プロローグ
忘れもしないあの日。
その日は、辺りが完全に闇と化していた。
闇の中で雨が激しく降り、その度にアスファルトを打つ音が僕の耳に届いていた。
雷鳴が轟く。僕はその瞬間、奴の笑みを目撃する
奴は口元を三日月のように吊り上げ、僕を見て哂っていた。
あざ笑うかのよう? 違う。何か期待しているような笑みだ。
もちろん僕には何を期待しているかなんて分からなかった。
再び雷鳴が轟いた。その時には笑みを浮かべていなかった。
代わりに冷ややかな目で僕を見つめていた。
そしてそんな冷ややかな視線を送りながら奴は口を開いた。
「俺の名前はフェビアン・エドガー・エンフィールド。俺を恨むなら恨め。殺したければ殺しに来い。『ラグナロクの鍵』があるところに現れるッ!!」
奴は高らかに叫んだ。まるで魔王のように叫んだのだ。
僕は頷きもせず、それに決して抗えない恐怖を覚えた。
僕は、奴が何をする気かまだ分からなかった。
しかし奴は何も僕にせず、鼻を鳴らしてから部屋から去っていった。
その後すぐに玄関の扉が閉まる音がした。奴は出て行ったのだ。
そして僕は生き残ったのだ。勝ち? いや、殺す価値にも値しないということかもしれない。
しかしそれは僕の見当違いもほどほどだった。
雷鳴が轟いた瞬間、奴が立っていた足もとに僕の両親が倒れていた。
「父……さん? 母……さん?」
呼んでも返事がない。
雷鳴が再び轟く。また轟く。
その度に父さんと母さんの姿が闇に浮かぶ。
「あ…あ…うあああ―――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
父さんは心臓が外に飛び出していて動いていなかった。
母さんは首から股にかけて切られていて腸が外に飛び出ていた。
二人ともまるで僕に見せて、一番絶望するような殺され方をされていた。
「うっ! うげぇ!?」
僕は夕食で食べたご飯やみそ汁それにハンバーグをミックス状で吐いた。
吐きに吐きまくった。
そうしたら胃液が喉まで上がってきたような感覚に陥った。
そうなるまで吐き続けたのだ。
あまりの辛さに死んでやろうと思った。
しかし出来なかった。奴は僕に両親の敵討ちを出来る機会を与えてくれたからだ。
そう奴が僕を殺さなかった理由は、僕に敵を復讐鬼とさせる事だったのだ。
乗ってやろう。奴の考えに乗ってやる。
奴をこの手で殺し両親の敵をとってやる。
幸いのことに奴は自分が現れるところまで言って去った。
僕はそこを目指せばいい。そして奴をそこで殺せばいい。
これが僕の人生という名のシナリオの終幕に相応しい。
「はっはは……。殺してやるよ……お前をなッ!!」
雷が庭の木に落ちた。
僕にはそれが劇の始まりの合図であり死神の声に聞こえた。
その後の警察の調べによって僕の両親の死因が分かった。
『ナノマシン』により構成された刃物か何かでやられ、その際の出血が多量だった事が死因と言っていた。
何故凶器が断定出来たのかというと、何でも血液中に微量の『ナノ粒子』が発見されたらしい。
『ナノマシン』……。それが奴の使う力。
僕は『ナノマシン』という言葉を胸に刻み、両親を埋葬した後すぐに旅の支度をした。
復讐という名の旅の準備を――――。