味方か敵か
「エイミー! マスター!」
二人の名前を呼んでみるが返事がない。
俺は、それでも二人の名間を呼びながら街中を走り続ける。
しかし二人どころか人一人いない。だんだん気味が悪くなってきた。
『近々この街から人が消える。私の『千里眼』が間違っていないなら』
マスターの言葉が俺の脳内を駆け巡る。『千里眼』と言うのは、ひょっとしたらマスターの能力なのかもしれない。
だとしたらその能力は、未来を予測する力? あれは予言だと言うのか?
街の大通りに出るが、車が一台も走っていない。可笑しい。今の時間は、午前十一時。この時間ならば車も走っているはずなのに走っていない。
もう本当にこの街は誰もいないのか?
絶望が胸を締め付けてくる。胸の底から湧きあがる自分の無力さ。打ちひしがれながら、俺がその場に膝をつくと誰かが近づいてくるのに気付いた。
どうせ上条かと思い顔を上げると違った。常連客のロングヘアーが印象的な主婦だった。
「どうしたの?」
「……」
俺は嬉しかった。初めて上条以外の人に会えたことが。
自然と涙が出てくるのが分かった。
「あら、あなたはロキで働いている男の子じゃないの。エイミーちゃんは元気にしている?」
「……一体……一体どうなっているんですか!?」
行き場のない疑問をこの人にぶつける。
もちろん俺の突然の変わりようにこの人は、驚いて目を丸くした。
それでも俺は、湧きあがってくる疑問をぶつけ続ける。
「この街は何なんですか? あの銀縁眼鏡の男は何者なんだ? どうして人がいないんだ? エイミーもマスターも何処に消えたんだ? 分からない……俺にはもう何が何だか分からない……!」
「……」
その人は黙って、俺が勝手に吐きだした言葉を聞いてくれた。
そして俺がそのまま泣き崩れるように地面に倒れ込むと優しく抱きしめてくれた。
とても暖かくて、気持ち良くて、まるで母さんが抱きしめてくれているように思えた。
「あなたも私と一緒なのね」
「え?」
「私も逃げて来たのよ。昨日から胸騒ぎをしていたからある場所に隠れていたのよ。
朝になってみたら、この街の静けさ。きっと反政府組織がやったに違いないわ」
女性の身体が怒りからか震えていた。女性の気持ちが痛いほど分かる。
きっと自分の無力さを呪っているのだろう。俺と同じように。
「奴らは鬼よ。この平和な国を脅かす元凶……!」
「……」
「たびたび政府の主要施設を襲って……そして、私の夫だって奴らに……」
「――――!」
この人は、俺と同じだ。
俺と同じように大切な人を他人の手によって殺されたんだ。
女性の熱い涙が俺にも触れる。
なんで、なんで世の中はこんなにも悲しみに満ち溢れているんだ?
どうしてこんな理不尽なことばかりなんだ?
やはり神様なんてこの世にいるわけない。
「ねぇ、一緒にここから逃げましょうか?」
「……え?」
女性のいきなりの言葉に驚いた。女性の雰囲気に俺が包まれるのが分かる。
確かにこのまま逃げるのもいいかもしれない。
この人なら母さんの代わりになるかもしれない……。
『俺の名前はフェビアン・エドガー・エンフィールド。俺を恨むなら恨め。殺したければ殺しに来い。『ラグナロクの鍵』があるところに現れるッ!!』
そうだ! 俺に逃げるなんて選択肢は無いんだ。たとえエイミーがいなくたって俺は、『ラグナロクの鍵』を探し出さなければいけない。
それを見つけることができれば、自ずとフェビアンの奴が俺の元に現れる。
忘れるな! 俺の一番の目的は、奴を……フェビアン・エドガー・エンフィールドを殺すことなんだ!
「すいません。俺、あなたとは一緒に逃げることはできません」
「そう。……なんて言う訳ないじゃないのぉ!」
「――――!?」
女性の雰囲気が変わった。先ほどまでの優しい雰囲気など微塵にも感じられず、今の女性からは、サングラスの男に似た雰囲気を感じる。
そう、あの人殺しの雰囲気を……。
「離れろ、西城ッ!!」
「なぁ!?」
背後からの声に反応して、女性を突き飛ばして俺は距離を取る。俺が離れると同時に背後から銃声が響いた。放たれた弾丸は、女性の足元のコンクリートを抉った。
「やれやれやっと見つけたぞ。浦波霧世」
「……あんた誰よ? この街の人間は、全員研究所に送ったはずよ。手違いでその子一人だけ忘れていたけど」
女性は、立ち上がり服に付いた埃を払う。本当にこの人は、先ほどと同一人なのだろうか? そんな風には全く見えない。
上条が一歩前に出て、一度俺を見てから、再び女性を見る。
「確かに。おかげで俺は、お前をこうしてあぶり出せてありがたいけどな」
「……ちっ。まあ、あんただけなら私だけで何とかなるわ」
二人の会話についていけない俺。
一体何がどうなっているんだ? 上条が味方で、女性が敵と言うことなのか。
じゃあ、なんだ。俺は、上条にまんまと騙されていたということなのか?
「西城。下がってろ。お前にも用があるが、先にこいつをどうにかしなければいけないからな」
「あ、ああ」
『簡易ナノマシン』を持たない今の俺は厄介者だ。エイミーから貰っておけば良かった……。
上条の拳銃から弾丸が女性に向かって放たれる。空気を切り裂きながら、一瞬で女性に到達した。
しかし弾丸は、女性の目の前で何かに阻まれて落ちてしまった。
「ただの人間が私のような『強化人間』を倒せると思わないことね」
「……」
それを見た上条の表情は、思わしくない。
どうやら予想外の出来事に混乱しているみたいだ。
「人間。あなた達は殺してあげるわ。想像を絶するほど惨たらしくね」
緊張感からか、肌が妙にピリピリして気になる。まだこの雰囲気に俺は、慣れていないということなのか?
いや、『簡易ナノマシン』があれば俺だって戦える。
そうしたらこんな雰囲気ぐらい平気のはずだ。
「……!」
上条のメガネが突然割れる。そこから本来の顔が姿を現した。
なんの唐突もなく割れるなんて……これもあの浦波霧世の能力なのか?
「ふっふふふ」
高密度に押し固められた空気が浦波霧世の前で徐々に大きくなる。やがてそれは、バスケットボールほどの大きさに膨れ上がった。
あの大きさを喰らうと、俺の身体なんて持つわけない。本当に俺たちを研究所送りにする気なんてあるのかよ?
「喰らいなさいッ!!」
上条目掛けて、真っ直ぐに放たれる。
だが、真っ直ぐすぎるのであっさりと避けれると思ったが、あろうことか上条の目の前で止まった。
「ま、まずい……!」
俺の言葉と同時に空気の塊がその場で破裂する。空気がアスファルト抉り、細かく刻み、塵とする。もちろん上条も俺も風の刃によって、身体中を刃物で切り刻まれるような感覚に陥る。
終わることのない風の牢獄。俺達は、このまま風の刃によって塵と化してしまうのだろうか?
「うぐがぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――――ッ!?」
「上条ッ!!」
上条が下半身から徐々に削られて、そして髪の毛の先まですべてが塵と化した。
俺の視界を真っ赤に染め上げたそれ。手で拭うとそれは、上条の血であった。まだ暖かいのは、それがつい先ほどまで体内に廻っていたことを感じさせる。
「う、うわぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――――ッ!!」
あまりの出来事に俺の精神は、もはや折れる寸前だ。あの女は、俺達なんか生かす気なんてこれぽっちも無い。
次が俺かと思うと、恐怖以上の感情が心の底から沸々と湧き上がってくる。
「お願いだ! 助けてくれ! 死にたくなんかないんだよぉ!!」
「……そうね。選ばせてあげましょうか」
甘ったるい声が今の俺には、女神様のような声に聞こえて仕方がない。敵の浦波霧世が女神様に思えるんだからそれほど俺は追い込まれているのだ。
「本当に?」
「ええ。今ここで風の刃によって塵と化すか、それとも被検体となって死と同等の苦痛を生きている限り受けるか。どちらがいいかしら?」
「……!」
どちらを選んでも同じじゃないか。それが死か生の違いだけだ。
はっははは。絶望のあまり言葉も出ない。生きている限り死と同等の苦痛を受けるぐらいなら、ここで死んだ方がましだろう。
なら、もう死を受け入れるしか……。
「アホ。人を勝手に殺すんじゃねぇよ」
「……え?」
塵どんどん形を創っていき、それが再び上条となった。
すべてがメガネ以外すべてが元通りで何が何だか良く分からない。
「消えろ」
上条の一言で、俺達を囲んでいた風がすべて消え失せる。再び女を視界に捉えると顔が真っ青となっていた。
まるで自分の能力が破られたのが信じられないみたいだ。
「さすがに西城には利くだろうが、俺には利くわけないだろ。幻覚ごとき」
「う、嘘よッ! 私の能力ただの人間に敗れるわけないわッ!!」
女は、明らかに動揺していた。先ほどまでの落ち着いた様子など微塵も感じない。
どうもこんな様子を見ると恐怖心など微塵にも湧きあがってこない。
「悪いな。俺は幻覚を見れるほどの余裕なんてないんだよ」
「黙れ黙れ黙れ黙れッ! 私は、人間よりも高等な存在である『強化人間』。貴様のような人間が私の上をいくなど信じてなるものかッ!!」
冷静さを失った浦波霧世が、上条に殴りかかろうと発狂しながら走る。
上条にその攻撃が届く前に銃声が鳴り響く。横を見ると上条が銃を構えていた。
頭の中心を打ち抜かれた女は、そのまま地面に倒れた。
上条は、近寄って浦波霧世が死んでいることを確認すると、ポケットから黒色の携帯を取り出し、どこかに連絡をし始めた。
ほんの一分ほどで話を終えた上条は、女に見向きもせず来た道を引き返す。俺もそのあとをついて行く。
その途中ずっと気になっていることを訊くことにする。
「おい。この街の人とかエイミーは、無事なのか?」
「安心しろ。仲間が研究所に行く前に阻止したと連絡があったからな」
「そうか。良かった」
思わず安堵のため息を漏らす。そう言えば大分疲れたな。喫茶店に戻ったら、もう一度寝ようかな。
温かい飯をエイミーと一緒に食ってから、また旅に出ようかな。
それと上条とその仲間とやらにもお礼を言わなくちゃな。
目が覚めるともう朝だった。小鳥の囀りがどこからか聞こえてくるほど平和な一日の始まりだ。
布団から立ち上がり、部屋を見渡すと机の上に一枚の紙が置かれていた。紙を手に取ると見たこともない字で『下に降りてこい』とだけ書かれている。大方上条が書いたのだろうが……それにしても汚い字だ。
「……まあ、いいか」
自然に出る欠伸を我慢しつつ着替える。下に降りると、上条とエイミーとマスターがイスに座って、俺を待っていた。
三人の目つきはいつにもなく真剣で――マスターは、サングラスを掛けているが――部屋の雰囲気が重い。申し訳なく思いつつ、エイミーの横に座る。
「何の用だよ?」
「お前ら次に向かう場所は決めているのか?」
「いや、何にも決まっていないけど」
横でエイミーも同じように頷いて答えた。
俺達がそう答えると、上条がマスターに何かを確認するかのように頷いて再び俺達に視線を戻した。
そう言えばこの二人は昔からの知り合いみたいだけど、どんな関係なんだろうか?
「なら、俺と一緒に来ないか?」
「――!」
一瞬言葉を失ったが、すぐにどうするか決めるためにエイミーと顔を見合わせる。
エイミーの表情は複雑だった。俺らは、上条とその仲間達に助けられた借りがある。その借りを返す義理もあるが、俺らとしては『ラグナロクの鍵』を見つけると言うのが一番の目標だ。
金も溜まった今は、自分たちで探す方が良いだろうとさっきまで考えていたが……。
「西城。お前ら『ラグナロクの鍵』を探しているんだろ?」
「なんで知っているんだ!?」
『ラグナロクの鍵』を探していることは、エイミーしか知らないはずなのになんで上条が知っているんだ。
上条は『強化人間』なのか?
「すまんが私の能力、『千里眼』で視させてもらった」
「マスター。その『千里眼』ってどう言った能力なんですか? てっきり予知の類だと思っていましたけど、そうじゃないみたいですよね?」
「……」
マスターが顔を俯かせ、俺から視線を外した。やっぱり『千里眼』については教えてくれないのか?
マスターの横で黙っていた上条がマスターに説得するかのように、俺に聞こえないぐらい小さな声で話し始めた。
上条が話し終えると、マスターが俯かせた顔を上げて、重い口を開いた。
「私の能力は、私が触れた者の『過去と未来』を視ることができるものだ」
「でも、マスターはこの街から人が消えるって知っていましたよね? やっぱり予知の類じゃないんですか?」
「違う」
マスターがそう言い切った。その横で上条も同じよう頷いていた。
でもなんでこの街から人が消えることを知っていたんだ? マスターは、浦波霧世に触れていないのに……。
「俺が教えたんだよ、西城」
「ああ、そうか。だからマスターも知っていたのか」
納得だ。さてと、本来の話に戻るか。
上条について行くかどうか……正直俺は迷っている。このまま旅を続けても良いが、一行に手掛かりがつかめない。なら上条について行った方がまだ手掛かりをつかめるんじゃないだろうか。
でも上条について行くということは、何かしらのリスクがある。それを考えると……。
「俺達はこの国を守る為に戦っている。もちろん『妖精族』も守るためにもだ」
「だとさエイミー。どうする?」
俺は、エイミーに回答を委ねる。
エイミーは、考えた末に導きだした答えは……俺に答えを委ねるだった。
さてどうする? このままじゃ、一向に決まらないぞ。
「組織に……伝承に詳しい奴がいる。もしかしたら『ラグナロクの鍵』のことも知っている可能性がある」
「本当なのかそれは!?」
上条が頷いた。
まじかよ。ってかそれを先に言えよ。
だったらもう行くしかないだろ。
「エイミー。いいか?」
「音也さんが行きたいなら、ついて行くだけです」
「決まりだな」
上条が満足そうに頷いて、イスから立ち上がる。
俺とエイミーも同じタイミングで席を立つ。ただマスターだけがイスに座っている。
俺は、マスターに身体を向ける。エイミーも俺の横に同じように立つ。
「なんだ?」
マスターの態度は相変わらずだ。人を寄せ付けない感じを周りに放っている。
しかしそんなことはもう分かっている。だって一週間もお世話になっていたらいい加減になれるもんだ。
「お世話になりましたマスター」
頭を深々と下げる。エイミーも同じように頭を下げる。
マスターは、何も言わずに席を立って俺らの前から立ち去る。
あれ、なんで? マスターもしかして俺らのこと無視するのか? それはちょっと酷くないかよ。
「ほら」
「え?」
マスターから封筒を手渡される。なんだこれ?
マスターに許可を貰ってから中身を確認すると、三万円が入っていた。
ああ、そう言えば忘れていた。ちゃんと用意していてくれたんだ。
「ありがとうございます!」
もう一度俺は頭を下げる。
「行くぞ、西城にエイミー」
「お、おう」
俺とエイミーは、西城の車に乗る為に喫茶店・ロキを出る。
たった一週間だったけど、俺はここを絶対に忘れないだろう。
そう、絶対に……。