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個室だが広い室内にアンティーク調のテーブルと机が置かれており窓から太陽が差し込んでいて店内より明るい。
椅子に腰かけメニューを渡された。
ずらりと並んだケーキの種類は流石都会だ、田舎だったらせいぜい4種類ぐらいだ。
「どれにしようか悩みます」
メニューとにらめっこをしているとカイネス殿下は慣れているようで私のメニューの指さした。
「このケーキがお勧めだ」
いちごチョコケーキを指さされて私は頷く。
「いちごとチョコケーキなんて初めてだわ。それにします」
カイネス殿下は慣れたようにお茶とケーキを頼んでくれる。
すぐにいちごチョコケーキと紅茶が運ばれてきた。
カイネス殿下はお茶だけのようで私はフォークを持ちながら遠慮がちに聞いた。
「カイネス殿下はお茶だけですか?」
「甘いものはあまり食べない。遠慮なく食べてくれ、足りなければ追加で頼もうか」
微かに微笑んで言うカイネス殿下が素敵で私の胸がドキドキする。
「1つで十分ですよ。カイネス殿下は良くこちらに来られるんですか?」
私が聞くとカイネス殿下は戸惑ったように視線を逸らせた。
「たまに来るがこうして店で食べるのはかなり久しぶりだ」
もしかして女性が居るのかしらと不安になったが、カイネス殿下といい関係でもないので聞くのは失礼だろう。
私は頷いてケーキを口に運んだ。
チョコレートのクリームと苺が合わさって今まで味わったことが無い美味しさに目を見開く。
「美味しいです!」
「気に入ってくれて良かった」
喜ぶ私を見てカイネス殿下が微笑んだ。
その微笑みを見て同じ事が過去に会ったような気がして動きを止める。
この場所もそういえば初めてではないような気がする。
夢で見たような、不思議な感覚に陥って動きを止めている私をカイネス殿下が心配そうにのぞき込んできた。
「どうかしたか?」
「私、ここを知っているような気がします。叔父様に昔連れてきてもらったのかしら」
不思議そうにしている私にカイネス殿下は一瞬驚いた顔をしたが頬笑みを浮かべて頷いた。
「そうかもしれないな。この店は創業300年ほどらしい」
「老舗なんですね。昔来たのかもしれないですね」
そう頷いておいたが、その時にカイネス殿下が一緒だったわけがない。
店が懐かしいというより、この部屋で微笑むカイネス殿下が懐かしいのだ。
不思議な感覚に陥りながら私はケーキを食べ始める。
「明日はマダムのお茶会に参加するんです。ウチで作っている宝石を売り込むんですよ。気が重いわ」
思わず本音を言ってしまう私に、カイネス殿下は微笑んだ。
「仕事は何事も大変なものだ。ラザレス家が作ったアクセサリーは女性達にも人気だと聞いたことがあるが」
「お陰様で好評なんですけれど、やっと私が舞踏会に出られる年になったので私ぐらいの年齢の女性に売って来いって言われているんです」
「……舞踏会にも出る予定なのか」
「はい。叔父と叔母と一緒にみんなで宝石をアピールするんですよ。取引先を確保するのも大変です」
私が言うとカイネス殿下は軽く笑って紅茶を一口飲む。
優雅な仕草に思わず見とれてしまいポーっと見ている私を軽く笑った。
「そんなに見つめられると困るんだが」
「は、すいません!カイネス殿下が素敵なので見とれてしまいました」
指摘されたことが恥ずかしくて正直に言うとカイネス殿下は声を上げて笑った。
まだ彼と出会って数日だが、声を上げて笑うような人でないので驚いてしまう。
「すまない。昔、同じことを言われたことがあって、変わっていないのだなと思っただけだ」
「はぁ……」
カイネス殿下ぐらい美しければ、そんなこと言われ慣れているだろうに。
何となくそう言ったのは女性だろうなと思うと少し面白くない。
私は少しだけ気分が落ち込んだままケーキを食べ始めた。
カイネス殿下の笑顔と初めてきたはずのケーキ屋の個室、そしていちごチョコケーキ全てが懐かしい不思議な気持ちになってくる。
「美味しいか?」
笑みを浮かべて聞いてくるカイネス殿下が素敵で私の気分が持ち直してくる。
「とっても美味しいです」
「それは良かった。良かったらモーリス殿にお土産を持たせよう」
「……ありがとうございます」
紅茶だけなのにケーキを食べている私よりカイネス殿下は嬉しそうだ。
彼の笑顔をみているだけで癒されるし、悲しい気持ちや懐かしい気持ちになってきた。
不思議な気分のままカイネス殿下と貴重なお茶の時間を過ごした。
「カイネス殿下に失礼なことはしなかったか?」
カイネス殿下にもたされたケーキのお土産を持って帰るとモーリス叔父様は私を睨みつけた。
私が何かやらかしてせっかくの取引がなくなったらと心配なのだろう。
「大丈夫よ。すごく優しかったもの、間違いなく私のことが気になるのよ」
「それはない。本当に大丈夫なんだな」
念を押すようにいう叔父にヘレン叔母様が呆れた様子でケーキをテーブルに置いた。
「お土産までいただいたんだから大丈夫よ。ここのケーキは初めてだわ。いつもお馴染みのところしか行かないから。いちごとチョコのケーキなんて美味しいのかしらね」
のほほんと笑ならいそいそと座ってケーキを食べ始めた。
「わかるわ。いちごとチョコケーキって合わない気がするわよね。でもすごくおいしいの」
私がいうと、叔母様は何度も頷きながらケーキを頬張っている。
「本当、甘酸っぱいチョコととても合うわね。とてもおいしいわ。今度ここのケーキを買ってみるわ」
「……ねぇ、昔遊びに来た時そこのケーキ屋に行ったことがあったかしら」
不思議な懐かしさの原因を考えて聞いてみる。
「ないと思うけれど。我が家は違うケーキ屋に買いに行くもの」
「叔父様は?私を連れてケーキ屋で食べたことあったかしら。私のお父様とか……」
「ワシも兄さんもケーキ屋に子供を連れて行くような人間だと思うか?」
そう言われて私は首を振った。
街に遊びに連れて行ってもらったことはあまりない。
ましてや父親とおしゃれな店でケーキを食べるなんてことはしない人たちだ。
「ないわね。でも、いつか行ったことがあるような気がするのよねぇ」
呟く私におじさまはケーキを頬張りながら眉を潜めた。
「記憶違いじゃないのか?カイネス殿下に少し優しくされて浮かれているんだろう」
「それは、そうかもしれないわ」
私は頷いて懐かしい思いがするいちごチョコケーキを頬張った。
「食い過ぎだ」
叔父様に白い目でみられて、私は肩をすくすめた。