12話「先輩の夜と、後輩の願い ――静かに燃える恋心」
その夜ーー
春の風が肌をなでるように吹き抜ける中、柊菜乃葉は静かな溜息をひとつこぼした。
「……ねぇ、紗良ちゃん。ちょっとだけ、付き合ってくれない?」
放課後、秘密基地を後にしてそれぞれ帰ったはずの彼女たちだったが――
紗良は、菜乃葉の少し寂しげな瞳を見て、すぐに頷いた。
「うん。なんとなく、そういう顔してたから……気になってたの」
2人は人気のないファミレスの片隅にいた。
注文したドリンクバーのグラスから、炭酸が小さく泡を弾けさせている。
「ねぇ、紗良ちゃんは……気づいてた?」
「……うん。私が美来と仲良くなった頃にはもう、先輩の“気持ち”、なんとなく分かってたよ」
菜乃葉は目を伏せる。
「分かってたよ。私なんかが敵うわけない、って」
「……」
「初めて見たとき、あの2人……美来ちゃんと陸くん、って。なんだか“完成されてる”って思った。言葉にしなくても通じ合ってて、笑い方が似てて、距離があっても絶対に離れない感じ……」
「――それでも、好きになっちゃったんだね」
紗良の言葉に、菜乃葉は、ふっと笑った。
「……好きにならないわけ、ないじゃない。陸くん、かっこいいもん」
「目つき怖いけどね」
「うん、最初はマジでビビった。でも、そのあとだよ。話してみて、理系の問題一緒に解いたとき、すっごい集中力で……でも美来ちゃんの話になると、ちょっとだけ優しい目をするの。ああ、この人、好きなんだなって……」
「……切ないね」
菜乃葉は、小さく頷いたあと、グラスの氷を指でかき回した。
「私、文化祭のあの日、教室の陰から見てた。2人が、屋上に向かって走っていくの」
「えっ……」
「ずっと……走ってる後ろ姿を見てた。それだけで分かった。“もう、私の入る隙間はないな”って」
紗良は、真剣な瞳で菜乃葉を見つめる。
「じゃあ……なんで、まだ“想ってる”の?」
しばらくの沈黙のあと、菜乃葉はぽつりと呟いた。
「美来ちゃんの隣にいる陸くんが、いちばん“幸せそう”だから」
「……」
「ずっと、数学オタクで、無愛想で、何か抱えてそうな顔してた陸くんが……あの子といるときだけ、無防備に笑うの。……あんな顔、私には向けてくれないって、分かってるのに……好きなの」
紗良の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「私、変かな?」
「……ううん。すごく、素敵」
そう言って、紗良は笑った。
けれどその目は、少しだけ潤んでいた。
「実はね……私も、ちょっとだけ似てる」
「え?」
「美来のこと、初めて“友達になりたい”って思った子だったの。……あんなに純粋で、馬鹿みたいに優しくて、ちょっと抜けてて」
「うん……」
「でも、あの子と一緒にいると、自分がちょっとだけ……“ヒロイン”になれる気がする。世界の中心に、いられる気がするの」
「……分かる気がする」
「だから、私は……このままでいいの。ヒロインじゃなくても、サブでも、脇役でも。
美来が“私を必要としてくれてる”なら、ずっと、そばにいる」
菜乃葉は、少し驚いたように紗良を見た。
「……強いね、紗良ちゃん」
「強くなんかないよ。でも、好きな人の幸せを願えるのって、やっぱりすごいなって思う」
菜乃葉は、言葉を失いながらも、紗良の言葉を胸の奥に刻んだ。
その夜、2人の少女は静かに、心の中にある“片想い”と向き合っていた。
それは、報われることのない想いかもしれない。
けれど確かに、それぞれの“愛し方”がそこにあった。
――少女たちはまだ、物語の途中にいる。
“天使と悪魔の仲良し大作戦”は、静かに、そして少しずつ進んでいく。




