第6話 公開処刑 ダメゼッタイ
社長が奥のデスクの前に立ち、軽く咳払いひとつ。
その音はまるで術式起動のトリガー。
瞬時に空間を支配し、全社員に沈黙のバッドステータスが付与される。
「皆さんもお忙しいと思うので、手短にお伝えします。」
社員一同、息を呑み、《破壊と創造の神》の神託を待つ。
「今期のわが社の売上は、かなり危険な水準に達しております。
ゆえに、人件費も含めた経費の削減を検討せざるを得ない状況です。」
微かに空気がざわつく。だが誰も声は出さない。
「自己管理のできぬ者。勤務態度の芳しくない者。
そのような者が、今後も現在のポジションや給与を保てるとは……思わないことです。」
「ハイ!!!!」
反射のように響いた一糸乱れぬ返事に、時空魔法により昭和へ転移したかのような錯覚に陥る。
もちろん、現代における労働基準法の加護下にある限り、即時の“存在消去”は困難なはずだ。
──常識的に考えれば、だが。
「ところで……」
《神》が、ゆっくりと視線を巡らせる。
その目が、なぜか俺を捉えた。
──まさか。
ツカ、ツカ、ツカ。
沈黙を切り裂いて近づいてくる《神》。
俺の祈りも虚しく、その御足は俺の横で止まった。
「八天くんは……君かね?」
「は、はいぃ……」
極限の恐怖に晒され、なぜか昔クリアしたギャルゲの一場面がフラッシュバックした。
“頑張ってる君に、特別なプレゼント♡”──あるわけがない。99%どころか、限りなくゼロ。
まさかこれが…走馬灯。
なんて考えてる暇はもちろんなく。
「八天くん。今日の出社時刻を、教えてくれないか?」
「……9時15分です。」
「会社の始業時刻を、知っているかね?」
「……9時です。」
緊張で喉がひりつき、足が棒のように固まる中、かすれた声を絞り出した。
蘇る過去の記憶。
小学校の帰りの会、みんなの前で“ごめんなさい”を言わされたあの日。
(……あれ、いじめの温床になるから廃止すべきだよな)
《神》の声が、ひときわ大きくなる。
「このように、だらしない体型で自己管理もできず、
今日も遅刻をした彼のようにはならないように。」
俺の時が、止まった。
「以上。」
その一言を最後に、《神》は立ち去った。
後に残されたのは、──罪を背負わされたスケープゴート。
みんなの視線が、俺に突き刺さる。
これは明らかにパワハラ。
会社という組織の指揮系統を無視した一方的な処刑。
法をも軽んじた蛮行だと言いたい──だが。
だらしない体型も、遅刻も、紛れもない事実。
悔しさと情けなさが胸を抉る。
昼飯を食う気にもなれず、午後の仕事もまったく手につかない。
俺の気分は、完全に深淵にまで沈んでいた。