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魔道具の研究室はカイネス殿下と共にいる為か顔パスで入ることが出来た。
倉庫みたいな場所だろうと想像していたが、三角屋根の高い塔すべてが研究室になっているようだった。
白衣を着た人たちが数人宝石を顕微鏡でみていたり、薬草を計りに乗せていたりと様々な作業をしている。
カイネス殿下が来ると目礼をするだけでまた仕事を始めていた。
美貌のカイネス殿下が来ても誰も気にしていないようだ。
私だったら手を止めてじっと見てしまうだろう。
それだけ研究熱心な人ばかりが集まっているのだ。
カイネス殿下の後を歩きながら部屋の奥へとたどり着いた。
室長らしき人男性がが奥から出てきてカイネス殿下に挨拶をする。
もっさりとした前髪が顔の半分以上を隠していてクタクタの白衣を着ている。
顔は良く見えないが、ジロジロと私を見ているのはわかった。
「どうしました?何か御用ですか殿下」
「モーリスの姪だ。呪いのサファイアを見たいようだ」
カイネス殿下が言うと室長は頷いた。
「なるほど。魔道具のアクセサリーを作るのが得意な一家ですね。ぜひ見て行ってください。素晴らしいサファイアです。あの大きさの宝石は僕も初めて見ましたよ」
室長の言葉に私はますますワクワクしてくる。
「室長の許可が降りたようだ」
カイネス殿下はそういうと、研究室の奥の扉を開けて入っていく。
呪いの宝石と言われているが、100カラットの大きな宝石だ。
警備が薄い気がして私はカイネス殿下に聞いてみた。
「もっと厳重に保管されているのかと思いました」
「城の敷地内で盗みがあればすぐに判明する」
「それもそうですね」
大きな部屋の中心に台が置かれており、ガラスケースの中にギラギラと輝いているサファイアが目に入った。
近づいてくと噂のサファイアだと一目でわかる。
駆け寄って行ってガラスケースの中のサファイアを見つめた。
100カラットよりも大きく、私の拳ぐらいの大きな青い石が中央に鎮座している。
輝いてはいるが宝石特融の光の屈折ではなく魔法によってなのか鈍く光っている。
「100カラットよりも大きいようですけれど」
大きな宝石に感動するより先に、違和感を感じて私は横に立っているカイネス殿下を見上げた。
険しい顔をして宝石を見つめていた殿下は頷いた。
「元は100カラットだったが、過去の女性の命を犠牲にした出来事から大きく成長をして鈍く光りはじめた。それゆえ呪いと言われている」
「なるほど。魔法というよりも原因不明の光なんですね?」
カイネス殿下の耳には昨日納品した私のピアスが光っているのが見えた。
早速使ってくれていることも嬉しいが、彼が魔力を入れたので宝石が出す光よりもキラキラと輝いている。
特に魔力を入れた宝石は石が喜んでいるように感じるが、呪いのサファイアは鈍い色でどんよりした空気を出している。
魔法とは違う雰囲気を感じて私が言うとカイネス殿下は少し驚いて頷いた。
「魔力の違いがわかるのか?」
一般の人間は魔力も使えなければ魔力が宿っている者を区別することが出来ない。
「宝石が喜んでいるのと光の屈折で魔力が宿っているかはわかりますよ」
「なるほど」
カイネス殿下は頷いて呪いのサファイアを見下ろしている。
室長が入ってきてガラスケースからサファイアを取り出してくれた。
「どうですか?感動しましたか?」
室長の手のひらに乗っている大きなサファイアを見つめて私は眉を顰める。
「感動はしましたけれど、期待していたのとは違いました。サファイアの石が生きていないんですもの。石の生命を感じないわ」
大きな石ならば輝きも凄いのだろうと期待してただけに気落ちをする。
正直な感想を言うと、室長は苦笑しながら私にサファイアの石を乗せてきた。
ずっしりとした重みを感じて、ただ石が膨張しているだけでないことがわかる。
この重みが死んだ女性の魂の重みなのだろうかと思うとぞっとする。
鈍い光を発しているサファイアを両手で持った時にビリッ静電気のような痛みを感じた。
「わっ」
「どうした」
様子を見ていたカイネス殿下が私を覗き込んでくる。
「静電気……ですかね」
一瞬ビリッと来た感覚に驚いたが今はもう何も感じない。
首を傾げている私の手からカイネス殿下は石を取り上げると室長に渡した。
「不吉な石だ。不用意に触らない方がいい」
「確かに不吉ですけれど、可哀想な逸話があるじゃないですか」
カイネス殿下はニヤニヤしている室長を睨みつけた。
「呪いの話を信じているのか?」
冷たく言うカイネス殿下に室長は頷く。
「もちろんです。僕は死んだ女性の味方ですよ。可愛そうですよねぇ。間違いなくこの宝石の中に魂が入っているんですよ。死んでいったことが辛くてこうして大きくなって言っているんでしょうね」
へらへら笑いながらサファイアをガラスケースの中に戻した。
「まぁ、呪いなんて本当にあったら大変ですよ。僕は毎日確認確認してしますがもう成長は止まっていますよ」
二人の会話を聞きながらも私はサファイアが乗せられていた右手を見つめた。
まだピリピリとした痛みがあるように感じて手を握ったり開いたりを繰り返す。
「どうした?」
心配そうに聞いてくるカイネス殿下に私は首を振った。
「何でもないです。静電気が強かったみたいです」
「そうか。もう気が済んだだろう」
カイネス殿下に背中を押されて部屋を出る。
もう一度だけと振り返ってガラスケースの中のサファイアを見つめた。
もやもやとした鈍い光を発している巨大化した青いサファイアは何の変化もなくガラスケースの中に置かれていた。