第3話 人間の尊厳を賭けた運命の日
俺はジムの駐車場に車を滑り込ませると、ゾンビの如くよろよろとドアに向かう。
……急ぎたいのに急げない。
世が世なら全集中・尻の呼吸の使い手として柱の一席くらいは貰えていたのではないかという位に今の俺は肛門括約筋を大活躍させていたからだ。
「す、すいません……」
脂汗まみれの俺は、かすれる声でスタッフ呼び出しボタンを押す。
しかし返事は、ない。
やめろ……! その沈黙、今の俺には致命的すぎる……!
「す、すすすすすすすすすすすすすいませええぇぇぇん!!」
もはや“す”の連打。
ボタンにすがるようにして叫ぶ俺の姿は、もはや滑稽を通り越して、狂気の領域に達していた。
……だが、返事はない。
36年。影のように地味に、だけれど誠実に生きてきた人生の果てがこれなのか。
裏切られた男の心に闇が宿り、覚醒しそうになる。
「俺は人間をやめるぞ──ッジョ(ry!!」
その“最初のジョ”の音を空に響かせたとき、奥から足音が聞こえてきた。
ドアが開く。
「お待たせしました〜!」
現れたのは、ショートカットの若い女性だった。
白のゆるいTシャツ、黒レギンスにショートパンツ。
長い手足、透き通るような肌、大きな猫のような目──
どこか健康的で、どこか無防備で、そしてとびきり可愛い。
(え、天使?)
そう思ってしまうくらいの圧倒的登場感。
その胸元にぶらさがる名札には、こう書かれていた。
パーソナルトレーナー
みさき