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「叔父様。呪いのサファイアに触ったことある?」
テーブルの上に宝石を並べそれぞれの出来を確認しているモーリス叔父様に問いかけた。
「実際見てガッカリしただろう」
叔父様は宝石を手に取って磨きながら私を見てニヤリと笑った。
「知っていたら教えてくれてもいいのに。あんな状態だと思わなかったわ」
叔父の前に座って私は紅茶を一口飲んだ。
「あの状況であることを王室は隠しておきたいのだろう。過去に悲しい事件があったようだから出したくなのだろう」
「カイネス殿下から教えていただいたわ。どうして明るみにしないの?悲劇的でいい話じゃない」
私が言うと叔父は渋い顔をした。
「いい話かどうかは人によるな。一人の人間の命を使って災害を止めたとなったら良くないだろう。これから先も何かあれば誰かを犠牲にすればいいとなったらどうなる」
「確かに問題ね」
「まぁ、命を犠牲にしても災害なんぞ止めることはできないが。その犠牲になった人間はかなりの魔力を持っていたんだろうな」
「へえ、凄かったのね」
「あれだけサファイアが膨れ上がったのは恨みの様なものも感じないか?」
叔父はアクセサリーを磨きながら言った。
私は首を傾げる。
「そんなものちっとも感じないわ。ただ、宝石が喜んでいないのは分かったけれど」
「女性の恨みは恐ろしいからな。犠牲になったことをまだ恨んでいるのかもしれない」
「まあ、気持ちはわかるわ。それより、カイネス殿下が今日も素敵だったのよ叔父様。わざわざ私に付いてきてくれたの」
カイネス殿下の素敵な姿を思い浮かべながらうっとりしている私に叔父は鼻で笑う。
「お前が宝石を盗まないか心配したんじゃないのか」
「そんなわけないでしょー。ちゃんと私が作ったアクセサリーも使ってくれて嬉しかったわ。やっぱり私に一目ぼれしているかもしれないわ」
「魔法具なのだから使うのは当たり前だろう。すぐに壊れたら次は無いかもしれないぞ」
「ちゃんと作っているから大丈夫よ」
そうは言いつつも心配になる。
私が作ったアクセサリーはすぐに壊れたりする様なものでないが、魔法具として使われたことがまだない。
石を磨くとき研磨が下手だと見えないひびが入り魔法具として使用するとすぐに壊れてしまうらしい。
我が家で作った宝石を使ったアクセサリーなどは何回も耐えられるらしく質がいいと評判なのだ。
そのおかげで王室御用達となっているわけだが、まだ私の腕がどこまでの物か不安になってくる。
魔法騎士よりも位が高いカイネス殿下が直接使用しているのだ。
もし上手くいけばいい宣伝になるが、直ぐに壊れて使い物に慣らいと判断されれば私が作った魔法具はもう売れないだろう。
叔父様には自信満々に返事をしたが急に不安になってくる。
「叔父様、カイネス殿下って魔法騎士としてお強いの?私、魔法騎士を実際見るの初めてなのよ」
不安になっている私に叔父正は肩をすくめた。
「強い。騎士団長補佐をしているが、殿下だからではなく本当に実力があるからあの地位に居るんだ」
「どうしよう。まさか殿下が使用してくれると思わなかったから、急に不安になって来たわ」
アクセサリーを作るのに手を抜いたつもりは無いが、もう少し気持ちを入れて原石を研磨できたのではないかと不安になる。
「今更不安になっても仕方あるまい。ほら、ルクレアも磨いてくれ、次の舞踏会ではこの宝石たちを宣伝してもらわんとな」
叔父様に言われて私は仕方なくクロスを手に取ってエメラルドの指輪を磨き始めた。
テーブルの上には私の父や叔父そして私も手掛けたアクセサリーが並んでいる。
母や叔母様、そして兄が王都にやってきてパーティに出ては宝石を売り込んだおかげで王室以外にも貴族のマダムたちのお客が付いてくれている。
できればこのままカイネス殿下専属の魔法具職人になりたいが、大きすぎる夢はダメだった時につらくなる。
気分を変えて私は舞踏会用の女性向けアクセサリーを磨き始めた。
「やっぱり王都は凄いわね」
独り言を言いながら私は王都を歩いていた。
メイン通りは広く馬車が行き交っている。
店がずらりと左右に並んでおり、田舎の町の違いを感じながらキョロキョロと周りを見てしまう。
田舎者丸出しだが仕方ない、すべてが珍しいのだ。
モーリス叔父様の所へ遊びに来たのはかなり久しぶりで、勉強が忙しくて王都に来るのはかなり久しぶりだ。
幼い頃は興味が無かったが、ウィンドウに飾られているドレスやお菓子の包装などデザインが素敵でどれも勉強になる。
ゆっくりと歩きながら店を見ていると肩を叩かれた。
振り返ると騎士服を着ているカイネス殿下が立っている。
「ど、どうしてカイネス殿下がこちらに居るんですか?」
まさか町で会うと思わず驚いている私にカイネス殿下はいつもと変わりない様子だ。
「仕事だ、ルクレア嬢こそ一人で町へ来たのか?」
私が一人なのを確認しながら言うカイネス殿下に私は頷いた。
「はい。私子供じゃないんです一人でも大丈夫ですよ」
カイネス殿下は眉を顰める。
「女性が一人で出歩くのは関心しない。危ないだろう」
「大丈夫ですよ。路地には入らないし、変な店も行きません」
「用事があるなら付き合うが……」
カイネス殿下に言われて私の胸が高鳴った。
彼と過ごすことが出来るなんて、飛び上がるほど嬉しい。
「用事はありませんが、カイネス殿下が付き合ってくれるのは嬉しいです」
「そうか」
喜びながら言うとカイネス殿下は困ったように目を逸らす。
困らせてしまったかと思ったが彼は私に向き直った。
「どこか行きたいところがあるのか?」
そう聞かれてももうすでにアクセサリー屋も覗いたし、流行のデザインも確認した。
「行きたいところはもうすでに行ってしまいました。あとは帰るだけなんですよ。でもカイネス殿下が一緒だったらどこでも一緒に行きたいです」
せっかくカイネス殿下が付き合ってくれるのに、どこかあるだろうかと考えているとカイネス殿下が提案をしてくれる。
「そうか、それなら美味しいケーキの店を知っている。甘いものが好きだろう?」
「えっ?大好きです!」
都会のケーキはいつも叔母様がお茶の時間に出してくれるが、カイネス殿下が案内してくれるところはさぞ高級に違いない。
喜んでいる私を見てカイネス殿下は微かに微笑んだ。
カイネス殿下が案内してくれたお店は大通りの大きなお店だった。
扉の前に立っていた男性がカイネス殿下を見て目を丸くする。
「お久しぶりです。本日は、お召し上がりですか?」
横に立っている連れの私を見て定員の男性が丁寧に聞いて来た。
カイネス殿下は頷くと、私を見る。
「個室がある……そこでいいか?」
「もちろんです!カイネス殿下とお茶が出来るなんて嬉しいです」
はっきり言う私にカイネス殿下と店員の男性は苦笑した。
「どうぞ」
店員に案内されて店へと入る。
カイネス殿下が勧めるだけあって内装もとても豪華だ。
吹き抜けの天井にはシャンデリアが釣り下がっており、おしゃれなランプが置いてある。
少し薄暗い店内だが落ち着いた雰囲気だ。
螺旋階段を上がると広い空間にテーブルがあり数人の人達がお茶を楽しんでいたが私とカイネス殿下が現れると驚いたように見つめている。
私というよりカイネス殿下に注目をしているのだろう。
見た目が美しいが騎士服の殿下がくれば誰だって驚くだろう。
カイネス殿下と共にお茶が出来る優越感を感じながら案内されるまま個室へと入った。