第1話 異世界無双のあとに訪れるのは、いつだって憂鬱な現実だ
「闇夜を切り裂く雷の輝き、天空に響く轟音の調べ──
雷神の怒りを纏いし力よ。我が手に集え!」
俺は両手を天に掲げ、よどみなく詠唱を続けた。
すると即座に、上空に黒雲が集結。ド派手にグルグルと渦を巻き始める!
「ゴゴゴ……」と、まるで獣が唸るような重低音が空を震わせ、未曽有の災厄の訪れを予感させた。
「究極魔法──雷霆神咆ッ!!」
叫びとともに、両の腕を敵陣へと振り下ろす!
その瞬間、世界は真っ白に染まり、感覚器官をぶち破る轟音が一帯を包み込んだ。
地響きをともなって現れた巨大な光柱──
その一撃により、敵部隊のほとんどは“跡形もなく”消滅。
生き残った兵たちも戦意は完全に消失し、四方八方に大散開。
また勝ってしまったか…。
大魔術師として異世界に転生した俺ナナツキ・アマカゲ(七月・天影)は、この世界で無双の快進撃を続けていた。
丘の上で鳴りやまぬ喝采をクールに受け流しながら、俺は美しき囚われの姫に想いを馳せる。
俺の魔術で彼女を救い、国に平和をもたらし、民は笑顔、王は喜び、そして夜──
静かな寝室にはうら若き男女が二人。
そして二人は……
ピピピ! ピピピ! ピピピ!
「おいィ!? 今まさにクライマックスだったろがァ!!」
アラームの爆音で現実に引き戻された俺は、布団の中でゴロゴロと悶絶しながら、
クールとは程遠い罵詈雑言を吐く。
ノロノロと起き上がり、足元に散らかったコンビニ袋、空のペットボトル、読みかけのラノベを蹴散らしつつ、
ホコリまみれの姿見の前に立った。
そこにいたのは──
魔王軍を壊滅させた大魔導士でも、国を救った英雄でもなかった。
築30年・家賃4万円のくたびれたワンルームアパートに住む、36歳・独身・冴えないサラリーマン。
「はぁ……」
思わず、クソデカため息が漏れる。
今日も“我慢代”という名の給料をもらうため、俺は会社へ向かわねばならない。
ズボンに足を通し、ベルトを締めようとした、その瞬間──
「……え、入らん……?」
穴が……ない。いや、正確には“届かない”。
お腹周りが成長しすぎて、ベルトの穴は遥か彼方。
「……また買い替えかよ。くそっ、これで何本目だ……」
大学卒業の頃は、ギリ「スリム系男子」に属してたはずなんだ。
それが今や、レベルアップしたのは年とお腹周りだけ、完全なる“肥満系オッサン”にクラスチェンジ。
「これじゃ結婚どころか、彼女すらできねーよな……」
ズボンの上に鎮座する贅肉をつまんで、ぶるぶると揺らしてみる。
「やあ!」
……え、喋った!? まさか──
俺が脂肪に包まれて死に、スライムとして異世界に転生してチート進化する超展開!?
もしくは腹の贅肉に人格が宿り、知性を持って俺と対話を始める──ミギーならぬ“ハラー”的な懐かしストーリー!?
……あるわけない。脂肪は喋らない。
ただの願望であり、妄想だ。
そんな俺の名前は──
八天七伎。36歳。
中小企業に勤める、自称“普通”のサラリーマン。
ちなみにこの珍妙な名前は、両親が「七転び八起き」にあやかって名付けたらしい。
……けど冷静に考えると、「八転び七起き」になってて、転んだまま終わっとるやんけ。