幼き面影
別に豪華でもなく質素でもないホテルに泊まることになった。
部屋割は当初、俺と上条が同じ部屋だったのだが、エイミーの反対により何故か俺とエイミーが一緒の部屋で寝ることになった。
まったく何を考えているんだ、エイミーの奴。
「音也さん。温泉に行きましょう!」
「そう言えばここは温泉があるらしいな。よし、行くか」
温泉に向かっている途中に上条のことを思い出した。ここで誘わないのは悪いか。
「エイミーは先に行っといてくれ。俺は上条を誘ってみるから」
「分かりました」
よほど温泉が楽しみなのか、駆け足で温泉に向かうエイミーの後姿を見届けた後で上条の止まっている部屋へと向かう。
上条の部屋の前につくと、あの店で見かけた百九十センチはあるサングラスの掛けた大男が部屋の前で立っていた。あいつが上条の知り合いには見えない。もしかしたら敵かもしれない。
「その部屋の人に用ですか?」
「!」
大男が俺の声を聞いて驚く。野球帽の少年はいないようだな。このホテルに泊まっているなら、部屋で待っているかもしれない。
「……」
大男は無言で部屋の前から立ち去る。よく分からないが、ただ立っていただけかもしれない。
「まあ、上条に伝えれば良いか」
上条の部屋のドアをノックすると、すぐにドアが開いた。上条は若干眠そうな顔だがまだ起きている分には大丈夫そうだ。
先に温泉よりもあの大男について言っておいた方がいいかもしれない。
「さっき、部屋の前で背の高くてサングラスを掛けた男が立っていたけど」
「……そうか。まあ、気にしなくても良いだろ。で、本当の用はなんだ?」
「ここ温泉あるみたいだから一緒に入りに行かないか?」
「温泉か……」
口元に手を当てて少し考えたのち、上条が首を振った。
「俺のことを気にせず、ゆっくり入ってこい」
「分かった」
「くれぐれも女湯を覗くなよ」
「誰が覗くか!」
部屋を出て俺は温泉へと向かう。実はと言うと俺もちょっと楽しみにしている。
なにせ温泉なんて久しぶりだ。今までそんな寄る時間も無かったし、金も無かったからな。
「きゃ!」
きゃってあれ?
見てみると女の子が俺にぶつかって尻もちをついていた。
ついついもの思いにふけていたら気がつかなかった。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「ええ」
女の子の顔と合うと驚いた。
パッチリとした目に高い鼻筋と丁度良いくらいの膨らみを持つ頬。それに肩まで伸びたつやのある髪。
それはまるで……もう一年は顔を合わせていない幼馴染そのものだ。
「……桜なのか?」
「何言ってんのよ、あんた。あたしは桜じゃなくて紅葉って言う名前よ」
紅葉と名乗る少女がムスッとした顔で立ち上がり、俺の目の前に立つ。可愛い顔と裏腹に性格はきついようだ。
圧倒された俺は思わず後ずさりをしてしまった。
「ご、ごめん……」
頭を下げて、思う。やっぱり違うよな。桜がこんな所にいるわけないよな。
「分かればいいのよ、分かれば」
そう言い残して、俺の前から立ち去った。
なんか短気な子だな。顔だけ桜に似ているだけか。
「温泉に行くか」
温泉がある大浴場は一階。ここは三階だからエレベーターを使って下に降りるか。
さて、ここの温泉はどうなのかな?
〆
「あ~。いいお湯だった」
「そうですね~」
温泉から出た俺とエイミーの意見は同じだった。温くもないし熱くもない温度に広さ、申し分ないものだった。これは明日の朝も入るべきだな。
「部屋に戻るか、エイミー」
「はいです」
俺達は部屋に戻る為にエレベーターに乗り込む。エレベーターが三階に着くと、俺達は降りて自分たちの部屋に向かう。
部屋の前に着くとそこにサングラスを掛けた大男が立っていた。
次は俺らの部屋に立っているなんて不気味だ。上条は気にしなくても良いと言っていたがどうやらそう言う訳にもいかないようだ。
「何の用だ」
「……」
無言のままこちらを向く。廊下は誰もいないが、他の部屋にはお客がいるだろう。それに下の階や上の階にもいるから戦うことになったら分が悪い。
「この人……なんか怖いです」
エイミーは俺の後ろに隠れる。背中からエイミーが震えているのが伝わってくる。
エイミーが怖いということは『強化人間』なのだろうか?
「……」
大男がサングラスを外す。そこから現れた黒ずんだ両目が俺を捉える。
「!」
か、身体が動かない……。
なんでだ。これが奴の能力だと言うのか?
「お、音也さん……ッ!」
エイミーも同じように身体の自由を奪われたみたいだ。その証拠に身体の震えが止まっている。
大男の背後から野球帽を深く被った少年が現れる。野球帽を深く被っているせいで表情が読み取れない。
何を考えているんだこいつらは?
少年が大男の背中を叩いて首を横に振る。
すると大男は再びサングラスを掛けて俺達の前から立ち去った。
俺とエイミーが自由になれたは大男が完全に姿を消してからだった。
「はあはあ……。な、なんだったんだあいつら?」
「……」
「エイミー?」
「は、はいです」
「聞いていたか?」
エイミーは首を横に振って否定する。
一体エイミーもどうしたんだ?
「おいどうした二人とも」
「上条。それが今、サングラスを掛けた大男に襲われたんだよ」
「お前がさっき言っていた奴か……。分かった。今日はもう寝ろ。明日、すぐに組織に向かうからな」
「分かった」
「エイミーも良いな?」
「はいです」
俺とエイミーは自分の部屋に戻り、すぐにそのまま眠りの淵に着いたのであった。