12
『もう、追手が来たのね?』
室長は手を休めずに埋められている宝石を叩き割ろうとハンマを打っている。
カンカンという音が響く中、騎士は少し離れて私たちの様子を見ている。
その騎士達を押しのけてカイネス殿下が現れた。
急いできたのだろう、息を切らしてカイネス殿下は声を上げる。
「ルクレアの体から出て行け!何をしているんだ!」
『この体から出て行くものですか!雪崩を起すのよ。誰かさんが過去に厳重に封印したおかげで今手こずっているけれどね。今度こそ、アンタの目の前でこの子を殺してやるわ』
眉を潜めるカイネス殿下の後ろにいる騎士が弓を構えた。
「この距離なら打てます」
「やめろ、弓を降ろせ」
カイネス殿下は隣で弓を構えている騎士達を振り払った。
その様子を見ていたアイリスが唇を噛む。
『生まれ変わってもまだこんなパッとしない女が好きなの?趣味が悪いわよ』
「お前に何がわかる!自分の想い通りにならないからとなぜセシルを殺したんだ!」
カイネス殿下の言葉に私はハッとした。
彼は初めから私がセシルだと知っていたのだ。
『さぁ、なぜかしらね。あの女が邪魔だったからよ』
そういうとアイリスは高笑いをする。
『今度はアンタの目の前でこの女を殺してあげる。さぞや落ち込むのでしょうね。私を選ばなかった罰よ』
カイネス殿下は私の体に入っているアイリスを睨みつけた。
会話を聞いていた騎士が不思議そうに私とカイネス殿下を見ている。
「ルクレア嬢は何を言っているのですか?」
「後で説明をする。彼女を傷つけずに確保しろ」
カイネス殿下がそう言うが、砦の下から騎士の命令が聞こえてくる。
「撃て!」
風を切り裂く音と共に弓がこちらに向かってきた。
数本の弓が通り過ぎそのうちの一本が肩を掠っていく。
私の体に入っているアイリスは顔を歪めると肩に手を置いて傷の様子を確かめた。
鋭い痛みは私も感じる。
手は真っ赤に染まり、ドレスが赤い血で汚れていく。
驚くほどの出血に私は青ざめるが、アイリスは高笑いをした。
『あははっ、こうしてこの女が死ぬのもいいわね。さぁ、打ちなさいよ!この女が弓で死ぬか、封印が解けて土砂崩れでみんな死ぬか時間との闘いよ』
上半身を真っ赤に染めて高笑いをするアイリスにまた弓が数本放たれる。
「止めろ!弓を放つな!」
カイネス殿下は叫びながら剣を抜いて私の方に走って来た。
走りながらも飛んでくる弓を剣で斬り落とす。
ギィンという空気を圧縮するような低い音が響きカイネス殿下の耳のピアスと指につけているサファイアの宝石が薄っすらと光っている。
空気が一瞬重くなったかと思うとカイネス殿下の左手が青白く光り、飛んできた弓に向けて光を飛ばす。
青白い光の壁が広がり、弓が当たり落ちた。
カイネス殿下の魔力でカバーしきれなかった弓が私の体に飛んできて当たった。
ギィンという金属音と共に私の体がはじけて衝撃で地面へと飛ばされた。
弓は私に体を貫通したかと思ったが、首から下げていた入館のメダルに当たったようだ。
冷たい地面へと投げ出され全身が濡れて痛みと不快感で顔を顰める。
「痛い……」
肩の痛みが増して私は小さく呟いた。
弓が飛んでこないのを確認しながらカイネス殿下は剣を構えながら私に視線を向けた。
「ルクレア、今はどっちだ?」
カイネス殿下に問われて初めて自分の意志で体が動かせると気付き、起き上がる。
肩が痛み顔をしかめながら私は訴えた。
「ルクレアです!アイリスではないわ!」
カイネス殿下は頷いて私の肩に手を伸ばした。
「怪我の具合は?」
「とても痛い!」
ドレスの汚れぐらいからしてかなりの傷だとわかる。
痛みで泣き出しそうな私にカイネス殿下は頷いた。
様子を見ていた騎士達が剣を向けながら私たちをジリジリと囲む。
室長はどうしているのかと背後を見ると両手を上げて立っていた。
降参するとは思えず私は痛みに耐えながら見つめていると室長は口元に笑みを称えている。
ゆっくりと騎士が警戒しながら近づいてくるのを見ながら室長は素早く足で城壁に埋められているサイファの宝石を蹴った。
その振動で、サファイアが大きな音を立ててパンとはじける。
「封印が解かれた!」
魔法騎士が叫ぶとカイネス殿下も声を張り上げる。
「退避しろ!封印がとかれれば山崩れが起きる!」
「どういうことだ?」
一部の騎士は封印を理解していないようで同様しながらもカイネス殿下と倒れたままの私を交互に見つめている。
ザワザワしている様子の集まっている騎士に、魔法騎士達が一斉に声を張り上げた。
「退避だ!下がれるところまで下がれ!すぐに崩れるぞ!」
ギィィンという高い異音があたりに響き、城壁が揺れた。
わずかな振動を感じてカイネス殿下を見上げる。
「一体何が起こっているの?」
「アイリスの命で封印していたが、その封印の宝石を壊された。防御の魔法が解かれたのだ。逃げるぞ」
カイネス殿下は素早くそう言うと私を抱き上げ立ち去ろうとする。
「逃がすものか!」
低い唸り声と共に室長がカイネス殿下の足にしがみついた。
一瞬、室長の顔にアイリスの美しい顔が見えて私は悲鳴を上げる。
「アイリス様!」
カイネス殿下は私を肩に担ぎ上げて剣を抜いた。
室長を刺そうと剣を振り上げると、地鳴りがあたりに響く。
「カイネス殿下!土砂崩れが!」
逃げている騎士が背後の山を指さした。
振り返ると、地鳴りとともに木が崩れ落ちてくるのが見えた。
カイネス殿下は私を抱え込みながら左手を土砂へと向ける。
魔力を発動するための空気の振動を感じて、カイネス殿下のピアスが青く光る。
手に持ったままだった大きなサファイアの存在を思い出して私は持ち上げた。
「これ、まだ使えますか」
大きなお音を立てながら木々を巻き込みながら落ちてくる土石流はもうすぐそこまで来ている。
ガラガラと小さな石が足元に落ちてきている。
カイネス殿下は首を振った。
「どう使うんだ!」
「カイネス殿下の魔力をこの石に込めてまた防御の魔法をかけられませんか?」
「どうって……」
魔法の知識が無い私は回答に戸惑う。
切迫した状況に、ど惑っているとカイネス殿下にしがみついていた室長が素早く立ち上がると私の手から大きなサファイアを奪い取った。
「これは僕が貰うよ。ほら、アイリス様ここに戻って」
なぜ、室長の言葉にアイリスが従うのか。
犬じゃあるまいしそんなことが出来るわけ無いと私は眉をしかめる。
すでに逃げている騎士達もいるが、魔法騎士達はカイネス殿下が居るために退避できないようだ。
私たちを見守りながら頭上を指さした。
「カイネス殿下!逃げてください!」
私たちが山を見上げたと同時に木々を巻き込みながら土の塊がすぐそばまで落ちてきている。
勢いは早く逃げられる速さでない。
カイネス殿下は防御の魔力を発動しながら私を抱え込んだ。
あっという間に土砂が私たちに降り注いでくる。
一瞬だけ見えた室長は、微笑みながら土砂に埋もれて行った。
室長の顔に重なるようにアイリスの姿も見えたと思ったが、すぐに私の視界は真っ暗になった。
真っ暗になる前に、アイリスの悲鳴が聞こえた。
『嫌だ、やめてぇ!また宝石に入りたくない!やめて!』
「大丈夫。もう永遠に僕と一緒ですよ。アイリス様」
狂気的な室長のうっとりとしたいい方にアイリスがまた悲鳴を上げる。
『あんたと一緒なんて望んでいない』