第8話 転生じゃない、だけど確かに変わった今日という日
会社の帰り道、俺は再び“エンチャントジム”の門を叩いた。
「ええい!頼もう!」――正確には、入り口横のスタッフ呼び出しボタンをポチッと押しただけなのだが。
今度はすぐに反応が返ってきた。
「はーいっ!」
あの声だ。
そして現れたのは――やはり可憐で、健康的な美女。
さっきまでトレーニングしていたのか、頬がほんのり紅潮していて……思わずドキッとする。
「あっ、朝の……」
どうやら俺のことを覚えてくれていたらしい。まあ、あんな出会い方だったしな……。
「今朝は本当に、ありがとうございました!」
深々と頭を下げる俺に、彼女は変わらぬ笑顔で応えてくれる。
「いえいえ、それより……今日はどうされました?」
――まただ。あの、ちょこんと首をかしげる仕草。
天然か? クセか? いや、どっちでもいい。可愛いは正義だ。
「実は……ダイエットをしようと思いまして!こちらのジムに入会しようかと!」
そう言った瞬間、彼女の瞳がキラッと輝いた。
「えっ……嬉しいっ!」
ぱあっと顔を輝かせ、胸の前で両手を合わせるその姿。
ちょっと天然っぽいところもあって、まるで彼女の周囲だけお花畑のエフェクトが出てるんじゃないかと錯覚する。
「よかったら……今日、入会の手続き、しちゃいますか?」
「もちろん、お願いします!」
彼女は受付の奥から申込書を取り出し、優しく手渡してくれた。
俺は背筋を伸ばし、気合を入れて記入を始める。
……が、ふと気になることが浮かび、ペンを止めた。
「このジムって……基本的に女性向けだったりします?」
彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐににこっと笑って首を振った。
「いえ、男性も大歓迎ですよ^^」
「そ、そうなんですね!よかったです!」
ホッとしたのも束の間――
「普段は女性のお客様が多いので……男性の方は、鍛えがいがあります♡」
キラリと輝く大きな瞳。
その奥に、鋭く妖しげな眼光を見た気がしたのは……気のせい、だと思いたい。
「それでは今日は時間も遅いので、後日カウンセリングを行いましょう。明日の夕方、ご都合いかがですか?」
そこは悲しき中年独身、スケジュールは見事に真っ白。
「大丈夫です!」
少し雑談を交わしたあと、俺は彼女に深く頭を下げてエンチャントジムをあとにした。
「やってやるぜ……俺のダイエット!」
今日一日色々ありすぎて、身体は疲れていたけど、不思議と心には小さな火が灯っていた。
異世界になんて転生してないはずなのに、
今日、確かに俺は“別の世界”への扉を開けた気がした。
そんな予感を胸に、俺は静かに目を閉じた。