11話「約束の秘密基地とひとつの嘘――紗良の涙の理由とは?」
金曜日の放課後ーー
教室はすでに生徒の半分以上が帰宅していたが、数人は居残ってワイワイと週末の予定を話していた。
その中で、真白はスマホの通知を見て、あからさまに顔をしかめた。
「うわ、マジで? 最悪……」
「どしたの?」
美来が問いかけると、真白はため息をついてバッグを肩にかけた。
「電車、また遅延してるってさ。振替輸送も止まってて、早めに動かないと帰れなくなるかも」
「あー……真白のとこ、ちょっと遠いもんね」
「うん、だから今日はこのへんで帰る。あーもう、せっかく週末なのに。りっくんと少し話したかったのに〜〜!」
真白は大げさにわめきながら、ちらっと陸の顔を見て微笑んだ。
「……じゃあね、美来、りっくん、菜乃葉ちゃん。また来週〜〜! 週末はLINEで話そう!」
「あ、うん。気をつけてね」
「じゃーなー」
「またね!」
手を振って教室を出て行く真白。
その背中が見えなくなった瞬間、教室に残された3人は、どこか空気が変わったことに気づいていた。
「……さて」
美来が、少しだけ真剣な顔になる。
「今日、ちょっと話さない? 陸と紗良のこと、あと……私たちの過去」
その目は、まるでずっと整理しきれなかった想いと向き合う覚悟を帯びていた。
陸も、それに静かに頷いた。
「――あの写真、俺もちゃんと気になってる」
「……じゃあ、行こうか。秘密基地、まだ残ってるかもしれないし」
菜乃葉が提案する。
美来と陸は目を見合わせ、わずかに笑みを浮かべた。
「行ってみるか、俺たちの“はじまりの場所”に」
──
夕焼けの中、3人の影が伸びていく。
秘密基地――それは、もう何年も前、小学生の頃に美来と陸、そして幼なじみだった紗良の3人で作った場所。近くの公園を抜けた先、線路脇の小さな空き地に、彼らはダンボールやブルーシートで「城」と称した空間を作っていた。
放課後になるとそこに集まり、お菓子を持ち寄り、くだらない話をして、秘密を語り合った。誰にも言えない想いや、どうしようもない小さな嘘、将来の夢まで――全部そこに置いてきた。
「……あった」
夕焼けに染まる空の下、美来が目を細める。草むらの中、わずかに残る古びた木箱。崩れかけた板切れ。そこにかつての面影が確かにあった。
「よく残ってたな、これ」
陸が感心したように言うと、菜乃葉はやや無表情のまま、小さく頷いた。
「人が通らない場所だし、誰も壊さないままだったのかも。……でも」
「……でも?」
「誰か、最近ここを掃除してる」
言われてみれば、足元の草は短く刈られ、ゴミも見当たらない。ベンチ代わりの石には、ほんのりと温もりさえ残っていた。
そのとき、ふと風が吹いて、草の奥から人影が現れた。
「……やっぱり、来たんだね」
その声を聞いた瞬間、美来の瞳が揺れる。
「紗良……」
草むらの向こうから現れた少女――河白紗良。かつての3人の“幼なじみ”のひとりだった。
髪を短く切っていた。制服の上からカーディガンを羽織っていて、以前より少しだけ大人びた雰囲気をまとっている。
けれど、その目だけは、昔と同じだった。
何かを抱えている、誰にも見せられない想いを隠している目。
「……久しぶりだね、美来、陸、菜乃葉先輩」
紗良はふっと微笑みながら、かつての“秘密基地”の中心に腰を下ろした。何も言わずに、ただそこに座る。それだけで、時間が逆戻りするような気がした。
沈黙を破ったのは、美来だった。
「どうして……いなくなったの?」
声は震えていた。怒っているわけでも、責めているわけでもない。けれど、明らかに感情がこもっていた。
「私たち、約束したよね。ずっと一緒にいるって」
紗良は、視線を逸らしたまま、小さく笑った。
「……そうだね。約束した。けど、それが辛くなったんだ」
「なんで?」
「……だってさ」
紗良は、少しだけ俯いて言った。
「私だけ、気づいちゃったから。美来が、陸のこと好きだって」
美来が息をのむ。
「ううん、それだけじゃない。……私も、陸のことが好きだったんだよ」
夕日が、彼女の頬を赤く染めていた。
けれど、それは夕焼けのせいだけではなかった。
「2人が一緒に笑ってるの見るの、苦しくてさ。なのに、嫌いになれなくて、どうしても……」
「それで、突然いなくなったの?」
陸が低い声で言う。その声は、いつものような冷静さとは少し違っていた。
「何も言わずに、全部を投げ出して……俺たちがどんな気持ちでいたか、考えなかったのかよ」
「……ごめん」
紗良は、ただ一言、それだけを言って頭を下げた。
「ほんとは今日も、来るつもりなかった。でも、菜乃葉先輩からメッセージが来て……」
陸が驚いて隣を見ると、菜乃葉はそっぽを向いたまま答える。
「私が呼んだ。そろそろ、ちゃんとケリをつけないとって思ったから」
紗良の肩が小刻みに揺れる。
「私ね、今も思ってる。美来は天使みたいに優しいし、陸には誰よりも似合ってるって。でも……心のどっかで、まだ思ってるんだ。もし、私があのとき離れなかったら、何か違ってたのかなって……」
その言葉に、美来は静かに近づき、紗良の前にしゃがんだ。
「ねぇ、紗良。私、今でも友達だって思ってるよ。紗良が好きって言ったって、そんなの関係ないよ」
そして、そっと紗良の手を握る。
「誰かを好きになる気持ちって、どうしようもないでしょ? 私だって、陸のこと……たぶん、ずっと前から、好きだった」
その一言に、陸が目を見開いた。
「美来……」
「でもね、それを隠してたのは、自信がなかったから。好きだって伝えたら、壊れちゃう気がして。友達でいられなくなるのが怖かったの」
紗良の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……ごめん、ごめんね、美来。私、ずるかった。好きって言えないのに、近くにいたくて、全部を誤魔化して……」
「私たち、またやり直そ? 子どもみたいに、また秘密基地でお菓子持ち寄って、くだらない話してさ」
「……うんっ」
紗良は泣きながら、美来に抱きついた。
その背中を、そっと陸が支える。
「紗良。お前が戻ってきてくれて、ほんとによかったよ」
――その日、3人はまた、「約束」を交わした。
過去の痛みを抱えながら、それでも前を向いて、もう一度。
あの日の笑顔を、今ここに。




