2話「天使が作ったお弁当が、なぜか俺の口に入らなかった件」
「あっ、ほら陸、鳩が通せんぼしてるよ」
「えっ?」
――キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムが鳴る10分前。
昇降口から廊下に入る曲がり角、美来の声に陸はつい足を止めた。
「……いや、鳩が通せんぼってなんだよ」
「えへへ、だって、あそこ。見て、ほら」
指さした先には確かに、1羽の鳩が。
しかもすごく堂々とした態度で、校舎の真ん中に居座っている。
「お前、完全に自分の領土だと思ってんな……」
「ちょっと可愛くない?」
「いや、すごい睨んでくるんだけど」
二人並んでしゃがみ込んで鳩と対峙していたら、
ちょうど教頭先生が通りかかり、頭を抱えた。
「ああもう、またこの鳩……“校内最強の生物”って言われてるんですよ、この子……。塩田君、追い払ってくれませんかね? 男子ってこういうとき役に立つでしょ?」
「いや、なんで俺が……」
「頼みましたよ。朝のホームルームが始まるから急いでくださいね。」
教頭先生はさっさと職員室へと去っていく。
「……なんか、鳩のくせに俺より立場強くない?」
「うん、鳩の勝ちってかんじ。」
そんなこと言いながら、美来はくすくすと笑っていた。
――登校中、職務質問。
――登校後、鳩の威圧。
朝からついてない一日だった。
でも隣に笑ってる奴がいるだけで、まぁ……悪くもない。
「……しゃーねぇ。おーい、鳩、ちょっと通してくれ」
鳩は無視した。
ーー
「じゃーん、今日のお弁当は唐揚げ入りです!」
昼休み。
二人はいつもどおり、校舎の屋上に来ていた。
晴天。微風。
屋上のベンチに陣取ると、美来は得意げにお弁当箱のふたを開けた。
中には、小さなハート型の卵焼き。
星型のニンジンに、ブロッコリー。
そして、たしかに……黄金色に揚がった唐揚げが数個、詰まっていた。
「おお、うまそうだな」
「うん! 今日、ちょっと頑張った!」
「お前、朝いつもより15分遅れてたのそれか」
「バレてた?」
「うん。てか、目玉焼きのときに比べて気合いが違う」
「唐揚げは勝負ごはんだからね」
「勝負?」
美来は、にこにこしながらフォークを取り出した。
「うんっ。今日はね、絶対陸に、美来、料理うまいじゃん、って言ってもらいたかったんだ!」
「……なんでまた?」
「……ないしょ!」
なにが“ないしょ”なのか。
唐揚げにそんな意味を込めていたのか。
でもまぁ、これは…言うしかない。
「……美来。料理、うまいじゃん!」
「わっ、ほんとに言ってくれた!」
めちゃくちゃ嬉しそうな顔。
いやほんと、ちょっと犬みたいだな。
「じゃあ、はい、あーん」
「いや、それは自分で食うよ」
「えぇ~、いいじゃん、一口だけ~。はい、あーん♪」
「……お前なぁ」
周囲の風がやたらと静かに感じられる。
昼休みの屋上は基本誰もいないけど……でも、こういうのって、なんか……。
「ほら、唐揚げさん冷めちゃうよ?」
「……はいはい、わかったよ。……あーん」
「あーん♪」
唐揚げが、口に近づいてきて、そのときだった。
バン!
屋上のドアが開いた。
風圧でバッと弁当箱の上にのっていたラップが飛び、唐揚げが滑って――
「あっ、あああっ……!」
「落ちたーーーーっっ!!」
落ちた。完璧に。
からり、と音を立てて、屋上の床に落ちた黄金の唐揚げ。
それを見て、美来は唖然。
陸も、何とも言えない顔になる。
そして現れたのは…
「……ふっふっふ、陸の弁当、持ってきてあげたわよ!」
「……真白!」
現れたのは、塩田 真白。
陸の従妹、中学3年生。
昼休みにわざわざ隣町の中学から電車で来る強者である。
「陸ぅ~、今日の私のお弁当、食べてほしいな~って思って、はるばる来ましたっ☆」
「いや、学校どうした。今授業中だろお前のとこ」
「出席より恋を選んだ結果です!」
「問題発言すぎる」
美来は微妙な笑顔で、手をふきふきしながら立ち上がった。
「真白ちゃん、また来たんだね~。今日で今月……3回目?」
「うんうん、でも美来ちゃんこそ、また陸とお弁当……ふふふ、ラブラブすぎない?」
「そ、そうかな?」
美来が照れてもじもじすると、真白は「やばい」と呟いた。
「やばいわ。私の陸分が減る。お弁当の補給で補わないと……!」
「いや、勝手に“陸分”とか言うな」
そうして始まる、恒例・屋上お弁当戦争。
陸の弁当箱に、唐揚げ、卵焼き、ハート型おにぎり、プリン、ゼリー、何でもかんでも勝手に入れられ――
「おい! 俺の弁当箱が混沌の渦になってんだけど!!」
「陸、いっぱい食べてね!」
「栄養のバランスは完璧に計算済みです!」
「そもそも俺の口に入ってねぇんだが!!」
もはや陸の抗議もむなしく、天使と小悪魔は笑顔で食べさせ合っていた。
昼休みの終わり、美来と真白が一緒に屋上を後にし、陸だけが少しだけ残った。
風がすこしだけ冷たくて、青空がやたらまぶしい。
「……食えなかったな、唐揚げ」
でも、美来の笑顔は、きっちり記憶に焼きついてた。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに差し出してきた、あの瞬間、
「……ま、また明日だな」
ぽつりと呟いたその言葉に、風が少しだけ優しく吹いた。