2話「目つきが悪いせいで、また、職務質問された件について」
「……だから、俺は何もしてないって言ってんだろ」
朝7時20分。
駅前のパン屋の前で、塩田 陸は腕を組み、ため息をついていた。
その目の前で、
制服の警察官が2人。
しかもそのうちの1人が、見覚えありすぎる顔。
「ほう? じゃあ、なぜ朝っぱらから女子高生を尾行していた? …お兄ちゃん、許しませんよ?」
「いや、ただ隣に住んでるだけだって。毎日一緒に登校してるだけ」
「「だけ」で、毎日一緒に登校する理由にはならないでしょ。ふむ、そろそろGPSでもつけるべきか…」
陸はその場で頭を抱える。
「夜空さん、あなた職権乱用って言葉知ってる?」
「家族の安全を守るのが警察の義務だからな」
「じゃあもう……妹から離れろよ」
「いや、それは無理だ(即答)」
この男、夜空 優斗。
美来の兄にして、現在は実家の近くの警察署に勤めている。
もともとは県庁勤務だったエリート警官だが、「妹と距離があるとか死ぬ」と言って、辞表片手に上司を脅し、優秀だった為、仕方なく、地元へ戻ってきたという伝説を持つ。
しかもなぜか、陸にだけ異常な敵意を燃やしている。
「ふぅ……今日も無事、陸の身辺調査終了。」
「それ言っちゃってるよね!? 公私混同が過ぎるんだけど!?」
そのとき、
「おはよう、陸。あれ……お兄ちゃんまた?」
やわらかな声と共に現れたのは、制服姿の少女。
長い黒髪をふんわり結び、ほんのり甘い香りが風に乗って漂う。
夜空 美来。
この町の高校に通う、2年生。
通称「天使」。
理由は簡単で、ただそこに笑顔があるだけで、世界がちょっと優しくなる気がするからだ。
「お兄ちゃん……また陸に絡んだの?」
「誤解だ、美来。これはあくまで正当な警察の職務だ。犯罪の匂いがしたら、動く。それがプロというもの」
「……で、何の犯罪?」
「……妹に近づきすぎ罪」
「はいはい、もう行こ、陸」
美来が手を引いて歩き出すと、陸も慣れた様子でついていく。
背後では、優斗が小さく「妹を守るため、俺は今日も闘う……!」とつぶやいていた。
「……毎朝これ、ほんとどうにかしてくれ」
「えへへ、でも私、陸と一緒に登校するの楽しいよ?」
にこ、と笑う美来に、陸は言葉を詰まらせた。
……こいつが無自覚で天使なところ、本気で困る。
(だから誤解されんだろ、俺)
そんなことを思いながら、二人は歩き出す。
いつも通りの朝。
だけど、どこかほんのり甘くて、にぎやかで。
今日もまた、天使と悪魔の仲良しな一日が始まる。