して、隣に座るお母さまの両肩を優しく掴む。不安になっているお母さまを落ち着かせるために掴んでいるみたい。
「あの子は大丈夫だ」
力強い言葉でもう一度言いなおすお父さま。その言葉にお母様も安心したのか、顔から不安の色が消えた。
不思議とお父さまの言葉を聞くと私までお姉さまは大丈夫のように思える。
お父さまが食べ終わると、お母さまは席から立ち上がって皆が食べ終わった皿を流し場に持って行った。部屋に残ったのは私とお父さまだけ。
お父さまとはあまり話さないから二人きりは苦手……。
「修業を毎日頑張っているそうだな」
いきなりお父さまが話しかけてきたので驚いてしまった。
すぐに気を取り直して答える。
「はい。お姉さまに少しでも近づきたいですから」
「そうか。お前も私の自慢の娘だ。期待している」
「ありがとうございますです!」
嬉しい。初めてお父さまに期待していると言われたと思う。
これからはもっと頑張らなくちゃ。
「……エイミー。私とアイリーとの話を聞いていたな」
「――!」
やっぱりお父さまは私が勝手に聞いていたのに気付いていたんだ。
ど、どうしよう。お父さまに怒られる。せっかく褒められたのに……!
「その顔からやはり聞いていたのか……。理解していると思うが、このことは他言無用だ。絶対に村の者にもセージにもだ」
「やっぱりお母さまにも話さないですか……」
「もちろんだ」
「……」
お父さまの事が考えていることは分かっているからこそこれ以上言う言葉が見つからない。
そろそろ私も自分の部屋に行こうと思い立ちあがった時、お父さまに呼び止められた。もう私に用は無いはずなのになんだろう?
「ポーカーフェイスを覚えることだな」
「は、はいです」
お父さまはこれ以上何も言わなかった。ということは私に用が無いと言うことだろう。
……もうクタクタ。早く自分の部屋で寝よう。明日も修業を頑張ろう……。